第六章 遠足じゃない‼
シルバとのやり取りがあり朝になると、いよいよニンジン取りの始まりである。
ギルバートと居る時はピクニック気分で行けたが、今回もギルバートには着いてきてもらおうとは思っているが問題は一人ではなく集団ということだ。
ショウ一人を守ってもらうのと集団を守ってもらうのとでは大きな違いがある。まず鷹の目で高いとこから眺めてもらいながら行けばある程度の安全は確保できそうだ。が、それでも周りのフォローが必要そうだ。
「シルバ!出発の準備をっ‼」
そう号令をかけるとシルバもそれに呼応して。
「承知しました。長。」
そう言って部屋を出てみんなに声を掛けに行った。
こちらの戦力はシルバを筆頭に門番3名、それから長から陥落したとはいえルイスも貴重な戦力だ。それ以外には先ほども挙げたギルバート、そして新しい長であるショウの7名だ。
そういえばメス達の中にも魔法が使えるものは居るのだろうか・・・?あとでシルバに聞いてみよう。
ウサギになって二度目の冒険はまさかの長になってからの、ニンジン収穫という危険もあるが美味しいものが付いてくるというクエストだ。失敗はもちろん許されない・・・それは全滅を意味している。
しかしだ、昨日のことを振り返ると昼間ならキツネなどの野生動物だけに気をつければそれほど危険は無さそうだが、収穫しているときの人間には気をつけなくてはいけないだろう。
「うーん・・・監視する役に、穴を掘る役、それから運ぶのはみんなで運ぶとして・・・どれくらいの量を持って帰ろうか?」
一人取り残された部屋で呟くショウ。
「監視役には門番たちがうってつけだなぁ・・・そうなると、女子供で穴掘りかぁ・・・それも不安が残るなぁ。シルバは門番たちと一緒に居てもらって指揮を執ってもらおう、それからルイスには穴掘り班の指揮を執ってもらおうかな?でも、ルイスは身体が大きいからやっぱり運送班だね!そうなるとボクが穴掘りの陣頭指揮を執るかな。」
口に出して作戦を考える・・・どうやらショウは独り言を言う癖があるようだ。
まあ人間は声に出して考えた方が良いという説もあるくらいだ。
そんな独り言を言っているとシルバが帰ってきた・・・どうやら周りに報告は済んだようだ。
「長、皆に伝えてきました。それで・・・ルイスの容態なのですが、いたって問題ないとのことです。」
あれだけのダメージを負ってホントに平気なのだろうか?
「それはルイス本人が言ってたの?それともシルバの見た感じで判断したの?」
それによってはルイスの痩せ我慢かもしれない。
「それが見た目には大きなダメージがありそうなんですが、ルイス本人がどうしても行くと聞かなくて・・・。」
そんなことだろうと思った・・・ルイスらしいと言えばらしいのだが。
「まあ、ルイスの性格上ダメだって言っても着いてきそうだから・・・もう放っておこう!自分の好きにさせたらいいよ。」
ルイスは人のいう事は素直に聞いてくれないイメージなので、孤軍奮闘してもらおう。うん・・・そうしよう。
「作戦なんですが・・・。」
シルバが言いかけたところで、止めにかかる。
「あ、大丈夫。もう考えてあるから。シルバは監視役を仕切ってもらいたいんだけど・・・いいよね?そんでルイスには運び込む役を仕切ってもらうよ。」
今まで考えていたことをしるばに説明すると、ふむふむと納得してくれた・・・シルバは監視役にぴったりだし、ルイスは身体が大きいから荷運びにはうってつけだ。監視役は別に居るがより広範囲で監視できるギルバートは役に立ちそうだ。
しかしだ思うところもある・・・シルバとギルバートは仲良くできるだろうか?最初の出会いが最悪だったからなぁ・・・ケンカ腰だったもんなぁ。
「ねえ、シルバ?ギルバートと仲良くできる?」
今のうちに手は打っておこうと思って釘を刺す。
「まあ、長が和解しろというなら・・・。」
なかなか根が深そうだなぁ。ショウの一言で片が付くならと思い言う。
「今回の作戦にはギルバートの協力が必要だから・・・仲良くしてくれないと困るなぁ・・・。」
そう言って圧力をかける・・・。自分でも嫌な奴だと思った。いやでも仕方がないんだと心の中で言い聞かせる。
「わかりました・・・今までの事は無かったことにします・・・。」
そんなヤクザの手打ちみたいなやり取りするとは思わなかった。この世界に転生してから初めての事だらけだ。人間の時にはやらなかったニンジン堀りとか、長になるとか、キツネに怯えるとか、そんなことは全然なかったから自分の経験していない事に挑戦しているようで高揚感がある。
