#2 異世界
次に俺が目を覚ましたのは、穏やかな風の音と鳥の囀りが聞こえ、瞼越しに少しばかり日差しを感じた頃だった。鼻が妙にむず痒い。むず痒さに顔をしかめながら瞼を開けると、そこには大きな蝶の羽があった。おそらく鼻に乗っかっているのだろう。ふっ、と口から息を吹きかけ、蝶をどかせた。
「ここが異世界……」
体を起こし、辺りを見渡す。俺が今いるのは広大な平原、その中に大きくそびえたつ大木の下に座っている。近くに街道らしき土の道があり、遠くにこちらに向かってくる物体が見える。あれは…馬車?
ガタガタ、ガタガタ。俺の前を、しっかりと補装されていない街道を走る一頭の馬に引かれた馬車が通り過ぎていく。手綱を握っていた人が馬車を眺める俺を不思議そうに見ていた。馬車なんて初めて見たな。さすが異世界、きっと他にも地球では見られないようなものがいっぱいあるんだろうな。早く街に行ってみよう。右手の方角に街があるって話だったはずだ。名前は確か、王都アグレア、だったかな?
立ち上がり、街まで歩き出そうとしたところで、足を止めた。ふと自分の体を見やる。着ているのは通っていた高校の制服。多分死んだとき来ていたやつだ。
「こんな服で行ったら目立つよなぁ……」
≪創造力≫があるんだし、ひとまず服と他の必要な物を作ってしまおう。そう思い、再び地べたに座る。その時、ジャリッ、っと何かをお尻で踏んづけた。痛っ!?何踏んだんだ……?
お尻の下にあった物体を取り出す。そこには茶色い巾着袋。ひもを緩めて中身を確認する。中には黄金に輝くコインがたくさん入ってた。これお金か?中からコインを一枚取り出し、眺めてみる。大きさは大体500円玉より一回り大きいぐらい。コインには表に人の顔が、裏には…フランスのエトワール凱旋門みたいな建物が描かれている。いわゆる「金貨」という奴だろう。これがこの世界でどのような価値があるのか分からないが、ゼウノスが用意してくれたやつだろうし、しばらくは生活できるはずだ。
お金はこれでいいとして、服とかはやっぱり用意するしかない。買うのもありだとは思うが、買うまでこの格好ってのは嫌だ。意識を集中させ≪創造力≫を発動させる。その時、体の深い部分、心臓の辺りに何か違和感を覚えた。もしやこれが≪魔力≫なのか?その違和感は、だんだん全身に広がっていく。しかし不思議と不快感はなく、むしろ力が湧いてくるようだった。
服の前に、確認としてもう一度「鉛筆」を作ってみる。一度作るとある程度感覚がつかめるようになるらしい、さっきゼウノスと作った時よりも早く作れた。鉛筆が完全に創造されると、全身に広がった≪魔力≫(?)に変化があった。
「……減ったな」
思わずそう呟いた。創造し終わった途端、心臓辺りにぽっかりと穴が空いたような感じがした。しかし、その穴もすぐに埋まってしまう。どうやら≪魔力≫は自動回復するらしい。よし、それじゃ準備を始めてしまおう。再び≪創造力≫を発動させ、あれこれ必要なものを作っていった。
「お、終わったぁ~」
バタッっと地べたに倒れこむ、初めて目が覚めた時には東にあった太陽(この世界で太陽というのかは知らない)もすでに真上、正午を過ぎた頃だろう。
「鉛筆」を作った時には特には感じなかったのだが≪創造力≫は、思ったより脳に負荷をかけてしまうようだ。さっきから頭が痛い。
≪創造力≫で作ったのは大きく3つ。服と魔法とその他の物。
服は、白のTシャツとTシャツの上には明るめの灰色のベスト、黒色のストレッチパンツに濃い藍色のロングコートを羽織っている。地球だと厨二病だと馬鹿にされてしまうかもしれないが、馬車を使う時代、地球の中世時代とかそこらだろう。これぐらいの服のほうが違和感はないはずだ。……ないよね?
