第十二話 おんどりゃー
「閉ざされた場所は俺の狩場だ」
死神の異名で恐れられている男がレグルス一行を狙う。
マントの下から銃を持つ腕を外気に晒すシュヴァルツシルト。
両手に同じ二丁の銃を持っている。
レグルスと同じく同じ武器二つを手に戦うスタイル。
(……なんですの、あれは)
眉を顰めたのはジュリエッタだ。
赤い髪の死神が見せた銃は彼女が想像していた拳銃とはあまりにかけ離れた外見をしていた。
青黒い金属で作られた大型の銃。
銃身の先端は長方形に長く伸びた形状をしており、柄の先には長いナイフのような刃が付いている。
そして引き金から拳を覆うようにトゲの付いたナックルガードがある。
三種の武器が合成された形状。
銃を構えると自然と逆手にナイフを構えナックルを構えているという事にもなるというわけだ。
これによりシュヴァルツシルトは遠近両方の戦闘に対応できる。
距離を取れば銃撃で、詰めれば刃物と拳で応戦する。
……そこをどう切り崩すか。
無言でレグルスが思案していると……。
その背後でミレイユが動いていた。
彼を援護する為にジュリエッタと対峙した時と同じく予備動作ゼロで発動する氷結の魔術を行使する。
その一切の予兆がないはずのミレイユの行動にシュヴァルツシルトが反応する。
「女……邪魔だ」
何故彼はそれを察知する事ができたのか。
ジュリエッタとミレイユが立ち合った時にレグルスも気が付いていた。
その洞察力が彼らを一流ならぬ超一流たらしめている所以なのだ。
「!!!」
僅かに目を見開いた氷の皇女。
魔術が発動しない。
否、正確には発動した瞬間に霧散してしまったのだ。
「あの一瞬で魔術を出したか、女。流石に有能な連れがいるな」
……ガァン!!!
鳴り響く銃声。
賞賛の言葉を口にしながら赤い髪の男はミレイユに向けて弾丸を放った。
その射線上にレグルスが割って入る。
また先程のように剣を盾に弾丸を弾こうと……。
「甘い」
短く……そして冷たい呟き。
「!!!」
弾丸の軌道が突然曲がった。
立ち塞がったレグルスを迂回し背後のミレイユを狙う。
ただの銃と弾丸ではないのだ。
それは魔術が込められた魔道具でもある。
使い手が魔力を込める事で弾丸の軌道や速度をある程度操る事ができるのだ。
しかしミレイユもただの女ではない。
目で追えぬはずの弾丸の襲来に反応する。
氷の障壁を出してそれを防ごうとする。
「ダメだ避けろ!!!」
叫ぶレグルス。
現れた氷の障壁がまたも霧散し消失してしまう。
「……………」
初めて見せるミレイユの絶望の表情。
……避けられない。
「うおおおおおッッ!!!!」
そのミレイユに咆哮しながらエドワードが覆い被さった。
弾丸は背を向けた彼の肩に命中する。
「ぐぅぁぁッッ!!!!」
「エドワードさん!!!」
エドワードの苦痛の叫びとミレイユの悲痛の叫びが唱和する。
魔眼……一連の攻防でレグルスだけはシュヴァルツシルトの持つ異能の正体をおぼろげながらに察している。
眼だ。
この男は睨むことで魔術を無効化してしまえるらしい。
(眼の事はもうバレたな)
己の異能の正体が露見した事をシュヴァルツシルトも察している。
この「眼」は大魔術すら封殺できるほど強力な異能ではない。
だが発動が早い小技ならば完封してしまえるのだ。
大魔術は詠唱や集中など準備に間が必要になる。そちらは銃撃などで潰せばいい。
『魔術師殺し』……死神と並ぶこの男のもう一つの異名だ。
「離れてろお前ら!!!」
続けて叫んだレグルス。
彼らを庇いながらではこの男には勝てない。
この場で自分が戦力にならない事を思い知らされたミレイユはすぐにエドワードに肩を貸しながら後ろへ退く。
「お前も逃げろ!!」
「……で、でも、わたくし……」
すっかり青ざめて小さく震えているジュリエッタ。
レグルスですら苦戦するような極限の戦闘にすっかり圧倒されてしまっている。
彼女は鍛錬では熟練の戦士にも匹敵する技量を持つが実戦……殺し合いの経験はない。
まして今この場は強者であるレグルスですら苦戦するような死地だ。
「意外だぞ、双剣」
薄く笑い死神が自分の足元に無数の薬莢を落とす。
戦場を一人で好きに走り回らせれば恐ろしい無双の使い手が……。
今はとても小さく見える。
「連れがいるお前は弱いな」
「なんだとコノヤローが!!! 調子に乗りおって!!!」
激昂したように声を張り上げつつも、それで突っかかってくるような事はしない。
怒りの叫びも演技ではないだろうが……。
怒りつつも半分は冷静なままで戦況を打破する方法を模索している。
(……だが、そろそろ俺の次の罠が効いてくるはずだ)
死神が地を蹴った。
これまでのように距離を置いて狙撃してくるのではなく接近戦を挑んでくる。
「来るか!!!」
迎撃の為に二本の剣を構えるレグルス。
言うまでもなくレグルスは近距離戦の方が得意な戦士だ。
向かってくるのならそれは望んだ展開なのだが……。
「……うおっ……!?」
不意に顔を顰める双剣。
……何かが……おかしい。
身体が重い。動作が自分の意思よりもワンテンポ遅れる。
「ここは俺の巣だと言ったはずだ……双剣」