「うんうん、そうしてくれると有難いよ。みんな仲良くがボクの中での長としての仕事だと思ってるからね!ケンカはしないのが一番だよ。」
そう宣言するとキラキラと目を輝かせて続ける。
「世の中物騒だけど、そういうのを無くしたら世の中平和でみんな楽しく暮らせると思うんだ!割と本気で思ってるんだよ?生き物の食物連鎖とかあるじゃない?そういうのは省いたら結構仲良くなれる動物っていると思うんだよね。」
自身の理想像を語るショウ。熱が入っているのか少し早口だ。
「は・・・はぁ。」
ショウの突拍子の無い意見に呑まれ戸惑うシルバ・・・それもそうだろういきなり長になってやろうというのが、他の動物たちとの共存・共生を主張し始めたのだ。そんな時どうなるか・・・それは困る。その一択以外にはない。
何故かって?それは自分よりも上の立場の者がこんなことを言い始めたら、下の者にとってはたまったものではない・・・どう動いていいかわからないのだ。挙句従うしかないのである・・・それは困る以外の何者でもない。
「例えばリスや熊なんかも仲間に出来そうじゃない?リスは高いところのものを取ってきてくれそうだし、熊は雑食性だから木の実や野菜なんかをあげておけば友達になれると思うんだ・・・ボクとギルバートみたいにさ。実際仲良くなれたら守ってもらうとか!ねボクたちはそのお返しに美味しいご飯をあげたりしたらいいんじゃないかな?」
あくまでもショウの理想像である・・・人間の生活には言葉も通じないし、適応することは難しいだろうが、ショウはウサギだ。人間には出来ない事も可能にしてしまうかもしれない。
「リスは臆病で声を掛ければ仲良くなれることもあるでしょうけど、熊は危険ではありませんか?あの巨体ですし・・・何かあったとき対処しきれない気もしますが、長がそうお考えならば我々は従いましょう。」
そう言って片膝をつく。
「他にもきっと役に立ってくれる動物たちって居ると思うんだ。これからはそういう観点で他種族を見ていこう。あ、ゴブリンは別ね・・・あれはきっと自分たちの意志でどうにかできるものじゃないだろうから。」
ゴブリンのあの気持ちの悪さ・・・忘れたくても忘れられない。
「自分たちを襲わない種族に限り仲間になれる感じにして話しかけて行こう。そう考えるとキツネやタヌキなんかも論外だね。イタチとかさ。」
そう言ってシルバを見つめるとシルバも返してきた。
「ふむ、長はそういった動物たちを仲間にしてどうするおつもりなんですか?」
どうするつもりか・・・うーん、難しいことを聞いてくるなぁ。と、感じた。簡単に言えばショウの言っていることはみんなで仲良くしましょうという、幼稚園並みのわかりやすいことなのだ・・・つまりは平和に暮らしていきたいという願い。
「え?どうして?みんな仲良くした方が良くない?理想なんだけどなぁ、みんなでのご飯。シルバは反対なの?」
率直に聞いてみた。
「反対というわけではないのですが・・・そんなにうまくいくものでしょうか?それぞれの考えもあるでしょうし、やはり雑食や肉食の動物は信用なりませんね・・・まあ、これは自分の考えですけど・・・。」
それもそうだろう、最悪自分たちが食べられてしまう恐れがある・・・そうなっては身も蓋もない。しかし、自分たちの世界だけで生きていくというのもなんだが窮屈にも思える。
「肉食は論外としても雑食性の熊なんかは本来は臆病な生き物だから、そんなに心配しなくてもいいんじゃないかなぁ?安易な考えかもしれないけど、食料を何とかしてあげさえすれば問題は起こらないんじゃないかな?」
能天気なショウに対して慎重派なシルバ。お互いのいう事はわかるものの、互いに譲れないものもあるようだ。
「しかし、雑食とはいえ奴らはなんでも食べるのですよ?それを信用できますか⁉自分はそのような輩に命を預けられません‼」
その言葉によってショウもカチンときたのか、思わず口を滑らせてしまう。
「そんなこと言ってたらボクの理想卿は遠退いていくだけじゃないか。少しはシルバも妥協してくれたっていいんじゃないの⁉」
その言葉を聞くとシルバはおとなしくなった。
「・・・・・長がそう命じるのであれば、自分は特に何もいう事はできません・・・従うだけです。」
