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第四十二話 蒼穹の王国ブルーディアース

 ベルナデットの言う国王探しのよいアイディアとは果たして……。


 一夜が明けて彼女がレグルスを伴ってやってきたのは空中都市内部である。

 建物内とも艦内ともいえるロストテクノロジーの鋼鉄の空間を歩く二人。

 ここまで連れて来られればレグルスも彼女が何を言わんとしているのか察しがついた。


「それで……」


 古の賢人ギゾルフィは一通りの話を聞き終えてから口を開く。

 モニターやコントロールパネルの並ぶ自分のデスクに座って話を聞いていたこの老人にベルナデットがお茶を持ってやってくる。


「私にやれというのか」


「うむ。そういう事だ。考えてみりゃジイさんがここの事は一番詳しいしな。適材適所というわけだな、わはは。見た目もなんか偉そうでイカメシイしそれっぽいしな」


「……ダーリン、説得が雑」


 肘でレグルスを軽く小突くベルナデット。

 老賢人はまったく表情を動かす事もなく少しの間黙考していたが……。


「いいだろう。引き受けよう」


 やがてそう言ってうなずいたのだった。


「お、マジか! やってくれるか。正直嫌がられると思ってたぞ、わはは」


「元々生まれた時代には大きな集団の長を務めていた事もある。お前たちのサポートがあればやれなくもないだろう」


 すんなり了承を得られて驚いているレグルス。

 うむ、とギゾルフィがうなずいてカップを口にした。


「今更ここの所有者面をする気はないが……」


 そう前置きしてから老人は目を閉じる。


「それでも皆にはこの空中都市を私の望ましいと思う使い方をしてほしいと思っている。代表になればそういった意向も通りやすくはなるだろう」


「望ましいってどんなだ?」


 自分で持ってきた豆菓子を袋から直接ボリボリ食べているレグルス。

 とても一つの国家の大事を話している様には見えない。完全に茶飲み話感覚である。


「平和的に使って欲しいだけだ。大戦の時代に生まれた技術であるが、だからこそ今はここにいる者たちは心穏やかに過ごしてほしい」


 軍事利用の為にこの空中都市を生み出し運用してきた彼だからこその意見である。


「そうなれば……私や仲間たちのしてきた事にも意味があるというものだ」


 一瞬老人が遠い目をしたのは、自分が生まれた時代の風景を見ていたのだろうか……。


「後は過度の金儲けの為に利用されるのもあまり喜ばしくはないな」


「あー、こいつを上手く使えば大儲けできそうだな」


 わはは、と笑いながらお菓子を食べているレグルスに何かを警戒するように老賢人の眉が僅かに上がった。


「ジイさんが嫌ならダメだって言やいいさ。その為の王様だ」


「金を稼ぎたいとは思わんのかね?」


 問われてレグルスは空になった菓子の袋を丸めて適当にポイと放り投げた。

 その先にはゴミ箱を持ったベルナデットが待機しており彼女がキャッチする。


「金はいるさ。何をするのにも金はいるしな」


 フンと鼻を鳴らしてからレグルスがニヤリと笑う。


「だがオレは金を稼ぐために生きる気はない。何かがしたくて金がいるから稼ぐのはいい。だが金を稼ぐことそのものを目的にする気はないぞ」


 レグルス・グランダリオは世界中を旅してみたくて生まれ故郷を出た男だ。

 金を使ってできる事で彼の好きな事は沢山ある。

 ただ金そのものはそんなに好きではないのだ。あればあったでパーッと使ってしまうタイプである。


 ふわ、と大欠伸をしながらレグルスは立ち上がった。

 ギゾルフィが王位に就くことを了承した以上はもう自分の役割は終わった。

 じゃあな、と手を振ってレグルスは老賢人の部屋を出る。


「……変わり者め」


 扉が閉まってから軽く笑ってギゾルフィが呟いた。


 ────────────────────────


 ……それから数か月。

 空中都市は大忙しの日々が続いた。


 空に浮かんだロンダーギアの街は一つの国家として王国から独立する事になり、新たな国名は公募で決まる事になった。


「オイ! 何だこの『大空プロレスリング』って!! 乗っ取るつもりの奴らがいるぞ!!!」


 紆余曲折はあったものの……。


 蒼穹の王国『ブルーディアース』

 新たな国名はそう決まった。

 巷では『蒼国』の異名で呼ばれる事となる。


 ロンダーギア住人たちには蒼国の民として空中都市で暮らすのか元のリアナ・ファータ王国民として地上で生活するのかを選ばせた。

 結果として住人の二割が空中都市を離れ地上に降りる事になった。

 大変だったのは新たに蒼国での生活を望んだ者たちの審査選別である。

 募集を掛けた所、実に定員の二百倍以上の応募がありとてもすぐに選んで連れて行くという事は不可能となってしまった。

 新住人の審査は地上で王国が随時行ってくれる事に決まった。

 今後物資の移送のタイミングなどで少しずつ受け入れていく事になるだろう。


「縁があって私が諸君らの代表と言う事になった。国王という肩書きではあるが上に立ってあれこれ命じようとは思っていない。思った事、考えている事があれば遠慮なく聞かせて欲しい。諸君らの国だ。皆の力で住みよい国にしていこう」


