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第二十七話 業深きものたち

 ……発端は都市の下水設備である地下水路の経年劣化のチェックと整備であった。

 ロンダーギアの街の地下には数百年前に整備された水路が通っているのだ。

 それを下水設備として活用おり都市庁舎による定期的にチェックが行われている。


「ところがだね。そこで思いもよらぬ事態が発生してしまった」


 初老のマッチョマン……いまやすっかりボディビルダーみたいな見た目になってしまったエンリケ都市長が応接用ソファに座ったレグルスに説明している。

 ムキッと筋肉を誇示するダブルバイセップスのポーズをキメつつだ。


「話しながらポーズ決めるのやめれや」


 明らかに師匠の影響だろう。

 老いた巨漢マスクマンの姿を思い浮かべてゲンナリするレグルスだ。


「水路には更に下の層があり、そこに古代の遺跡が広がっていることがわかったのだよ」


「……またかよ。この辺色んなモンが埋まっていすぎだろうが」


 いつぞやの廃鉱山の一件を思い出す。

 あの時は危うく生き埋めになりかけた。


「この周辺に色々と埋まっているのには理由があるのだよ。数百年前、魔族の侵攻が一番激しかった時代にこの辺りが人類領域の最前線だったのだ」


「はぁ? 最前線て……こっから北東が全部魔族のエリアだったってことか?」


 このロンダーギアの街は大陸の中心部からやや左下に位置する。


「それじゃ大陸の半分以上が魔族の支配地域になっちまうぞ」


「実際にそうだったのだよ。大陸の6割近くが魔族に支配されていた時代だ」


 人類が最も追い詰められていた闇の時代の話である。


 だが人と魔族が争う時代はもう二百年近く前に終結した。

 人類側の英雄が魔王の娘を娶って国王になったのだ。

 それから人と魔の融和の時代が始まり今に至る。


 エンリケが言うにはその為この付近には当時の人類側の技術の粋を凝らした様々な設備や兵器が結集していたのだという。

 現代になって見つかっているのはその当時の名残である。

 この前の黄金巨兵などがまさしくそれだ。


「また何か危険な物でも発掘されたら大変だからね。調査団を派遣する事にしたよ。キミたちにはその護衛をお願いしたいのだ」


「イヤだよそんなもん……。こっちは前に一度えらい目に遭ってんだから今度は別の奴に行かせろや。なんぼ仕事だっつっても今の給料でこの前みたいな大冒険はやってられん」


 前回の廃銅山の一件では後から少々の危険手当は出たものの、場合によっては命を落としていたかもしれない戦いの代価としては到底釣り合わない額であった。

 そもそも都市庁舎自体が裕福というわけではない。無い袖は振れないのだ。


「予想もしていなかった前回とは違い今回は予め王都へ報告をしているよ。その上での依頼なので十分な報酬が用意されている。……何より、調査団の団長がキミを是非にとのご指名なのだよ」


「……うん?」


 怪訝そうなレグルス。

 そのタイミングで都市長室の奥の扉がバーンと勢いよく開いた。


「ダーリーンッッ!!!!」


 飛び出してきた小柄な少女がタックルのような勢いで座るレグルスの胸に飛び込んだ。

 多足戦車で通りをがしょんがしょんしていたあの少女だ。

 革製のジャケットを着てあちこちに工具を携帯している。


「うおっぷ!!? おっ、お前……ベルナデットか!!!」


 少女を抱き留めレグルスは目を白黒させている。


「そーですよ、ダーリンの可愛い可愛いラブリーベルベルがこうして会いにきましたよっと」


「ラブリーて……」


 小柄なベルナデットをレグルスが持ち上げて床に下す。


 ベルナデット・アトカーシアは祖母がドワーフのクォーターである。

 ドワーフの血が濃いめに出ていて見た目は年若いがこれでもレグルスより結構年上だ。

 考古学者であり発明家であり技術者でもある、その他のことも割となんでもこなす系。

 レグルスとは旧知の仲である。


「じゃあ、団長ってのは……」


「そーそーそゆ事。ウチがその団長さんなワケですよ。いや~、何か久しぶりに大きなお仕事貰えて張り切ってたら現地にダーリンいるっていうじゃねーですか、こりゃもう運命でしょとか思いましたね」


 得意げなベルナデットが鼻の下を指で擦っている。


(チッ、断りにくくなっちまったな……)


 まさかの知り合い……それもご多分に漏れず身体の関係がある娘の仕切りとあっては無下にもし辛い。


『ウチは男なんていらない。必要ない』


『男女のドロドロした関係なんて想像しただけでうんざりする。ウチは研究だけできればいい』


 出会ったばかりの頃のベルナデットを思い出すレグルス。

 当時の彼女は男女間の情愛だとか、そういったものについて妙に潔癖症な部分がありそれが元で周囲との軋轢を生み孤立していた。


(あれがこんなんなるんだから人生もわからんもんだ……)


