第二章 同属
ここはボクの仲間が居ると思われる木の根。孤独に過ごすのはなんだか寂しいもので、仲間が居る方が落ち着くものだろうということでここまでやってきた。
ギルバートが空から降りてくると、木の枝にとまり言った。
「ここら辺の木の根元にお前さんの同属がいるようだぜ。よく見りゃ穴ぼこだらけだな!見つけるのもこりゃ、なかなかに難儀だな。」
そう言うと困り顔をする。
たしかに草むらや木々の根元をよく見ると穴ぼこだらけだ。これはそれぞれに居るのか、はたまたひとつの巣穴なのか?疑問は尽きないが調べてみない事にはわからない・・・。
そういえばウサギって縄張り意識とかあるんだろうか?ふと、思った矢先・・・唐突に声がした。
「おいっ‼お前っ‼」
キョロキョロと辺りを見渡すも何も見当たらないし、どこから聞こえてくるのかもわからない。
「お前だ!お前っ‼鷹なんか連れて来やがって、どこから来やがった?ここは俺たちの縄張りだぞ!こっち来るな‼」
随分と乱暴な言い草にちょっとカチンときた・・・。
「そんなこと言うならコソコソ隠れてないで、堂々と出てきたらいいじゃないか?それともボクのボディーガードが怖くて出てこられないのかな?」
売り言葉に買い言葉、まさにそんな言葉がぴったりの展開だな・・・と思った。ウサギはどうやら縄張り意識が強いらしい。困ったもんだ。
「ちょっと鷹が居るからって調子に乗るなよ?」
警戒心とともに怒気をはらんだ声に怯むことなく言った。
「それなら出てきたらいいじゃないか?」
挑発すると向こうもこう答えてくる。
「そいつが居る限りこっちは外に出る気なんかないね。話をするなら、まずはそいつをどこかにやってからだな。鷹なんて厄介なもん連れてきやがって、ほんとにヤレヤレだ。」
まあ、向こうの言うことも一理あるな・・・ここはギルバートには散歩にでも行っててもらおうかな?ボクにだってやらなきゃいけない時はあるんだ。
「ギルバート?悪いんだけど少し席を外してくれるかな?臆病なウサギさんには君がいると、怖くて出てこられないらしい。」
そう言うとギルバートも納得したように羽ばたき始め高くまで飛んで行った。
「さて、ウサギさん?まずはお名前を聞かせてもらおうか?」
ケッ!っという声とともに暗がりから、のそのそと茶色い毛の大きなウサギが姿を現す。その姿は自分よりも一回り大きく、ケンカして勝てるだろうかと思わせるほどだった。
「ちびっこのくせに臆病だの鷹だのいろいろとしてくれたなぁ。こっちが黙っていたら、たいそうな口を利いてくれたじゃないか。」
と、威勢よく言う。さっきまでの態度はどこに行ったのだろう?そう考えると少しだけ笑えた。
ダッチウサギの自分は野生の野ウサギと比べたらそんなに大きくはない方なので、肉弾戦は避けたいところだが・・・どうしたものか・・・?
「できれば争いごとにはしたくないんだけど、話し合うつもりはあるかい?」
質問してみると意外な答えが返ってきた。
「俺のストレスは最高潮だが、少しくらいは話を聞いてやろうじゃないか。温厚な俺だから許されることなんだぞ。」
自慢げに話すが何も自慢にならないことだと思うんだが・・・。だが、まあ交渉の余地はあるということだ。
「まあ、簡単に言えばボクを君たちの仲間に迎え入れてほしいんだ。その代わりボクは君たちの知らないことを教えてあげられると思うんだけど。」
ふむふむと頷きながら、ブツブツと何かをつぶやいている。
「その俺たちが知らないことってのは例えばどんなことなんだ?それがわからなけりゃ、俺にも判断がつかねえ。」
うむ、乗ってきたぞ。ここまでは思惑通りの展開だ!