迫るシュヴァルツシルトの目が冷たく輝く。
「くそったれ!! 毒か!!!!」
即座に看破するレグルスだがその叫び声には殺しきれない絶望感が滲んでしまっていた。
このフロアに人影が無かったのも道理だ。
シュヴァルツシルトはレグルスがここまで来る前にフロアに毒ガスを散布していた。
それもギリギリまで薄めてだ。
本来の濃度で放てばすぐに気付かれて引き返されてしまうだろう。
神経を蝕み身体の動きを鈍らせる毒。
薄めてあるので効果も極軽微ではあるが、それで十分だ。
そのほんの僅かな効果が生死を分かつ。
……勿論、自分は予め解毒薬を飲んである。
「終わりだ」
勝利を確信する死神。
無数に虚空を走る短剣の刃。
全てを捌き切れずにレグルスが傷を増やしていく。
死の淵に立っているはずの相手……半歩後ろはもう奈落だ。
だが無頼の男の目はまだ死んではいない。
ならばこちらも最後の一撃まで気は抜くまい。
シュヴァルツシルトの攻撃が加速する。
そして遂にレグルスの左手の剣を弾き落とした。
「……ッ!!!!」
歯を食いしばるレグルス。
とうとう剣を一本にされてしまった。
弾かれた雷神剣を拾う余裕は……もうないだろう。
だが床に落ちて転がった剣を走りこんだジュリエッタが拾い上げた。
「レグルス様……!!」
「ダメだ!! 来るなよ!!!」
彼女が何をしようとしているのか、それを察してレグルスは叫んだ。
剣を渡しに来ようとすれば死神の餌食になるだけだ。
受け取ろうとする自分が殺されるか、渡そうとした彼女が殺されるか。
そんな余裕のある相手ではない。
「でっ、でもっ! でも……」
剣を構えた姿勢のまま震えているジュリエッタだが……。
彼女が手にしている雷神剣の……その銀色の刀身が淡く輝き、バリバリと音を立てて眩い電撃が発生した。
青白い雷は勢いを増し周囲が眩く照らし出される。
「何だ……!?」
予想外の展開にシュヴァルツシルトがレグルスから離れて数歩下がった。
「あっ、あああ……」
混乱するジュリエッタ。
自分が何をしたのか……状況を理解できていない。
『魔術の素質がありますね』
レグルスの耳の奥にいつかのミレイユの言葉が蘇った。
「……よし、いいぞジュリエッタ!」
……どの道、このままではジリ貧。
殺されるだけだ。
ならばこの奇跡に賭けてみるのも……。
「それを奴にぶつけてやれ!!!」
「そんな事を言われましても……わたくし……どのようにすればよいかわかりませんわ!!」
彼女の声は半ば悲鳴である。
……無理もない。戦場の素人に神話級遺物を渡してそれで相手を倒せというのだ。
「そんなもん、どりゃーってやりゃいいんだ!!!」
叫んだレグルス。
目茶苦茶な指示である。
大体がレグルス自身雷神剣を魔術の妨害に使えるという一点で愛剣に採用しているのだからまともな指示などできるはずがない。
「ど、どりゃー……?」
ジュリエッタは目を白黒させている。
だが、令嬢はここで度胸を見せた。
キッと前方のシュヴァルツシルトを睨むと改めて剣を構え直す。
(……来るか!)
身構える赤い髪の男。
どんな攻撃が来るのかは想像できる。電撃を放ってくるのだろう。
それもあの予兆。かなりの威力であると想像できる。
だがどんな恐ろしい攻撃であろうと来るのがわかっていれば対処は可能だ。
……それを回避し、大技を放ち終えた直後の無防備な女を狙う。
「おんどりゃーッッッッ!!!!!!」
瞬間。
世界は純白に染まった。
……ゴアッッッッッッッ!!!!!!!!
極大の雷が真横に走る。
通路を埋め尽くすようにして一直線に貫く。
「おんは言ってない……うおおおッ!!!!???」
間一髪で身をかわしたレグルス。
「……ッッ!!!!」
シュヴァルツシルトも通路の壁際の床に身を投げ出すようにして電撃を回避したが、巻き込まれたマントの一部が塵も残さずに分解されて消えてしまった。
その威力に死神が絶句する。
……そして、その一瞬の自失を見逃さなかった男がいた。
「だしゃあぁぁッッッ!!!!」
「双剣ッッ!!!??」
右手の青の剣を一閃させたレグルス。
毒の影響が残っている身体の全てを振り絞った渾身の一撃だ。
回避し損ねたシュヴァルツシルトは右腕にその斬撃を受けた。
ザシュッッッ!!!!
赤い髪の男の……右腕の肘から先が宙を舞う。
血飛沫を撒き、くるくると回転しながら。
「……3倍でも」
血を吐きながら後方へ吹き飛ばされ、シュヴァルツシルトは苦い笑みを口元に浮かべる。
「割に合わない相手だったな」
床に叩き付けられ何度か転がり……。
そしてシュヴァルツシルトが眩い閃光を放つ。
「むっ!!」
光で目をやられぬように手を翳したレグルス。
彼がその腕を下ろした時、通路の先にはもう誰もいなかった。
「逃げたか。……まあいい」
恐らくは脱出用の魔道具を用意していたのだろう。
逃がしはしたが当分は戦える状態ではあるまい。
いや、当分どころか……。
「また来ようがどうせ片手だ。怖くないわい」
フンと鼻を鳴らしたレグルス。
その彼の視線の先には未だに血を噴いている死神の右腕が転がっていた。