第八章 帰るまでが遠足です
皆で散々盛り上がった後の事である・・・ギルバートは高い枝からみんなを見守ってくれていたようで、何事もなかったかのように皆の下に戻ってきた。
「やったじゃねえかよ。こんちくしょうめ!」
そうやってショウに声を掛けた。
「ギルバート!ボク上手くできたよ‼作戦もバッチリ嵌ったね。」
喜んでギルバートを向かい入れると、みんなは運び出す作業に追われていた。
「今回はっ!だな。遠巻きに見てたがルイスが出てくる方が早かったじゃねえか?なんで直進してるお前らの方が遅れてくるんだよ?」
まあ、たしかに・・・言われてみればそれまでなんだけどさ・・・。と、思いがよぎる。
「仕方ないじゃないか・・・ボクはダッチウサギ。みんなよりも小柄で足も遅いの。野ウサギのみんなはボクより全然大きいじゃないか。」
自分の耳を折りたたみ毛づくろいしながら言う。
「そりゃそれを見越して行動に移さねえ、お前が悪いんであって周りのせいにするんじゃねえよ。身体がデカいからってそもそもお前の方が小回り利くじゃねえか?」
もう!せっかく余韻に浸ってたのにこれでは台無しだ。
「でもボク自身の自信にはつながったよ?」
そこにシルバもやってくる。
「長は自信が無さすぎるんですよ・・・もっと思い通りにやっても良かったんですよ?」
シルバのフォローが入る。
「好き勝手やって、結果が付いてきたからいいものの・・・下手すりゃ人間の下敷きになる奴だって出るかもしれねえし、最悪食われる可能性だってあったんだぜ?」
なんだよ・・・反省会じゃないか・・・そういうのは後にして欲しいものだ。
「ボクだって必死に考えた結果なんだから仕方ないじゃないか。おじいさんに怪我をさせるわけにもいかないし・・・。」
確かにあの場面で人間に怪我をさせるというのは得策ではない。むしろ今後の事を考えると下策と言ってもいいだろう。
「まあ、俺様が手を貸さなかったんだからこんなもんか?かっかっかっ!」
そう言って笑うギルバート・・・なんだか凄く嫌な奴に思えるぞ・・・。こんな奴だったっけ?口は悪いけどもっと面倒見が良くてカラッとした奴だと思ってたのに・・・なんだか裏切られたような気分だ。
まあ、ギルバートの言う通りではあるんだけど・・・。
だからってこの盛り上がってるときにそんなこと言い出さなくてもいいじゃないか・・・そんな風に感じていた。ショウは少し不貞腐れ気味に・・・。
「そんな言い方しなくても、いいじゃないか・・・。」
自分とは違う考えにショックを受ける・・・なんでそんなこと言うんだろう?この時はギルバートの意図に気が付かなかった。
でも自分でも自覚がある分、そういう考え方もあるのか・・・という風に受け止めることにした。相手の意見と自分の落としどころを見つけなくては、ここは大人の対応で行こう。
「まあ・・・いいけどさ。ギルバートのいう事もわかるし・・・。」
そう言ってこの場を治めることにした・・・納得はしてないけどね。
「なんでえ。しけた面しやがって・・・。」
ギルバートはまだ気に入らないようだ。
「時間も遅くなってきちゃったし、早く荷物を運んで帰ろう!」
気を取り直してルイスたちは気合を入れて運び出した。
街道沿いを歩いてせっせと運ぶウサギ達・・・周りから見たらやはりシュールな絵面だが本人たちはいたって真面目なのだ。
もうすぐ森に辿り着こうという頃、日の傾きに今更気が付いた・・・マズイっ‼日が暮れちゃう!そう思った時にはもう遅く、日が暮れてしまった。
どうしよう⁉それでも必死に運び続けるルイスたち、今ゴブリンの群れに遭遇したらルイス無しで戦わなくちゃいけないじゃないか。
急いで洞穴へと向かっている時だった・・・目の前に降ってきた矢が刺さる!
