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第三十五話 長兄来臨

 ロンダーギアがお空の上の街と化して半月ほど。

 無事に炉の修理が終わり制御装置が正常な稼動を開始する。

 これでいつ街を地表に下ろしても大丈夫になった。


 ただ、問題はどこに下ろすのかという事だ。


「今聖女様がリアナ・ファータ王国の重鎮たちと協議を重ねて降下地点をお決め下さっておる」


「世界中どこでも顔出してやり取りできるってのは便利なもんだな」


 大神殿の枢機卿の間。

 立って話をしているバルカンに対してレグルスは椅子に座って足を組んでいる。

 ナチュラル無礼な男であるがこの場で彼を咎めようとする者はいない。

 エンリケとシェリルも一緒である。

 彼らは都市の今後という重要な話をしている所だ。


 地上と隔絶され連絡の取り様がなくなってしまったロンダーギアの街だが、その問題を遠い聖地にいるアニエスが解消してくれた。

 彼女が遠隔投影により王都との連絡役になってくれているのだ。

 おおよそ8000kmを経由する壮大な伝令役だ。


「食料はまだしばらくは持つのだが、なるべく早くに一度地上へ降りて皆を安心させてやりたいな」


 なんとか地上に降りれる目処が立って安心している様子の都市長。

 降下地点に食料や医薬品等の補給物を用意しておいてもらう事になっている。


「少人数で地上との行き来ができるような小型の乗り物もあるのだが、まだ調整中だ」


 ギゾルフィによればいずれはその小型降下艇を使って物資のやり取りや人の行き来が可能になるとの事だ。


「落ち着かんから下で暮らしたいって奴もいるだろうし、好きに選ばせればいいな」


 わはは、と大口を開けてレグルスがお茶請けの饅頭をそこへ放り込んだその時……。


「大変です!! 社長!!! ……じゃないや猊下!!」


 一人のプロレスラーが……否、聖騎士が慌てた様子で部屋に入ってくる。

 驚いたレグルスは饅頭を丸呑みしてしまい、椅子ごと横に倒れた。


「何があった?」


 バルカンが法衣を脱ぎ捨てながら問う。

 その下はレスリングコスチュームである。

 段々正体を隠さなくなってきた枢機卿だ。


「脱ぐなよ……」


 ジュリエッタに助け起こされてお茶で饅頭を流し込んだレグルスは渋い顔だった。


 ────────────────────────


 住人たちが空を見上げて顔色を失っている。

 ……今、空中都市の一部に陰が差していた。

 地上遥か高くにあるはずのこの都市にだ。


「なんだなんだ? ……うへっ」


 大神殿を出てきたレグルスたちも住人同様に上を見上げて……そしてヘンな声を出す。


 大きな魚が……空を飛んでいる。

 その巨大生物が街に陰を落としているのだ。

 レグルスは知らなかったが、それはクジラと呼ばれる本来海にいるはずの生物であった。

 ただそのサイズは海にいるクジラの最大級の個体よりも何倍も巨大だ。


要塞(フォートレス)(・ホエール)か……」


 見上げる枢機卿が眉を顰めて目を細める。


「なんだそれは?」


 レグルスは面倒ごとの予感を感じ取っていやそうな顔である。


「古代に魔術によって生み出された生命体だ。名前の通りにあれの背に要塞があるはずだ。偶然来たわけではあるまい。乗り込んでくる気かもしれんぞ」


 空中都市は今、流れる風に逆らわずに空をゆっくりと移動をしている状態だ。

 にもかかわらずに要塞鯨は都市上空の同じ場所に留まり続けている。

 つまりは街と同じ速度、同じ方向に緩やかに移動を続けていると言う事だ。

 真上にピタリと張り付かれている。


「帝国です」


 静かな一言に全員がその発言者を……ミレイユを見た。


「兄が任されている要塞鯨です。……第一皇子マクシミリアンが来ています」


