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第二十四話 客の心を動かすもの

 バルカンが……来る。


「おおおおッッ!!!」


 唸りを上げて頭上を太い腕が通過していく。

 ……嵐のようなスイングだ。


(くっそ、あんなもん食らったら首がもげちまうわい……!!)


 身を屈め間一髪でバルカンの一撃を回避したレグルスの背筋を冷気が伝っていく。


 女神の大神殿で始まったレグルス&ミレイユのタッグ「ザ・ストレンジャーズ」VSバルカン&バーバリアンのタッグ「マッスル・スペクタクルズ」の戦い。

 戦いが始まると例によって例の如く床が開いてそこからリングがせり上がってきたのだが、そのリングはもうレグルスの攻撃で滅茶苦茶に破壊されてしまっている。


「あっちこっちからリングを出しおって!! どういう神殿だこれは!!」


 戦いながらもっともなクレームを叫ぶレグルスである。


「お前こそ神聖なリングを破壊するでないわこの罰当たりめ!!」


 咆哮しながらバルカンが迫る。

 巨大な壁が迫って来るかのようだ。

 向かってくる巨漢の老将を剣を構えレグルスが迎え撃つ。


「喰らえバルカン!!! クロスブレイクッッッ!!!」


 跳躍から闘気(オーラ)を込めた二本の剣を交差させ相手に叩き付けるレグルスが最も多用する攻撃技である。

 ちなみに呼び名はその時々の気分で頻繁に変わる。


 まともに食らえば重装甲の戦士ですら吹き飛ぶ威力のその必殺技を……。

 バルカンはかわさない。

 老レスラーは相手を抱擁するかのように両手を広げてレグルスの攻撃を胸板でまともに浴びる。


 ドゴォッッッッ!!!!!!


「うげ……」


 信じられないものを見たレグルスの表情が歪んでいた。

 彼の攻撃はバルカンに命中したものの与えたダメージはほとんどない。それが腕に伝わる感触からもわかる。

 分厚い胸板に×の字の傷を刻みはしたものの、表皮を裂いて出血はさせているが刃は肉にまで届いていないだろう。


「これぞ我らが異能『プロレスラー(トゥルーウォーリア)の鋼の肉体(ーズ・ボディ)』!!! ……ワシらにはリングの上では凶器攻撃は一切通用せんぞ!!」


 傷を誇示するようにバルカンは胸を反らせる。


「リングっておめー……リングもうねえだろうが」


 レグルスの視線の先にはついさっき自らの手で瓦礫の山に変えたリングがあった。


「確かにな。だがこの異能は()()()()()でも有効なのだ。リングで戦い始めればそこから離れていてもこの肉体は凶器を受け付けぬ」


「なんつーデタラメな能力だ……」


 無法な特殊能力に流石のこの不遜な男も慄かざるを得ない。

 そんなレグルスを前にしてバルカンが腕を組んで立ちはだかる。


「フフフ、自慢の二刀流も封じられ為す術なしといった所か? ひれ伏して詫びを入れるのならここで終わりにしてやってもよいのだぞ?」


「なんだとこのヤロウ!!!」


 あからさまな挑発に激昂するレグルス。

 鞘に戻した愛剣をガシャンと脇へ投げ捨てて大股で相手との距離を詰める。


「剣がないくらいでこのオレがお前みたいなジジイにやられるわけないだろうが!!!」


 ドガッ!!!!


 バルカンの胸板を殴りつけるレグルス。

 容赦のないベアナックルだ。


「ぐふッ!!!」


 バルカンはかわさない。やはりまともに攻撃を浴びる。

 武器での攻撃でないこの一撃の威力はそのまま通っているはずだ。


 バシッ!!!!


 レグルスの鋭い刃物のようなローキック。

 これもかわさずに無防備のままバルカンが腿で受ける。


 ガンッッッ!!!!