そう、今ショウは長なのだ・・・間違っていても命じさえすれば、皆従うしかないのだ。そんなことも忘れてしまっていたショウは急にショボンとする。自分の意見が通ったとはいえ、シルバのあの物言いはショウにもどこか罪悪感を感じさせるようなものだったのだろう。
「ごめん・・・ボクの思うものは完全な理想かもしれないけど、お話の中に出てくるような世界があってもいいんじゃないかと思って。それで熱くなっちゃった・・・ほんとにゴメン。」
シルバはハァと一つため息をつくと、コホンと咳払いを一つして話し始めた。
「理想に近づきたい気持ちはわかります。自分だって長のような考えがないとはいいません。しかし、物事には順序というものがあります。それを無視して理想を追求しても辿り着けませんよ・・・今回で言うなら、ニンジン採取の方が優先でしょう。そこに行きがけに仲間を増やしていこうとしたってどちらかが破綻してしまいますよ。」
意外にも冷静なアドバイスをくれるシルバ。ショウもそれに対して納得したのか、言葉を失ったままただ聞き入っている。
「長がこれからも長であり続けたら、そういう日がいつかやってくるかもしれませんね・・・しかし、今はニンジンの事だけを考えてください。途中で出会った動物たちに声を掛けている暇など無いのですよ。」
シルバの言ったことは正論で何も言い返せない・・・ショウは自分の理想が否定されたようで納得できなかったが、シルバの言い分を聞いて初めて納得できたのだ。
「シルバの言う通りだね・・・ボクは道すがら出会った動物たちとも仲良くなれると思っていたけど、そんなことしてたら時間が足りなくなっちゃうよね?冷静に考えたら納得できたよ。一度にいくつもの物を欲しがってもそりゃあ破綻しちゃうよね。まずはやるべきことから片づけるようにするよ!」
そう言ってショウはシルバを見つめる。いつか自分の理想卿がここに作れるように頑張ろうと思えたのだ。
「では、そろそろ行くとしましょうか?」
そう言ってショウを陰ながらに支えてくれるシルバ・・・いい奴だなと思った。
「そうだね!みんなのところに行こう‼」
そして二人は巣穴を出た。そこには大小様々なウサギ達が居た・・・もちろんルイスも居る。
オス、メス関わらず子供も含めると二十五羽くらいの面々だ。
「よしっ!それじゃ、これからニンジン採取に行きます!みんな準備は良いかなぁ?」
その声に皆が反応する・・・その光景はまるでライブ中のアーティストの気分を彷彿とさせる。皆がこちらに注目し声を上げている・・・それに応えるショウ、気分はボンジョヴィのようだ。
みんながワイワイと話している中、少し盛り上がっている場所に立つとショウは一言二言話し始める。
「みんな聞いてくれるかな?これから行くところは安全な場所とは決して言い難い。みんなそれぞれ各位が注意して行動するようにして危険な場所には近づかないこと。そして子供たちはふざけたり、はしゃがないようにしてください。」
まるで小学校の遠足前の朝礼のようだ・・・が、それも本気でやってもらわないと後々困るのは自分たち自身なのだ。守れなかったもの違反したものが居た場合は、こちらとしても助けられるものも助けられなくなる・・・だから、本気で守ってもらわないと守れなくなる。
「もし!守ってもらえない場合私たちには救えない場合があります。あらかじめ心に留めておいてください。それから監視役のみんな!こうやって言っても子供たちは予想不可能な動きをします。それを考慮した上での行動をとってください。そしてメスのみんなは子供たちから目を離さないでください・・・居なくなったからといって探しに行く余裕はありません。」
自分たちの置かれた状況を切々と語っていく。これから起こりうる色んな可能性を熟考した上での発言なので、本音を言えばこちらも余裕がないのが事実。
それを守れないなら切り捨てることも考えなくてはいけないよ・・・という圧力をかけているのだ。
みんなからしたら薄情者とか思われるかもしれないけど、事前にこうやって釘をさしておくことで抑止力になってくれればという願いでもあるのだ。
「約束守らなかったらどうなるのぉ?」
一羽の子ウサギが言う。
「それはね・・・夜な夜なゴブリンがやってきて、君の事を食べに来るんだよ‼」
そう言って脅してあげると、子ウサギは言った。
「こわいっ‼わたしゴブリンに食べられちゃうの・・・?」
怯える子ウサギに優しく伝えた。
「じゃあ、お約束守れるよね?君は良い子だからきちんとできるよね?」
そう言うと優しく微笑んだ。慈愛の笑みってこういうことなのかな?
