第七章 大収穫祭
ここからは人間のテリトリーに入るのでウサギ達をそれほど警戒してはいないだろうが、もし昨日のように見回りに来たときは気をつけなくてはいけない。人の縄張りに入るのだ・・・こちらは警戒しておいて損はない。
「みんなぁーっ!ここからは人間のテリトリーだから、あまり害はないだろうけど・・・一応用心はしておいてね。基本人間は襲っては来ないけど、作物を荒らすとなると話は違う・・・追い払おうとしてくるから気をつけて。」
皆顔つきが変わる・・・子供たちはピクニック気分でその辺りの草をモグモグしている。微笑ましいが緊張感に欠ける。しかしまあ、子供というのはそういうものだ・・・元気に走り回ったり、いっぱい食べたり、いっぱい寝たり、好奇心の塊だから動き回るし・・・といった子供らしさは人間もウサギも変わらないなぁ。
そういえば姉とその子供は元気だろうか?自分からしてみれば甥っ子になるであろう子供とは産まれてから三年後に会って以来会えずにいたなぁ。あの頃はヤンチャだったが大きくなってるんだろうな・・・。
そんなことを思いながら子供たちの動向を見守る・・・姉さん、ボクは今ウサギになってます・・・。
「子供たちは大人から決して離れないように!これは大切な約束ですよ⁉」
子供たちに言い聞かせるように言う。きちんという事を聞いてくれたら御の字だ。
これから目的の畑に向かうのだこれくらい言って当たり前だ。
皆で少しづつ進んで行くと、前回おばあさんが居た家の前を横切る庭先を駆け回り・・・おばあさんが居るかを確認すると・・・居た!おばあさんだ⁉
おばあさんは本を読んでいたが、こちらを見て驚いていた・・・それもそうだろう・・・おばあさんの家の庭はウサギで埋め尽くされているのだ。
「アンタは昨日の・・・お友達を連れてきてくれたのかい?あたしゃビックリして転がるところだったよ。」
そう言ってコロコロ笑った・・・良かったおばあさんが笑顔になって。
感動の再会シーンもそこそこにおばあさんに軽く会釈すると、おばあさんはもう行くと察したのか手を振って見せる。
これから行くところはもはや戦場だ・・・何が起こるかわからない。そして何が起こってもおかしくはない環境に身を窶すのだ・・・気を引き締めてかからねば。
そう思いながらおばあさんの家の庭を後にするのだった。
こんなにドキドキするのはいつ以来だろうか?
これからニンジン泥棒をしようって言うんだから緊張もするものだ。とはいえ人間の畑から少しだけニンジンをいただこうっていう話だから、泥棒には変わりないが罪の意識は薄い・・・なぜかって?それはボクがウサギだからさっ!
人間も少しくらいなら許してくれるよね?
まあ、害獣として認定されてしまうと困るんだが・・・と、思っていたら昨日は気が付かなかった物に気が付く。
「イチゴじゃあないかあ‼」
驚いて立ち止まる・・・まさかイチゴまで栽培しているとは⁉この国もなかなかやるな‼
「みんな、待って‼」
通り過ぎようとしていた皆を静止させる。
「どうしたのですか?急に立ち止まってニンジンでもありましたか?」
ルイスは何が起きたのかと立ち止まり聞いてくる。
「みんな見て見て、これこの赤い実。これが美味しいんだよ。」
ぶら下がったイチゴの実を下から齧りついてやると、甘い果汁が溢れ出してくる。
んーっ‼ジューシー‼たまらないっ!と唸るように悶えるが食べ続ける。人間が食べても甘いのだ・・・ウサギが食べたらもっと甘いのだろう。
「そんなに美味しいものなのですか?」
ゴクリという音と共にルイスや他のウサギ達も頬張ると・・・皆一様に美味いっ!甘―い!と声を上げた。
しかし、これは誰かが栽培しているのだろうか?それを考えると沢山食べるのは忍びないので。
「みんな順番に食べて行ってね。一つづつ無くなったら次の実にいくんだよ?」
と、注意をすると皆素直に聞いてくれた。こういう点長としては有難いことで、長の言葉は絶対という規則が頭にあるのだろう・・・そういう意味では助かっている。子供たちも食べて満足気になっている・・・連れてきて良かった。心からそう思った・・・。
これから戦地に向かう前の晩餐と言ったところだろうか?これ、いくつか持って帰ってもいいんじゃないかな?