 そう言った彼女の声には僅かな憂いの色が滲んでいた。


 ─────────────────────────────


 ロンダーギア上空、鯨上要塞。


「お待ちくださいマクシミリアン様!! 只今降下凧(フォールカイト)をご用意します故!!」


 慌てて走ってくる褐色の肌の無骨な中年男。

 帝国第一師団の副官カーネギー……その彼に黒い軍服の巨漢がゆっくりと振り返った。

 カーネギーも長身であるのに、彼はそれよりも頭一つ分大きい。


「いらん。俺を誰だと思っている」


 ごつごつとした岩のようなキズだらけの顔面にハンマーのようなアゴの大男。

 ギルオール帝国第一皇子マクシミリアンが鋭く言い放つ。


「……上空に国境線はないぞ、ミレイユよ。馬鹿な妹め。むざむざ俺のテリトリーに上がってくるとはな」


 前方に突き出た分厚い額のその下の小さな目をギラリと輝かせるマクシミリアン。


「勝手をするのもここまでだ。この兄が力ずくで帝国へ連れ戻してやる」


 ガコン! と重たい音を響かせて第一皇子の眼前のハッチが開いた。

 強い風が彼の逆立つ髪を揺らす。

 目の前には青い空だけが広がっている。


 巨大な両刃の戦斧を肩に担いで再び背後の副官を振り返る皇子。


「行ってくる。帰りは合図を出す」


 それだけ言い残すと巨漢は無造作に虚空に身を投げた。


「皇子!!! ……あぁ」


 慌てて手を伸ばすカーネギーだが、既にそこには誰もいない。

 目の前で第一皇子は飛び降りてしまった。

 数十m下の空中都市へ。


「行ってしまわれた……!! インペリアルガードに連絡せよ!! すぐにでも何人かを降下させるのだ!!」


「ハッ!! 既にイリアス様とカールレオン様が降下の準備に……」


 配下の士官に向けて怒鳴るカーネギー。

 敬礼して返答する部下にようやく彼の表情に幾分か余裕が戻る。


「よし、すぐに出せ!! あの二人であれば問題あるまい」


 帝国親衛隊……インペリアルガードとは帝国軍全師団より選抜された精鋭による部隊である。

 第二師団の師団長であり帝国軍全軍の指揮官だったヨーゼフ・エルドガイム将軍も親衛隊の出だ。


 …………………………。


 鯨上要塞格納エリア。

 その壁にある緑色のランプが点灯する。


 目を閉じて腕を組み壁に背を預けていた黒い軍服の男が顔を上げる。

 眉毛のやや太い精悍な顔立ちの男である。

 黒色の長髪であり襟足で束ねている無骨な雰囲気の男。

 親衛隊員カールレオンだ。


「出番だ。……降りるぞ」


 声を掛けた相手はもう一人の親衛隊員……銀の髪のイリアス。

 彼は自慢の甘いマスクを手鏡に映し、先ほどから一生懸命に額に一房垂らす前髪を整えていた。


「あァッ! どーも今日は前髪がキマらんなぁ。嫌な日だ」


「これから戦闘だというのに、物好きな男だ」


 背中の部分に大きな三角の凧が付いた胸部アーマーを装着しながらカールレオンが嘆息する。


「だからだろ~? いつ死ぬかわからんのだからみっともない死に顔晒さんように身だしなみには気を付けなくっちゃなぁ」


 仕方が無い、と言った様子で手鏡をしまいイリアスも凧付き装甲を着込んだ。


「マクシミリアン様がもう降りてるんだろ? 出番あんのかね」


「何も無ければそれでいい」


 そっけなく言い残して開いたハッチからカールレオンが飛び出していく。


「もうちょい楽しくトークしようぜ~?」


 ボヤいてからその後を追って飛び出すイリアスであった。


 ────────────────────────


 ドォンという大きな音が響き、足元がぐらぐらと揺れる。

 何かが……上空の鯨から降ってきたのだ。

 それが地面に激突し、その振動が離れたレグルスたちにまで伝わる。


「げっ、なんか落っことしてきやがったぞ」


 その何かは街の一角、道路の真ん中に落下してそこにもうもうと土煙を上げている。

