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第二十八話 縛らない男、縛れない男

 ジュリエッタの屋敷の広間にレグルスたちが集合している。

 今回の調査の護衛隊に参加する者たちだ。

 ミレイユ、ジュリエッタ、シンラにエドワードとポメ朗。

 ……まあ、いつもの面子といえば面子だ。


「相変わらずダーリンは綺麗な女の子たちを侍らせてやがりますね……」


 ミレイユたちを見回してちょっとトゲのある半眼になっているベルナデット。

 ちなみにベルナデットとミレイユたち、お互いにもう自己紹介は済んでいる。


「どいつもこいつも勝手に居座ってんだぞ。誤解を招くような言い方すんな」


 レグルスの抗弁に関して「ふーん」というような反応をするベルナデット。


 ただ実のところ彼女も発言に反して実態はレグルスの言う通りなのだろうという事がわかってもいる。

 レグルスは関係を持った女性を束縛しようとはしない。それはベルナデットも知っている事だ。

 かつてベルナデットはそんなレグルスを「ドアのない家」と表現したことがあった。

 来るものは歓迎するし帰ろうとするものは引き留めない。

 だから彼の下に留まっている女性がいるのならそれは自分の意志だということだ。


 そして縛らないのと同時に縛られないのがレグルスという男だ。

 一か所に長く留まろうとしない。

 気が向けばフラッとどこかへ行ってしまう。

 なので、誰かが「重石」となって彼を飛んでいかないように押さえていてくれるのなら、それはベルナデットにとってもありがたい事である。


「ま、どーせ一人に満足するような(ヒト)でもねーんで……仲良くしましょーよ」


 そしてベルナデットは多少意地悪く見える顔で笑うのだ。


「ウチら全員姉妹ですしぃ」


 あまりにも明け透けな表現に意味を理解できたジュリエッタが赤面する。

 そして意味が通じなかったミレイユとシンラは首をかしげているのだった。

 そもそも誤解されているがミレイユは「姉妹」ではない。


 ………………。


 そして三日後、いよいよ調査団出発の日だ。

 調査団のメンバーはリーダーのベルナデットを含めた9人の団体である。

 様々な分野のスペシャリストたちが揃っている。

 流石に超大国が本気で揃えたメンバーだ。

 それは同時にこれから調査に赴く場所がそれだけの謎と危険を秘めているという事でもあった。

 暗黒時代の遺物とはそこまでのものなのだ。


 ロンダーギア地下水路とその下の遺跡と思わしきものは造られた年代に結構な開きがある。

 いつぞやの銅鉱山と一緒で、下にそんなものがあるとは知らずに水路は建造されたのだろう。

 造られてから長い年月が経ち、劣化して崩れた水路の下にさらに劣化で口を開けた遺跡の入り口がたまたま重なったためにその存在が明らかになったのだ。


 廃鉱山の地下には恐るべき兵器……黄金の巨兵が眠っていた。

 果たしてロンダーギアの地下には何が眠っているのであろうか……。


 600年以上昔の神秘に今レグルスと仲間たちが挑もうとしている。


 ────────────────────────


「……帰りたい!!」


 薄暗い石造りの地下道にレグルスの叫びが木霊した。


「ええっ? 入ってまだ30分そこそこでありますよ」


 斜め後ろを歩いているエドワードが驚く。

 大体がまだ地下水路部分で肝心の遺跡まで到達もしていない。

 ここまでで特に彼らの行く手を阻むような障害があったわけでもないのだが……。


「暗いしジメジメしてるしで気が滅入るわ、まったく」


 不機嫌そうにぶつぶつ言っているレグルス。

 彼が苛立っているのは間違いないのだがその理由が彼自身にもわかっていない。

 口に出した文句はとりあえず思い付いたので口にしただけだ。本心ではない。


(なんか……妙な胸騒ぎがするんだよな。くそっ、落ち着かん。なんなんだこりゃ)


 言葉にはしにくい不吉な予感がするのだ。

 その感覚は進めば進むほど大きくなっていくような気がする。


「まあまあ、ダーリン。このお仕事終わったらウチがいっぱいHしてあげるから」


 あっけらかんと言いながらレグルスの背をバシバシ叩くベルナデット。

 エドワードが真っ赤になって目を逸らし、嫉妬の感情を滲ませた恨みがましい目のジュリエッタが下唇を噛んでいる。


「お前それ自分がしたいだけだろ」


 レグルスが若干ぐったりして言う。

 そして彼は以前ベルナデットと出会ったばかりの頃の事を思い出していた。


 ベルナデット・アトカーシアはあまり幸福とは言えない幼少期を送ってきた。

 幼い頃に母は浮気相手と失踪してしまい、その後父は再婚するのだが継母と折り合いが悪く祖母に引き取られて育った。

 その複雑な家族関係の事情は成長期の彼女の人格形成に多大な影響をもたらし彼女は大いにひねくれて成長することになる。

 他者との間に壁を作り、特に夫婦や恋人関係といった属性を持つ者に対して一際辛辣であった。

 とまあ、明らかに人格に問題を抱えていたベルナデットではあるが祖母仕込みの技術屋と発明の腕前と趣味で学んできた考古学の知識は天才レベルであり腫物のように扱われながらも仕事は常に山のように舞い込んできた。

