第五章 長としての仕事
ルイスとのケンカに勝ってからどれくらいの時間が経っただろうか?ルイスはその後自力で立ち上がり、ショウの指示により別室で休んでもらっていた。
ひょっとしたら戴冠の儀式でもあるかもしれないと思っていたが、さすがに野生のウサギの知識では思いつかないのか・・・それは無いようだ。
ショウは長の部屋でシルバと話していた。
「ねえ、シルバ?本当に長ってやらなきゃいけないのかな?」
その問いにシルバは訝しげな顔で答える。
「なんでだ。嬉しくないのか?あの長に勝ったんだぞ!ああ、今はもうショウが長なのか。」
言い直したシルバは真っすぐにショウを見つめている。
そう・・・長なのだ。自分で納得していなくても長なのである。どんな勝ち方であれそれはショウの能力が上回っただけの話で、自分を責める必要など無いのにそこがずっとショウの中で燻っていた。
「だってさ、勝てたのは魔法のお陰じゃん?ボクの実力じゃないと思うんだよ。ルイスは光属性だけなのに、ボクは五属性使えるんだよ?そんなのフェアじゃないと思うんだ。」
何の言い訳だろう・・・自分が勝った事実は変わらないのだ。長という大役にプレッシャーでも感じているんだろうか?
「だけどよ。ショウが・・・おっと、長が勝ったことには変わりないんだから・・・もっと胸張っていいんじゃないか?属性の多さは自分の実力だろ?」
そんな風に思えたらどれだけ良いことだろう?ショウはみんなから称賛された・・・しかし、心のどこかで魔法を使う事への抵抗感。そして、自分が卑怯なのかもしれないという・・・悲しみ。それがショウの中で引っかかっているのだ。
小骨が引っ掛かったようで気持ちが悪い。
「シルバ・・・普通に今まで通りにしてよ。ボクはその方が楽なんだ。正直さ、長とかそういう地位みたいなものには興味がないんだ。ボクが選ばれた以上やるべきことはやらなきゃなんだけど・・・ボク以上に適任っていると思うんだよね?例えばシルバとかさ・・・。」
そう言うと、矢継ぎ早にシルバが口にする。
「おいおい、勘弁してくれよ。俺こそ器じゃないぜ・・・俺なんかは門番やってるくらいがちょうどいいんだよ。そもそもルイスに勝ったのは、ショウだろ?どうして俺が長になるんだよ?」
そう言い放つと、こちらの答えを待つように見つめてくる。
「だって、ボクが勝てたのは魔法のお陰でしょ?なんだか納得がいかなくて・・・ルイスにも申し訳ないんだよ。ルイスは一つの属性なのに、ボクは五属性なわけじゃない・・・フェアじゃないというか、卑怯な気がするんだよね・・・。」
自分の中のモヤモヤを打ち消したくてシルバに正直に打ち明けた。
「それを実力差っていうんだよ。だから気にすることはねえんじゃねえか?胸を張って長として指揮してくれればいいんだよ?」
自信をつけさせるためか、優しさからかはわからないが・・・シルバは自身の考えを話してくれた。
実力差かぁ・・・言われてみたらそう捉えることもできるなぁ。自分の考えすぎなのだろうか?
「そっかぁ、実力差か・・・ルイスの様子はどうなの?自分でやっておいてなんだけどさ。心配には心配なんだよね・・・やっぱり。」
それもそうだろう意図的に始まったことではないとはいえ、自分が怪我をさせてしまったのは事実なのだ・・・ましてや、とっさの判断とは言え魔法を叩き込んだ後に散々痛めつけたボディに頭突きをしたのだ。そう簡単には回復しないだろう。
「今はおとなしく別な部屋で休んでるが、たぶん朝になれば多少は動けるようになるんじゃねえか?ルイスも負けず嫌いだからニンジン取りにはついてくると思うぜ。」
ニンジンかぁ・・・自分的には取りに行かなくてもいいんだけど、ルイスの思いを受け継ぐとなると行くしかないかぁ。と、思いつつも危険を冒してまで行く必要があるのだろうか?とも思ったりしている。
「ねえシルバ、ニンジンみんなに食べさせなきゃダメかな?」
「いや・・・それは長であるショウが考える事であって、俺には判断できんことだぞ・・・?」
自分は長の意見に従う・・・そういう事なのだろう。
「うん・・・まあ、そうなんだけど・・・例えばの話だよ?シルバが長だったらどうするかな?って。」
長に付き従ってるだけじゃダメだ・・・自分でもしっかり考えて、自己判断できるようにしないと・・・今後もし驚異的な存在が居た時に、個人の力が必要になってくる。
「まあ、そんな日は来ないと思うが・・・俺だったらか・・・。俺なら自分以外のやつにも食わしてやりてえもんだな。あの味を一度味わったなら、分け与えたくなるもんだろ?それが長ってもんよ。」
自分だけでは決して辿り着かない答え・・・それは自分でもわかってる。
「でもみんなに危険が迫ることもあるかもしれないんだよ?それでも行くの?」
答えはたぶんわかっている・・・でも確証が欲しい・・・。そんなショウの思いが現れた言葉だった・・・たぶんショウは優しく、良い長になるのだろう。しかしそれは脆さでもあるのだ。
成功体験の少なさそれがショウの自己肯定感の低さを物語っている。
