第三十四話 性的なイベント発生時に隠密能力が大幅に上がるスキル(カーチャンズ・ステップ)
ギルオール帝国、帝城フューネリオン玉座の間。
ここに主以外の人影がある事はほとんどない。
皇帝は自分の側に他者がいる事を好まない為だ。
侍従長のフレデリックのみが稀に側にいる事を許される。
長い灰銀の髪の皇帝ヴォルフガング……玉座の彼がゆっくりと顔を上げる。
「懐かしいものを……持ち出してきたな」
皇帝が笑う。
その笑みは単に喜悦のものではなく複雑に様々な感情の混じったものだ。
「ククク……善いぞ。実に善い」
鋭いその目が遠い昔に過ぎ去った日々を映し出す。
血塗られていたが輝かしく、もう戻る事のない日々を。
「……時代をかき混ぜてやれ、双剣の者よ」
端正な顔の、その口元だけで笑っている皇帝であった。
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空中都市オルドギア。地下に眠っていた古の遺物。
かつて大戦の時代に空にあった古代都市。
その復活により、地上部分であったロンダーギアの都もまた空へと浮上した。
「……まだ良くない夢を見ているような気分だよ」
エンリケ(マッスル)都市長がため息を付いている。
彼の執務室での一幕だ。
「まだんな事をごちゃごちゃ言っとるのか。とっとと現実を受け入れろ」
応接用ソファに寝転がっているレグルス。
目の前の男は一応の自分の上司であるというのにそんな事はお構いなしだ。
「僕は平凡な地方役人だよ。こんな空想小説の一幕のような事が起きれば思考もショートするさ」
「生きてりゃ1回くらい自分の街が空飛ぶ事くらいあるだろ」
あるかな……という顔をしている都市長だ。
都市の浮上からは既に一週間ほどが経過している。
その間には色々な事があった。
浮上の際の衝撃で建物が壊れた場所もあり、怪我人も死者も出た。
突然の事に住人はパニックに陥りかけていた。
その騒ぎが取り返しのつかない状態にまで拡大しなかったのは教団と聖女アニエスの力が大きい。
遥か遠方の地『聖地』で状況を把握していたアニエスはいち早く大神殿のバルカンたちに呼びかけ、住人を大神殿に集めさせた。
そこでアニエスは魔力による姿の投影で現れ住人たちに落ち着いて都市の役人と教団の指示に従うように説いたのである。
それが功を奏して住人たちは比較的早期に落ち着きを取り戻すことができた。
「……激動の一週間だったな」
「あのメロンパン女もこういう時には役に立つな」
目茶苦茶無礼な物言いのレグルスにエンリケが困った顔で笑った。
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オルドギアを空に浮かせて何もかもが解決したというわけではない。
今空中都市内部では復旧作業が進められている。
従事しているのは賢人ギゾルフィの指示でベルナデットと調査団……そして実際の作業を行うのはロンダーギアから有志で集められた技術者たちである。
驚いたことに作業メンバーの中にはポメ朗も加わっている。
元来がコボルド族とは手先が器用で技術者向きの種族なのだ。
あの黄金巨兵も古代のコボルト族とドワーフ族の技師たちによって作り上げられたものである。
「このように空中都市の存在が露見してしまった以上、最早色々と秘匿する意味はない。諸君らには私の持つ知識と技術を全て継承してもらう」
ギゾルフィはベルナデットたちにそう告げた。
大戦が終わり、数々の超技術による兵器は不要となった。
当時の人々はそれが悪用されることを防ぐために各地にそれを封印し有事の際にのみ閲覧せよと極一部にのみその事実を継承したのである。
ギゾルフィは空中都市の建造に関わった中心人物の一人として、それが後の世で利用される際まで管理を行う事を自ら決めた。
特殊な装置で冬眠状態になり、数十年に一度目覚めて数か月をメンテナンスで過ごし、また眠る。
そんな生活を数百年に渡り送ってきたのだ。
休眠時は肉体の劣化は停止している為彼の肉体年齢は六十代半ばあたりだ。
「この身体が使い物になる内にどうにかして都市の管理を誰かに引き継がねばと思っていたが……思わぬ事でその悩みが解消されたな」
ギゾルフィは感慨深げに言った。
街はこのまま飛びっぱなしというわけではない。