 建国記念祭でのギゾルフィ王の演説には集まった皆の暖かい拍手と歓声が送られた。


 ────────────────────────


 新世界プロレスリング蒼国支社。

 今日もここではレスラーたちの苦悶の声と鬼トレーナーの怒号が響き渡っている。


「7998ッ! 7999ッ! 8000ッッ!! よーし、そこまでだッッ!!」


 竹刀を手にしたマスク・ザ・バーバリアンが号令を掛けると足元に汗の水溜りを作ったレスラーたちがスクワットを終えて一息ついた。

 そして、そのレスラーたちの中には最近この集団に加わったばかりの新顔もいる。


「オォ~イ、どうなってんだよここは。帝国軍よりもトレーニングが厳しいぞ? どいつもこいつも平然とこなしてやがるしよ~」


 ぐったりと座り込んでボヤいているのは帝国親衛隊の一人であった帝国騎士イリアスである。

 銀髪の男の端整な顔は今疲労困憊で引き攣っている。


「知らん……」


 仏頂面で答えたのは同じく帝国の親衛隊カールレオンだ。

 この男が無口で愛想がないのはいつもの事であるが3割り増しでそう見えるのはやはり疲労からであろう。


 要塞鯨の襲来の際に空中都市に降り立って戦ったこの二人は昏倒させられている内に仲間たちが撤退してしまい置き去りの状態になってしまったのだ。


「だが、これが連中の強さの理由だというのなら取り込んで自分のものにするだけだ」


「あぁ、どっちみち逃げるのは無理だとわかったしな……」


 これまで何度か脱走を試みている二人。

 だがいずれも失敗し連れ戻されてしまっている。

 空を飛べない二人が逃げることの出来るタイミングは物資搬入の為に都市が地上に降り立つ時以外にない。

 なのでそのタイミングで毎度脱走を試みるのだがどこへ隠れようが見つかる。

 走って逃げても追いつかれる。掴まれれば力で脱出はできない。


「一兵卒ですらこの鍛え方とはな……なるほど、帝国軍(われわれ)に平気で弓引くような真似をするわけだ」


 レスラーたちは蒼国の兵というわけではなく民間人であり……しかも正体は教団の聖騎士なのだが、その辺りを誤解しっぱなしで嘆息するカールレオンであった。


 ────────────────────────


 ジュリエッタの屋敷、昼下がり。


「レグルス様ーっ! レグルス様、どこですの?」


 中庭に顔を出したジュリエッタ。

 ちょうどそこには掃き掃除をしているメイド服のシンラがいる。


「レグルスならミレイユと出かけている。プロレスを観てくるらしい。夕食は外で取るので必要ないそうだ」


「置いてきぼりでありますよ……トホホ」


 嘆きながら草むしりをしているエドワードだ。

 ここの使用人でもない彼にそんな事をする理由はないのだが手持ち無沙汰なのだろう。

 その彼の背後では蝶々を追いかけてポメ朗が走り回っている。


「むむぅ……デートですのね……」


 口を尖らせるジュリエッタ。

 しかしすぐに彼女は苦笑して嘆息する。


「色々忙しかったですものね。今日くらいは譲ってさしあげますわ」


 ………………………………。


 やがて日が暮れて……。

 煌々と照明で照らし出された屋外特設リング。

 パイプ椅子の客席は今日もほぼ満席である。


「なァァにやってんだアキレス!! 根性だ!! 根性見せろ!! ブラックタイラントなんかに負けるじゃない!! 跳ね返せコラ!!!」


 拳を振り上げ立ち上がったレグルスがリングに向かって叫んでいる。

 アキレス・オノデラは悪役(ヒール)の覆面レスラー、ブラックタイラントに背後からチェーンで首を絞められてピンチである。

 レグルスの隣に座って観戦しているミレイユも叫んだり立ち上がったりはしていないものの膝の上に置いた握り拳は力が入って微かに震えていた。


 ……………………。


「いやぁ、コーフンしてしまったな。汗かいたわ」


 興業が終わり会場を後にする二人。

 叫びすぎてやや疲れているレグルス。

 まだ熱を持っている頬に当たる夜風が気持ちいい。


「んで……どっかで食って帰るんだったか?」


 隣を歩くミレイユの方を見るレグルス。


「はい。ラーメンを……。餃子も頼みたいのですが一人では食べ切れません。半分お願いします」


「おう好きなモン頼め。食い切れなきゃ食ってやる」


 しかし……ふと考えるレグルス。

 今日はミレイユの希望によるデートコースだったがプロレス観戦からラーメンとは……。


(なんか……オッサンくさい趣味になったな、コイツ)


 そう思いはしたものの口には出さないレグルスだ。


(親父を殺さなきゃいかんとか思って生きてくよりも、親父臭い趣味に染まって生きてく方が大分マシだろ……多分な、知らんけど)


 そしてレグルスはミレイユが両手で大事そうに抱えている包みを見る。


「今日もなんか買ったのか」


 こくんと肯いてミレイユが包みを開けて何かを取り出す。


 ……それは首がユラユラと動くブラックタイラントの人形(フィギュア)であった。


「……また悪役(そっち)の買っとる!!!!」


 慄くレグルス。

 少しだけ微笑んだミレイユ。


 そうして近いようで触れはしない距離のまま、二人の人影は夜の喧騒の中に消えていくのだった。


[第一部 完]

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