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第二話 バカンス雪まみれ

 辺境の都ロンダーギア、年間を通して温暖な気候の牧歌的な都市である。

 住人は二万人ほど。都市が交易路上にあるので全体的に程よく潤っており極端に裕福な者も極端に貧しい者もいない。


 都市長はエンリケという人物だ。

 眼鏡を掛けていて線が細い、銀色の髪を品よく撫でつけた初老の男……都市長というよりかは学者か教師のような落ち着いた雰囲気を身に纏っている。


その都市長は今、庁舎の自らの執務室に一人の男を迎えていた。


「ようこそ、ロンダーギアへ。君の活躍はここまで届いていたよ。実際に会う機会があるとは思わなかったがね」


「ああ、オレもまさか自分がこんな僻地に来る羽目になるとは思わんかったぜ」


 ロンダーギアへ到着したばかりのレグルスはぐったりしている。

 しかめっ面で体のこわばりをほぐそうと肩を回したり首を傾けたりしている赤茶の髪の男。

 王都からここまでは馬車を乗り継ぎ十日ほどの道のりであった。

 その間はひたすら客車で揺られてきたというわけだ。身体はバキバキだ。


 そんなレグルスの失礼な言いざまにもエンリケは穏やかに笑うだけだ。

 ものに動じない人物なのか……はたまたレグルスのような相手のあしらい方を心得ているのか。


「中央からの来訪者なんて視察目的か飛ばされるくらいしかないからね」


「そういうアンタはどうなんだ……飛ばされたのか?」


 宰相マクベスが言うには都市長エンリケは元々王都の文官であり、宰相とも旧知の仲であるらしい。

 レグルスの問いに対してエンリケはいいや、と首を横に振る。


「僕は自ら志願してやってきた変わり種さ。妻がここの出身でね。色々と話を聞いて転任希望を出したんだ。のんびりした風土が実に僕に合っている。来てよかったよ」

「退屈そうな土地だな。……で、オレは何をすればいいんだ?」


 マクベスからは現地に行ったら都市長の指示に従えと言われている。

 今後しばらくの間はエンリケが自分の上司というわけだ。


 ふむ、とエンリケは右手を顎に当てて軽く摩った。


「警備兵としての赴任してもらったわけだが……正直な所、大した仕事があるわけじゃない。定期巡回などもあるのだが、それは君にわざわざやってもらうような仕事でもないしな。何か仕事ができれば頼むかもしれないが、普段は好きにしてくれていて結構だ」


