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第二十一話 プロレスを観にいこう

 聖地より女神の教団の枢機卿バルカンがロンダーギアの街にやってきて数日が経過した。

 枢機卿は毎日大神殿で説法を行っている。

 完成したばかりの大神殿は連日多くの人々が詰めかけ大盛況だ。


「入場料取ればいいのにな。大儲けできるだろ」


 芝生の上に寝転んでフリスビーを放るレグルス。

 すぐにそれを歓声を上げてポメ朗が追っていく。


 現在レグルスたちが来ているのは街の中心部からは少し外れた場所にある自然公園の一角である。

 広大な芝生のエリアがあり休日はピクニックをする家族連れの姿が多く見られる場所だ。

 かくいうレグルスたちも今日はピクニックであった。

 ミレイユとシェリルの二人がお弁当を作ってきてくれている。


「俗な事を言ってはダメよ。ありがたい女神様のお話を聞く集まりなのだから」


 やんわりレグルスをたしなめるシェリル。

 しかし彼女は教団の公にはしない事情もある程度は聞き及んでいる。

 わざわざそんな方法で金を集めなくても教団には世界中からお布施が集まってくる。

 その財力は大国をもってしても及ばないだろう。


「まータダなら大勢集まるしな。そうすりゃよく考えてないヤツもそんなもんかと付いてきたりする。教団はさらにデカくなるってわけだ、わはは」


 褒めてるんだかけなしてるんだかよくわからないレグルスの意見であるが、ある程度的を射ているとは思ったシェリル。

 無論彼女は口に出してその意見に賛同したりはしないが。


「ご主人~!!」


 そこへフリスビーを持ったポメ朗が走って戻ってくる。


「ハイご主人、これ」


 フリスビーと一緒に何か紙を手渡してくるポメ朗だ。

 とりあえず受け取ってレグルスは眉を顰める。


「なんだこりゃ?」


「あっちで配ってたっしゅ」


 ポメ朗が指さす方を見てみると揃いのロゴが入ったTシャツの団体がビラを配っている。

 なんというか……ガタイのいい集団だ。


「ふーん、何々……?」

「ご主人……」


 チラシを見ようとしたレグルスであったがポメ朗がその袖をクイクイ引っ張る。

 フリスビーのお代わりを要求しているようだ。


「しょーのない奴だな、ほれっ」


 またもフリスビーを投擲するレグルス。

 彼の力で放たれた円盤はかなり遠くまで飛翔する。

 そして、それを再度元気よくポメ朗は追いかけていった。


「……わ、私ならもっと早く、しかも正確にキャッチできるが?」


「なんで対抗しとるんだお前は」


 何かがガマンできなくなった様子で突然主張するシンラであった。

 その彼女にツッコミを入れつつ改めてチラシを見るレグルス。


「『新世界プロレス、到来!!』か……新たな時代の格闘エンターテイメントを体感せよ、ねえ」


 それは興業のお知らせであった。

 この街で試合をするらしい。劇画タッチで描かれたプロレスラーたちが紙面で躍動している。

 他には出場する選手たちの名前や会場の場所や日時などが記載されていた。


「プロレス……とは、なんでしょうか?」


 横からチラシを見てミレイユは不思議そうに首を傾げている。


「何だ知らんのか。プロレスってのはなリングっていう四角い舞台みたいなもんの上でレスラーっていう鍛えた奴同士が戦ってそれを見物するイベントだな。帝国にはそういうのはないのか?」


「剣闘士競技会のようなものですか?」


 言われてレグルスはうーむと腕組みをする。

 ミレイユが言っているのは奴隷や捕虜同士を武装させて殺し合わせてそれを見物するものだ。

 近年では残酷だと言う事でどこの国もあまり行っていない。


「似てるけどちょっと違うんだよな。……まー、興味があるなら観てくりゃいいんじゃないか? 普通こういうのは首都みたいなバカでかい街でやるもんだ。こんなド田舎で観られるのは貴重かもしれんぞ」


