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第十六話 北方より来る

 ロンダーギア中心部にほど近いおハイソな住宅街。

 その一角にあるジュリエッタの豪邸の敷地に忙しく出入りしている複数の男たち。

 それは大工や左官職人たちである。

 現在屋敷の広大な庭に新しい家を一軒建設中なのだ。


「オーイ! サボんなよ! 気合入れてやれ!! オレの新居だ……スタイリッシュかつファンタジックに仕上げるんだぞ!!」


 朝も早くから現場を見張るレグルス。

 作業をする職人たちに向かってメガホンでがなっている。


「……騒々しい施主(ダンナ)だなぁ」


 左官職人の一人が小声でボヤいた。


 しばらくジュリエッタの屋敷で生活していたレグルスであったが、やはりお上品な毎日の窮屈さに耐えられなくなってしまった。

 出ていくという彼をジュリエッタが必死に引き留めた結果、妥協案として敷地内に別宅を建設するという事で落ち着いたのである。


「ですから、私もそちらへ移ります」


 話を聞いたミレイユがそう申し出たものの……。


「ダメだお前はそのまま屋敷にいろ。すぐ横なんだからいいだろ。折角気楽にやれる生活に戻れるってのにお前がおったらお姉ちゃんを連れてくる事もできんわ」


 両手で×を作り「NO」の意思表示をするレグルス。


「何故ですか? 誰かと性交渉をしたいのであれば私の事は気にしなくてもいいです。レグルスが不特定多数との性交渉を趣味にしている事は理解していますので」


「なんかそう言われるとオレが派手にアカン奴みたいだろうが……」


 事実ではあるのだが何とも救いのない言い様である。


「……仕方ありません。朝昼晩に様子を見にきます」

「心配性のカーチャンみたいな奴だな」


 なんとかミレイユの説得にも成功したレグルス。

 こうして彼は念願の自由な生活を手に入れることになった。


 ──────────────────────────────


 かねてより建設中であった女神の大神殿が完成した。

 盛大な式典が催されることになり、都市庁舎は今その準備で大わらわの状態である。

 女神信仰の総本山である『聖地』より枢機卿が来訪するのだという。


 全世界の人類種族の七割超が信仰していると言われる女神アエリア。

 その教団は女神の声を聴くことができるとされる三人の聖女をトップとして形成されている。

 枢機卿とはその三聖女の下の二十四人の教団の大幹部だ。

 枢機卿一人の影響力は大国の王に匹敵する。


 現在その枢機卿はまず王都に立ち寄り国王や有力者たちとの会談を経て、その後でこの街にやって来るらしい。


「……やれやれ、今から緊張で胃が痛いよ」


 ため息をついているエンリケ都市長。

 彼の執務机の上には枢機卿を迎え入れるための準備や式典関連の様々な書類が山積みだ。


「別にやれるようにやりゃいいだろうが。向こうだってどうせこんなド田舎で大したもてなしも期待しとらんだろ」


 応接用ソファにふんぞり返るレグルスがお茶請けの大福をひょいと丸ごと口に放り込んだ。


「っつーかお前……」


 胡散臭そうに目を細めるレグルス。


「デカくなっとらんか?」


「……おお、わかってくれるかね」


 一転エンリケは笑顔になると上着のボタンを外して前をはだけて見せた。

 そこには厚みを増してきた胸筋が覗いている。


「うえっ、マッスルになってんじゃねえか! 気色悪!!!」


 容赦のない罵声を浴びせるレグルスであるが都市長は何故だか嬉しそうに両腕に力こぶを作ってポージングしている。


「妻にも最近たくましくなってきたと褒められてね」

「なんか色黒になってきたと思ってたが……」


 既に初対面の頃のひ弱そうな学者然とした彼の面影は残っていない。


「サーフィンとか趣味にしてそうなオヤジになりやがって」


 イヤそうに言うレグルスに対して褒められたわけでもないのに朗らかに笑うエンリケであった。


 ────────────────────────


 商店で買い物を済ませて外へ出たミレイユ。

 もうすっかり顔馴染になった小太りな中年の商店主が彼女に手を振って見送っている。

 時刻はもうすぐで午後二時だ。

 これから屋敷へ戻ってミレイユは夕食の支度を始める。


 ……今夜はから揚げだ。

 レグルスの好物の一つである。


 木漏れ日の射す商店エリアからの帰り道。

 小春日和の風が心地よい。

 いつもと変わらない今日。

 そのはずだった。


「……ミレイユ」


 その彼女に後ろから声を掛けた者がいる。

 低めの落ち着いた感じの女性の声だ。


「………………」


 足を止めたミレイユ。同時に一瞬思考も停止する。

 いくつかの過去の情景が高速で彼女の意識を通り過ぎていく。

 この声は……。

 だが、それはありえない。彼女の声をここで聞く事などあるはずがない。


 振り返ったミレイユの視界に映った者は……。


 ストレートの黒髪の女。

 切れ長の瞳のどこか鋭さのある美麗な顔立ちの彼女はミレイユよりも頭半分背が高い。

 黒を基調とした軽装の戦装束を身に纏い、腰には「(カタナ)」と呼ばれている東洋の刀剣を佩いている。


「ようやく会えたな……」


 安心したように目を閉じて大きく息を吐く黒髪の女性。

