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第三十六話 財力と人脈

 レグルスは抱き寄せていたミレイユを離すと軽く手で押し、自分から遠ざけた。


「ちょっと離れてろ。オレがこいつと話を付けてやる」

「ですが……」


 ミレイユの表情が陰る。


 長兄マクシミリアンの強さは彼女も知っている。

 恵まれすぎた体躯を徹底した実戦主義で鍛え上げてきた戦士……それが第一皇子マクシミリアンだ。

 参戦した戦場では彼は常に最前線にいて、誰よりも激しく戦い続けた。

 それを皇族の宿命、試練だとして一歩も退かなかった。

 この兄の全身は傷だらけだ。

 身体に消えない傷跡が増える度に彼は戦士として更なる高みへと昇っていった。


「いいから黙って任せておけ! こんなんでも一応はお前の兄貴なんだろうが。オレには兄弟はおらんが……兄弟でそういうのはあんまよくない。多分な」


「…………………………」


 無言のままミレイユは肯き、そしてゆっくり二人から遠ざかる。

 その事をマクシミリアンは何も言わずただ黙ったまま見ているだけだ。


「マクシミリアン様」


 そこへ黒い軍服の二人の男が姿を現す。

 二人とも所作や身に纏う空気から凄腕の軍人である事が窺える。

 親衛隊のカールレオンとイリアスだ。


「来いと命じた覚えはないぞ」


 現れた部下の方を見ようともせずにマクシミリアンが冷たく言い放った。


「いやいや、お許しくださいよ皇子。皇子お一人で戦わせて後ろで待機してたなんて親衛隊隊長(ルクレプト)様に伝わったら大目玉食らっちまう」


 おどけたイリアスが肩をすくめる。

 カールレオンは無言で頭を下げただけだが、恐らくは同意見なのだろう。


「……俺はこの男に用がある。ミレイユを確保しておけ、邪魔するものは排除しろ」


「おい待て!! ふざけんなオレたちで決着付けるまで保留にしとけやその辺は!!!」


 マクシミリアンにレグルスが食って掛かろうとするが……。


「お待ちあそばせ。レグルス様」


 その場に颯爽と現れた銀の鎧に赤いマントの女騎士。

 言うまでも無くジュリエッタだ。


 …………………………。


 ほんの数分前の事。


「!! 親衛隊だ……いかん」


 飛び出していこうとしたシンラの腕をジュリエッタが軽く掴んだ。


「ストップですわよ、シンラ」

「止めないでくれジュリエッタ。連中は厄介だ」


 振り返ったシンラにジュリエッタが首を横に振る。

 行くな……と彼女は言うのだ。

 現在どういった扱いになっているのかは分からないが、シンラは帝国民にして軍属である。

 この場で戦う事がどれだけ国内での彼女の立場を悪くしてしまうか、それは想像するまでもない。

 父を亡くしているとはいえ国内にはまだ縁者もいる事だろう。

 ともすればそういった者たちにまで累が及びかねない。


「お任せあれ。こういう時のために準備はしてありますのよ」


 そう言ってジュリエッタは自信ありげに笑った。


 …………………………。


「行ってくださいまし、レグルス様。こちらの殿方お二人はわたくしがお相手致します」


「ほぉ~?」


 ジュリエッタの発言に興味深げに、そしてやや楽しそうに反応したのはイリアスだ。

 この美形の男はニヤニヤと楽しそうな笑顔で状況を見物している。


 レグルスは少しの間不機嫌になったように無言だったが……。


「よし任せるぞ。オレの代理だぞ、わかってんな? ……責任もって奴らをしっかり泣かせてやれ」


「お任せ下さいませ」


 ウィンクするジュリエッタ。


「私が……」


 ミレイユが一歩前に進み出るが……。


「ダメですわよ。お控えあそばせ。戦うべき相手とそうでない相手というものがありますの。今日のこの場は貴女の戦場ではありませんわ」


「……………」


 ジュリエッタに制止されてしまった。

 やはりレグルス同様に彼女もミレイユは帝国軍とは戦うなという。


 そしてレグルスはマクシミリアンに「付いてこい」と視線で促して歩き出す。

 無言でそれに従う第一皇子。

 邪魔の入らない場所で存分に戦いたいという一点で今この二人の意識は統一されている。

 立ち去る二人の男をミレイユたちは無言で、親衛隊の二人は敬礼で見送った。


(ありがとうございます……レグルス様)


