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混沌から秩序へ

帝都の上空に、不穏な空気が漂っていた。


エイドリアンは、城の最上階から街を見下ろしていた。かつては彼の栄光を称える旗がはためいていた広場に、今は民衆が集まり、声を上げている。


「陛下、マーカスの集会が始まりました」


バルタザールが、静かに報告する。


エイドリアンは無言で頷いた。その目には、複雑な感情が渦巻いていた。


「民の声を聞け、か」


彼は独り言のように呟いた。


「私は常に民のために戦ってきたはずだ。なのに、なぜ...」


バルタザールは慎重に言葉を選んだ。


「民は確かに平和を得ました。しかし、その代償があまりにも大きかったのです」


エイドリアンは眉をひそめた。


「代償?」


「はい。自由です」


エイドリアンは、その言葉に息を呑んだ。


彼の頭の中で、過去の記憶が走馬灯のように駆け巡る。民を守るために築いた要塞。秩序を保つために作った法。そして、反対者を黙らせるために振るった剣。


(私は...間違っていたのか)


その疑問が、彼の心を深く刺した。



一方、セリアもまた、自らのオフィスで思索に耽っていた。


彼女の前には、最新の経済レポートが積み上げられている。数字の上では、帝国の経済は着実に成長を続けていた。


しかし、セリアの心は満たされていなかった。


「これほどの富を築いたというのに」


彼女は静かに呟いた。


「なぜ心が満たされないのか」


側近が、おそるおそる声をかけた。


「セリア様、マーカスの経済政策案をお持ちしました」


セリアは無言で資料を受け取った。そこには、富の再分配や労働環境の改善など、彼女が今まで避けてきた政策が並んでいた。


(これらを実行すれば、私の利益は確実に減る)