「ねえねえ、これって持って帰ってみんなで食べてもいいんじゃないかな?」
みんなに提案すると、皆嬉々として喜んでいた。
幾つかの実を引っ張って茎にかじりつき実を外すと、葉に包んで持ち運びしやすいようにした。それをルイスが引っ張っていく・・・犬橇みたいだな・・・と思ったが口には出さない。ウサギにとって犬がどんな存在なのか知らないので、あまり大きな声では言えないのだ。
思ってもみないお土産に喜びはひとしお。感無量ってやつだね。
そうして辺りを窺いながらもニンジン畑にやってきた・・・ゴブリンに会った以外ここまでは順調だ。むしろイチゴを見つけられるなんていう幸運にも恵まれている。
「昨日のニンジン畑まで来たけど・・・周囲に人影は無いようだね。それでも穴掘りの最中に来るかもしれないから、用心しておいてね。」
そうルイスに伝えた・・・そうかここからは役割分担があるんだっけ。群れの後方に行きシルバ及び門番たちにも同じことを伝えた。
「ここは見通しが良いですね。ニンジンも列で埋まってるので警護も監視もしやすいですね。」
日はのぼりきって早くも傾き始めている。時間かかちゃったもんなぁ・・・ゴブリンとかイチゴに加えて好奇心旺盛な子供たちのペースで来たので、昨日来た時よりも時間が掛かっているのは当然の事なのだが・・・このままではゴブリンたちに出くわしてしまう可能性が高くなる。どうしたものか?
門番たちはシルバを筆頭に高台にシルバ、各方向に一羽づつ配置されている・・・これで相手よりも早く手を打つことができる。
そしてまたルイスの下へ戻ってくると、穴掘り作業を開始していた・・・こやつ、なかなか出来るオスだな。仕事ができるオスってなんだかステキ・・・。
そんなアホなことを思ったが自分もオスなので気持ち悪っ‼って、思ってしまった。
「もう作業開始してたんだね?さすがルイス。」
臆面もなく普通の顔をして話しかける。
「はい!時間も余裕が無いかと思いまして、先に始めさせていただきました。監視の方はもう良いのですか?」
ルイスの質問に大丈夫と答え、自分も作業に加わる。
「穴掘りってさ・・・大変だけど楽しいよねっ?子供の頃に戻ったみたいな感じがするよ!」
息を切らせながら穴を掘る。人間だった時もそうだったけど、近所の公園や海水浴に行ったら穴掘ってもんなぁ・・・懐かしい思いで掘り続ける。
「私は昔も今も楽しいですよ?」
そうだよなぁ・・・ウサギだもん穴掘らないと、巣穴もないし危険だもんな。
「こうやって深くまで掘れると楽しいよね⁉ウサギならではかもしれないけど・・・。」
なんたってご褒美が待っているのだ。それは穴も掘りがいがあるというものだ。
「そうですね・・・こちらはだいぶ根元が見えてきましたよ?」
鼻や顔を真っ黒にしたルイスはなんだか楽しそうだ。子供たちはショウたちを他所にニンジンの葉っぱをモグモグしている。いっぱい食べて大きく育てよっ‼
はいっ!掘って掘って~‼はいっ!掘って掘って~‼という掛け声のもと掘り続けると、最初の一本がコロリと転がった。
みんなそれを見るやいなや、歓声を上げる!盛り上がりは最高潮だ‼
他のオスたちもそれを見て穴を掘り出す。まるでフィーバータイムだ!
