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第四十三話 招かれざる者たち

 空中都市改め、蒼穹の王国ブルーディアース。

 今その上部市街地では王宮の建設が始まっている。

 場所はレグルスと帝国第一皇子マクシミリアンとの戦闘で破壊された競技場の跡地だ。


 最初は元都市庁舎を王宮にしようという話であった。

 しかし、庁舎は流石に王宮と呼ぶには威厳に欠け過ぎるであろうと言う意見が出て新しく建てる事になったのだ。

 とはいえ国王となったギゾルフィの意向もあり、そう大きな建物にはならない予定である。


 建造中の王宮からは少し離れた場所。

 作業風景を背景にした細い路地の地面から突然ぬるりと這い出てきた一人の男がいる。

 正しくは地面からではなく、そこに差した陰の中から出てきたのだ。


 黒い軍服の男。

 痩せ型で背が高く陰気な雰囲気を身に纏っている。

 無造作に額に垂らされた黒髪の下の目付きは鋭い。


 男の名はチェザーレ。

 ギルオール帝国の情報将校であり、階級は中佐だ。


(ここに王サマが住むってワケねぇ……。ギゾルフィという男……古代人という噂があるけどわかっている事が少なすぎるのよね)


 空を飛ぶ都市が新しくブルーディアースという国家となり、その国王にギゾルフィという男が就任した事は各国に告知されている。

 しかし王となった男に付いて経歴や人物像は謎に包まれていた。


 その謎めいた王の詳しい情報を入手するのもこの男の今回の任務の一端である。

 チェザーレは『影渡り(シャドウウォーカー)』という名の特異な魔術を使う。

 これは影の中に潜み影から姿を現す転移魔術型の異能である。

 強力で非常に便利な異能であるが制約もある。


 チェザーレはこの能力を使用し新たにブルーディアースに移住して来る者の影に潜みこの国に潜入した。

 彼をここに派遣したのは第二皇子ヨアヒムだ。

 チェザーレは第二皇子の子飼いとも言える存在であり彼に重用されている。


(急ぎの仕事じゃ無し……じっくりいきましょ)