 心底に安堵した様子が伝わってくる


「シンラ……どうしてここに……」


 呆然としながらその女性の名を呼ぶミレイユ。

 シンラ・ユーリア・エルドガイム。

 レグルスとの戦いで命を落とした大将軍ヨーゼフ・エルドガイムの娘でミレイユにとっては昔から姉代わりであった女性。

 ヨーゼフ亡き後、本当の意味でミレイユが家族と呼ぶことのできるただ一人の存在だった女性である。


「本当はもっと早くに迎えに来てやりたかったが時間が掛かってしまった。すまない」


「………………」


 頭を下げるシンラに黙り込むミレイユ。


 ミレイユは誰にも何も言わずに国を出た。

 しかしシンラは自分が姿を消した時に目的やどこへ向かったのかも全部わかっていたのだろう。

 だが彼女は正規の帝国軍の士官である。

 帝国では黙って軍から脱走することは死罪すらありえる重罪だ。


 だからシンラは自分を追ってはこれない。

 愚かな妹だったと……いつかは傷の一つとして過去の話としてもらえると……。

 そう思っていたのに。


「軍を……軍を脱走してきたのですか? シンラ。そんな事をしたら貴女は……」


「大丈夫だ」


 心配そうに近付いてくるミレイユにシンラは首を横に振る。

 ミレイユが危惧している通り、脱走兵になってしまったのならいくらそれがミレイユを連れ戻すためだとしても言い訳にはならない。

 自分を連れ戻すどころかシンラに帰る場所がなくなってしまう。


「その辺りは上手く第三皇子(リヒャルト)様が処理してくださった。ここまで私を飛竜に乗せてきてくださったのもあの御方だ」


 安心させるようにミレイユに微笑みかけるシンラであったが、その言葉は彼女に大きな衝撃を齎すこととなった。


 リヒャルト・ギルオール……皇帝ヴォルフガングの子の中で一番父に似ているとされる第三皇子。

 親子両方を知る者の大半はそれを容姿の事であると思っている。

 だが、そうではない事をミレイユは知っている。


「兄上様が……来ているのですか」


 掠れた声で呟くミレイユだった。


 ────────────────────


 都市庁舎で働くシェリルを冷やかしに行ったレグルスであったが、生憎と彼女も迫る式典関連のあれこれで多忙であり、あまり相手をしてもらえなかった。

 仕方なしに都市長室で茶菓子を食らってから都市庁舎を出たレグルスである。


「チッ、そのなんだかの祭りが終わるまではここにも近寄らん方がよさそうだな。余計な仕事を頼まれそうだ」


 舌打ちしてからぶつぶつ言いながら通りを歩くレグルス。

 シェリルを誘って、あわよくばそのままどこかへしけ込む予定だったので今日はエドワードを連れていない。

 当てが外れて彼は半日ヒマになってしまった。


「……うーむ、どっかそのへんに綺麗でHに興味津々なお嬢さんが歩いてやしないもんか。偶然に期待することにしよう」


 キョロキョロと周囲を見回すレグルス。

 すると一人の人物が彼の目に留まった。

 ……残念ながらお嬢さんではない。

 銀色の髪の男だ。


「こんにちは」


「……おん?」


 こっちが彼を見つけるのと、向こうがこっちを見つけたのは同時であった。

 軽く手を挙げて銀髪の男は挨拶してくる。

 目を細めて相手を見るレグルス。

 見たことのない相手だった。


 長身にして銀色の長髪。後ろ髪は襟足のあたりで編み込みにしてある。

 顔は……ちょっと嫌味な程に整いすぎている。クールな感じの顔の作りながら笑い顔には愛嬌もある。

 同性だろうと目を奪われる者は多いだろう……レグルスはそんな彼を胡散臭げに見ているが。

 服装から判断するに、ちょっとしたいい家の二代目といったところか。

 何とも華のある美形だ。

 彼が歩いてくるだけで何人の女性が振り返ったことか。


「何だお前は?」


「私はリヒャルトという者だ。君に会いに遠くからはるばるやってきたんだよ、レグルス・グランダリオ。こうして会えてとても嬉しい」


 言葉の通りに笑顔で右手を差し出すリヒャルト。


「……ふーん、オレのファンってわけか」


「そういうものだと思ってくれ」


 爽やかにリヒャルトは笑っている

 男相手なだけにあまり乗り気ではなさそうだが、それでも握手に応じるレグルス。


(……ん?)


 リヒャルトの手を取ったその時、ほんの一瞬レグルスの眉が揺れた。


「幸運にもこうして出会えたのだ、よければご馳走したいものがあるんだが案内させてもらえないだろうか」


「なんだ、随分グイグイ来るな」


 レグルスの指摘した通り、リヒャルトは中々押しの強い男であるらしい。

 男の誘いか……とレグルスは少しの間どうしたものか思案している様子であったが……。


「ま、いいだろ。運がいいなお前……今日はたまたまヒマなんだ。こんな事は滅多にないぞ。オレが男の誘いに乗るとかな」


 あくまでも尊大な態度を崩さずにレグルスはうなずいた。


「それは重畳」


 一方でこの男も優し気な微笑みを崩さない。


「さあ、こっちだ友よ。君に気に入ってもらえるといいのだが」


「いつから友になったんだよ」


 促して歩き始めるリヒャルト。

 そしてその後ろをぶつくさ言いながら付いていくレグルスであった。

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