水の供給は都市だけでどうにかなるのだが食料がそうはいかない。
作業を行っても大丈夫なレベルにまで炉のエネルギーが消費されると制御装置の修繕が行われた。
それが完了すればいつでも地上に降下できる。
……とはいえ元遺跡が埋まっていた巨大な穴は周囲からの崩落もあって一部が埋まってしまっている為に元の位置に戻すわけにはいかなくなってしまった。
どこか荒野か平原か……なるべく平坦な土地を見つけてそこに下ろすことになる。
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……ヒマであった。
上空での生活も大分落ち着いた頃、レグルスは一人自宅で悶々としていた。
初めの頃は暇を持て余し過ぎて復旧作業の手伝いなどもしていたが、それもすぐに飽きた。
「くっそ……なんかムラムラするわ。そういや最後にやったのっていつだ?」
悶々とし過ぎていたら性欲まで高まってきてしまったらしい。
「うーむ……どうすっかな。女たちは皆相手してくれんしな」
レグルスの「彼女」たちも各自忙しくしているようで余り構ってくれない。
時期が時期だけに無理からぬ事である。
「仕方ない、シコるか……」
ソロプレイに勤しむことに決定したレグルスが棚の引き出しをガサガサと漁っている。
(周到なオレはこういう時の為のオカズもしっかり準備してあるのだ)
一冊の雑誌を取り出すレグルス。
際どい衣装だったり裸身だったりするうら若き女たちが沢山登場するうっふんあっはんな書物である。
早速ズボンとパンツを一息に脱ぎ捨てベッドに上がりレグルスは摩擦行動を開始する。
(……おっ! おおッ……これは結構いいぞ! 思ったより気持ちよくイケそうだ……!!!)
……そうして、激しいスイングを繰り返す彼が絶頂に至ろうとしたまさにその時。
「……レグルス」
「どわあぁぁぁッッッッ!!!!!????」
不意に呼びかけられて絶叫を上げつつ、盛大にレグルスは赤ちゃんの素を放出した。
いつの間にやらベッドの傍らにミレイユが立っていた。
「おっ……おおおお、お前なぁ! 何でいつもお前はオレに性的なイベントが発生してる時に隠密スキル高めで現れるんだよ!!!??」
息を荒げてレグルスが抗議する。
「あーぁ、すっげえびびった。そんですっげえイった……うわ、あんなとこまで飛んでおる。めっちゃ飛んだなレグルス汁が……。お前、オレにヘンなイキぐせ付いたらどうしてくれんだ」
「私は普段通りです。ノックもしました」
男性のソロプレイを恐らく人生で初めて目撃したであろうミレイユ。
しかし彼女は変わらぬ無表情で何を考えているのかはわからない。
ただ、視線はしっかりどんどん力を失いつつあるむき出しのままのレグルスの「聖剣」に注がれている。
「思うに、それだけレグルスが自慰行為に没頭していたという事なのではないでしょうか」
「……人生でこんな丁寧な表現で『お前がシコるのに夢中だっただけだろ』って言われる事あるか?」
げんなりした顔でため息を付くレグルスだ。
「んで、何の用だよ」
ベッドの上で胡坐をかくレグルス。
今更いそいそパンツを履くのも情けない。開き直って下はマッパのままだ。
性的な状況でもないのにフルチンでこの二人が向き合うのはこれで二度目である。
「お夕食ですが……マーボー茄子にしようかと」
「うん……?」
レグルスが眉を顰める。
「よろしいですか?」
「ぶっ!!! そんだけかよ!!!? 何で今日に限ってメニューの確認なんてしに来るんだ!!! 今までそんな事してなかったろうが!!!」
まくし立てるレグルスに表情のないミレイユ。
「アデリーンさんから、お茄子は苦手にしている方もいらっしゃると聞いたので、念のため確認をと」
アデリーンとはジュリエッタの屋敷のメイドの一人である。
レグルスはがっくりと項垂れると物凄い長いため息を付いた。
それからゆっくりと疲れた様子で顔を上げる。
「……大好物だよ。三人前持ってこい」
「わかりました」
肯くミレイユ。
しかし彼女はそのまま立ち去る様子もなく直立の姿勢のままでいる。
毎度の事で無表情なのだがレグルスには彼女が何かを訴えているかのように感じた。
「まだ何かあるのか?」
「以前から不思議に思っていたのですが……」
肯いたミレイユが話し始める。