 去り行くレグルスの後姿にそうジュリエッタは心中で礼を言う。

 この世で一番愛しい男性。自分に新しい世界をくれた人。

 この場で役に立てることで少しでも恩を返せたらと思う。


(ありがとう、ミレイユさん)


 そしてジュリエッタはその視線をミレイユに移す。

 自分の新しい可能性を教えてくれた大事な友人。

 彼女の為に戦えることを嬉しく思う。


「こんな麗しい御令嬢にお相手頂けるとは、はるばるやってきたかいもあるってもんだ」


 目の前に立つ二人の男の内の、顔のいい方が何やら薄ら笑いを浮かべている。

 分かる……見下されている。

 確かに今の自分の実力では二人を倒すどころか片方にも届いてはいないだろう。

 それが自分で理解できる程度には彼女も成長しているのだ。


 この街に来たばかりの頃と比べれば魔剣を授かりそれを徐々に使いこなせるようになっていって……。

 ジュリエッタはとてもとても強くなった。

 しかしそれで気が付いたことは、強さとは高めれば高めるほどにより手の届かない相手が現れるという事。

 これまで辿り着けなかった高い峰を制覇した者は、そこもまた数多の不登の峰々に囲まれた底部である事を知るのだ。


 フッとジュリエッタは笑った。

 何故ここで彼女から笑みがこぼれる? 二人の男が怪訝そうに眉を顰める。


(それがなんだっていうんですの? わたくしはわたくしですわ)


 今はまだ……実力で目の前の敵に及ばないのだとしたら。

 それならば自分は自分らしく、手元の手札(カード)で戦うだけだ。


(わたくしらしく、わたくしの個性で!!)


「……ッ!!」


 突然、カールレオンが隣のイリアスに激しく肩をぶつける。

 ぶつかってこられたイリアスは不意打ちだった事もあり横に弾き飛ばされ辛うじて倒れずに踏ん張った。


 ……ガァン!!!


 どこかで遠くで銃声がして。


「ぐ……ッッ!!!!」


「カール!!!!」


 カールレオンの左肩から真紅の飛沫が上がった。

 普段ほとんど表情を動かさない武骨な男が苦痛に顔を歪めている。


狙撃手(スナイパー)!! そんなものを伏せていたかッッ!!!)


 険しい面相になったイリアスが歯噛みする。

 この女の奇妙な自信の正体はそれか。

 相方の体当たりがなければ胸板を撃ち抜かれていたかもしれない。


(そう! 他の方にはないわたくしの個性……それは、財力(カネ)人脈(コネ)!!!)