魔法は、試しに思いついたものをいくつか作ってみた。
まずは≪バックパック≫。簡単に言えばどこぞの猫型ロボットのポケットだ。イメージがある程度できるものだったので、創造にさほど苦戦はしなかった。これには、今回作ったものとゼウノスから貰った巾着袋を入れている。
次に≪漆黒翼≫。背中に≪魔力≫を使った漆黒の翼を生やし、空を飛べるようになる魔法だ。
体を浮遊状態にして空を飛ぶなんて魔法でもよかったのだが、作ってみると意外と制御が難しい。ふらふらして、上手く飛べなかった。そこら辺の設定がなかなかうまくいかないから断念した。だから翼を試してみたんだが、こっちの方がうまくいった。正直こっぱずかしいのだが、空を飛べるのは便利だと思う。漆黒なのは、どうにも≪魔力≫には、それぞれの色があるらしく、こういう≪魔力≫を具現化する系の魔法を使うと、その色が現れてしまうらしい。こればっかりは、色をわざわざ設定しても変えることはできなかった。
他の魔法はまだ作っていない。魔法の創造は特に脳に負荷をかけてしまうし、魔法のイメージはなかなか固まらない。≪漆黒翼≫には結構時間を費やしてしまった。魔導書的なものがあれば、それを参考にして作ってみようと思う。
後は水とか予備の着替えとか生活に必要なものを色々と。食べ物も作ってみたけど……味がしなかった。食感も微妙に違う気がする。こればっかりは≪創造力≫ではどうにもならない。街に着いたらレストランにでも行こう。
「よぉし、出発すっかぁ~」
体を伸ばしながら起き上がる。首と肩を回して、体をほぐす。屈伸とかもろもろストレッチをして、息を吐く。それじゃぁ――――――
(≪漆黒翼≫)
頭の中に、先ほど作ったオリジナルの飛行魔法の名前を浮かべる。すると、背中から魔力でできた漆黒の翼が現れる。現れた翼は、鳥類のような羽毛でできたのとは異なる。≪魔力≫の塊というか闇の塊というか、そんな感じのが変形し、翼の形を模っている。何っていうか、悪者っぽい。
それと、魔法を発動させる時には、詠唱を必要とするのかと思ったが、少なくとも俺はそんなことはなかった。何を使いたいかを思い浮かべるだけっていうのは時短になるし、詠唱なんて言いたくないので有難い。
バサッ(実際にそんな音はしていない)と、俺の背中の翼が大きく羽ばたく。一気に上空に飛び上がり、ある一定の高さで制止する。その場で宙返りをして、操作感を確認する。問題なしっと。
そのままゆっくりと、王都アグレアに向けて進み始める。最初はゆっくり、慣れてきたら段々速度を上げていくつもりだ。
「あ」
まだまだ遠いが、薄っすらと王都アグレアらしき町が見えてきた。なんかワクワクしてきたや。
王都アグレアは、簡単に言えば城塞都市のような感じだった。中央にそびえ立つ大きな純白の城。そしてその城を囲む城壁。その下には城下町が広がり、そしてその城下町の外周を少し広めにまた壁が町を囲んでいる。とっても大きな町だ、さすが王都。
ただ少々面倒だったのは、町に入るための検問だ。どうやら身分証みたいなものが必要だったらしく、ないことを伝えると、作ってもらえるらしいが、その手続きに時間を取られた。でも、これがないと宿屋にも泊まれないようなので仕方がない。さすがに野宿は嫌だ。≪創造力≫で布団を作ってはみたが、硬くてとても眠れるようなものではなかった。
それと、検問所で手続きをしていた時に思ったのだが、少なくともこの国では、もしかすると日本語が使われているのかもしれない。俺は翻訳系の魔法を作った覚えはない。とするとゼウノスが翻訳系の魔法を付与してくれている可能性はあるが、それでも書類に書いた日本語の文字がそのまま伝わっているのはおかしくないか?まぁ、新しい言語を覚える必要がないのは有難いけど……。気にしたらダメなのかも。
「おお、人がいっぱいだ」
町の中に入る門を通り抜け、ついに王都の中に入る。門の先にあったのは、まさに中世ヨーロッパのような町並みだった。レンガ造りの町並みに町の中を船が2隻ぐらいは入れそうな用水路、街路に並ぶ屋台、広場の中心に設置された大きな噴水。
地球にも似たようなところはあったのかもしれないが、あいにく僕は日本を出たことはない。だからこんな町並みを見るのは初めてで、目を煌めかせた。キョロキョロと辺りをせわしなく見渡し続ける。しかし、周りの不審者を見るような冷たい目に気づき、そそくさとその場を離れる。お恥ずかしい。
