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第三十話 貪食の魔人スケアークロウ

 警報が響き、照明は赤く明滅している。

 そして断続的に遠くから伝わってくる衝撃と振動。

 何かこの遺跡内でのっぴきならない事態になっている事は明白である。


「いかんな……撃退しなくては」


 立ち上がった古の時代の賢人ギゾルフィ。

 彼は険しい顔で異変を示すモニターを見ている。


「おい、ちょっと待ちな」


 立ち上がった老人を留めたのは……レグルスだ。


「何だと言うのだ。今は悠長に話をしている時間はない」


「誰か来て悪さしてるっていうんだろ? ならオレたちが行ってどうにかしてやるよ」


 自分をクイッと親指で指してレグルスは不敵に笑う。


「……で、提案なんだが、それが上手くいったらこいつらの質問にもうちょい答えてやってくれよ。ジイさんのもっと突っ込んだ話が聞きたいんだとよ」


(……ダーリン)


 ベルナデットが驚く。

 先ほどまでの問答の間レグルスは欠伸を噛み殺しつつつまらなそうにしていた。

 だからベルナデットはろくろく話など聞いていないと思っていたのだが……。

 そうではなかったようだ。

 レグルスはベルナデットたちがこの老獪な知恵者に軽くあしらわれていることに気付いていたのである。


「………………」


 レグルスの提案にギゾルフィは僅かな間黙考する。


「いいだろう」


 やがて老人は肯いて了承したのだった。


 ────────────────────────


「ガハハハッ!! 壊せ壊せ……古代のものなど皆鉄屑に変えてやるわ!! 忌々しいカビの生えた遺物がッッ!!!」


 炎を上げている巨大な鋼の塔を前にしてギエランが笑っている。

 古代の遺物を彼が憎悪するのは黄金巨兵の一件の逆恨みであろうか。

 ただセリフ程には彼らは大規模な破壊は行っていない。

 理由は無論、完全にここを崩壊させてしまうと獲物をおびき寄せることができなくなってしまうからだ。


「……何だ? 聞き覚えのある声がしてやがんな」


「!!」


 フロアにぞろぞろと入ってくる集団。

 レグルスたちだ。戦える者だけがここに来ている。


 ギエランは弾かれたように勢いよく現れた者たちの方を振り返った。


「……来おったなァ!!!」


 黒衣の小男の目が爛々と赤い不気味な光を放った。


「待っておったぞレグルス!!! ここがキサマの……キサマの墓場になるのだァッッ!!!」


「誰だお前は馴れ馴れしい。……知らんぞ、お前みたいなブサイク」


 怪訝そうなレグルス。

 どうも挑発のつもりはなく本気で言っているらしい。

 ビキビキと音さえ聞こえそうな勢いでギエランの眉間に太い血管が浮く。


「……レグルス。黄金の巨兵に乗っていた商人の男です」


 ミレイユがそっと彼の耳元で囁く。

 死の商人ギエランの悪名と人相はレグルスも知っていたが、彼の中ではその男は廃鉱山地下で死んだ事になっているのでもう記憶から除外されているのだ。


「ん? アイツはみっともなく自滅して死んだろうが。幽霊か?」


「がぁぁぁッッッ!!! 貴様ぁぁッッッ!!!!」


 激昂して血走った目で絶叫するギエラン。握った拳を振り上げそれをブンブンと振り回している。

 だが彼は一呼吸を置いて不気味に笑った。

 ……まだ呼吸は乱れたままだが。


「……フン、そのふてぶてしい態度がどこまで続くか見物だな。地獄の底から這い上がってきたワシの恐ろしさを目に焼き付けるがいい」


「……………」


 ぞわっとレグルスの腕に鳥肌が立った。


「……お前か」


 小声で呟くレグルス。

 彼は確信する。ここへ来てからずっと感じていた不吉な予感……それがこのギエランだ。


 この男は財力と悪知恵が売りの、自分ではまったく戦うことのできない男だったはずだ。

 それが何故生身で表れて自分を戦慄させているのだろう……。

 不可解さにレグルスは渋い顔をしている。


「ギイッヒッヒッヒッヒ! お前らだけで楽しくお喋りしてねぇでよ~俺も混ぜてくれよなァ~」


 ずしんずしんと重たい足音を響かせてギエランの後ろから褐色肥満のモヒカン頭の男がやってくる。

 相変わらず手にした紙袋から骨付きチキンを取り出しそれをムシャムシャ食べながら。


「うおっ、なんつーでっけーデブ!! 食いすぎだろお前!!!」


「食べんのは幸せだろうがよ~。ヒトの幸せに口挟むなよなァ」


 意に介さずチキンを食べ続けているスケアークロウ。

 そんな背後の大男にギエランが言う。


「……レグルス以外を片付けろ。あの男だけには手を出すなよ」


「ほいよォ~」


 肥満の巨漢が足元にチキンの紙袋を落とした。


「……ンじゃぁ、()るとすっかねェ~」


 その時、レグルスたちは吹き付ける極寒の突風を肌で感じる。

 現実のものではない。その強烈な寒気は生き物としての本能が発する死の危険への警告だ。


「レグルス様!!!」


 ジュリエッタはもう雷神剣を構えている。

 もはや以前のような迷いや恐れを滲ませたそれではない。

 刀身の周りに浮かび上がった無数の電撃球が衛星のように刃の周囲をくるくると回っている。


 ミレイユもシンラもエドワードも各々が身構えて臨戦態勢に入っている。


「チッ! ブサイクはオレをご指名だそうだ!! でっけーデブは任せるぞ!!!」


 レグルスが飛翔し初撃から大技を決める。

 跳躍からの渾身のバツの字斬り……クロスブレイク(仮名)だ。


「以前のワシだと思うなよ!!! 小僧!!!」


 外見からは想像もできないような俊敏さで跳躍しレグルスの一撃を回避するギエラン。

 そして……そのまま落下せずに空中に静止する。


「クックック……」


 ギエランは黒衣の裾をはためかせながら空中に留まりレグルスを見下ろして笑っている。

 空中浮遊……高ランクの魔術師でもなければ不可能な芸当だ。


「くそっ!! けったいなヤツめ!!」


「今度はこちらの番だ!!」


 上から両手を……その掌をレグルスに向けたギエランの目が赤く輝く。


 ズガガガッッッ!!!!