 ヒラヒラとチラシを振るレグルス。

 するとミレイユはその彼の手をそっと取った。


「一緒に行きましょう」


「え? オレもか……? いや、野郎がしばき合うのを金払って観に行くのはなぁ」


 二の足を踏むレグルス。


「あら、行くならチケットをあげるわよ?」


 するとシェリルが艶っぽくウィンクを一つ飛ばして意外な事を言い出した。


「何でシェリルさんがチケットを持ってるんだ」


都市庁舎(うち)が許可を出して協賛しているイベントだもの。招待券を貰っているわ。随分気前良く沢山くれたからまだ余っているの」


 シェリルが言うには枢機卿の来訪によって今この都市は空前の大賑わいを見せている。

 するとこうやってその人出を当て込んで様々なイベントを企画する者が出るのだ。


「いかがわしいイベントでなければ街が盛り上がるのはいい事だからね。問題が無ければ基本的には都市長は許可を出す方針なの」

「なるほどな。ま、タダなら行ってやってもいいか」


 相変わらず無駄に偉そうなレグルスであるが、それでもミレイユは彼女を良く知る者しかわからないレベルでかすかに顔を綻ばせた。


 ─────────────────────────────────


 そして興業の当日。

 場所は屋外競技会場だ。

 中央にリングが設営され、それを四方から囲む形で大量の椅子が並べられている。

 既に日は落ちているが眩いいくつもの照明に照らし出されて周囲は明るい。


「なんじゃ、どえらい盛況じゃないか」


 まわりを見回して意外そうに言うレグルス。

 開始30分前だが既に客席はほぼ埋まっている。立ち見の者もいるようだ。

 レグルスたちの招待席にはテーブルもあり食事や酒を楽しみながら試合を観戦できるようになっている。


「露店も出とるな。イカ焼きにお好みにヤキソバにか……よし、お前ちょっと行って適当にあれこれ買ってこい。皆で食えるようにな。麦酒(ビール)も頼んで来いよ」

「了解であります」


 敬礼してからポメ朗をくっ付けたままのエドワードが露店に向かう。


 ミレイユは入り口で買ったパンフレットを真剣な様子で見ているようだ。

 時折わからない単語が出ると隣のシンラに尋ねている。


「少々やかましいがメシ食いにきたついでと思えばいいか、わはは」


 などと余裕の様子で笑っていたレグルスであったが……。


 ……………。


「なぁーにやってやがんだ!! やり返さんか!! オイ!! アキレス・オノデラ!!!」


 興奮したレグルスがリングに向かって絶叫している。

 善玉役(ベビーフェイス)のレスラー、アキレス・オノデラは現在対戦相手の悪玉役(ヒール)の覆面レスラー、デストロイマシーンの凶器攻撃を受けて現在大ピンチである。

 フォークを刺されて流血してしまっているアキレスは何度も苦しそうに表情を歪めて首を横に振っている。


「そこは逆水平だろ!! 連発しろ!! やれ!! ブッ殺せ!!!」


「ぐぇぇぇぇ……れっ、レグルス殿……苦しいであります!!」


 ヘッドロックにして抱え込んだエドワードの首を締めあげながらレグルスは叫んでいる。

 エドワードの顔はもう紫色である。


「彼らは……どうして相手の攻撃を避けないのですか?」

「ん?」


 尋ねてくるミレイユにレグルスはロックを解いてようやくエドワードを解放する。


「そこがプロレスの妙味だぞ。プロレスラーは相手の技を逃げずに食らって、それに耐えた上で勝つのだ。そこを客も楽しむわけだな」

「肉体の頑健さを競う競技でもあるということでしょうか」


 彼女なりの解釈で納得はしてくれたらしい。

 改めてミレイユは真剣に試合に見入っている。膝の上の手は小さく握り拳を作っていて微笑ましい。


「帝国にこういった興業が来ることはなかったが。もし来ていれば父は好んだだろうな」

「あのオッサンは観てる内に乱入しそうだけどな」


 感慨深げに言うシンラにうなずくレグルスであった。


 ……………。


「わはは、思ったより楽しめたな」


 観戦を終えての帰路、レグルスは適度に酒気も帯びて満足げである。


「……一番はしゃいでたでありますよ」


 未だに締め上げられた首が痛いエドワードが本人に聞こえないように小声でボヤく。

 ポメ朗もはしゃぎ過ぎた挙句今はエドワードの腕の中ですやすや寝息を立てている。


「で、どうだったんだ。初めてのプロレス観戦は」


「Tシャツを買ってきました」


 両手で大事そうに包みを持っているミレイユはわずかに高揚しているように見える。


「しっかり楽しんできたようだな。どれ、ちょい見せてみろ」


 包みを受け取って中身を見てみるレグルス。

 黒字のTシャツにデストロイマシーンのマスクの隈取模様がデザインされたものだ。


「お前……悪役(あっち)が気に入ったのか」


 何とも言えない表情でTシャツを眺めるレグルスであった。


 ────────────────────────


 レグルスたちがプロレス観戦を終え、各々が家に帰りベッドで寝息を立てている頃……。

 大神殿では深夜になっても煌々と明かりの灯っている部屋があった。

 枢機卿バルカンの宿泊している一室である。


 今夜も豪奢な椅子に座った枢機卿は整列する聖騎士たちから報告を受けている。


「客の入りはどうであった?」


「はっ! 想定の180%オーバーでした。流石の慧眼です、バルカン師」


 聖騎士の一人がフルフェイスの鉄兜を脱ぎながら言った。

 その下から現れた素顔はあのヒールの凶器に苦戦しつつも最後は華麗に逆転勝利を収めたレスラー、アキレス・オノデラだ。

 フォークを受けた額には絆創膏が貼られている。


「フッフッフ……大都会では人を集めるのは楽だが、他の娯楽が多い分客の興味は容易く薄れてしまう。その分こういった地方都市では他の娯楽が少ない分、少数だがコアなファンを生み出すことができるはずだ」


 ゆっくりと立ち上がったバルカンが聖騎士たちを見回した。

 その眼光は鋭い。


「これから始まるブームの核となる大事なファンたちだ。しょっぱい試合を見せるんじゃないぞ」


「ははっ!!」


 敬礼する聖騎士たちの返事が唱和する。

 いずれもその鎧の中は今日の試合で観客の前で戦ってきたプロレスラーたちである。


「この時の為に我らが修めてきた()()()()があれば、プロレスの栄光は約束されているようなものです」


「うむ。だがそこにばかり頼るのではなく自分たちの肉体と技で魅せるのだぞ」


 バルカンの言葉に聖騎士たちが重々しくうなずく。


「……女神様の布教と一緒にプロレスもお勧めできたらもっとファンも増えるんですけどね」


 そして聖騎士の一人がやや声のトーンを落として言った。


「むぅ……それは聖女様からダメだと言われてしまったからな。個別にやるしかないのだ」


 しみじみと真剣な顔で言う枢機卿であった。

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