その考えが、セリアの心を締め付けた。


しかし同時に、彼女は気づいていた。今の自分の心の空虚さが、ここにある答えと関係しているのではないかと。


「利益だけが、すべてではないのかもしれない」


セリアは、その言葉を口に出してみた。それは、彼女自身にとっても意外な響きだった。



広場では、マーカスの熱弁が続いていた。


「我々が求めているのは、決して不可能な夢ではない」


彼の声が、群衆の心に響く。


「公正な社会、誰もが希望を持てる未来。それは、我々全員で力を合わせれば、必ず実現できるはずだ」


群衆から、大きな拍手が起こる。


マーカスは続けた。


「エイドリアン王、セリア様。あなたがたの力は、確かに大きい。しかし、その力は民のためにこそ使われるべきだ」


彼の声に、静かな決意が滲んでいた。


「我々は、あなたがたを倒そうとしているのではない。我々が望むのは、真の意味でのリーダーシップだ。民の声に耳を傾け、共に歩んでいく指導者を」


群衆の中から、賛同の声が上がる。


「変革の時は来た。しかし、それは破壊ではない。我々全員で、この国をより良いものに作り変えていこうではないか」


マーカスの言葉が、人々の心に深く刻まれていく。



エイドリアンは、マーカスの演説を静かに聞いていた。


「彼の言葉には、確かに説得力がある」


バルタザールが、慎重に意見を述べる。


「民が求めているのは、陛下の力ではありません。その力が、正しく使われることなのです」


エイドリアンは深いため息をついた。


「私は...間違っていたのかもしれない」


その言葉に、バルタザールは驚きの表情を浮かべた。


「民を守るという大義のもと、私は自らの力を振りかざしてきた。だが、それは本当に民のためだったのだろうか」


エイドリアンの目に、今までにない迷いの色が浮かんでいた。


「バルタザール」


「はい」


「マーカスに会わせてくれ」


バルタザールは、一瞬言葉を失った。だが、すぐに我に返り、丁寧に答えた。


「かしこまりました。直ちに手配いたします」


エイドリアンは静かに頷いた。その目には、新たな決意の光が宿っていた。



セリアもまた、大きな決断を下そうとしていた。


「これらの政策を、すべて実行に移してください」


側近は、驚きの声を上げた。


「セリア様、それは...」


「分かっています。私の利益は大きく減るでしょう」


セリアは、静かに微笑んだ。


「でも、それでいいのです。私は気づきました。真の富とは、数字だけでは測れないものだと」


側近は、感動に近い表情を浮かべた。


「セリア様...」


「さあ、行動を起こしましょう。この国を、本当の意味で豊かにするために」


セリアの目に、新たな光が宿っていた。それは、今までの冷徹な光とは違う、温かみのある輝きだった。



マーカスは、エイドリアンとの面会の知らせを受け、驚きを隠せなかった。


「本当に会ってくれるのか」


彼の側近が、静かに頷いた。


「だが、罠かもしれない。気をつけたほうが...」


マーカスは、穏やかに手を上げた。


「いや、違う。これは大きなチャンスだ」


彼の目に、強い決意の光が宿る。


「エイドリアン王が本当に民の声に耳を傾けようとしているのなら、我々はそれに応える義務がある」


マーカスは、深く息を吸った。


「これが、我々の理想を実現する転機になるかもしれない」


彼の声には、希望と緊張が入り混じっていた。



帝都の上空に、変革の風が吹き始めていた。


エイドリアン、セリア、そしてマーカス。三者三様の思いを胸に、彼らは新たな一歩を踏み出そうとしていた。


この先に待っているのは、真の繁栄か、それとも新たな混沌か。


その答えは、まだ誰にも分からなかった。しかし、一つだけ確かなことがあった。


帝国は、大きな転換点を迎えようとしているということだ。


「だが、それほどの資金を...」


別の商人が口を挟む。セリアは自信に満ちた表情で答えた。


「心配には及びません。私がすでに、必要な資金の手配を済ませています」


部屋中がどよめく。セリアの言葉の意味するところを、誰もが理解していた。彼女が単独で、これほどの大事業を成し遂げられるほどの財力を持っているということを。


「では、我々は...」


「諸君には、各々の得意分野で力を発揮していただきます。武器の製造、食糧の調達、輸送路の確保。すべてが重要な歯車となるのです」


セリアの言葉に、商人たちの目が輝き始めた。そこには恐れと共に、大きな利益への期待が宿っていた。


「さあ、始めましょう。我々の経済帝国の礎を築くのです」


セリアの声に、部屋中が沸き立つ。彼女の心の中では、すでに次の一手が練られていた。エイドリアンの軍事的拡大を利用しつつ、水面下で真の権力を掌握していく。それが彼女の描く世界制覇への道筋だった。


「金こそが世界を動かす力。私の築く経済帝国は、どんな軍事力にも勝る。必ず、この世界を手中に収めてみせる」


セリアの瞳に、底知れぬ野心の光が宿っていた。



戦火は、またたく間に大陸全土へと広がっていった。


エイドリアンの軍は、まるで怒涛のごとく隣国を飲み込んでいく。その背後では、セリアの経済ネットワークが着々と力を蓄えていた。


両者は、まるで歯車のように噛み合っていた。エイドリアンの軍事行動が新たな需要を生み、セリアの経済活動がその軍を支える。そして、その過程で両者の力は肥大化していく。