 レグルスも伏兵の存在を察したからこそ自分にこの場を任せてくれたのだ。

 言葉にせずともそれが伝わったことがとても幸せだ。


 ジュリエッタが手配した傭兵が今二人の帝国兵を狙っている。


「イリアス。狙撃手を探し出して仕留めろ」


 愛用の武器、長槍を右手で構えるカールレオン。

 撃たれた左腕は動かないのか、だらりと下げたままだ。

 指先からぽつぽつと地面に血が滴っている。


「わかった」


 今度ばかりは軽口もなく、イリアスが疾風のようにその場を駆け去る。

 このままジュリエッタに防戦に徹されてそこを狙撃手に狙われたのではいい的だ。

 先に射手を潰さなくてはならない。


 奇襲による先手を許しはしたものの二人とも帝国でも最高ランクの戦士たちだ。

 音やその他の情報から既にイリアスは狙撃手が潜んでいる場所を大まかに割り出していた。

 そこからは狙えない物陰を移動しながら銀の髪の美丈夫が街を走り抜ける。


 ………………。


 都市庁舎の屋上にその男はいた。

 彼の足元には狙撃銃が転がっている。

 まだ銃口から細く硝煙の上がっている銃が。


 強めの風が吹き抜けて彼の真っ赤な髪を揺らしていく。


「…………………」


 小さな丸いレンズのサングラスの向こう側……鋭い目を細める狙撃手。

 標的が一人こちらへ向かってきている。

 あの一発だけでこの位置を割り出したらしい。

 ……流石に優秀だ。


 だがその優秀さが命取りになる。

 目付きの鋭い端正な顔の男の、その口元に笑みはない。

 これは彼が笑えるような話でもない。


 契約が交わされ報酬が支払われたので仕事をする。

 ただそれだけの話だ。


 いつもの自分の……赤い髪の死神シュヴァルツシルトの日常でしかない。


 ただ新しい人造の右腕の調子がすこぶる良好だ。

 その事は少しだけ気分がいい。


 ……今、標的がこの建物に辿り着いた。


 しかしこれ以上自分が相手をする必要はないだろう。

 仮に屋上(ここ)まで上がってこれればそうもなるだろうが、それはあり得ない話だ。

 今日はこの建物が自分の巣だ。

 ここへ相手をおびき寄せた時点でもう自分の仕事はほぼ終わったようなものなのだから。


 ………………。


 都市庁舎に辿り着いたイリアス。

 狙撃手はここの屋上だ。周辺でもここくらい高い建物は他にない。

 当然といえば当然のロケーションである。


 油断なく親衛隊員は建物の内部の様子を窺う。


(思った通りだ。待ち構えているな)


 自分がここを探り当ててやって来ることは織り込み済みというわけだ。

 だが望む所である。

 自分とて帝国軍の最精鋭部隊の一人なのだ。


 イリアスが建物の中に足を踏み入れる。


 入ってすぐの部分は三階分が吹き抜けの広いロビーとなっており……。

 そのド真ん中にリングが設置してあった。


「……あの」


 思わず真顔になってしまうイリアス。


 リングの上には巨漢のマスクマンが腕組みで仁王立ちしている。


「よく来た」

「いえ、ちょっと……」


 上がってこい、というように手招きしているマスク・ザ・バーバリアン。

 イリアスは酷く混乱している。


(どっ、どういう状況だ!!? なんだコイツは!? コイツが狙撃手なのか!!??)


 何が何だかわからないが避けて通れる相手でもなさそうだ。


「チッ、お前のようなむさいのは管轄外なんだがな……」


 歴戦の戦士は一瞬で精神を戦闘状態に戻すと跳躍しロープを飛び越える。

 その間にも既に彼は抜剣を終えている。

 やや刀身が反っている片刃の剣が彼の愛用の武器だ。


「シャアッッッ!!!」


 マットに着地するよりも早く空中で無数の刺突を繰り出すインペリアルガード。

 だがそれに対するバーバリアンの反応は彼の想定外のものであった。


「!!?」


 まっすぐに向かってくる。

 避けるどころか防ごうとする素振りすらなく。

 上半身裸の男が……自分の剣の切っ先に向かって。


プロレスラー(トゥルーウォーリア)の鋼の肉体(ーズ・ボディ)』この男にはリングと見なした場所での凶器攻撃が通用しない。

 無数の刺突はすべてその分厚い胸板によって弾かれてしまう。


「化け物めぇぇぇッッッ!!!!」


 驚愕と……そして怒りの感情でイリアスは叫んでいた。

 そして突進する重戦車と化したバーバリアンは持ち上げた太い腕に相手をロックオンする。


()()(アン)()(ボン)()ーッッッッ!!!!」


「ッッッッ!!!!!!」


 渾身のラリアートが炸裂する。

 この時点で既にイリアスは意識を失っている。


 だがバーバリアンは止まらない。

 持ち上げた腕にイリアスを引っかけたまま爆走する。

 壁を突き破り、外へ……。

 そして隣の建物の壁にそのまま突っ込む。


 三軒の建物を貫通し合計十一枚もの壁を体当たりでブチ抜いてようやく彼は止まった。

 その足元にボロ雑巾のようになったイリアスが力なく落下する。


「……メインイベンターになるには、まだまだ鍛えなければならないようだな」


 勝ち名乗りを受けるかのように人差し指を頭上高く突き上げるバーバリアンであった。

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