「例えば防犯の知識とか、上質なご飯の入手の仕方・・・他には、僕たちにできるかどうかはわからないけどご飯の栽培なんかの知識もあるけど?」
他にもまだまだあるであろう知識の一部をひけらかす事で、相手の興味を惹かせる。そうすることで交渉を有利に進める・・・人間だったころの知識が役に立つ。
「栽培ってのは何のことだ?」
純粋な疑問だったのかキョトンとした顔をする。
そうか、普通のウサギは養殖や栽培という概念が無いのだった。
「栽培っていうのは植物・・・つまりはボクたちにとってのご飯、それを一から育てることだよ。」
丁寧に説明する。
「何のために?飯なんてそこら中に生えてるだろ?」
せっかく丁寧に説明したというのに・・・なんと有難みの無い返事、少しガックリとしてしまう。
「何のためにって例えば夏の干ばつの時や、冬の草木も生えない時期なんかのために安心してご飯が食べられるよう植物を育てる事を言うんだよ。」
詳しく丁寧に説明してやった。
「冬のために育てるのは何のためにやるんだ?たしかに草木は減るが全くないわけじゃないだろ?」
ごもっとも!と言いたくなるような返しに、まるで通販番組のようにかえしてやる。
「そこなんだよ!食べるものを探しに行くときっていうのは、どうしても危険が付きまとうじゃない?それを解消してくれるのが栽培ってやつなんだよ。」
安全に食事を摂れる・・・しかも寒い冬にだ。野生のキツネなんかやオオカミなんかもいるかもしれない中、外出することなく安全に食事が摂れる・・・最高じゃないか?人間だって寒い中わざわざ外に出たくないものだ。
「すげえじゃねえか⁉そんなこと出来るのかお前‼やるじゃねえか!!!」
そんなことを言いながらバシバシと背中を叩いてくる。正直、痛えよ!と、思いながらもできるだけ態度には表わさない様にする。
「いやあ、それが実現できるかはまた別なんだけどね。何せウサギに出来るかはどうかなんだよねぇ。」
ウサギは物が持てない・・・それを考えると、人間に出来ていたことでも出来ないことは増えてくる。持つといっても押さえるように持つことしか出来ないので、当然指を使った作業は出来るわけもない。
そういえばウサギの特技ってなんだろ?
ジャンプ力はあるよな・・・あとはなんだろ?頬袋にご飯が溜められる。穴が掘れる。聴力に長けてる。前歯が凶器・・・ダメだ全然良いところに思えない。
そう考えているところに彼が言った。
「まるでウサギじゃないみたいな言い草だな!」
そう言うと、ゲラゲラと笑う。どうせ今まで人間だったなんて誰も信じてくれないだろうし、わざわざ言う必要もないか・・・?
「まあ、君たちよりは色んな経験してはきたからね。」
と、はぐらかしておく。
「そういえば、まだ名乗ってなかったな。俺の名前はシルバ、俺たちの仲間になりたいって話だったな・・・俺はこの巣穴の門番でな。俺一人の考えじゃ返答は出来ないんだ。これから俺たちの長に会わせるから、まあ仲間になれるように頑張るんだな。俺も出来ることはしてやろうとは思うが、どうなることやら?」
どうやらシルバもこちらの味方をしてくれるようだ。ありがたい。
味方が増えた安堵感と、これからこの巣穴の長に会う不安と緊張感が入り混じってほどよい緊張感を持たせてくれる。
「長ってどんなウサギなの?」
どんなやつなのか前情報があると無いとでは全然違うものだ。
「うちの長はスゲーぞ?ケンカじゃ、まず負けたことがない。腕っぷしの強さには自信があるだろうよ。」
そうなのか、まあ・・・初めからケンカには持っていくつもりは無いのだけど。脳筋なのかな?とも思ってしまう。
「そ、そうなんだ。それは凄いね・・・。その長とはやっぱりケンカしなくちゃけないのかな?ボクどちらかというと、平和主義なんだよね・・・。」
そう言ってけん制してみる。
「話し合いもしてくれるだろうが、血の気が多いからなぁ・・・ところでお前の名前を聞いてなかったな。すっかり忘れてたぜ。」
はっ・・・相手に名乗らせておきながらこっちは全然名乗ってなかった。社会人としての基本がなってないじゃないかっ‼なんてこった‼
「これはこれは失礼しました。ボクの名前はショウと申します。今後とも是非ともご贔屓にお願いします。ボクごときが名乗らずに大変申し訳ありませんでした・・・。」
まるでロボットのようにしかも卑屈のオプションまでついて話しだしてしまった。言葉がたどたどしく、言葉使いもなんだかぎこちない。
「お、おう。よろしくなショウ。なんでそんなしゃべり方なのかわからんが、まあ・・・ところで長のことだが、話し合いするには考えさせないことだな。話続けて隙を与えるな。」
急にまじめな話に戻る。
「ハナシツヅケテ、スキヲアタエルナ・・・。」
いまだに変わらぬ口調に煮えを切らしたのかシルバがキレる。
「おいおい!そんなんで大丈夫なのかよ!?これからうちの長に会うんだぜ?しっかりしてくれよ。そんな調子じゃうまくいくものも、うまくいきゃしないだろうが‼」