だが、そんな二人の台頭を、冷ややかな目で見つめる者たちもいた。


「エイドリアン王子の野望は、もはや誰の目にも明らかだ」


老獪な政治家バルタザールが、密会の場で静かに語る。


「あの若造は、大陸全土の統一を狙っている。このままでは、我々の国も飲み込まれてしまう」


「だが、あの軍勢を止められるものなどありますまい」


若い貴族が不安げに言う。バルタザールは、意味ありげな笑みを浮かべた。


「直接対決では勝ち目はない。だが、我々には秘密兵器がある」


「秘密兵器、ですか?」


「そうだ。エイドリアンの軍を影で支える経済ネットワークの主、セリアという女がいる。彼女を利用すれば、エイドリアンの野望を砕くことができるはずだ」


バルタザールの言葉に、場の空気が変わる。そこには希望と共に、新たな陰謀の気配が漂っていた。



エイドリアンは、新たに征服した城の高台に立っていた。


眼下に広がるのは、荒廃した街並み。かつての繁栄を思わせる建造物が、無残にも破壊されている。


「これも、平和のためには仕方のないことだ」


エイドリアンは、自らに言い聞かせるように呟いた。だが、その瞳には僅かな迷いの色が宿っていた。


「殿下、セリア様がお見えです」


副官の声に、エイドリアンは我に返る。


「よし、通してくれ」


入ってきたセリアは、相変わらず優雅な立ち振る舞いだった。だが、その目には鋭い光が宿っている。


「ご武運、お見事でしたわね、エイドリアン王子」


「ああ、すべては計画通りだ。だが、これもお前の経済的支援があってこそだ」


エイドリアンは率直に感謝を述べる。セリアは薄く笑みを浮かべた。


「お互いの利益のための協力関係です。これからも、よろしくお願いしますわ」


二人は握手を交わす。だが、その目には互いへの警戒心が宿っていた。


エイドリアンは、セリアの経済力なしには自身の野望を達成できないことを知っている。一方のセリアも、エイドリアンの軍事力あってこその経済帝国だと理解していた。


二人は、互いを利用しつつ、同時に警戒し合う。そんな微妙な均衡の上に、新たな秩序が築かれようとしていた。



月明かりの下、ひっそりと人影が動く。


「確かな情報だな?」


闇市場の片隅で、バルタザールが密かに尋ねる。対面する男は、怯えたような表情を浮かべていた。


「間違いありません。セリア様の次の投資先は、北方の鉱山です」


「よし、分かった」


バルタザールは小さな袋を男に渡す。中身を確認した男は、安堵の表情を浮かべると、すぐさま姿を消した。


バルタザールは、闇に紛れるようにして立ち去る。彼の頭の中では、すでに次の策略が練られていた。


「セリア、お前の野望も、ここまでだ」


彼の目には、底知れぬ闇が広がっていた。



エイドリアンの軍は、着々と大陸の統一へと近づいていった。


だが、その過程は決して平坦なものではなかった。征服された国々の民衆の中には、新たな支配者への反感を募らせる者も多かった。


「殿下、また暴動が起きました」


副官が青ざめた顔で報告する。エイドリアンは眉をひそめた。


「また


か。一体、民は何を求めているというのだ」


「食糧不足と重税に耐えかねているようです」


エイドリアンは深いため息をつく。


「仕方あるまい。鎮圧しろ」


「しかし、殿下。これ以上民衆の反感を買えば...」


「黙れ!」


エイドリアンの声が、部屋中に響き渡る。


「私がしていることは、すべて平和のためだ。たとえ、民が理解できなくとも、私は進み続ける」


副官は言葉を失う。エイドリアンの目に宿る狂気じみた決意に、恐れすら感じていた。


一方、セリアの経済帝国も、着々と力を蓄えていった。


各地に建設された工場からは、大量の武器や物資が生み出される。そして、それらはエイドリアンの軍へと送られていく。


「セリア様、これほどの利益を上げているというのに、なぜ工場の労働者たちの待遇を改善しないのですか?」


ある幹部が恐る恐る尋ねる。セリアは冷ややかな目で彼を見つめた。


「利益を最大化するためよ。それに、彼らに余計な力を与えれば、いずれ我々の脅威となる」


「しかし...」


「黙りなさい」


セリアの声は、氷のように冷たかった。


「私がしていることは、すべて経済帝国を築くため。たとえ、誰かが犠牲になろうとも、私は進み続けるわ」


幹部は言葉を失う。セリアの目に宿る冷酷な決意に、背筋が凍る思いだった。



そんな中、バルタザールの策略が動き出す。


北方の鉱山への投資。それは、セリアの次なる一手だった。だが、その情報は既にバルタザールの手に渡っていた。


「セリア様、大変です!」


ある日、セリアの執務室に慌ただしく部下が飛び込んできた。


「どうした?」


「北方の鉱山が、突如として国有化されました」


セリアの顔から、血の気が引く。


「何だと!?」


「現地の王が、突然の決定を下したそうです」


セリアは唇を噛みしめた。この投資には、莫大な資金を投じていた。それが水泡に帰したというのだ。


「くっ...」


セリアの頭の中で、様々な思いが駆け巡る。だが、彼女にはまだ気づいていなかった。これが、バルタザールの仕掛けた罠の始まりに過ぎないことを。


一方、エイドリアンの軍も、予期せぬ困難に直面していた。


「殿下、補給路が寸断されました」


副官が青ざめた顔で報告する。


「何だと!?」


「現地の反乱軍が、突如として蜂起したそうです」


エイドリアンは唇を噛みしめた。この進軍には、周到な準備を重ねていた。それが水泡に帰したというのだ。


「くっ...」


エイドリアンの頭の中で、様々な思いが駆け巡る。だが、彼にはまだ気づいていなかった。これもまた、バルタザールの仕掛けた罠の一部であることを。


混沌の時代は、新たな局面を迎えようとしていた。エイドリアンとセリアの野望は、予期せぬ障害に直面する。そして、その陰で、バルタザールの策略が静かに、しかし確実に進行していく。


大陸全土を覆う混沌の渦。その中心で、三者の思惑が激しくぶつかり合う。果たして、誰が最後に笑うのか。そして、この世界にもたらされるのは、秩序か、それとも新たな混沌か。


その答えは、まだ誰にも分からなかった。



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