しばらく王都を散策しよう。そう思い、先に進む。いやぁ~、第二の人生、楽しめそうだ。
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王都の裏路地。その一角。まだ昼のはずなのにその裏路地は暗闇に染まっていた。
「っは…っは…っは…」
響き渡る複数の足音。一人は茶色のローブを被った人物。残りはその人を追いかける複数の軍服に身を包んだ者達。
軍服に身を包んだ者達の手には、鉄の剣が握られており、その目は虚ろだった。まるで何かに操られているようだ。
「誰かっ……!助けてっ……!」
走り疲れていたのだろう。茶色ローブから漏れた声はとても小さく擦れていた。
足がじんじんと痛み、何度もこけそうになる。それでも軍人に捕まらないのは、日頃から運動と称して、騎士の人達と少しばかり体を鍛えていたからだろう。
誰かが助けに来てくれる、そんな星が落ちてくるぐらいの可能性の未来を願いながら、茶色ローブの人物はただ、裏路地を走り続けた。
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「うおぉ、もうこんな時間か…」
すでに空は暗く染まっており、満天の星空が広がっていた。こういう景色は、地球のと遜色ない。なんとなく懐かしい気分になる。まだ一日と経っていないはずなんだがな……。散策はここまでにして宿を探そう。こんな時間まで受付してる宿があるか分からんが……。
今日は、昼食を取った後、しばらく歩いた先に見つけた図書館に入り浸っていた。
図書館では、魔導書を読み漁っていた。ただ、公共の図書館でもどうや魔導書は高級なものらしく、あったのは初級魔法のもののみ。とりあえず読めるだけ読み、後は借りていくことにした。身分証だけで借りれたので助かった。
そういえば、ゼウノスが俺にくれた金は相当高額だったらしい。お昼に行った飯屋で、とりあえず巾着袋の中から一枚コインを取り出すと、店員さんがど肝を抜かれたような顔をした。
このコインは王金貨と呼ばれるらしく、金貨の10倍の価値がある貨幣だとか。青銅貨が一番下の貨幣で、その次が銅貨。そこに銀貨、金貨、王金貨、白金貨と続き、最後に神金貨となるらしい。貨幣の価値については、地球《向こう》と際はなく、どれもそれぞれ一つ下の貨幣の10倍の価値がある。感覚的には青銅貨が10円、銅貨が100円…、てな感じ。つまり王金貨は一枚10万円の価値がある。巾着袋の中には大体100枚近く入っていたので、地球換算で1000万円ちょっと。
店員さんに聞いた話だと、食べ物が大体銅貨4枚から銀貨7枚、宿はピンキリらしいが一週間(こちらでは6日)あたり最低で銀貨5枚、最高でも金貨7枚ぐらいが大体の相場らしいので、最高額の金貨7枚を支払ったとして、宿だけだと大体142週、つまり852日。この世界の1年は、地球より3ヶ月分多い15ヶ月でひと月は約4週なので、おおよそ2年と三分の一年は宿に困ることはない。ただ、食費そして風呂代……、いや風呂は自分で用意できるわ。食費の分を差引いたとしてまぁ、2年近くは問題なく生活できてしまう。金に困りそうにないのは有難いな。
お昼に食べたのはサンドウィッチのようなもの、名前は「サイブウィンチ」と言うらしい。なんとなく似通った名前なのはなぜだろう。言語も日本語が使われてそうだし、もしかすると過去にも地球の人間、それも日本人がこの世界に来ている可能性も……。
「ん?」
ふと、辺りに視線を巡らせる。今何か聞こえたような……。とはいえ辺りは人に溢れている。気のせいだったのかも……。
「っ……!まただ」
また聞こえる。これは周りの人達の声じゃない。町を歩く人たちの平和で穏やかな音じゃない。
「助けを……、もしかして此処か?」
辺りを彷徨っていた俺の視線は、ある一点に集中する。それは家と家の間、裏路地と呼ぶにふさわしい、光のとおらない暗闇の道。いかにもな雰囲気に思わず苦笑してしまう。
「周りは…、誰も気づいてないのか?」
周りの人々は、誰も足を止めることはなく、楽しそうに町を歩いている。……俺だけにしか聞こえない声?疲れたのか?でも……。
「最悪野宿になるかもしれんが…、妙に気になるし、行くか」
足を一歩、また一歩と裏路地に踏み込んでいく。なんだか胸騒ぎがする。急いだほうがいいのかもしれない。