「ほぉ~……それはいい。少しだけ気が晴れたぞ」


 ようやくレグルスの顔にいつもの不敵な笑みが戻った。

 バカンスのつもりで行ってこいと言った大臣の言葉は嘘ではなかったようだ。

 あくまでも地方へ飛ばした事が表向きの罰であり、ここでこき使おうという話ではないらしい。

 飛ばす先にこの都市が選ばれたのもエンリケがマクベスの旧知であるからだろう。


「しばらくはいてもらう事になりそうだからな。早めに馴染んでくれたまえよ」


「フン、都会派のオレがこんなド田舎に馴染めるんかね……」


 等と渋い顔で気のなさをアピールするレグルスであったが……。


 その夜の事。


「わーっはははは!! よーし、注げ注げ!! まだまだ飲めるぞオレは!!!」


 数時間後、市街の大きな食堂で彼はメチャクチャ上機嫌で酌を受けていた。

 エンリケが庁舎の職員らを集めてレグルスの歓迎会を開いてくれたのだ。


 レグルスが飛ばされてきた経緯など詳しく知らない職員らは皆、長く続いた帝国との戦争を終わらせた英雄である彼の赴任を素直に、かつ無邪気に喜んだ。

 本来であればこんな地方都市の住人は一生会えないような英雄である。

 こぞって彼を褒め称えて大盛り上がりであった。

 最初は女性の参加者の少なさにご機嫌斜めであったレグルスだが今は過剰なヨイショを受けてすっかり気分が良くなってしまっている。

 元来持て囃されるのはキライではない。

 おためごかしのようなものは敏感に嗅ぎ取るレグルスであるが、この場の賞賛には裏表がないので素直に受け止められる。


「よしよし!! 任せておきたまえお前ら!! オレが来たからにはもうこの街には魔王だろうがドラゴンだろうが手出しはさせんぞ!! わーっはっはっはっはっは!!!」


「さっ、さすがだべ! レグルス様!!」

「勇者様!! カッコええだ!!!」


 酒臭い息を吐いて調子のいい事を言って高笑いしている真っ赤な顔のレグルス。

 酌をしつつ紙吹雪を撒いて盛り上がる職員たち。


 この日のどんちゃん騒ぎは日付が変わっても続いた。


 かくしてレグルスのロンダーギア生活はまずまずのスタートを切った……。

 はずであったのだが……。


 一夜が明けて。


「……ぐあああああああ!!!! なんじゃこらぁぁぁ!!!! ふざけてんのかァ!!!! 寒すぎるわ!!!!!」


 翌朝、用意された庁舎の一室でレグルスは絶叫を上げて目を覚ました。

 手足が痺れるほどの寒さでだ。

 屋内でも吐く息が白い。


 ベッドから飛び起きるとレグルスは窓の外を見て絶句する。

 思わず乱暴に目を擦るがそれでも見える景色に変化はない。


「おいおい……どういうこった……こりゃぁ」


 窓の外は一面の銀世界。

 ロンダーギアの都が雪に覆われている。

 降雪は現在も続いており灰色の空からは絶え間なく白い雪が地上に降り注いでいた。


「一年中暖かいって言われて来てるんだぞこっちは!! やってられるかバカタレが!!」


 慌てて着替えると鼻息も荒く部屋を飛び出していくレグルスであった。


 ─────────────────────────────────


「おィい!!!」

 

 ドガァン!!!

 乱暴にドアを蹴り開けて都市長室へ突入してきたレグルス。


「……む」


 そこには既に先客がいた。

 昨夜一緒に飲んで騒いだ職員たちだ。全員不安そうな顔をして寒さに震えている。

 とりあえずは彼らもどうしてよいのかわからず都市長の指示を仰ぎに来たという所か。


「やあ、おはよう。……やれやれ、とんだことになったね」


 エンリケも流石に憂いに表情を曇らせている。

 そして彼は手にしていたまだ口をつけていないマグカップをそのままレグルスに差し出した。

 ひったくるようにしてそれを受け取るとそのままグイツと呷るレグルス。

 コーヒーの熱さと苦さに顔をしかめつつ空になったカップを机に置く。


「ロンダーギアは常春の都じゃなかったのかよ。この雪はなんなんだ」


「わからない。こんな事は初めてでね。この街は寒さに対する備えがほとんどないのだ。このままでは凍死する者が出てしまうかもしれない。何とか早めに対処しなくては……」


 沈痛そうな表情の都市長が重たい息を吐いたその時……。


『ロンダーギア住人たちに告ぐ』


 ……ふいに女性の声が聞こえてきた。


「!?」


 部屋の中の者たちが不安げに息を殺して互いに顔を見合わせている。

 声は……外から聞こえたか?

 エンリケが窓を開け放つと冷たい風が吹き込んできて彼は顔をしかめた。

 だが、白一色に染まった外の景色の中に人影はない。


『ロンダーギアの住人たちに告ぐ。私は今、街に雪を降らせている者です』


 ……空だ。

 声は灰色の雲が立ち込める空から聞こえてきている。

 淡々と無感情に語り口ながらその声はまるで間近にいる者のそれのようにはっきりと聞こえてくる。


『レグルス・グランダリオを差し出しなさい。私は街の北の平原にいます。そこまで彼をよこせば降雪は止めましょう』


 部屋の中の視線が一斉にレグルスに向けられる。

 ……なんてイヤな注目のされ方か。

 うんざりした表情になるレグルスだ。


「あぁん? 何だ? オレに用があるのか!?」


 しかめ面のまま顔で叫んだレグルス。

 空の声は一方通行なのか、それに対する返答はない。

 それきり沈黙する空に、エンリケが窓を閉めた。


「はぁ~っ、なんなんじゃ一体!! クソ寒い上に面倒くせーな!!」


「……どうする? 行くのかね?」


 毒づくレグルスにエンリケが尋ねる。

 都市長は緊迫した面持ちであった。

 無理もない。この異常気象は自然のものではなく、何者かの悪意のある「攻撃」だとわかったのだから。


「行かなきゃしょうがないだろうが。オレのせいだとは思わんが、オレの名前を出された以上このまま凍え死ぬヤツでも出た日にゃオレまで気まずいわ」


 パシン! と小気味のよい音を立てて右の拳を左の掌で受けるレグルス。

 相手の要求に応じる。

 ……つまりは彼は戦う気であるという事だ。


「ふざけた女め。オレになんの恨みがあるのか知らんがブッ殺してくれる」

「戦うつもりなのか……!」


 初めてやや狼狽した様子を見せたエンリケに当然だろうとばかりにレグルスは大きくうなずいた。


「当たり前だろ。向こうはオレに出てこいつってここまでの事をしてるんだぞ。初めからやる気で来てるんだよ」

「な、何か我々に手伝えることは……」


 エンリケに言われてレグルスは改めて広い都市長室の中を見回した。

 職員たちが大勢いるが残念ながらと言うべきか当然と言うべきか……戦力に数えてよさそうな者はいない。

 ましてやこの雪と寒さの中だ。

 連れて行っても無駄に屍が増えるだけだろう。


「……いらん。パパッと済ませてくるわい。お前らはここでオレの凱旋を待ってろ」


 飛んでいる虫を払うかのようにひらひらと手を振って部屋を出ていくレグルスであった。


 ─────────────────────────────────


 一旦部屋に戻り武装を整えたレグルス。

 さらには都市庁舎の壁に掛けられていた大きな灰色狼の毛皮をマントのように羽織る。


「こんなもんでもないよりかはマシか……」


 寒さに顔をしかめつつ、雪を踏みしめてレグルスは進む。

 相手の要求してきた場所、北の平原に向かって。


 ……相変わらず雪は降り続いている。

 静かだ。住人たちは全員建物の中で震えているのだろうか?

