第二十九話 遺跡の守り人
「地下」「古代」「遺物」とワードが並ぶと否が応でも以前の廃鉱山地下での一件を思い出さざるを得ない。
あの地に眠っていた古代兵器は動力として「闇の炎」と呼ばれるエネルギーが利用されていた。
もしやここにも同じエネルギーを利用した動力装置があるのでは……ミレイユはそう訝しんでいる。
闇の炎とは赤紫色の揺らめきであり、呼び名は見た目から付けられたもので熱は持たず何かを焼くこともなく炎としての性質は持っていない。
「裂け目」と呼ばれる亀裂から漏れ出しているのを採集する以外に入手の方法はないとされている。
その裂け目の向こう側は……ここではないどこか別の世界であるらしい。
エネルギーとしては非常に優秀で非常に大きな動力源であるにも関わらずに消耗が極微で……しかも失われた分も時間の経過と共にどういう理由でか元に戻る。
古代にはこの闇の炎を用いた様々な装置や兵器が作り出され戦況の好転に大きく寄与した。
だがいつしかこのエネルギーは禁忌とされて使用されなくなった。
その理由をミレイユは知らないが、推測できる一幕はこの前の一件にあった。
悪徳商人ギエランが闇の炎によって生きながら全身を溶解され消えていった事だ。
後で掘り出された巨兵の残骸からはギエランが身に着けていたものだけが発見されたと聞いている。
(あれは……確かに人が手を出すべきものじゃない)
「……おーい?」
呼び掛けられ、我に返ってミレイユはハッとなった。
斜め下からベルナデットが覗き込んでいる。
「申し訳ありません。少し考え事をしていました」
「お疲れです? 頼みますよーまだまだ序の口なんで」
責めているわけではあるまい。
ベルナデットの明るい言い方はむしろ自分を鼓舞してくれているように聞こえる。
わかりました、とうなずくミレイユ。
遺跡に下りてきてから二時間近くが経過している。
今のところあまり下りてきた箇所からは進んでいない。
まずは周辺の調査を念入りに行い、今後の進行ルートやどのくらいのペースで進めるのかを決めるのだという。
「この機構はカンヴァーラの空中庭園にあった全自動水車に用いられてるものと同じだ! つまり同時期のものである可能性が高い!!」
「何を言うとる!! 同様のものはユベラ期には既に存在しとった!! もっと前の年代に決まっとるだろうが、このハゲ!!」
二人の学者が今にも掴み合いになりそうなレベルで議論を戦わせている。
周囲を調べながらああだこうだと言い合っている内に口論になってしまったのだ。
「興奮すんじゃねーですよ!! あとハゲは言い過ぎだろ!!」
それを間に入って宥めているベルナデットだ。
……宥めている? 同レベルに興奮しているように見えなくもないが。
「初めて入るが……暗黒時代の遺跡とはこういうものなのか」
物珍し気に周囲を見回しているシンラ。
普段ストイックな彼女であるが今は少しだけ高揚しているように見える。
「この前みたいなもんかと思ってたが結構違っとるな」
レグルスは前回の鉱山地下の遺跡を思い出しながらこの遺跡に足を踏み入れたが中の様子はあの時とは随分異なっていた。
前回の遺跡は言うなれば巨大な格納庫であった。
いざそう言われてみると随所にそれを連想させる設備があったような気もする。
そして今回は……?
格納庫ではないというのなら、ここは一体どんな用途で使われていた建造物なのだろう。
「まったく、なんで仲良くできねーんですかね。ハゲ同士」
そこへ無事仲裁を終えたらしいベルナデットが肩をすくめながらやってきた。
「どうすんだ、進むのか?」
「やー、それがですね」
バリバリ乱暴に頭髪を搔きむしっているベルナデット。
「大雑把に調べてみた感じ、どうもここウチらが思ってたよりもとんでもなくバカでけーみたいなんですよね」
困った、というような表情で彼女は腕組みしている。
「今のウチらの人数と準備じゃとてもじゃねーけど奥まで調べには行けそうにねーですよ。今回はとりあえずこの辺りを調べられるだけ調べて、そんで1回戻って改めてもっとデカい調査団を組織するように申請を……」
『これは何の騒ぎかね』
突然聞こえた落ち着いた調子の低い声。
それはレグルスたちの誰のものでもない声であった。
「……うおっ!? ナニモンだ!!!」
驚くレグルス。
見ればそこにはいつの間に現れたのか、見たこともない淡い水色の服を着た一人の老人が立っている。
服のデザインはあまり飾り気のないどこかの制服のような感じのものだ。
フレームのない眼鏡を掛けて顎に髭を蓄えたスマートな顔立ち。
その佇まいからは品格と知性が感じられる。
「何者かと問うのならば私の方だ。諸君らは今、私の住居に無断で侵入している状態だが」
目を閉じて小さく嘆息しつつ老人は言う。
一部は武装している未知の集団と接触しているというのに彼はまったく動じる様子もない。
「住居!! ここで暮らしてるって事ですかね……!!」
それが事実とすれば世紀の大発見……未知との遭遇である。
ベルナデットが目を輝かせ前のめりになる。
それから一呼吸を置いて冷静さを取り戻した彼女は居住まいを正し咳払いをした。
「あっと失礼。ウチはベルナデット・アトカーシア……リアナ・ファータ王国の依頼でこちらを調べに来た調査団の責任者をしてる者です」
ベルナデットは丁寧に挨拶をしてから頭を下げる。
「お騒がせする意図はありませんでした。どうかお話をお聞かせ願えませんでしょーかね」
ふむ、と唸った老人が一同を見回す。
その瞳が値踏みをするかのように順番にレグルスたちを映していく。
それと同時にレグルスもこの正体不明の老人を無言で推し量っている。
戦えるのか、そうでないのかを。
悪漢かもしれない集団の前にいきなり一人で現れたのだ。
不用心極まりない。
だが、もしこの老人がその行いを十分用心した上で問題ないとして出てきたとしたら……?