母親であろうメスの背後に隠れ震えていたが、うんうんうんうんと頷きを返してくれた。
「良い子だね・・・。そうやってお母さんの言う事もよく聞くんだよ?」
そう言って頭をポンポンすると、落ち着いたのか震えは無くなった。そうして子供たちの疑問にも答えてあげると皆真剣な顔つきになった・・・これでいいのだ。
「みんな覚悟は決まったようだね。みんなの顔を見てボクも覚悟が決まったよ・・・それじゃあ」
と、言ったところで声が聞こえた。
「おいおい、俺様の事忘れてるのかい?」
その声がした方向を見ると、
「ギルバート‼来てくれたんだね?間に合わないかと思ったよ‼」
そこにはギルバートの姿があり、ジャジャーンという効果音が鳴り響きそうな感じで枝に止まっていた。しっかりポーズまで決めてるし・・・。
「ショウよ、これはどういうこった?昨日の夕方別れてから何があったんでい・・・こんなに仲間を率いてるなんて、この巣穴のボスにでもなっちまったのかい?」
ギルバートの言ったことは、ほぼほぼ正解でショウもリアクションに困った。
「それがまあ、成り行きというかなんと言うか・・・ルイスとケンカすることになって・・・・・そうだ!ボク魔法が使えるようになったんだよ⁉ルイスとの戦いで使えるようになったんだ‼」
思い出したかのように魔法の事を話す。
「へえ?ウサギが魔法を使えるのは知ってたが、ショウにもその力があったってことだな。」
うむうむと頷きながら解説してくれる。ギルバートは魔法が使える事知ってたんだ・・・教えてくれたって良かったのに。
「しかもね、五属性同時に発動させちゃったの!凄くない?普通のウサギは一属性が当たり前なのに、ボクは五属性も発動させちゃったんだよ。」
出来た事が嬉しくて父親や母親に話しかけるような勢いのショウ。それをふむふむと、ただ聞いてくれるギルバートは人間が出来てると思う・・・まあ、鳥なんだけど。
「五属性同時発動?お前さんそんなに属性持ち合わせてんのかい?そりゃあ優秀だなぁ。そいでここのボスに成り上がったってことか。そいつはファンキーだねえ!かっかっか。」
そうやって笑うとギルバートは続けざまに言った。
「そんで今回のこの集まりはなんなんでえ?まさかとは思うがショウがボスになった祝いって訳じゃねえんだろ?」
羽をばたつかせながらショウに向かって言った一言にショウはこう返す。
「これからみんなでニンジンを取りに行くんだ!昨日行ったところにね。それでみんなと出発に向けて心構えを話してたんだよ。」
首を傾げギルバートが言う。
「昨日取ってきたじゃねえか?あれじゃ、足りなかったのか?途中から折れちまったからな・・・面目ねえ。」
そのまま謝るギルバート・・・謝るような事じゃないんだけどなぁ。と、思っていたのだが、ギルバートは義理堅い奴なので素直に受け取ることにした。
「いや、みんなで食べるにはちょっと一本じゃ足りないなぁ。って、思ってこれから取りに行くんだよ。ギルバートにも一緒に来てくれると嬉しいんだけど?」
と言うと、ギルバートは事も無げに言った。
「もちろん俺様が行かねえで誰が行くってんでえ?ショウのボディーガードだぜ?俺様は!」
そういえばそうだった・・・そんな約束したなあ。すっかり忘れていたショウをよそ目に、ギルバートはやる気満々だ・・・こりゃ、ついてくるなって言ってもついてきそうな雰囲気だ。
「そうだね!ギルバートが居ないと始まらないよね‼」
そこにシルバがやってきて言った・・・なんだろう?
「長、そろそろ移動しないと時間が押しています。」
それもそうだ。ここで、話していたって先に進むことは無い。時間の無駄というやつだ。
「そうだね、シルバ・・・そろそろ出発しなきゃだね。」
返した瞬間ギルバートが言った。
「上空からは俺様が見張っててやるから安心しな!地上はお前らに任せたぜ?デカいの。」
シルバに向けて放たれたギルバートの言葉は、どうやらシルバの癇に障ったようでシルバも負けじと言い返す。
「おい鳥。飛べるからといって見逃すんじゃねえぞ?長や女子供も居るんだ・・・見逃したじゃ済まねえぞ。命がかかってるんだからよ。」
あれっあれっ?
「そっちこそ子守が大変だからって泣きつくなよ?それでショウに何かあってみろ?お前ら全員喰ってやるぜ。」
おろろ?