 落下地点の地面はすり鉢状に窪んでしまっている。


「……む」


 そしてレグルスは気付いた。

 ミレイユが……いない。


 …………………………。


 クレーター状に抉れた地面の中心。

 立ち込める土煙の中で大きな影がゆっくりと身を起こす。

 遥か上空の鯨から落下してきたマクシミリアンだ。


「ううむ……少々目算を誤ったか」


 忌々しげに呟くと第一皇子は軍服に付いた土の汚れを手で払う。

 自分は帝国の皇族なのだ。みすぼらしい姿を晒すわけにはいかない。


 地上数十mから落下し大地に叩き付けられても彼には負傷らしい負傷はない。

 巨漢の皇子は自らの作った抉れた地面から出てきてその縁に立つ。


「ほう……」


 その目の前にミレイユが立っていた。

 青銀の髪を風に靡かせた皇女が夜の色をした瞳に兄の姿を映してそこにいる。


「兄上様」


「ミレイユ……いたな」


 ずしん、と手に持っていた大戦斧を地面に突き立てるとマクシミリアンは妹の前に仁王立ちになった。


「こそこそと逃げ隠れせずにこの兄の前に出てきた事は褒めてやる。……帝国へ戻るぞ、ミレイユ。お前は戻って帝国法により裁きを受けるのだ」


 ずいっとその巨大な手を差し出すマクシミリアン。


「無意味な抵抗をしなければ謹慎程度で済むように俺が口添えしてやろう。さあ、来るのだ」


「…………………………」


 差し出された長兄の手をじっと見つめ……そして、ミレイユは動かない。


「どうした……来い」


 威圧的なその低い声にわずかに苛立ちが混じった。

 しかしミレイユは黙ったままただ兄を見つめているだけだ。


 怯えた様子はない。

 自分を一息に捩じ切ってしまえそうなこの大きな兄に対しても。


「おおい……おお、いたいた。ミレイユ、お前一人で行くんじゃない」


 立ち尽くすミレイユの後ろからのしのしとやってくる若者。

 傲岸不遜な双剣の男……レグルスだ。

 彼はミレイユを少しだけ追い抜いて斜め前に立った。

 必然的に第一皇子の前に立ちはだかる形になる。


「何だ貴様は……下郎が」


 心底に相手を見下している事を隠そうともせずに不快感を前面に出すマクシミリアン。


「ゲロ? 吐いてないぞそんなもん。お前こそ何なんだよそのデカさは。こっちにお日様が当たらんだろうが、これからは屈んで生きろ」


 ミシッと音を立てて第一皇子の表情が変わった。

 笑ったようにも見えるその面相だが……激怒している。


「貴様の亡骸が……」


 怒りで全身の筋肉がパンプアップしたのか、一回り大きくなったように見えるマクシミリアン。


「原形を留めて残ると思うなよ」


「ほざけデカブツ。何しに来たのか知らんし興味もないが一つだけ言っておいてやろう」


 不意に手を伸ばしてレグルスがミレイユの腰を抱き寄せる。


「あっ……」


「これはオレのだ。オレの女だ。かっさらってこうって奴はたとえ誰であろうが……」


 水面に波紋が広がるように……。

 レグルスを中心にして周囲に灼熱が放たれた。


「ブチ殺す!!!」


 触れただけで炭になって崩れ落ちてしまいそうな……そんな錯覚のする「圧」が。


「………………」


 その挑発とも言える威圧は激昂状態だったマクシミリアンを逆に冷静にする。


(ヨーゼフ……こんな山猿に討たれたのは余程に老いによる弱体化が著しかったかと思っていたが)


 この男の事は知っていた。

 情報は入ってきている。帝国にとっては目障りな男ではなる。

 だがこれまでは取るに足らない相手だと気にかけてはこなかった。

 

 「よかろう。ならば貴様を叩き潰してからミレイユを連れて帰る事にしよう」


 大戦斧を持ち上げその刃をレグルスへと向けて宣言するマクシミリアンであった。

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