(戦れる感じはしないんだよな……)
老人の所作を見てレグルスが「戦闘は素人」という判断を下す。
「そこの男」
そんなレグルスに急に目を向けて口を開く老人。
「こんな老いぼれ一人ならどうとでもできそうだと考えているな?」
「む……」
考えている事を見抜かれて小さく唸るレグルス。
「だが、ここではやめておくことだ。ここでなら私は逆にお前たちをどうとでもする事ができる」
(確かに、なんか頭の中にいるもう一人のオレが「今はやめとけ」つってるな……)
本能の発する警告を感じるレグルスだ。
「……いいだろう。盗掘を目論むような輩なら対処せねばと思って来たがそういった者たちではなさそうだ」
軽く息を吐いて一行に老人は背を向けた。
「私はギゾルフィ。ここの……管理者のようなものだ。付いてきたまえ。騒がしいのは好かないので、なるべく静かにな」
それだけ言い残すとギゾルフィと名乗った老人はツカツカと歩いて行ってしまう。
残されたレグルスたちは無言で互いに目配せし、うなずき合うと彼を追ってなるべく足音を立てないように気を付けながら歩き始めるのだった。
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ギゾルフィが一行を案内したのは四角い大きな部屋であった。
家具の類は置いておらず、ひどく殺風景である。
全員が部屋に入ると背後でスライドドアが自動で閉まった。
ガコンという振動と共に一瞬の浮遊感が来る。
部屋は大きな昇降機なのだ。
それが今静かに降下を始めた。
……………。
「こっ、古代人!?」
素っ頓狂な声を張り上げてから慌てて両手で自分の口を塞ぐベルナデット。
「諸君らからすればそういう呼び方もできるのかな」
椅子に座ったギゾルフィがベルナデットたちの質問に答えている。
昇降機を降りた後でレグルスたちが案内されたのはある部屋だ。
やはり殺風景な部屋だが机や寝台など最低限の家具だけはある。
老人はそこで来訪者たちからの質問を受け付けた。
その結果判明したのだが、彼は暗黒時代記からの生存者であるという。
700年近い昔から管理者としてこの遺跡でずっと暮らしているというのだが……。
ギゾルフィは全てに答えてくれるという訳ではない。
何故彼がそんなに長命であるのか、ここは一体どういう遺跡なのか、そう言った質問には答えられないと返答するのみだ。
(……しゃーねーですね。そこまで信用もされてないだろうしな)
古代の神秘そのもののような老人を相手にベルナデットは歯噛みする。
肝心な謎の核心部分の情報については何も得られていない。
むしろわからない事がかえって増えたとも言える。
だが、むしろここまで相手をしてくれているだけでも破格の厚遇であるといわなければならないだろう。
(このおジイちゃんの頭ん中としては……)
団の学者たちの熱を帯びた質問に冷静に返答しているギゾルフィを見てベルナデットは考える。
(問答無用で追っ払ったんじゃウチらも諦めねーでしょうし、かえって火を着けちまう可能性もある。だから当たり障りのない情報だけ与えて穏便にお帰り願いたい……ってとこですかね)
だがこれで帰ったのでは自分のプライドも探求心も到底満足しない。
もっと突っ込んだ情報を得るためにはどうしたらいいのか……。
高速で脳細胞を働かせるベルナデット。
(ここで都合よくおジイちゃんを狙う敵が現れてウチらがそれをカッコよく退治して無事ハッピーエンド!ってのはどうですかね。……ハッ、なんつーご都合主義、古いラブコメ漫画か)
そんな彼女の願いが天に通じたのか……それとも悪魔が聞き届けたのか。
突然ドォンという大きな音が響き遺跡がグラグラと揺れた。
「……何事だ」
ギゾルフィが机の上のコントロールパネルの上に指を走らせる。
すると壁にモニターが現れ何かの映像を映し出した。
遺跡内の見取り図であるようだ。
(えっ? ちょっと待ちなさいよ……これって)
その見取り図を目にしてベルナデットは絶句した。
学者の内数名も彼女と同じ考えに至ったらしく目を見開いて立ち尽くしている。
この遺跡の正体は……巨大な建造物の正体は……。
「動力室か……!」
ギゾルフィが表情を強張らせる。
異常を知らせる赤いマーカーの位置を見てだ。
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遺跡内のある広大なフロア。
円形のその空間の中央には巨大なシリンダーのような何かが聳え立っている。
大小様々な口径のケーブルが接続された巨大な金属の筒。
いや、それはもう塔といった方がよいのだろうか。
だが今その鋼の塔は外壁の一部が破損し火花と小さな炎を上げている。
「ギヒヒヒヒッ!! これでいいのかァ!? プアーマンよう!!!」
塔の根元部分で哄笑している肥満の巨漢……秘密結社『カルマ』の魔人スケアークロウ。
彼は頑丈そうな金属製の塔の外壁に手を当てると、まるで粘土細工のように容易くそれを引き裂いて金属片を無造作に投げ捨てる。
そしてその様子を満足げに見ている黒ターバンの小男。
「ああそれでいい。ここが重要施設である事はまず間違いあるまい!! すぐに奴らはここへ来る!!!」
ギエランは分厚い唇に邪悪な笑みを覗かせる。
「……さあ、来るがいい『双剣』!! ここでキサマらに地獄を見せてやる!!!」
吹き抜けになっている巨大な円形のフロアに黒衣の魔人の哄笑が響き渡った。