「二人とも・・・仲良くしてね。」
そう言ってショウがサポートするも、二人はバチバチである。
「わかっていますよ長。先ほどもおっしゃっていたように仲良くさせていただきますよ。」
と、シルバ。
「ショウよう・・・下のモンの躾がなってねえぜ。こういうやつにはバシッと一発魔法でもぶちかましてやらなきゃな!」
・・・ギルバート、それじゃ戦力が減ってしまうよ・・・。ただでさえ戦力が少なくて困ってるのに・・・。
「ほう。やってみろ・・・返り討ちにしてやるぞ。」
シルバも喧嘩っ早いなぁ・・・そんなんじゃ、他の仲間に嫌われちゃうじゃないか?ちょっとは自分で我慢してよう。
「いいんだなぁ?俺様は手加減できねえからよ。普通に食っちまうぞぉ。」
そう言ってニヤリと笑うギルバート。
「もうっ‼いい加減にしてよ!ちゃんと仲良くしてって言ってるじゃないか?どうしてみんなそんなに喧嘩っ早いの⁉子供たちだってキョトンとしてるじゃんか‼」
いい加減キレてしまうショウ、その光景に子供たちも当事者であるシルバとギルバートもキョトンとしてしまい無言の時間が流れる・・・。
「黙ってないでなんか言ってよ⁉ボクだけ怒ってるみたいで恥ずかしいじゃないか‼」
そこにルイスがやってきて言った。
「まあ長、少し冷静になるといい。この二人は私に任せて出発の準備を・・・おっと準備はもうできているのでしたね。この二人は放っておいて、さっさと出発しましょう。」
はあはあと怒りを面に出しているショウ、それを冷静に対処しようとするルイスそこはさすがに元長だけあって対処もよくわかっている。
「え・・・うん、まあそうだね。仲良くしてくれないなら勝手にやっててもらおうか?」
二人には勝手に騒いでてもらおう。そうするのが一番かもしれない・・・相性の悪い人って必ず居るもんなぁ。きっと二人はそんな感じなんだろうな・・・うむ。と、勝手に納得しておく。
「それではみんな・・・気を取り直していっくよー!」
そう号令をかけると皆歩き始める。メス達は子供たちを守るように中心にして歩いていく。
ギルバートは空高くまで飛び上がり上空からこちらを見下ろして確認してくれている。先ほどまでケンカしていたのも忘れ、優雅に飛び回っている。一方のシルバは最後方から皆をサポートしながら歩いている。
先頭を行くのはショウとルイスの二人だ・・・ルイスとショウは並んで歩いている。
「長とこんな風に歩くとは思わなかったですよ。私が負けるという事実よりも・・・こうして一緒に歩いて探しに行く方が驚きでした。」
そう言って周りの気配を感じながら歩いている。確かにショウがルイスに勝てるかどうかはわからないことだし、こうして並んで歩くこともわからない事で・・・未来は誰にもわからないのだな・・・、と感じる。
「そうだねえ、ボクもルイスとケンカして長になるとは思ってもいなかったし・・・みんなをこうやって率いて行くなんて思わなかったよ。でも、ニンジン沢山手に入るといいね!」
素直にそう感じる・・・皆とこうして一致団結して収穫にいくのだ。沢山取れてほしいのは当たり前だろう。
「そうであってほしいものですな。我々の食への意欲が形になるのは良い事です。ただ、草むらの葉を食べているだけでも良かったのですが・・・長には良い知識をいただきました。」
そう言われるとなんだか照れるもので、人間だった頃の知識を活かしてるだけなのだけど・・・と、思いながら歩を進める。
「そういえば長は、あのような猛禽類とお知り合いなのですね?正直驚きました・・・我々からしたら天敵のようなものでしたから・・・。」
ギルバートに興味があるのかな?みんなで仲良くできたらいいな!
「ギルバートの事?ギルバートは友達だよ!だから怖くないんだ。始めはちょっと怖かったけど・・・でも、本当に面倒見が良くて優しい良い奴だよ。」
ギルバートのフォローをしておく。怖かったのは内緒だけど・・・。
「差し支えなければ、お二人はどういった出会い方をしたのですか?」
まるで結婚式のようなセリフ・・・憧れるわーっ!なんて思ったりしながらも答える。
「ボクらの出会いはねぇ・・・ボクが草原でのんびりしてたらギルバートが・・・。」
なんてことを話しながら子供たちのペースに合わせて、のんびりと歩いて行ったところで変な気配を感じて止まった。それと共に群れも止まり始める・・・何だろう?この感じ?
そう思ってルイスとは逆の方向を見ると・・・ゴブリンだ⁉まさか⁉こんな時間に‼
ルイスも気が付いたようで驚いていた・・・森の中なので木々に遮られ幸いにも見つかってはいない。それにしてもだ・・・この時間に斥候が居るわけもない。はぐれたのだろうか?どちらにしろ頭の中は疑問符でいっぱいだ。
「ゴブリンだ・・・みんな静かにこっちに集まって。」
そう言うとサササッと、皆静かにショウの後ろ側に集まるとゴブリンの動向を注視する。そうしてやり過ごそうとするとゴブリンもトコトコと歩を進める。どこに向かうのか?こちらに来ないかに細心の注意をはらって、移動しつつ隠れている・・・しかしこちらは集団なので如何せん、音なんかは隠しても隠し切れないものがある。
そこでゴブリンにも何か気配を察知されているところはあると思われる。
どうしたものか・・・?