 まるで死の街である。


(この雪は魔術なのか? こんな事をしでかせる魔術師ってのは今まで見たことがないな)


 レグルスの厳しい表情は何も寒さのためだけではない。

 この先に待つ死闘の予感のためでもある。

 もしもこの降雪が魔術によるものであれば待ち受ける相手はかつて自分が遭遇した事のないほどの強大な魔術師だろう。


 つい数ヶ月前に人生でそう何度もないであろうという死闘を経験してきたレグルス。

 あんな事もそうそうあるまいと思っていたが、それは甘かったか……。


(……いやがった)


 自らの指定した平原で彼女は待っていた。

 黒に近い紺色のドレスのようなローブが雪原ではよく目立つ。

 凍て付く寒さの雪原でも彼女は防寒着らしいものを着用している様子はない。


「…………………」


 無言でザクザクと雪を鳴らして進むレグルス。

 両者の距離は徐々に短くなっていく。

 当然向こうもとっくに近付いてくる自分を認識している。

 

 ……ほんの数分後に殺し合いになる二人の距離が狭まる。


(……キレイな(ツラ)してんなぁ、勿体ねえ)


 雪の混じった風が彼女の青みがかった銀色の長い髪を揺らしている。

 神秘的な美貌の若い女だった。色白で瞳の色は夜の色をしている。

 表情はない。

 彫像のように感情を感じさせない面持ちで彼女はレグルスを見ている。

 若い女だが無表情のせいもあり酷く大人びて見える。


「レグルス・グランダリオ……ですね」


 女が口を開いた。

 先ほど空から聞こえていたのと同じ声。淡々とした語り口。

 返答の前にレグルスはギラリと犬歯を光らせて笑った。


「そうだ。オレに用があるんだろ? 来てやったぞ」


「ヨーゼフを殺したのは貴方ですね……?」


 表情を動かさずに告げる女。

 レグルスが一瞬怪訝そうな顔をする。

 ファーストネームを呼ばれて一瞬それが誰を指すのかわからなかった。


「……あー、誰かと思えばあのでけえオヤジですか。それなら確かにオレが殺した」


 ヨーゼフ・エルドガイム。

 自分と死闘の果てに命を落とした帝国軍総司令官。

 その巨体とだみ声を思い出してレグルスはうなずいた。


「……っ」


 初めて……女の目にほんの僅かな怒りと憎しみが揺らいだ。

 だがそれも一瞬の事だ。感情の揺らめきはすぐに無感情の相の下に消える。

 恐らくは彼女は自分の内面を外に出さないようにする術に長けているか……それとも単に感情表現が極端に苦手なのか、どちらかなのだろう。


「私はギルオール帝国の第四皇女ミレイユ」


(……お姫サマだと……!?)


 驚くレグルス。

 王国と帝国が国境線を接しているのは王国領の北東部である。

 そしてここロンダーギアは王国領の西端。

 つまり王国領を完全に横切るか、或いは周辺国をいくつか経由しないと彼女はここには来れない。

 帝国の姫君がそれを為したという事なのか。

 ……自分を狙って?


「オレを狙ってんなら来るのが早すぎるだろうが。着いたの昨日だぞ!!?」


「私は……一月以上前からローゼオン王都にいました」


 その返答に絶句する。

 帝国の姫は講和を終えたばかりの敵国の王都に潜入していたというのだ。

 ……何のために?

 それは聞くまでもない。


「あー……そうかい。オレを付けてここまで来たってのか」


 黙ってミレイユはうなずく。

 見せしめの意味合いもあったレグルスの左遷は大々的に布告されている。

 王都では彼を狙っていてもその機会を得られなかった皇女はレグルスを追ってこの地にやってきたのだ。

 確かに王都に雪を降らせて同じ事をしても彼女は自分とは戦うことはできなかっただろう。

 その前に王国軍のいずれかに討ち取られる。それなりの数を道連れにはできるだろうが……。


「ヨーゼフの仇……貴方は私が倒す」


 その言葉と共に青白い魔力を噴き上げたミレイユ。

 やはりかつて遭遇した事のないレベルの魔女(ウィッチ)……!!

 ただこうして放出する魔力に晒されているだけでも眩暈を覚えるかのようだ。


 空気がビリビリと震える。

 そして足元の雪が巻き上げられ天へと昇る逆さまの吹雪となって吹き荒れた。




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