5話:開戦
敵軍が動き出した瞬間、空気が一変した。
笑い声が消え、全員の視線が前方に集中する。緊張感が砦全体に満ち、鼓動が自然と速くなるのを感じる。
ああ、これが、これこそが戦場の空気。戻って来たと感じさせられる。
前線の兵士たちが盾を構え、矢を番えた弓兵たちが高台で陣形を固める。背後では魔法部隊が詠唱を始め、空気がじわりと震えた。
いつも聞き慣れているはずの詠唱も、今この瞬間は頼もしく響く。
弓兵と魔法部隊が一体でも多く、オークを倒してくれれば俺たち前衛が楽をできる。
「全員、持ち場を死守しろ!」
ガストン団長の怒号が戦場に響くと同時に、前列のオークたちが一斉に突撃を始めた。その地響きのような足音が離れた位置まで伝わってくる。
第一波は圧倒的な数と力で押し潰そうという狙いだろう。単純だが脅威的な戦術だ。
悪魔教徒が考えたとは思えない。どちらかと言うと、魔族らしい戦い方だ。
俺は剣を抜き、目の前に迫る最初の敵を睨みつけた。
「行くぞ!」
前線の兵士たちが雄叫びを上げ、盾を構えて迎撃態勢に入る。だが俺は、その場に留まることを選ばなかった。
足を踏み出し、前方へと駆け出す。
「おい! 何をしている!」
ガストン団長の怒声が背後から聞こえたが、気にしている場合じゃない。俺と勇者は自由な行動を認められているが、だからと言って適当に戦っていては意味がない。
とにかく前衛が受け持つオークの数を減らし、負担を減らした方がいい。
「リクさん、私とセリナでこっちを受け持ちます!」
「無理はするな! ダメだと思ったら一度退いて立て直せ!」
エリアスとセリナが大きな声で返事をする。
セリナは魔法をメインではなく、持っていた双剣を抜いてエリアスと共に戦ってカバーを取り合っている。
今のところはオークを相手に危なげなく倒しているので大丈夫だろう。
目の前にオークの巨体が迫る。振り上げた棍棒が視界を覆うほど大きく感じたが、俺は極めて冷静だった。
「遅いな」
横へ跳び、脇腹へと一閃。血が飛び散り、次の瞬間にはもう一体が背後から襲いかかってくる。
俺は後ろを見ることなく、その場にしゃがむと、頭上を棍棒が通り過ぎる。先に正面の一体に斬撃を飛ばし両断し、素早く先ほどの一体に回転斬りの要領で首を切断する。
この間、僅か一秒での起きたことだ。効率を考えると、もっと最適な動きが出来る。あとは修正を繰り返してになるだろう。
戦闘が続くこと二時間。エリアスとセリナは阿吽の呼吸でオークを次々と倒していくも、次第に息が切れてきていた。
二人の集中力が落ちてきており、時折危ない場面が見受けられる。
二人は一度下げないと体力が――クソッ!
長時間の戦闘で集中力が落ちているのか、側面からの攻撃に気付けないでいた。
俺は瞬時に判断し、足元の土を蹴りつけるようにして前方へ駆け出した。
「エリアス! セリナ!」
二人に向かって叫びながら、側面から迫るオークを視界に捉える。巨体が振り上げる棍棒は容赦なく、もし直撃すれば二人とも重傷は避けられないだろう。
「間に合え!」
全力で距離を詰めて剣を横に一閃し、オークの首を斬り裂いた。その巨体がぐらりと揺れたかと思うと、そのまま地面へ崩れ落ちる。
続けて魔力を流した剣を横へと振るい、周囲のオークを両断する。
これで多少は時間を稼げるだろう。
振り返り、エリアスとセリナの顔を見る。どちらも息が上がり、肩で大きく呼吸をしている。
「二人とも、大丈夫か?」
「リクさん、すみません……集中が切れて……」
セリナが悔しそうに唇を噛む。
「私も、足が止まりかけてました……すみません……」
エリアスも申し訳なさそうな表情をする。
「お前たちはよくやった。だが、ここで無理を続ければ次は本当に危ない。いいから一度下がれ」
「で、でも……!」
セリナが反論しようとするが、俺はきっぱりと首を振る。
本当に次は守れるか分からない。
「命がある限り、戦いは続けられる。だが、命を落とせばお前たちの戦いはそこで終わりだ。それに、二人の戦いぶりを見て、前線の連中だって力をもらっている。ここでお前たちが倒れたら、それこそ士気が下がる原因になる」
その言葉に、セリナもエリアスも黙り込む。
「仲間を信じて今は休め。回復したら、また戦えばいい」
少しの間の沈黙の後、二人は深く頷いた。
「……わかりました。リクさんも無理しないでくださいね」
「リクさん。私たち、ちゃんと回復して戻りますから」
二人が戦場の後方へと下がっていくのを見届け、俺は前方へ目を向ける。
オークたちの数はまだ減りきっていないが、連携が良くなりつつある。キングかジェネラルが指揮をしているのだろうか? それとも、魔族か悪魔教徒が戦略を変えたのか。
今はまだ分からないな。それよりも味方の士気が保たれているのが幸いだ。
俺は数えきれないオークの軍勢を前に、血濡れた剣を振るい口を開いた。
「ほらほら、もうちょっと頑張ってくれよ。こっちも暇じゃないんだ。ミンチになりたい奴らからかかってこい」
言葉も伝わらないオークにそう告げて、再び剣を構えて迫り来る敵の波に向かって俺は飛び込むのだった。