「どうしよう?倒しちゃった方が楽かなぁ?」
小声でルイスに問いかける。しかしゴブリンの生命力がわからない以上、下手に手を出して仲間を呼ばれると厄介だ。
「コイツ一匹なら問題はないでしょうが、他にも仲間がいるとなると話は変わってきますね。おそらく向こうもこちらの気配に気が付いていると思われるので、仲間を呼ばれる前に倒すのが有効かと・・・。」
その進言通りにするかどうかはショウが決める事のようだ。そうこうしていると上空にいたギルバートも降りてきた・・・見つかったらどうしてくれるんだ⁉と、思うも口には出さずにしておいた。
「なんでえ?なんかあったのかい?全然進んでないじゃねえか。」
普通のトーンで喋られて、みんなでシーっ‼と慌てて静かにするように促す。
「あっちあっち!」
小声でゴブリンのいる方を指差す。みんなの心が一つになった感じがした。
「なんだよ・・・ゴブリンじゃねえか?こんな時間に居るなんてどういうこった?迷子か?」
そう言ってケタケタと笑う。
「知らないよ!こっちはそれどころじゃないんだから‼」
思わず大きな声で喋ってしまったショウ。ゴブリンの方を見るとこちらを向いていた・・・気づかれた⁉
そう思うやいなや身体の方が先に反応する。
草むらから飛び出し魔法を使う、それと同時にルイスも飛び出し左右に駆けながら疾走する。ショウの魔法に驚いたゴブリンは戸惑っている・・・今しかないと言わんばかりにルイスが低い体勢でゴブリンに頭から突っ込んだ、ギギャっ!とゴブリンの身体がくの字に曲がる。そこにショウの魔法が炸裂する・・・これで終わってくれるといいのだが、ゴブリンも負けるものかと腹に刺さったルイスへ手を組んで真下のルイスへ叩きつける。
ルイスは大きな身体をしているがさすがにゴブリンとでは体格が違いすぎる・・・かはっ!と、声を出し一歩後ろにさがる。ゴブリンは体勢を立て直すと、攻撃に転じようとした瞬間・・・一陣の緑色の風に包まれる。
何事かと後ろを向くとギルバートが魔法を使っていた・・・その魔法に包まれたゴブリンは身動きが取れなくてじたばたともがいている。魔法の効果が消える前にとどめを刺しておかなくては‼
「いっくよー‼」
ショウがそう叫ぶと魔法を全属性照射する。
あれっ⁉六属性出てる⁉
その魔法の槍がゴブリンの身体を貫く・・・グゲェ・・・という断末魔の声を上げ倒れた。
「あれっ?なんか増えてない?」
と言いつつ、周囲を見回す。
「増えて・・・ます・・・ね・・・。」
ルイスがそう言うと追い立てるようにギルバートが言う。
「増えてんな。がはは!」
ギルバートはニヤニヤとこちらを見つめる。そう言ったついでと言わんばかりに、ギルバートは岩を掴んで持ってくる。
どうするのかな?と思ったらゴブリンの頭の上で岩を手放す!
うえっ‼何してんの⁉そう思って恐る恐る聞いてみると。
「ギルバート・・・何してんの?」
「おうっ‼こいつらしぶてえからよ。頭までしっかり潰してやらねえとな。」
そう言ってもう一度頭に岩を叩きつける。グシャッと音を立てて頭は岩の下敷きになる。おーう・・・グロテスク・・・。
そう思いながらもゴブリン退治だから仕方がないと思うようにした。まあ、ここまでやらなくてはいけないのが、ゴブリン退治・・・ゴブリンってゴキブリみたいな存在なのかな?
「ゴブリンってそんなにしぶとい生き物なんだね・・・。勉強になったよ・・・でも、ボクらは頭を潰すための岩を持てないから・・・これからはギルバートにお願いするよ。」
決して気持ち悪いからとか、そういった理由ではないのだ・・・うんうん。
「おう!いくらでも任せておけぃ‼」
そんな話をしている中でもルイスは気を抜かず周囲に気をはらっている。そこはさすが元とはいえ長だっただけの事はある。抜かりないなぁ。
「長、どうやらゴブリンはコイツ一匹だけみたいですね。他のゴブリンはどうしたんでしょうかね?普段なら単体で行動するような連中じゃないのですが。」
確かに、その通りだ。
「ゴブリンは、はぐれたりとかしないの?迷子の可能性だってあるよね?他に思い当たるのは・・・このあと沢山のゴブリンたちがやってくるとか・・・?」
笑って誤魔化すショウ、それは現実的ではないが斥候がやってきて帰ってこないから探しに来るという最悪のパターンがあることを示していた。
しかしだ、それはあくまでも可能性の話であって確実にそうなるとは限らない。
「それは可能性として無くはないですが・・・限りなくゼロに近いと思いますよ。はぐれたほうがまだ現実的ですね。」
やっぱりそうなんだ。と、自分の考えだけじゃなくてホッと胸をなでおろす。
このままゴブリンたちと遭遇したら絶対的に乱戦になる・・・そうしたとき、メスや子供たちはどうなるだろうか・・・どうなるかはちょっと想像するだけでおぞましい。
そんななか一匹のメスがルイスの傍に寄ってきた・・・ん?どうしたんだろうか?そう思った矢先、傷ついたルイスの傷を癒し始めた⁉
なになになにっ???