やんややんやとしていたその時、シルバの大きな声が聞こえた・・・ついにやってきたのか?人間が・・・。
「気をつけろ!人間がこちらに向かって来てるっ‼」
シルバの声と共に高台へと駆け出したショウ。高台を登りきるとシルバが手を差し出し、人がいる方向を指した。
背の高い白髪交じりのおじいさんがやってくるではないか、みんなでそれぞれ隠れるべきかそれとも・・・反撃に打って出るか・・・悩まされるが、結論は一つだ!ショウは高台からシルバと共に降りてくると、門番たちや他のウサギ達に声を掛け走り続けた。
勇猛果敢に駆けまわるウサギ達、メスたちは子供たちを見ている者や、頑張ってニンジンを掘り出し大きな葉っぱに包んでせっせと運び出そうとする者に分かれて動いてもらっている。
オスたち一同はにんげんのおじいさんのもとに向かって駆けていく。
「ルイス!ここからは二手に分かれて行こう。ルイスたちは横から突っ込んで‼ボクたちは正面から突っ切るっ‼」
今までの自分とはなんだか違う、高揚感があった・・・ワクワクする気持ちがあった。ルイスたちと分かれおじいさんに近づいていく。ドキドキ感が激しくなっていく。
自分の立てた作戦が上手くいくか、そしてこれからニンジンを手に入れられるかの二つで高揚していた。人間の頃にはなかったものだ。
こんなにワクワクしたこと初めてだ・・・子供の頃にピンポンダッシュした時だってこんなにワクワクしたことは無い。
おじいさんはこちらに向かってやってくるがそれを遮るかのように、横からルイスたちが足下を駆け回る・・・ショウたちも同じように正面から突っ切った。
おじいさんは驚き腰が抜けたのか、後ろにペタリと尻もちをついた・・・下敷きになるようなマヌケはいなかったが、おじいさんの驚き方が尋常ではなかった。
「な、なんじゃあ⁉天変地異の前触れかっ‼それともこの間捕まえたウサギをシチューにしたことが悪かったのか⁇」
おじいさん・・・そんなことしてたんだ。どこのウサギかわからないけど可哀想に・・・そんな目に遭うなんて災難としか言えない。
バタバタするおじいさんの周りをグルグルと回りながらおじいさんの様子を窺う。おじいさんは余程驚いたのか起き上がれずにいる。その隙にメス達でニンジンもイチゴもかっさらうというわけだ。
何とか起き上がろうとするおじいさん、しかしそうはさせるかとおじいさんの顔に飛び掛かり起き上がるのを阻止する。そこからはそれの繰り返しだった。メス達の様子を窺いながら、まだかまだかと同じことを繰り返す。そのうちにおじいさんは疲れたのかジッとしているようになった。
まさかおじいさん・・・死んじゃったとかじゃないよね?そんなことを思いながらわらわらとおじいさんにじゃれつく・・・あるものは顔を舐め、あるものはお腹の上に乗っかり、またあるものは足をバリバリと引っ搔いている・・・傍から見たらウサギにじゃれつかれているおじいさんと人懐っこいウサギ達が遊んでもらっているような光景だ。
まあ、こちらとしては必死なのだが・・・明らかにシュールな構図だ。
そうこうしているうちに、メス達が運び終わった合図を出していることに気が付いた・・・よし、そろそろ良いか。
「みんなそろそろ戻るよ!準備は大丈夫かな?」
みんなおもむろに駆け出した・・・それを見届けたショウはおじいさんに軽く一礼してその場を離れた。おじいさんゴメンね・・・心の中でそう呟きながら走り出したのだ。
おじいさんは、う~ん・・・と、呻きながらも起き上がると裾をほろいまたゆっくりと歩き始めた。
ニンジンも手に入れたショウたちウサギさん御一行はこうしてまんまとニンジンどころかイチゴまで手に入れたのである。
草むらに隠れていたメス達と合流すると、みんなで声を上げた!
やったーっ!見たかあの人間の顔?俺は顔を舐めまわしてやったぜ!など色々な声が聞こえる。みんな余程嬉しかったのだろう、全力で喜びを分かち合っていた。
ショウたちは見事ニンジン収穫をやってのけたのだ。自分が長になるなんて・・・と、控えめなコメントをしていたショウもこれは自信につながったのか、やっほーいっ!と感情を爆発させている。
こうしてショウたちは帰還するのだった。
しかしそれはこれから起こる嵐の前触れだったのである。