言われて、ハッとなる。それもそうだ・・・。これから長に会おうっていうのにこんなことしてる場合じゃなかった。一度冷静になると気持ちが一気に落ち着いていく。それにしてもギルバートといいシルバといい、この世界のやつってすぐに怒るよなぁ?そういう耐性が無いのかな・・・?まあ、ある意味本能のままにって感じだけど・・・。
「ごめん、ちょっと我を忘れてた。話続けるね、オーケーオーケー大丈夫!」
そんな態度のボクにシルバは『ったく、大丈夫かよ?本当に。』と念を押していたが、そんなおしゃべりをしている間にボクたちは長のいる部屋の前にやってきたのだった。
「いいか?開けるぞ?」
急な緊張感が増す。そしてコクリと頷くと少しだけ冷や汗をかいた。
「長。門番のシルバです。なんでも仲間になりたいってやつがうろついてたんで連れてきました。」
シルバの声にも緊張の色が見える。
「入るがいい。」
威厳とともに堂々たる声。いかにも一族の長たる者を名乗るだけはある。
シルバが『失礼します。』という言葉とともに扉を開いていくと、そこには一羽のウサギがいた・・・しかもかなり大きい。
「お連れしました。コイツが例のウサギ、ショウです。」
仰々しい挨拶とともに長は頷く。ここは一つ礼儀正しくするか。
「ご紹介にあずかりましたショウです。ぜひとも今日は仲間に入れていただきたくまいりました。よろしくお願いします。」
その態度に長はまんざらでもなさそうに言った。
「私の名はルイス、この集落をまとめ上げる長だ。それで?お前はこの集落に入ることでどんないいことがあるのだ?」
おや?思っていたより喧嘩っ早くないぞ?
「ボクは知識を捧げます。どんな知識かというと皆さんの知らない知識を披露します。例えば他の動物に襲われないように安全に食事を摂る方法とか、おいしい食事を見つける方法とか他にも色々あります。」
そう言って胸を張る。
「ふむ、それでお主はケンカはしないのか?」
えっ?今なんと??
「え・・・と、ボクはケンカはしないです・・・はい。」
戸惑う自分、堂々たるルイス・・・いったい何が起きたというのか?何故こうなったのか?何を言っているのかわからない・・・。混乱と困惑その二つしかなかった。
「なんだ・・・ケンカはせんのか?」
何故か残念そうなルイス、シルバに助けの視線を送るが微動だにしない。コイツはいつから石像になったんだ!
「ケンカなんかよりも美味しい食事には興味はありませんか?」
うーむ・・・と、考え込むルイス。そして口から出た言葉がこれだった。
「別に食事などその辺に生えてる草を食べてしまえば良いではないか?」
なんということだ・・・美味しい食事に興味がないとは、残念というかウサギにはそういう発想がないのか?
「その辺の草などほど遠いくらいの美味しさで、尚且つ栄養も摂れる!これでも興味はありませんか⁉」
ここまで言って、興味のかけらも持たれないと悲しくなるぞ。
「うん、まあ。そこまで言われると興味はわいてくるな。実際に食してみたくなったぞ。それを私に納めてくれるというのか?」
よしっ!食いついたぞ!!でも、ちょっと変な方向だぞ?納める?ボクが??なんで苦労してそんなことしなきゃいけないんだよ!!ちょっと強そうだからって調子にのるなよ!!!!!!とは、頭の中で思いつつも態度には出さない。あくまでもポーカーフェイス、男はやっぱりいつでもクールでいなきゃね♪
「納めるのではなく長であるルイス殿自らが取りに行くのですよ。ボクはあくまでもその在り処と取る方法を伝授するだけです。なので取れるか取れないかは皆さん次第です。うまくやれば沢山とれるでしょうし、うまくいかなければ危険が待ってるかもしれませんねえ・・・。」
意味深に言う自分、そうすることで相手の好奇心をくすぐるのだ。
「ふむ、面白そうだな。ここしばらくはそのような冒険のような事は控えていたからな。私も時には冒険しなくてはな!!はっ!はっ!はっ!」
納得してくれたのは有難いんだけどウザいなコイツ・・・。
「よしっ!ショウお主を我々の同胞として迎え入れようぞ。なかなかに面白いやつだ!そして将来性もある。若くしてそれほどの知識があるというのは、見どころがあるぞ!しかしだ・・・ケンカの腕がよくわからん。そこが問題だったのだが、まあ・・・そこは、中には平和主義というやつがいても良かろう。ということだ。」
お気に召してもらえて何よりだ。ケンカの腕前ってそんなに大事なのか?ウサギの世界では?って思ってしまったが、まあ門番とか強いやつがやったほうが良いに決まってる。
ボクのような温厚なやつはこうやって参謀にでも回ったほうが良いのだ。と心の中で深く頷く。
「それではお主の言う美味なるものとはいったい何なのだ?すぐに手に入るものなのか?」
ルイスが疑問を呈する。
「美味しいもの・・・それは、ニンジンですっ!!!!!」
ですっ‼・・・です!・・・です・・・。と、虚しく洞穴に響き渡る。と、ともに訪れる静寂。そして無言でいたルイスが口を開く。
「その・・・ニンジンとは、いったいなんなのだ・・・?」
そして再び訪れる沈黙。ニンジンを・・・知らない?