 レグルスの頭突き。

 腰を落としたバルカンが額に食らう。

 仕掛けた方のレグルスの視界にも星が散り、ガクガクと膝が笑っている。

 それ程の一撃である。


 武器を使わない生身での攻撃は無効化できないバルカン。

 この三連撃にはさしもの巨漢も怯んで数歩後退った。


「ぬぅぅ、効くわい……ふっはは! やはりワシの見立て通り、お前はいいプロレスラーになるぞ!!」


「ならんっつーとるだろうが!!」


 怒号を放つレグルス。

 攻勢に転じるバルカン。

 振り上げた丸太のように太い腕をフックのように曲げ獲物に向けて突進してくる重戦車。


()()(アン)()(ボン)()ーッッッッ!!!!」


「ぐお……ッッ!!!」


 突進からの渾身のラリアートを構えた双剣と両腕でガードするレグルス。

 だがその一撃は防御しても尚一瞬意識が飛びかけるほどの威力があった。

 足をよろめかせるレグルス。

 そこをバルカンが追撃する。


「でやぁぁぁッッッッ!!!」


 走り込みながら跳躍し、両足を揃え靴底を叩き付けてくる。

 渾身のドロップキックだ。


「……ッ!!!!!」


 肉弾ミサイルをまともに浴びてレグルスが吹き飛ばされる。

 激しく壁に叩き付けられた彼はそれを粉砕し、瓦礫と共に向こう側へ消えた。


「レグルス……!」


 叫ぶミレイユ。

 だがその彼女にもバーバリアンが迫る。


「……向こうの心配をしている余裕があるかな?」


 腕を伸ばすバーバリアンから空中に逃れるミレイユ。

 いつぞやの地下遺跡での戦いでも見せた空中に氷の足場を作ってそこを走る空中移動術だ。


 彼女は状況と相手の能力を冷静に見極めていた。

 どうやら彼らのルールでは魔術も凶器と見なされるらしく自分の攻撃魔術はまともにバーバリアンに通らない。

 それだけではなく魔術による()()()()()()()()()()も無効化されてしまうので氷結させて動きを封じようにも容易く氷を砕いて拘束を脱してしまう。


 それならば相手に影響しない部分で魔術を行使する。

 そしてバーバリアンを自分に引きつけ、レグルスには向かわせない。

 ミレイユは今の自分の役割をそれだと判断した。


「ふふふ……やはりいい戦士にはいいパートナーがいるものだ」


 空中を駆けるミレイユを見るバーバリアンが小声で呟いて笑った。


 ……………。


 もうもうと煙を上げている瓦礫の山を前にしてバルカンが仁王立ちしている。


「まさか終わりではあるまいな。ワシを失望させるなよ」


「……当たり前だろうが」


 ガラガラと大きな石壁の破片を押し退けてレグルスが出てくる。

 頭部から出血し顔面は血塗れだ。

 だがその鋭い眼光は些かも衰えていない。


「勝負はここからだ!! ……葬式やるにはちょうどいい場所だからな!! 棺桶に叩き込んでやるぜ!!!」


 顎から滴る血を手の甲で乱暴に拭ってレグルスがギラリと犬歯を光らせた。


「ほざきよるわ、若造が!!!」


 同じく目を輝かせて応じるバルカン。


「……来るがいい!!!」


 待ち構えるバルカンに向けてレグルスが猛然とダッシュする。

 腰を落としたタックルの姿勢でレスラーはそれを待ち受けるが……。


「むっ……?」


 しかしレグルスはバルカンに接触する事無くその脇をすれ違う形で走り抜けてしまった。

 背後に駆け去っていく相手を怪訝そうな表情で振り返るバルカン。


 全力で走るレグルス。彼はバルカンではなくミレイユを見ていた。

 その視線が何かを訴えている。

 そして、ミレイユもレグルスを見ている。

 お互い何も言わないがミレイユは自分が何をすればよいのか、それを理解していた。


 レグルスへ向けて手を翳す。

 空中に次々に氷の足場が生まれる。

 それを蹴ってレグルスが空中へ駆け上がっていく。


「おお……」


 目を見開いたバルカン。

 走り去っていったはずの相手が空を走り、アーチを描くように飛翔する。

 そして上空で縦に回転して膝を下に自分に向けて降ってくる。


(美しい……)


 その一連の動作を、技の入りを見るバルカンは呼吸すら忘れている。

 彼の目にはレグルスがコーナー最上段から飛翔する相手レスラーに見えている。


「終わりにしてやるぜ、バルカン!!!」


 フライングニードロップだ。

 あの膝が……今から自分に向かって振り下ろされるだろう。


 ……これを食らえば自分はもう立ち上がれない。

 バルカンはそう理解していた。

 それでも尚、彼は攻撃をかわそうとはしなかった。


 プロレスラーとは……相手の攻撃に耐えて勝つ戦士だからだ。


 ドガッッッッッ……!!!!


 落下してくるレグルスの両膝を脳天に浴びるバルカン。


(見える……見えるぞ)


 その時バルカンの耳には地鳴りのような大歓声が聞こえていた。

 客席は皆総立ちだ。

 熱狂して歓声を上げている。


(観客が……喜んでいる)


 そんな……幻を見ながら。

 頭部から鮮血を噴き出しバルカンがゆっくりと背後に倒れていく。


「……バルカンッッ!!!」


 それを見たバーバリアンが叫んでいた。

 覆面レスラーがバルカンへと駆け寄る。

 その相方の目の前でズズンと低い音を響かせ老いた巨漢は倒れた。


 ……そして、もう立ち上がってはこなかった。


 フーッと全身で息を吐いたレグルス。

 全身が軋んでいる。最後の一撃は捨て身だった。

 相手は倒したものの彼も限界に近い。

 厳しい戦いだった。


「……ふふふ」


 大の字に倒れているバルカンが笑っている。

 立ち上がれないほどに大ダメージを受けながらも彼は満足げである。


「どうだ……レグルス。プロレスは……いいものだろう」


「やかましい。別にオレはプロレスは嫌いじゃない……観る方だがな」


 鬱陶しそうに言うレグルスにバルカンがニヤリと口の端を上げる。


「それなら初めからプロレスの魅力一本で勝負しやがれ。お前のやった事が一番プロレスを裏切ってるんじゃないのか」


「……!!」


 鋭く指摘するレグルスに愕然となり目を見開いた枢機卿。

 彼の一言が雷鳴のようにバルカンの頭蓋の内で鳴り響いている。


「バカな……ワシが……」


(誰よりもプロレスを愛し、プロレスの申し子であると自負してきたこのワシが)


 毎日毎日、一日も欠かすことなく……。

 血の小便が出るまで己を苛め抜いて身体を鍛え上げてきた。

 その肉体でリングに上がり、観客を喜ばせる事こそがバルカンの人生だった。

 バルカンの幸福だった。


(そのワシが……プロレスを裏切ってしまっていたというのか……)


 老いたるレスラーは握った拳をわなわなと震わせる。


「……バルカン」


 そんな彼にバーバリアンが静かに歩み寄る。

 倒れたままバルカンは天井を見上げ、重たく長い息を吐いた。


「ワシはプロレスを広めたいと思うあまり、どうやら大事な事を見落としてしまっていたようだ……」


 本当に客の心を動かすものはいい試合だけだ……。

 常にそう自分で言っていたはずなのに。


「お前の言う通りだ、レグルスよ。ワシらの完敗だ」


 目を閉じたバルカンが静かにそう告げた。









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