「ルイス何してるのか聞いてもいいかな?もしかして回復してもらってる?」
驚いた勢いでルイスに聞く。
「そうですよ。メスたちは癒しの力、回復魔法が使えるんです。まあ、攻撃魔法は使えないのですが・・・補助魔法なんかも使えますよ。私が先陣を切って飛び込めたのもそういう理由があったからなのですよ。」
そんな力がメス達にはあったのか⁉戦力としては考えてなかったけど、これは大きな戦力になるぞ‼
「その回復ってどのくらいの時間で回復するの?」
それは大きな違いがある。
「まあ、十数秒くらいでしょうか?でも傷にもよりますね。重症であればあるほど当然時間は掛かりますが・・・。」
こんな便利なことどうして誰も教えてくれなかったんだ・・・相当な違いだぞ!これはメス達が後衛になってくれれば無双も可能なんじゃないか?
「これは距離は関係あるの?」
質問攻めのショウにルイスは冷静に答えた。
「これは遠ければ遠いほど回復量が下がります。逆に近ければ回復量も回復時間も短くなります。しかし、気をつけなくてはいけないのは距離には制限があります・・・離れすぎると魔法を発動させても意味がないのです。」
なるほど・・・回復効果と距離の問題か・・・なんだか卒論に出来そうな内容だなぁ。でもこれは良い情報だ、聞いておいて損はない。
「うんうん、そうなんだね?貴重な情報ありがとう。離れすぎは禁物っと、ルイスは突っ込んで行ったけどその距離は回復できたってこと?」
素朴な疑問を口にする。
「いえ。そういう意味で突っ込んだのではありません・・・突っ込んでも回復役が居るから安心して飛び込めたという意味ですよ。」
なるほど・・・怪我をしても大丈夫ということで飛び込めたのか!勉強になるなぁ・・・しかし自分は魔法が使えるんだから、たぶん後方支援のほうがいいのだろうな?と、勝手に思っておく。とはいえ、いつかは自分が前線に出なきゃいけない時がやってくるんだろうな。
「そうかぁ、魔法も完全ではないんだね・・・。でもこれはメス達も大きな戦力になることがわかったから、今回の戦闘は無駄じゃなかったね‼」
一戦一戦新たな発見がある・・・それは良いことだ。自分たちの立ち回り方や、作戦なんかも大きく変わってくる。
そんなこんなで警戒しつつ再びショウたちは進み始めた。幸いなことにゴブリンたちの群れに遭遇することは無かった。街道に出てしまえばもう安全と言ってもいいだろう。
そこには人間たちが行き来する姿があった・・・そういえば自分はすっかりウサギに溶け込んでいるなぁ・・・。と、思って人間だった頃を思い出す。
そういえば自分はこうやって率先してみんなを率いるとか、したことがなかったしするつもりもなかった。が、こうやって今は長として皆を率いているウサギもいつどんなところで何が起こるかわからないものである。
人間だった頃はあまり目立ちたくない方のキャラだったので、こういう目立つポジションは気恥ずかしくて得意ではない。そう考えると少しは成長しているのだろうか?
学校でも職場でもできるだけ目立たないように生きてきた。自分に自信がないからそうせざるを得なかった。任されると自分でもどうしていいか、わからなくなってしまったりあたふたしてしまう・・・そんな人間だった。
与えられた仕事をただ黙々とこなして大きな仕事にはあまり関わらないようにしてきたのだ。その分自分を主張できるところは大好きだったアニメや、声優さんなんかの応援に費やしてきた。
ある意味では仕事は真面目に、そしてプライベートも充実していたと言ってもいい・・・それがある日突然ウサギになることで大きく変化した。僅か一日半での話だ・・・自分でも戸惑う程に昔の自分とは大きくかけ離れた存在になりつつある。
まあ、それも今考えてしまえば昔の話だ・・・今を受け入れよう。そう思って行動している自分が居る。そういうことを第三者的に見れている自分を褒めてあげよう。そして長として頑張っている自分も認めて褒めてあげよう。
そういえばなんで六属性全部出たんだろ?