そんな馬鹿なウサギといえばニンジンだろう?これは人間の勝手な思い込みなのか?確かにキャベツとかの葉物野菜だとか、パンとかあるけどさ・・・ウサギといえばやっぱりニンジンだろう??
そんなかつて人間だったウサギの思い込みは儚くも打ち崩された。
「ニンジンっていうのは甘くて栄養価もあって、とても美味しいものなんです・・・。すぐに手に入るかどうかはわかりません・・・近くに人間の家があると思うのですが、そこで栽培しているかどうかです。」
テンションがダダ下がりのショウは言った。言われてみれば確実に栽培している保証はないのだ・・・。すぐに手に入るかどうかはわからない、まずは確認が必要だろう・・・ということは、偵察に行く必要があるな。
「まずは偵察に出てみてはどうでしょうか?確実にそれがあるかどうかを確認する必要があります。」
せっかく行ったのに無かったではお話にならない。
「ふむ、そのニンジンとやらがあるかどうかわからんのか?では、同胞になった記念にショウお主に初仕事を与える。人間の棲み処に行って確認してくるがいい!」
そう言って満足気にうんうんと頷く。
「ボクが行ってくるんですか?偵察に??」
いきなりな命令に少々困惑するショウ。参謀が動くのはどうなのだろう?知略を巡らせる参謀直々に行動しろと⁉
「そうじゃよ?何か変なこと言ったかの?」
いやいやいやいや、ちょっと待っておくれよ・・・そんなのこの近辺をよくわかってるような奴に任せれば良いじゃないか?なんでボクなんだよ⁉
不平不満を考えているとキリがない。仲間に入れてもらったのだ少しくらいは役に立っておくか。
自分で言い出したことだ・・・ギルバートも居ることだなんとかなるだろう。
「わかりました。ボク自身が言ったことなので、確認はボクがしてきます。その代わり持ち帰るということはできませんので、あらかじめ理解しておいてください。」
自分の言いたいことは言った。
あとは行動に移すだけだ。まずは巣穴からどれくらいの距離があるのか?そして栽培されているのか?を、確認してこよう。道順もしっかり覚えておかないとな!迷子になっては身も蓋もない。
「わかった。それでは行くがいい!私の期待に応えられるように頑張るのだぞ‼」
そう言ってルイスは送り出しの言葉をくれた。その言葉を受けルイスの部屋をシルバと共に出ると、シルバが声をかけてくる。
「うまいことやったじゃねえか。長も気に入ってたみたいだし、なによりケンカせずにすんだのは良かったな。たぶんケンカになったらショウみたいなちびっ子じゃ、きっと相手にならなかったと思うぜ。」
前評判通りならケンカしたらきっと勝てないのだろう・・・でも、最初にケンカはしないって言っておいたのだから大丈夫だろう。どういう形であれ一族を治める長なのだから、そこはしっかりしているのだろう。
「ボクは始めからケンカするつもりは無かったし、もしケンカになったら小さいなりに素早さを活かしてやってやるさ♪」
冗談交じりに言ってみせる。そう言って巣穴を歩いて出口へと向かっていく。
暗い巣穴の中から光が見え、外へとやってくる。
すると木の上からギルバートの声がした。
「ようっ!やっとおかえりかい?」
しばらく聞いていなかった声に安堵と共に、やるべきことを思い出しながら期待と不安に駆られていた。
この世界にきてどれくらいの時間が経っただろう?これからボクの冒険が始まるのだ。