「レグルスは女性との性交渉を趣味としていますが、それにしては子孫を望んでいるように見えません。……矛盾していませんか?」
なるほど、とレグルスは思った。
ミレイユにとってはセックスとは妊娠の為のみの行為であるという認識であるらしい。
確かにレグルスは子供が欲しいとは思っていない。
先の事はわからないが、少なくとも今はいらない。
「まったくなんも知らんのかと思っていたが、お前も一応セックスがどういうもんだとかいう知識はあるんだな」
「はい。母には私はいずれ高い魔力を持つ由緒正しい家に嫁ぎ魔力と血統を次代に継承していくのが役目だと言われていました。その時に性行為の手順も学んでいます」
いかにもなエピソードである。
思い切り平民の出のレグルスには関係ないと思っていたが、巷の噂でエライやつは家の都合で結婚相手が決められて自由意志がないと聞いたような記憶もある。
ふーっ、とレグルスが息を吐いた。
「そんなら少しお前にセックスってもんについて教えてやるか。お前のカーチャンが教えてくれなかった事をな」
「……お願いします」
ミレイユが椅子を引いてそこに座った。
真面目に話を聞く体勢だ。
「いいか? セックスってのはな……確かにお前の言うように子供を仕込むためのもんでもある。だがそれだけのもんじゃないんだよ」
エラぶってちょっと仰け反り気味に語り始めるレグルス。
下半身マッパのままなのに。
「セックスってのは男と女がお互い幸せな気分になる為にやるもんなんだ。だから本当は『こいつとなら幸せになってもいいか』っていう特別な相手とやるべきだ。特別だぞ、特別。自分にとってそいつがスペシャルだって奴な。……まー、つっても、その辺は考え方の違いでそう思ってない奴もいるがな。オレはそういうもんだと思ってる」
「特別……ですか」
不思議そうなミレイユ。
理解できたという感じではなさそうだ。
「そうだ。オレはビッグでスーパーな男だからその特別が大勢いるんだが、並の奴はもっともっと少ないぞ。1人だけって奴も多いだろう。別にそれはそれでいいんだ。人それぞれってやつだな」
「ですが、そこまで相手の事も自分の事もわかるものなのでしょうか?」
ミレイユは以前シェリルに聞いた話を思い出している。
彼女は「特別」だと思っていた相手を過去に見誤っていたのだろうか。
「確かにいざセックスしてみたら勘違いで相手が自分の特別じゃなかったって気付く事もあるだろうな。まあそりゃ人生だ、わはは」
レグルスがからからと笑い飛ばす。
「………………」
「ん? ピンときてないか? ……何ならオレとセックスしてみるか? 何かわかるかもしれんぞ、なんてな……わはは」
すると、ミレイユがスッと立ち上がった。
「わかりました。お願いします」
そう言って彼女は襟に手を掛けてボタンを外し始める。
「ぶおッ!? 待て待て、オイ! お前オレの言った事聞いてなかったんか!! 特別だぞ特別!! とりあえずやってみっかとかいうのはアカン!!!」
慌ててレグルスが彼女を留めた。
服を脱ごうとする手をミレイユが止める。
「私は、自分の幸せとは何かは正直良く分かりません。ですが、私がレグルスを幸せにできるのだとしたら、それはとても喜ばしい事のように思います。これまでの人生で接してきた男性たちの事を思い出してみましたが同じ気持ちになる人はいませんでした。これは……私にとってレグルスが特別だという事になるのではないでしょうか」
「お……ぅ……そ、そうか……」
レグルスは狼狽している。
気圧されていると言ってもいい。
「と、とりあえずオレは出したばっかだから……またの機会にな」
「そうですか。ではその時に」
すんなりと受け入れ、彼女はボタンをつけ直した。
…………………………。
ミレイユが帰った後の室内で相変わらず下半身マッパのままのレグルスは頭を抱えていた。
(何で……オレはびびったんだ? やってもよかったろうが)
セックスなら一晩中だろうがいけるレグルスだ。
断った理由は口から出任せである。
(あんな美人で、あんなエライ立場のやつ相手にした事なんてなかったからな。急にオレの中の庶民の血がびびったんかな……うーむ、わからん)
「……とりあえず、もっかいちゃんとイッとくか」
呟いて先ほど吹っ飛ばしてしまったうっふんな書物を拾いに行くレグルスであった。