「話が逸れたけどさっきボクが打ち込んだの・・・全属性あったよね?」
無理矢理に話を戻す。
「おそらく長には元々全属性使える資質があるみたいですね。そのおかげで全属性発動してしまったようですね。少ないよりも多い方が色々と便利ですから・・・大丈夫ですよ!」
なんだかフォローしてもらった感があるが、まあいいかと流す。
「全属性持ちなんてかっけえじゃねえか?自慢してもいいもんだぜ?喜べ喜べ。がはは。」
そうやって持ち上げてくるギルバート、おかしい何か裏があるんじゃなかろうか?思い切って聞いてみる。
「全属性持ちが珍しいのはわかったんだけど・・・何かあるでしょ!デメリットが‼隠したっていつかはバレるんだからね‼」
ルイスとギルバートは顔を見合わせると言った。
「全属性持ちは魔力消費量が他と違って多いのですよ・・・その分威力も大きいのですが・・・。」
なるほどそういう事か、二人が意味深だったのはそういう事だったのか。
「まあ、威力がデケエってこた良い事だろ?気にすんな。」
魔力切れに気をつけなきゃいけないじゃないか⁉気にするでしょ!
「何か魔力の消費を抑える方法とかないの?それと魔力が切れるとどうなるの?」
なにか解決する方法を探さなくては・・・それと自分の魔力が無くなった時自分がどうなってしまうのかも知っておきたい・・・まさかいきなり死んだりはしないだろうけど・・・たぶん。
「まず、魔力が切れた時なんですが・・・一時的に戦闘不能、つまり意識を失います。回復する時間もまちまちで、どれくらいの時間で目が覚めるかまではわかりません。」
ルイスは正直に話してくれた・・・意識を失うのか・・・それは戦力の大幅ダウンにつながるし、みんなに危険が付きまとうことになる。
「それから魔力消費を抑える方法ですが・・・難しいのです。各属性づつ魔法を発動させなくてはいけないのです。しかし、その方法がわからないのです・・・なにせ私も一属性しか使えないもので、試しようがなくて・・・。」
それもそうだ、自分が複数属性使えるならまだしも・・・一属性では試しようがない。今までに複数属性使えるものが居なかったということも、ルイスが一属性で長をやっていたところから容易に想像がつく。
「まあ、あれだ!パパっとやっつけちまえば良いんだろ?簡単な話じゃねえか。」
そんな簡単な話じゃないんだよ‼
「ギルバートは黙ってて‼」
ギルバートにイライラしてしまう。いかんいかん・・・落ち着かなくては。
「うーん・・・ボクも単発で出せるように修業が必要ってことかぁ。どうやって修業したものか?イメージトレーニングは大事だよね。うんうん。」
独り言のように呟いていたが、それにギルバートが反応する。
「修行か?イメージトレーニングってのがいまいちわかんねえけど、想像力を働かせるってえなら、簡単だぜ?目を閉じてその属性一つだけを思い浮かべながら、その一属性に集中するんだ。そしたら、あーら不思議単発で魔法が使えちゃいますって寸法よ。」
なんでそんなこと知ってるんだろう?ギルバートって意外と博学なんだな。
「ギルバートはなんでそんな方法知ってるの?今までに複数属性のお友達が居たの?」
そういうことなら合点がいく。
「なんでって、そりゃあよう・・・俺様が複数属性使えるからに決まってるじゃねえか。」
驚きのあまり卒倒しそうになる・・・じゃあ、なんで今まで黙ってたんだ⁉
「どうしていつもそういう大事なことを隠してるの⁉ボクが考えてたのがバカみたいじゃん⁉」
それにしてもギルバートの説明はなんだか自己体験というよりかは、なんだか朧気で具体的じゃないのはなんなんだろうか?もしかしてギルバートって説明が下手なのかな?
「いやあ、聞かれなかったもんで別にいっかって思っちまったんだよ。わりぃわりぃ。」
絶対嘘だ!確かに聞きはしなかったけど、ギルバートも意地悪だなっ⁉教えてくれたっていいじゃん‼それに絶対悪いって思ってないでしょ‼
「ギルバート・・・素直に言ってごらんよ。そしたら許してあげるから・・・。」
そう言ったショウの目はすわっている・・・ルイスも君子危うきに近寄らず精神で、スススっと後退る。
「嘘じゃねえよ!ただ言いそびれただけだ・・・落ち着け‼その手をまず下せ‼なにをそんなに怒ってやがるんだよ‼」
手を上げて無表情なショウがジリジリと近づいてくる・・・それを近づけまいと、一歩づつさがるギルバート。冷や汗をかいてギルバートはタジタジになる。
「ホントーに・・・言いそびれただけなのぉ?複数属性どころか魔法の話だって言ってくれなかったのにぃ・・・?不思議だなー?なんでだろうなぁ?怖いなぁー⁉怖いなぁー⁉」
某怪談師のようなことを言ってみるが、この世界では通用しないのは当たり前である。
「怖えのはお前だよ!ショウ‼じわじわと近寄ってくんな!」
そんなこんなで街道を行き今のところゴブリン一体と戦闘しただけで特に困ることは無かった。行き交う人々を横目にウサギ達の一団はシレっと通り抜け、子供たちが昆虫に群がったりして時間を食ったことはあるものの・・・これといって問題は無く進んで行けた。