 一度下したにも関わらず再度勝手に膝の上に乗ってきて自分の頬を指先でぷにぷにしてくるベルナデットを見てしみじみと思うレグルスであった。


 ──────────────────────────────────


 この世のどこかにある廃墟の城。

 かつての美しさと荘厳さの名残を幾ばくか残して闇の中にぼんやりと白く浮かび上がったシルエット。

 朽ちかけた城はその内部も荒れ放題だ。

 あちこち崩れ瓦礫が散乱し、窓は割られカーテンは引き裂かれている。


 そんな廃城の中を歩むものがいる。

 杖を突いた黒いローブ姿の男……小柄で小太りであり目深に被ったフードからはギザギザに跳ねを作る黒い剛毛の髭が覗く。


 自分以外の生きる者の気配はない。それどころか時の流れすら止まっているかのような死の静けさの中を男の足音と杖を突く音だけが響いていた。


 やがて黒衣の男はある大部屋の前に辿り着いた。

 やはり朽ちかけた両開きの大扉は男が近づくと激しく軋みながら勝手に開いていく。


 男は一切躊躇うことなくずかずかと広間に踏み込んだ。


「……おや」


 そこに立つ何者かが入ってきた黒衣の小男を振り返った。


 魔族だ。男装の女魔族。

 男物の瀟洒な夜会着を身に纏っているものの、突き出た胸もくびれた腰もシルエットはどう見ても女性のものである。

 褐色で黒髪の女魔族。頭には二本の曲がって尖った角が生えている。

 見た目は若く、彼女は切れ長の瞳と怜悧な美貌を持っていた。


 部屋は円卓の間である。

 中央の大きな丸いテーブルにはいくつもの椅子があり、その内数席が埋まっていた。

 人種も、性別も年齢も国籍も何から何までが違っている者たちが座っている。

 その中には入ってきた黒衣の男に興味を示す者もいればまるでいないもののように見向きもしない者もいる。


「ようこそ、業深き者よ。当会に新しいメンバーが加わることを嬉しく思います」


 女魔族が慇懃に頭を下げる。


「………………」


 黒衣の男は無言だ。

 濃い髭の上の分厚い唇は不快そうに歪められている。


「私はシェラザードと申します。当会のマネージャーのようなものであると思ってください。お見知り置きを」


「ワシは……」


 黒衣の男も口を開きかけるが、シェラザードは白手袋の手に人差し指を立ててそれを遮った。


「以前のお名前がおありでしょうがここではその名は名乗られませぬよう。当会のルールでございます。そうですな、貴方は……」


 白手袋の手を自らの形の良い顎に当ててシェラザードは黒衣の男をじっと見ている。

 ……何事かを考えこみながら。


「『貧者(プアーマン)』……ですな。それが当会での貴方のお名前でございます。よろしくお願いします、プアーマン」


 ギリッ!! と黒衣の男の奥歯が激しく鳴った。

 握り締めた拳には血管が浮いてわなわなと震えている。

 激しく鼻息を荒げる黒衣の男だが、結局与えられたニックネームに対して文句を口にすることはなかった。


 乱暴にむしり取るようにフードを捲る黒衣の男。

 晒された素顔はあの廃鉱山の地下遺跡で正体不明のエネルギーによってドロドロに溶かされて命を落としたはずの男……死の商人のギエラン・ジャハムである。


「どうとでも呼べ! ワシは()()さえ嬲り殺しにできるのならどうでもよいわ!!」


「……ギッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒ!!!」


 苛立たし気なギエランの叫びに対して下品な笑い声で応じたのはシェラザードではない。

 円卓に着く一人の男だ。


「いい~名前を付けてもらったじゃねえかよぉ。カッコいいぜぇ~?」


 褐色の肌の肥満体の大男であった。上半身は半裸にチョッキのようなものだけを羽織っており突き出た巨大な腹は剥き出しだ。

 下はサルエルのような白いゆったりとしたズボンを履いている。

 頭部はブロンドをモヒカン刈りにしている肥満の巨漢。

 彼は手にした大きな紙袋から手掴みで何かの骨付き肉を焼いたものを取り出しムシャムシャと貪り食っている。


「俺は『痩せっぽち(スケアークロウ)』だぁ……ヨロシクなぁ」


 凡そ見た目からは正反対の名を名乗るスケアークロウ。

 それもまた彼用の「会での呼び名」なのか。


「スケアークロウ」


 肥満の男をシェラザードが振り返る。


「プアーマンは早速何かやりたい事がおありの様です。とはいえ彼はまだ入会したばかりで()()()()()にも不慣れでしょう。貴方が手を貸してあげてください」


「ンン~……しょうがねぇなぁ~」


 億劫そうに巨体を揺らしながらスケアークロウはゆっくりと椅子から立ち上がった。


「俺が親切なナイスガイでよかったなぁ。新入りチャンよぉ~。それじゃあ俺と一緒にそのお前をイジメたっていう連中をミンチに変えてやりに行くとしようぜぇ~?」


「……………………」


 ギエランがスケアークロウを無言で見る。

 この男がどんな男かなど、ギエランには知る由もない。

 今初めて顔を合わせたばかりの男だ。


(だが全てはどうでもいい。こいつがレグルスどもにぶつける駒になるというのならそれだけが今のワシの全てだ!!)


 瞳の奥に暗い炎を宿して口元に酷薄な笑みを浮かべるギエラン。


 そんなギエランに対してシェラザードは再度慇懃に礼をする。


「改めまして、『カルマ』へようこそ、プアーマン」


 空中に赤紫色の揺らぎが浮かび上がり、それがサーカスの火の輪くぐりのように輪っかを描き出す。

 その輪の中にはここではない、どこか別の場所の光景が映っている。


 そしてギエランとスケアークロウの二人の魔人は輪を潜りその向こう側の景色へと消えてゆくのだった。

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