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23.彼女からの挑戦状

「ティナの誕生日パーティーですか。いつもは直接誘いに来るのに、わざわざ招待状をよこしてくるなんて、珍しいですね」


 ルクスは微笑みながら、厚紙と一緒に同封されていた便せんに目を通す。次の瞬間、彼の表情が変わった。


「なるほど、そういうことでしたか……」


「どういうこと?」


 そう尋ねると、ルクスは困ったように眉を寄せて説明してくれた。


 ルクスがティナと知り合ったのが、三年前。それから毎年、ティナは誕生日のお祝いにルクスを招待しているのだそうだ。


 いつもは身内でのささやかなお茶会のような、そんな祝いの席なのだと、ルクスはそう教えてくれた。


 ところが今回はがらりと趣向を変えて、知り合いの貴族たちを片っ端から招待して盛大なお茶会を開くことにしたらしい。便せんには『どうぞ着飾って、娘を祝って下さい』と書かれていた。


「着飾って、お茶会……」


「どうしますか、アウロラ」


 二人して顔を見合わせる。今の私にとって着飾るとは、ルクスの魔法で生み出された、普通の貴族のドレスとはまるで似つかない軽やかなドレスをまとうことを意味する。初対面の貴族が、もれなく目を丸くする代物だ。


 そんな格好で、たくさんの貴族が招かれたお茶会に顔を出す。そんなことをすれば、目立つどころでは済まないだろう。おそらく、私は白い目で見られるだろうし、なんなら聞こえよがしに悪口の一つや二つ、ささやかれるかもしれない。


 それ自体は、仕方のないことだと思う。少々辛いことではあるけれど、いつも実家でお母様にあれこれ言われ続けていたことを思えば、一日くらいどうということはない。


 ただ、きっとその冷たい目線は、隣のルクスにも向けられる。私のせいで、大切な彼が悪く言われてしまう。彼の悪魔としての使命には必要なことなのだろうけれど、でもやっぱり、そうなってしまうのは辛い。


「どうやらかなりかしこまった場になりそうですし、いつもの服装は少々目立ってしまいますね。……さすがに目立ちすぎて辛いでしょうし、普通のドレスで出席しますか? それとも、僕一人で出席しましょうか」


 私が実家から持ってきた、もとい持たされてきたドレスはほとんど、魔法で作り変えてしまっていた。


 でも一着だけ、一番豪華なドレスだけは、そのまま残していたのだ。必要になることがあるかもしれませんし、母君からいただいたものをひとつくらい残しておいてもいいのではありませんか、というルクスの提案に乗ったのだ。


 そしてルクスは、今も私のことを気遣ってくれている。ちょっぴり的外れなその思いやりが、とても嬉しい。


「私が目立つのも、悪く言われるのも、構わないのよ。でも、あなたまで巻き添えを食って白い目で見られるのは、やっぱり嫌で……あなたは悪魔だけれど、とても立派で素敵な、自慢の旦那様なんだもの」


 思うままにそう答えると、彼は若葉色の目を真ん丸にした。それからくしゃりと、泣きそうな笑みを浮かべる。


「貴女という人は、こんな時まで僕のことを気にして……」


「気にするに決まっているでしょう。私、あなたのことが……大切だから」


「はい、僕も貴女のことが大切です」


 即座にそう言い合って、それからくすりと笑い合った。


「……これからどうするか、一緒に考えましょう。私とあなたが楽しく過ごせて、あなたの使命も果たせて、その上でティナにも喜んでもらえる方法を、何とかして探してみましょう」


「ふふ、貴女は欲張りですね。でもそういう考え方、好きです」


 ルクスが口にした『好き』という言葉に大いに動揺しながら、必死に何事もなかったようなふりをして話し続ける。


 けれど、彼の口元にはおかしそうな笑みが浮かんでいた。




 そうしてティナの誕生パーティーの当日、私たちは彼女の屋敷に足を踏み入れていた。


 ティナの家は男爵家ということもあって、屋敷はあまり大きくない。招待客を全部入れられるだけの大広間がなかったのか、パーティーは庭で行われていた。


 手を取り合って歩く私たちに、遠慮のない、もっと言うならあきれたような視線がいくつも向けられた。


 それもそうだろう、私たちは二人とも、飛び切り風変わりで、そのくせ最高に華やかな格好でここに現れたのだから。


 あれこれと相談して、私たちが出した結論がこれだった。どうせ目立つのなら、もうとことんまで目立ってしまおう。その上で思いっきり堂々とふるまえば、周囲の貴族たちもどぎもを抜かれて何も言えないだろう。


 そうすればこのパーティーを楽しむこともできるだろうと、私たちの意見は変なところで一致した。あとで噂になるだろうけど、そちらについては気にしない、というより狙い通りだ。