 長い舌でベロリと自分の唇を舐めると再び影の中に沈んで消えていくチェザーレであった。


 ────────────────────────


 レグルスハウスの居間にて。

 家主は今、自分の剣の刀身に顔を映して見ている。

 だがその顔の像はボヤけていた。剣の刃がもう細かい刃毀れやヒビで大分傷んでいる為だ。


「うぅー……ムムムムムムムムぅぅぅぅ!!」


「何を動物みたいな唸り声を出している。外まで聞こえているぞ」


 そこへ顔を出したメイド……シンラだ。

 庭の掃除をしていた彼女は異様な唸り声を聞いて様子を見に来たのである。

 その彼女へ向けて見ていた剣を突き出すレグルス。


「ん」


 無言で長剣を受け取りシンラが刃を検める。


「……これは、もう駄目だな」


 表情が曇り若干声のトーンが沈むシンラ。

 彼女も一角の剣士だ……ここまで傷んでしまえば補修もさして意味が無い事はわかる。


「そうだろ。やっぱ市販の剣はモロいな」


「お前の戦い方は武器に優しくないからな。もっと物は大事に扱えといつも言っているだろう」


 苦言を呈するシンラにレグルスはプイッとそっぽを向く。


 大量生産品とは言えレグルスが使っていたのは店買いできる剣としては最高級のものだった。

 だがそれでもバルカン、魔人たち、皇子マクシミリアンと三つの大きな戦いには耐えられなかったという事だ。

 バルカン戦ではほぼ武器を使っていないので実質二戦で限界が来た事になる。


「新しい剣がいるな」


「そういうこったが……そうそう見つからんだろうな。オレのようにスペシャルでスーパーな戦士に見合う武器ってのはな」


 思えば……現在使っているもう一振り、『エターナルブルー』とジュリエッタにあげてしまった『雷神剣』はどちらも幸運から偶然に巡り会えた武器であった。

 大体あの頃はレグルスは世界中を旅していたのだ。

 それが今や都市引きこもりになりつつある。

 犬も歩かないことには当たる棒もないだろう。


 空中都市内部に古代の強い武器が眠っていやしないかとギゾルフィやベルナデットに当たってもみたがダメであった。

 大戦時の伝説級の武器は大体所有者が手元に置いておきたがったので空中都市に納められた物はないのだそうだ。


「強い武器の情報は集めさせちゃいるんだが持ってるヤツが見つかってもオレに譲る気がないんじゃ意味ないしなぁ」


 大体の場合、有名な武具とはその持ち主の名前とセットで業界に流れているものだ。

 力ずくでなんて考えた日にはあっという間に悪名が世界中に知れ渡ってしまう。


「今できるのは当面の替えを用意しとくことくらいか。切ないぜ」


 ソファにゴロリと寝転がって物憂げに言うレグルスであった。


 ────────────────────────


 日は落ちて夜のこと。上部市街の某一角にて。


 ある一軒家に三人の男たちが集っている。

 この家は少し前までは空き家であった。

 三人は最近地上での「審査」に合格して蒼国への移住を許可された新規の住人たちである。


 三人が三人とも……これといった特徴の説明しにくい極々平凡な容姿の中年男性たちだ。

 揃って自己紹介された者の大半は翌日には顔と名前が記憶の中で一致しなくなっている事だろう。

 下手をすれば一夜持たずして顔も名前も記憶から飛んでいるかもしれない……そんな無味無臭の男たち。


 ただそれは表向きのこと。

 実際はこの三人はこれまでに数多くの「仕事」をこなしてきた腕利きの刺客である。

 あえて他者の記憶に、印象に残り辛い容姿や仕草を徹底しているのも仕事柄ゆえのことだ。


「ここまでは順調だな」


 食事をしながら男の一人が言う。

 仮にこの男をAとしよう。

 数多の偽名を使ってきて最早本人でも自分の元の名前が曖昧である。


 仲間しかいないこの場ですら穏やかな表情で喋るAの様子はとても「裏」の仕事の話題を口にしているとは思えない。


「順調すぎて張り合いがない。相応の困難があるものと期待していたんだが」


 Bが返答をする。

 このBは三人の中では比較的表情を変えない男である。


「世界にたった一つの『空を飛ぶ国』だ。確かにもう少し外敵を警戒してもいい気はするな。こちらとしてはありがたいが」


 Bと違って一番表情が動くのがこのCだ。とはいえ表情の変化はあくまでもこの三人の中ではという事で世間一般で見ればそれほどのものでもない。


 三人は某国家から密命を帯びてこの地に降り立った。

 身分や名前を偽装し、あくまでも無害で平凡な者としてだ。

 その任務内容は


「ギゾルフィ王だったか。何者なんだろうな、あの老人は」


「何者でもないだろう。あれはただの傀儡だ。だから調べても過去が出てこないようなどうでもいい老人を玉座に座らせたんだろうよ」


 Cの疑問にAが肩をすくめて答える。


「ああ、ここの実際の支配者は『双剣』だ」


 Bの目がこの時ばかりは冷たい光を放つ。

 その二つ名を彼が口にした時、室温が数度下がったような気がした。


「確実に始末するぞ。他にも柱になっていそうな者がいればそいつらもな」


 Aの言葉に残る二人が肯く。

 自分たちは空中都市の乗っ取りを目論む大きな陰謀の一端、尖兵である。

 集団の核になっている者を排除し都市に混乱をもたらす。


「……!」


 その時、建物の外に何者かの気配がした。

 室内の三人は身に纏った空気をピリッと緊張させて目配せし合う。

 ……ここをこの時間に訪ねてくるような者に心当たりはない。


 ドンドンと扉がノックされた。


「どうぞ。開いていますよ」


 Aが言う。

 木製の扉が僅かに軋みながらゆっくりと開いていく。

 だがその向こう側には誰の姿もなかった。


 Aがゆっくりと玄関に近付いていく。

 BとCは玄関から見えない位置に移動している。


 相手の姿はまだ確認できていないが……。

 歴戦の猛者たちである三人はもう肌で、空気で確信していた。

 ここはもう戦場であると。


 ドォンという音が玄関付近から聞こえ、居間に何かが飛び込んできた。

 ……Aだ。

 彼はテーブルに派手にぶつかり料理や食器をまき散らしながら床に転がる。

 そしてピクリとも動かない。


「!!!!」


 BとCが剣を手に飛び出していく。

 僅かな間剣戟や激しい調子の足音が響いてきたがそれもすぐに静かになった。


 やがて……一人分の足音が建物内に入ってくる。

 居間に姿を見せたのは鋭い目付きの赤い髪の男だ。

 金属製の右腕が室内の照明を受けて鈍く輝いている。


 彼は周囲を見回し自分以外にはもうこの場に意識のある者がいない事を確認する。


「縄張りもねぐらも静かで片付いていた方が快適だ」


 たった今三人の腕利きを倒したとも思えないほど淡々とした調子で……。

 シュヴァルツシルトは静かにそう呟く。


 この夜の静けさが破られたのはほんの二分間にも満たない短い間の事であった。


 ────────────────────────


「んで、殺したのか?」


「そんなヘマはしない」


 一夜が明けて昨晩の戦いの顛末をジュリエッタに報告するシュヴァルツ。

 彼女の私室のソファにねそべったまま尋ねるレグルスに彼はそっけなく答える。


「ご苦労様でした。件の三人は聖騎士さま達が連れて行かれましたわ」


「なんであいつらが出てくるんだよ」


 マッチョなレスラーたちを思い浮かべて微妙な表情のレグルスだ。

 副業だか正体なんだか知らないがレスラーの彼らの本当の姿は教団の聖騎士団だ。

 権威と実力においては大国の騎士団にも引けを取らない軍団ではある。


 現在彼らは出向という形で蒼国の統治に手を貸してくれているのだ。


「警護兵や王宮のスタッフでは取り調べがままならないからだそうですわ」


 ソファに座ってレグルスに膝枕しているジュリエッタ。

 彼女はシュヴァルツにも椅子を薦めるが彼は軽く頭を横に振って腰を下ろそうとはしなかった。


「ついこの前まで田舎町の駐在さんやってた連中だからな」


 都市庁舎の職員だった者たちはほとんどがそのままブルーディアース王国の職員となった。

 警備隊は騎士団に名を変えている。

『蒼穹騎士団』が現在の彼らの看板だ。

 騎士団長は隊長だったエドワードが務めることになった。


「当面はあいつらでいいだろ。どうせこんなとこに攻めてくる奴もおらん」


「ついこの前来たばっかりのような気がするのですが……」


 若干掠れ声で言うジュリエッタが思い浮かべているのはあの空を行く大魚、要塞鯨であろう。

 皇子マクシミリアン率いる精鋭帝国第一師団の所有である要塞鯨。

 向こうにその気が無かったので兵たちが降下してくる事は無かったが、もしそうなっていれば皇子とレグルスが戦っていた間に空中都市は簡単に制圧されてしまっていた事だろう。


「あんなんが来たら腕利きを雇っていようがどうせブッ飛ばされるんだから結果としては一緒だ。だったら給料安いアイツらの方がまだいい」


 酷い事を言うレグルスであった。

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