 そんな時、仕事先に護衛として雇われていたレグルスと彼女は遭遇したのである。


「……ふん、くだらんな。ただのガキか」


「何だと……?」


 この不遜な男にベルナデットは殺意すら滲む鋭い視線を向ける。

 ドワーフの血のせいで若く見えるが実際の彼女はレグルスよりも年上、三十路間近だ。

 十七、八あたりから外見が変わっていない。

 ドワーフの平均寿命は二百五十前後……祖母の血を強く引いている自分もきっとそのあたりまで生きるのだろうと彼女は思っている。


 年下にガキ扱いされるのも腹立たしいが何より頭に来たのは人の生き方考え方にこの男が土足で踏み入ってきたからだ。


「食わず嫌いなんてガキの証明だろうが。セックスした事がない奴がセックスの良し悪しを語るんじゃない、バカタレが」


「………………」


 レグルスの傲岸さには腹が立って仕方がないベルナデットであったが、その言い分には一定の理はあると思った。


「いいだろう。それならお前、ウチとセックスしろ」


「あぁん?」


 ベルナデットの突然の提案にレグルスは怪訝そうな顔をする。


「セックスだよセックス。できねーんですか? いいものなんじゃねーんです? そんないいんならウチにもそれ教えてくださいよ、()()


 今後この手の話題で絡まれる度に「知らないだけだろ」と言われるのも癪だ。

 確かに一度経験しておくことはやぶさかではない。

 ……それなら、いっそ初体験の相手は気に入らない男がいい。

 そんなものに傾倒する気はさらさらないのだからロクでもない思い出になってくれた方がいい。


 こうして二人は一室に籠り……。

「実習」が始まり、あっという間に三日が過ぎ去った。


「おい、そろそろいいだろ……仕事の納期はいいのかよ」


 ベッドの縁に座った全裸のレグルスがグラスの水をぐいっと飲み干す。

 あれから三日間、二人は時折短い食事と睡眠の時間を挟むだけでひたすらセックスに勤しんでいた。

 小柄なのにベルナデットは凄まじいタフさである。

 どうやら体力面でも彼女は頑強なドワーフの血が濃く出ているらしい。

 この時から現在に至るまでレグルスの本気のセックスに付いてこれた女はベルナデットただ一人である。


「えぇ~? ウチまだわからな~い。ほらほらもっと教えてくれなさいよ先生ぇ~」


 その背に覆い被さってくるやはり全裸のベルナデット。

 背後からレグルスの首に両手を回して何度も頬にキスをしてくる。

 あのトゲトゲしく荒み切った彼女はどこへ行ってしまったのだろうか?

 今のベルナデットはまるでゴロゴロと喉を鳴らして擦り寄ってくる猫そのものだ。


「あーあもう……ちっと薬が効きすぎたな」


「そーそー、お薬足りてねーですよ~、ダーリンほら……もうヘバっちまったんです? あんなエラソーにしといて、案外よわよわボーイなんです?」


 その挑発にレグルスの目がギラリと光る。


「なんだとこの小娘が! 調子乗りやがってお仕置きしてやる!!!」


「きゃー! ウチお仕置きされちゃう~!!」


 組み敷かれて黄色い悲鳴を上げるベルナデット。


 結局この後も二日間、彼らはくんずほぐれつ上になったり下になったりして……。

 結果、納期を大幅に遅らせ各方面に頭を下げることになったのだった。


 そしてこの時を境にしてベルナデットは変わった。

 憑き物が落ちたかのように明るく社交的な性格になったのだ。


 ……………。


 そして現在。


「お前あんだけ性欲バリバリなのにオレいなくなった後誰ともヤッてねーのかよ」


「ヤッてるわけねーでしょうが!! 何て事ゆーんですかウチは一途なんですよ、このドアホウ!!!」


 ……ボゴッ!!!


 怒ったベルナデットがレグルスの足を思い切り蹴った。

 安全靴でだ。


「いでぇ!!!」


 蹴られた個所を押さえてレグルスが片足で飛び跳ねる。


「次ンな事ゆったらブチ切れますからね、ウチは!!」


「もうブチ切れとるだろうが……」


 涙目でボヤくレグルス。

 するとその彼の袖をちょんちょんと引く者がいる。

 ミレイユだ。


「ん? なんかあったか?」


 尋ねるレグルスの耳元に口を寄せてミレイユは小声で言う。


「よくない気配がします」


 相変わらず彼女の表情は平静なままであるがその言葉は若干強張っているように聞こえた。


「……………」


 直感的にレグルスにはわかった。

 ミレイユの言うその「気配」が自分の感じている漠然とした不吉な予感と同じものである事が。


 ここには何かが潜んでいる。

 悪意を持つ何者かが牙を研いで待ち受けている。


「仕方ねーな……ちょっと真面目にやるか」


「常に真面目にやってくださいまし」


 その言葉だけが聞こえたジュリエッタがやれやれと嘆息するのだった。


 程なくして彼らは通路がぽっかりと大きく崩落した箇所へと到着した。

 この下だ。この下に件の遺跡が広がっている。

 まだ追加の崩落があるかもしれない。

 調査団の古い建造物の専門家たちが入念に周囲のチェックを行う。


「うっし、いよいよですな。こっからは何が待ってるかわかんねーんで、皆さん方気を引き締めてお願いしますよ」


 一同を見回して言うベルナデットも口元は笑ってはいるものの目は真剣だ。


 間もなくチェックが終わり足場が確保され梯子が下ろされる。

 そしてレグルスたちは深淵への降下を開始するのであった。

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