 普通のパーティーでそんなことをするのは、さすがに招待主に申し訳ない。でも、今回私たちを招いたのはティナだ。


 彼女なら、私たちのそんなふるまいを嫌がりはしないだろう。むしろ、面白がる可能性が高いと、ルクスはそう言っていた。


 そんなことを思い出しながら、自分たちの姿に目をやる。


 私は薄くて軽い布を幾重にも重ねた、薔薇の花のようなドレスをまとっていた。淡い桃色から濃い桃色まで、様々な桃色が入り乱れている。胸のすぐ下から足首のところまでふわりと広がるスカートは、ほんのりと下の布の色が透けていて、とても美しい。


 袖はなく、代わりにスカートと同じ布がさらりと両腕に巻き付いていた。手首には、ルクスに贈ってもらったあのブレスレット。髪は一部を軽く結って、重たい髪飾りの代わりに花を飾った。靴はかかとの低い、柔らかなものだ。


 そして私の隣を歩くルクスも、しっかりと着飾っていた。私のドレスに合わせて軽やかな、それでいてとても豪華な服装だ。


 光沢のある白い絹の服はとても細身で、そのいたるところにびっしりとビーズが縫い付けられていた。日の光を受けて、きらきらと輝いている。


 彼は赤い柔らかな布をベルトのように腰に巻き付けていて、その端は長く垂れ下がっていた。えりの後ろ側にも、同じ布が下がっている。ちょうど、腰丈のマントのような形だ。彼が足を進めるたびに、ひらひらと華やかにひるがえっている。


 風変わりな服装で堂々と歩く私たちに、無遠慮な視線が投げかけられている。ひそひそとささやき合っている声も、あちこちから聞こえてくる。


 辺りはとても和やかとは言えない空気になってしまった。それに、私たちに話しかけてくる者もいない。


 たぶんこの場に集まった貴族たちは、帰った後に盛大に私たちのことを噂するのだろう。でも、それは覚悟している。そして、このままおとなしく逃げ帰るつもりもない。


「わあ、ルクスかっこいい!」


 この場の主役であるティナが、気の弱そうな両親を従えて近づいてきた。


 彼女は妙に冷めてしまったこの場の空気をものともしていなかった。豪華なフリルがたっぷりついたとても可愛らしいドレスをまとって、跳ねるように歩いている。


「ありがとう、ティナ。君もとても愛らしいですよ。お誕生日、おめでとう」


 ルクスに続いてお祝いの言葉を述べようとした私に、ティナが先んじて言葉を投げかけてくる。


「ふうん、ちゃんと普通じゃない格好で来たんだ。その覚悟は認めてあげる。偉いじゃない」


 彼女はルクスの腕にぶらさがるようにしながら、私を上から下までじろじろと眺めていた。その口元には、楽しげな笑みが浮かんでいた。


「ねえティナ、あなたが今回このパーティーを盛大に開いて、貴族をたくさん集めたのって、もしかして……」


「もちろん、わざとやったの。だってあんた、ルクスのためにいかれた奥さんになるんだって言ってたでしょ。だったら手っ取り早く、宣伝の場を作ってやろうと思ったのよ」


 あっさりと言ってのけたティナに、ルクスが苦笑する。


「やはり、何か裏があるだろうとは思っていましたが……ティナ、気持ちはありがたいですが、こちらに相談もなしというのは少し感心しませんよ」


「だあってえ、あたしルクスを驚かせたかったんだもん。……それにこいつが、ルクスを預けておけるだけの女か、見極めたかったの」


 前半は甘ったるく、後半は冷え切った声でティナが言う。彼女は青緑の目でちらりと流し目をよこしてくると、小声でささやいた。


「もしもあんたが普通のドレスで来たら、その時はどんな手を使ってでもルクスを奪い返そうと思ってたのよ。それも、すぐにね。命拾いしたわね、あんた」


「あ、いえ、ありがとう……?」


 どう答えていいか分からずにそう言うと、ティナはぷうと頬をふくらませてしまった。


「なんであんたがお礼を言うのよ。やっぱり訳分かんない。ま、いいわ。せっかく来たんだし、パーティー、楽しんでいって。……楽しめるだけの度胸があればだけど」


 一見親しげに話しこんでいる私たちを、周囲の貴族たちはさらにいぶかしげな目で見ている。確かに、この状況を楽しむには、かなりの面の皮の厚さが必要になりそうだった。


 でも、私は一人ではない。ルクスと一緒なら、こんな状況も楽しめそうだった。そんな思いを込めて彼に微笑みかけると、彼もにっこりと笑い返してくれた。


 彼の腕にぶら下がったままのティナの頬が、さらにふくらんではいたけれど。

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