 両手から放たれた黒色の電撃がレグルスに襲い掛かる。

 横っ飛びでそれを回避すると一瞬前まで彼がいた床に炸裂しバンバンと小爆発を巻き起こしている。


「おおっ!!」


 当たりはしていないものの、ギエランは自分の放った攻撃の威力に満足げに目を輝かせる。


「得意げになってんじゃねえ!!!」


 攻撃を放ち終えて無防備な瞬間を狙ったレグルス。

 上体を半回転させながら跳躍し剣を鋭く横薙ぎにする。


「!!? ……ヒイッッ!!!」


 怯えた声を上げながら間一髪でその一撃を回避したギエラン。

 切り裂かれたローブの裾がひらひらと宙に舞う。


(くそが!! 上にいられると狙い難いわ!!)


 着地し歯噛みするレグルスであったが、一方でギエランも空中で屈辱と怒りに全身を戦慄かせていた。

 今の自分の悲鳴が、あんな声を上げてしまったという事実が彼を憤怒させ更なる憎悪の感情を掻き立てる。


「八つ裂きにしてやるわ!! 小僧がぁッ!!!」


 唾を飛ばして咆哮するギエランであった。


 ……………。


「煌めきなさい! わたくしの雷よ!!」


「『冬の牙(ウィンターファング)』」


 無数の球体の電撃が……そして高速で撃ち出された鋭いツララが……。

 一斉にスケアークロウに襲い掛かる。


「うェァァア!!?? ちょ、ちょっと待てよォ!!! そんなんアリかぁ!!!??」


 両手をバタバタと振って慌てふためく巨漢。

 その彼に容赦なくジュリエッタとミレイユの放った魔術が炸裂した。


「……ギヒィィィィアアアアアァァァァァッッッッッ!!!!!」


 数百kgの巨体が呆気なく吹き飛ばされ後方の床に叩き付けられる。

 普通であれば……ここで焦げた肉片と化して終わりのはずだ。


「痛ぇ!! 痛ぇじゃねえかよォ!! オォイどうなってやがんだプアーマンよぅ!!! コイツらえらい強えじゃねえかよォ!!!!」


 仰向けに倒れジタバタともがきながらスケアークロウは相方への恨み言を口にしている。

 ……倒せてはいない。


 シンラが二人の前に立つ。

 そして「油断するな」と言うように目配せをした。


「軽い気持ちで来たってぇのによォ~……」


 起き上がってくる褐色の巨漢。

 確かに負傷はしているが軽傷ばかり……しかもその傷も見る間に白い煙を上げながら回復していっている。


「……ハァッッ!!!」


 そこへメイドが斬り込んだ。

 常人は視界に捉えることすらできない神速の一撃がスケアークロウの出っ張った大きな腹を横に切り裂く。


「アギィィィッッ!!!!!」


 またも絶叫を上げるスケアークロウ。

 その足元にビシャッと真っ赤な血が飛び散る。


(……浅い)


 シンラが僅かに眉を顰める。

 鎧も着ていない生身の相手だ。

 両断するつもりで彼女は行った。

 だが実際には肉を切り裂きはしたもののその更に下の臓物までは刃は届いていない。


 単純に酷く硬い。ぶよぶよと柔らかそうな見た目とはまるで違う。

 生身の人間の頑健さではない。


「酷ぇ事しやがるぜェ~……カワイイ面して悪魔みてぇな事しやがる」


 億劫そうに首を左右に揺らしているスケアークロウ。

 その腹部の大きな傷が煙を上げてジュウジュウと音を立てて塞がっていく。


 ……これは、迂闊に仕掛ければ攻撃側が消耗するだけになるのではないか?

 そう考えてミレイユたちは次の攻撃に移れずにいた。

 だがスケアークロウの方も攻撃してこようとしない。

 傷を塞いだばかりの腹を摩りながら緩慢な動作で体を揺すっているだけだ。


「……なんだかもう、面倒臭くなってきちまったなァ」


 本当にだるそうな口調で言うと男は俯いた。


「とっとと終わりにすっかァ」


 瞬間。

 先程とは比べ物にならないほどの冷たい風が吹いた。


 やはりそれは現実の風ではなく、とても……とても強い死の予感だ。


 めきめきめきめきめきめき……。


 音を立ててスケアークロウの全身が変容していく。

 体色は青黒く変化し全身が逆立つ大きなウロコ状の表皮で覆われていく。

 生き物のようでもあり鎧のようでもある。

 頭部のモヒカンヘアは大きなヒレに変わっており、尻には短い尾が生えている。

 そして顔は……鋭い牙が並んだ大きく裂けた口の獣とも魚類とも言えない醜悪なものへと。


 異形異様の姿で何よりも目を引くのがその出っ張った大きな腹部に横に開いた巨大な口だ。

 頭部だけではなく腹にも口がある。


「……かっ、怪物」


 額に冷たい汗を浮かべたジュリエッタが喘ぐように呟いた。


「食らってやるぜェ……頭から丸ごとバリバリとなァ」


 スケアークロウはそう言って腹部の口をガバッと開きそこから巨大な舌をベロリと伸ばした。

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