「うーん、危険かそれは長である自分がなんとかしてやるしかないよな。ニンジンは食わせてやりたい、しかし危ないからといって食べさせてやることを諦めるかって言えば・・・答えはノーだ。だから自分がみんなをニンジンの下まで、連れて行って食わせる。それ以外に選択肢なんてないだろう?」
自信満々にシルバは言った。危険なら自分が守ればいいショウにとっては、実力的には全く問題ないのだ。むしろ太鼓判を押してもいいほどの力は持っているのだ・・・あとは自分の実力に自信が持てるかどうか、ショウの心の弱さの問題なのである。
「・・・そっかぁ、自分が守る・・・か。ボクにはその発想は無かったな。どちらかと言えば守るという立場ではなくて、守られる側のタイプだったからさ。ボクにもその勇気があればよかったのになぁ。」
ショウは人間だった頃を思い出していた・・・会社でミスをしても上司がフォローしてくれた。学生の頃だって同じだ・・・部活でとんでもないことをしても先輩たちは笑って許してくれた。人生という点で考えてみてもショウは両親に守られていたのだ。と、今転生してから気が付いたのだ・・・それは、ショウが責任を取らなくても良いというわけではないが守られてきたが所以の癖のようなもの。
いざというときに発揮してしまう甘えであり、致命的な問題点。自分の踏ん切りのつかなさそれを立証してしまうのだ。
「今まではそれで良かったかもしれないが、今のショウはそういう立場には無いんだ。自分の事だけじゃなく他の仲間たちの事を考えて行動しなくてはいけない。それは言うまでもなく、ショウの役目だ。自分の行動一つで最悪皆が死んでしまうこともあるだろう。しかしだ食わせていくという役目も担っているんだ。」
そう言うとシルバは立て続けに言った。
「そのリスクと戦っていかなくちゃいけないのが、長の使命であり責任なんだよ。みんなが戦い始めたら長が率先していかなきゃいけないし、率先して守らなきゃいけねえんだよ。」
長としての自覚というか心得を教え込んでくれるシルバ。何事にも先陣を取らなくてはいけない・・・それが長という仕事。自分でもわかっている・・・でも、その決断を下すにはどうも責任が重すぎる。自分には責任が重すぎるのが問題だと思ってしまっている。どうにもこういう思考は良くないよなと、思っているのだがなかなかどうして・・・幼いころから植え付けられたものを変えるのは難しい。
「ボクには責任が重大すぎるよ・・・だってみんなの命を預かるってことだもん。そう簡単には決断できないよ。」
そう言ってウジウジしていると、
「そんなこと言ってたって始まらんだろうが⁉ウジウジ言ってないでやることはやる!やめることもショウが決めるっ‼簡単な話だろうが⁉いつまでもジメジメと梅雨みたいなこと言いやがって!もっと、自分に自信を持てよ‼」
情熱的に訴えてくるシルバ。シルバの言っていることの方がきっと正当性があるのだと思った。
「そうだよね・・・誰がやってもみんな責任を持ってやるものだよね。」
弱気の虫が顔を見せる。
「そうだよ。そうやってショウが弱気でいるとみんなの士気にも影響するんだ・・・だからショウの中で弱気なものがあったとしても、それを表には出すな。それが長ってもんだよ。」
シルバはそう言うと急に大人しくなった。
「すまん、俺の中で抑えきれず思わず怒鳴ってしまった。長に対する態度ではなかったな。本当にすまなかった。」
自分の立場のわかっている、いいやつだなぁ・・・と、感じる。こういうやつが上に立った方が良いのではないだろうか?
しかし、現実は違うのだ・・・自分が今は長として君臨している。それが現実である以上自分に課せられた使命があるのだ。今は自身が無くてもこれからもしかしたら自信がつくような何かがあるかもしれない。
その時には自分は本当の長になれるのだろう・・・そういう日がいつか来ることを夢に見ながら進んでいくしかない
「ゴメン、まだまだボクは長らしくないね。」
思わず謝ってしまうショウ・・・自分が乗り気ならこうはならなかったかもしれない。
「だから謝るなよ。長なんだからもっと・・・こう、シャキッとしておけ。」
色々と教え込んでくれるシルバには本当に感謝しなくてはいけない。自分がこうして弱音を吐けるのは今のうちだけかもしれないのだから・・・。
「うん、わかったよ。今のうちにシルバに沢山弱音吐いて、みんなの前では泣き言言わないようにするからさ。今だけは・・・ねっ。」
そう言って覚悟を決めたショウはいたずらにウインクして、ぺろりと舌を出していた。
「まあ、ショウが俺の前でだけ弱音を吐くって言うなら仕方ない。俺も黙って聞かなかったことにしといてやるから、俺の前だけにしとけよ。」
まるで彼女と彼氏のようなやり取りをする二人。しかし二人には不思議な仲の良さというか、友情のようなものが芽生え信頼関係を構築したのである。
こうしてショウは長になる覚悟を決めたのだった。
そして翌朝いよいよ行動が開始されるのである。