いけない‼と思って急ブレーキで立ち止まると、それは背後からやってきた・・・やはりといった感じでゴブリン一行が現れたのだ。
ゴブリンたちは後方から矢を放つ。これでは前に進むどころではない。それにしても斥候に見つかった訳でもないのに・・・なぜ?そう思ったころにはゴブリンと最後方のシルバがやりあっていた。
「みんな固まれっ!」
そう言って声を上げたのはルイスだった・・・なんで?こんな矢の雨の中じゃあ、格好の的になってしまうじゃないか⁉そう思って飛び来る矢をかわしていると、メス達の張った結界で矢を凌いでいた。
そういう事か⁉と、理解したショウはダッシュで後方へと飛び出し・・・シルバの援護に入ると同時に、相手の数を数えていた。
敵の数はおよそ十体!藪の中に隠れていなければその数で間違いない。ギルバートも後方に向かって飛び出した・・・矢の雨をうまく翼で払ったりしながら体を捻りかわしていく。そのスピードに乗ったまま風魔法を纏い体当たりして次々とぶつかっていく。
態勢を崩したゴブリンたちは弓矢から探検に持ち替えた。
「みんな気をつけて!」
そう声を掛けると魔法での攻撃に切り替える・・・シルバも火属性の魔法を駆使して対抗している。
後方に辿り着いたショウは全属性魔法を繰り出す・・・しまった!魔力消費を抑えなくては・・・しかし戦闘中に魔法の属性のことを考えている余裕が無い。
「くそっ!これじゃあ魔力が足りなくなる・・・どうしたらいいんだ・・・?」
立ち止まり全属性を発射すると複数体のゴブリンに直撃する。
ゴブリンたちがウギャっとうめき声を出す・・・だが、致命傷には至らない。全て直撃すれば大きなダメージになるかもしれないが、単発では威力が弱いのか動きを鈍くするだけだった。
そんな中でも門番であるシルバは孤軍奮闘している。単発属性ではあるが確実にダメージを与えていく。こういったところで場数の違いが大きく出る・・・攻撃を上手くかわし、的確に攻撃をヒットさせていく。
「やるなぁ・・・。」
思わず感嘆の声をあげてしまう。
そうこうしているうちにルイスも駆けつけてきた。
門番たちはメス達に近づいたゴブリンと戦っている・・・みんなそれぞれ出来ることをしているようだ。ある程度ゴブリンたちが疲弊した時だった・・・茂みから数匹のゴブリンが顔を出す。
新手か!そう思った時には十体以上のゴブリンがさらに現れた・・・こんなにいっぱい出てくるものなのか⁉日が暮れることの恐怖と、ゴブリンの団結力の恐ろしさに驚愕する。
それでも負けるわけにはいかない‼
そう思い奮い立たせると、四の五の言ってられないという思いから魔法を打ち込んだり、頭突きをかましたりとこれではきりがない・・・消耗戦になりつつある。
息が上がり皆傷だらけになってきている・・・これでは負け戦になりかねない。もっと速く、もっと拡散して複数の動きを鈍らせなくては・・・。
魔法の乱発、それでもゴブリンたちはまだまだ動いてくる。
「らちがあかない・・・みんな頑張るんだ‼」
そうは言いつつもショウ自身も傷だらけだ。
ゴブリンの気絶した体にのっかって叫ぶ姿はまるでジャンヌダルクのようだ・・・雄姿は皆に伝わっているだろうが、なんといってもゴブリンの数が多い。こちらの戦力の倍以上はいるのだ・・・苦戦もやむなし。
「くそっ!キリがねえじゃねえかっ‼こんなに出てくるなんて卑怯ってもんだぞ‼」
ギルバートの叫びもゴブリンたちの怒号に搔き消され虚しく消える。
「そんなこと言ってても仕方ないよっ!ボクは出来るだけ動きを鈍らせるから、みんなは一体づつ確実に数を減らしていって。」
しかしだ・・・門番たちはメス達の守護、頼みの綱と言えばルイスとシルバとギルバートそしてショウの四人だけしかいないのだ。メス達も必死に守られながらも回復魔法をかけてくれている。
そのおかげで前線は保てているようなものだ・・・そうでなければきっと今頃ゴブリンたちの胃袋の中にすっぽりと収まっているだろう。
そんな嫌なことは置いておいて、なんとかなる良い手はないだろうか?このままではジリ貧だ。破れかぶれになって魔法を乱発して魔力切れなんてなったら、それこそ目も当てられない・・・そこでショウは思いついた。
たしかギルバートはこう言っていた・・・集中することで単発の魔法が使えるようになる・・・と。
それはつまりイメージ力が重要ということではないだろうか?
ルイスもシルバもギルバートでさえも疲弊し始めている・・・思いついたが吉日、やってみるしかない‼
そう思いショウはスッと目を閉じた。思い浮かべたのは氷・・・それもとんでもなく大きな氷の槍だ。するとショウの頭上にみるみるうちに大きな氷の槍が出来上がっていく・・・まだだ。もっと大きく。
一体のゴブリンがそれに気が付いたのか邪魔をしに飛び掛かってくるが、そうはさせんとギルバートが空中で体当たりして撃墜する。
目をカッと見開いたショウはそれと同時に言った。
「みんなさがってっ‼」
皆その言葉に反応し数歩後ろにさがり戦いの最中もさながら、ショウに向かって走り出す。そこで皆が目にしたものは人間を五人ほど束ねた大きさの氷・・・その巨大さにルイスもシルバも驚きながら駆けていた。
そしてショウは皆が戻りきる前・・・ゴブリンたちが追ってくる場所に向かって、その大きな氷の槍を解き放った。
バリーンっ‼という大きな音と共に追って来ていたゴブリン三体を氷漬けにした。そしてさらに近くにいたゴブリンたちへと迫る。
地面に直撃した氷の槍はジワジワと範囲を広げ大地を凍てつかせる。あるゴブリンは大地に氷漬けにされ足下からだんだん頭へと凍りつかせていく。
きっとそれはゴブリンたちに恐怖を植え付けただろう。
あるものはもがき苦しみ、あるものは逃げ出した・・・仲間を犠牲にしてまで・・・そこは助けに行かないんだなぁ。と、思うが危険を察知する能力が高いのだろう。
野生の勘とでもいえばいいだろうか?それが彼らを怯えさせ、逃走に走らせる。そうしてゴブリンたちが逃げていき、ギリギリだった戦いの終焉を迎える。
「・・・勝った・・・。」
皆、一呼吸置き勝利の雄たけびを上げた。
「やった・・・勝ったんだ・・・。うおおおっ‼」
みんな疲れ切っていたが、勝鬨を上げる。あるものは傷つきながらも雄たけびを上げ、メスや子供たちまで勝鬨を上げていた!それだけの大混戦だった。
どちらに勝負が転んでもおかしくはなかった。
それだけ数の力とゴブリンのタフさが凄かったのだ・・・相手にも称賛を送りたいところだが、これはスポーツじゃない・・・殺し合いなのだ。向こうもこちらを襲ってきているのだ・・・こちらも自己防衛のために戦うのは当然のことだ。
必死にもがいて、必死にあがく・・・それが弱肉強食のこの世界の常識なのだろう。
こうして作戦も何もなく始まった戦いはショウの一撃により、呆気なく終わったのである。皆傷つき回復の時間を惜しんででも洞穴に戻りたかった・・・それだけの激戦、疲労もピークに達していていち早く帰りたい一心だった。
皆でニンジンとイチゴを引き、急いで洞穴へと戻る。森の中はもはや真っ暗でどれくらいの時間戦っていたかを忘れさせるほど暗くなっている。
そんな中洞穴に着くとギルバートは枝に寄りかかり、疲れの表情を見せるが痩せ我慢で耐えてみせる。
荷物を運び込みギルバートに一言。
「ギルバート・・・今日はありがとう。凄く助かったよ・・・ギルバートが居なきゃボクたち全滅してたかもしれない・・・それとさっきは怒ったりしてゴメン・・・。」
素直に心の中に会った言葉がスッと出た。
ギルバートもそれに応える。
「ばっきゃろう!礼なんていいんだよ。俺様たちはダチだろ?それにいちいち謝るんあじゃねえ‼そんな仲でもねえだろ?」
言われてみれば確かにギルバートとはこちらの世界にやってきて一番最初に仲良くなったそんざいなんだよなぁ・・・そう考えると、感慨深いものがある
たった二日の出来事だけど心の中にはとても大きな一日になった・・・人間を巨人と勘違いしたり、ギルバートと出会って、みんなと出会って、ニンジンを取りに行って、そして長になって・・・いろいろあったなぁ。
余韻に浸っているとギルバートが言った。
「まあよ・・・さっきは俺様も言い方が悪かったな。スマン。それにしても、そんなにボーっとするほど疲れたのかい?大丈夫かショウ?」
ボーっとしているショウに労いと心配の声を掛ける。
「ん?ああ。昨日と今日を思い出しててさ・・・色々あったなぁ。って、思ったらなんかボーっとしちゃってた。心配してくれてありがとう・・・じゃあ荷物の運搬も終わったみたいだし、そろそろ行くね!また明日!」
そう言ってギルバートに別れを告げた・・・明日が来れば、また会えるんだから大丈夫‼
「今日は大変だったからな。ゆっくり休むんだぜ?明日また、この辺を飛び回ってるからよ・・・見かけたら声かけるんだぜ?」
念を押すように圧力をかけてくるギルバート・・・こうやってみるとショウは改めて思う。自分はもう、すっかりウサギになってしまったんだなぁ・・・人間じゃなくなった自分にしみじみとする。
「もちろん‼遠くても声を掛けるよ・・・大きな声で!」
そう言ってギルバートとは別れ、洞穴へと入っていった。