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最悪なエンディングでしたが、幸せな最期でした。

 七月一五日。天気雨。


 恐ろしい夢を見た。自分の顔まで別のものになる夢を見た。どこかの家に住んでいるようで、今よりもずいぶんと若い頃のようだ。制服のようなものを着込んで姿見の前に出たとき、俺の顔はインク入れに変わっていた。起きてからその異常さに気付いた。

 急いで洗面台の鏡を見たが、大丈夫。現実の俺は人間の形を保っていた。

 ダメだ。流石に飯を食わないとやっていけない。冷凍のジェノベーゼを食べて寝ることにする。


 ここから先数ページにわたり、空白が続く。うっすら文字が見えるため、書いては消してを繰り返したのだと思われる。


 四地月??日。店着飴。


 ??が??の前に?る。??の???がいた。?い。


 ???がい?からそ?にでら?ない。



 ??月??日。???


 今目もね?がいる。ピ??の毛し?うをし?い?。


 化儀かけ?た。チェーnもしゅかり。



 名南?三受日。あ?


 ??と??。あと???。


 折?は何?




 ?????


 死?真??る。????




 大地の好きだったヴィクトリー・シガレットを口につける。高校生の時に教えてもらったタバコの味は本来強いはずだがもう分からない。先程食べた塩気の多い豆のせいだろうか。このタバコは父親が好きだったからよく盗めたそうだ。当時は何でも手を付けて遊んでいた。お世辞にも成績がいい二人というわけではなかったから勉強会と称してセックスをしたこともある。学生という身分を偽って酒やたばこを買ってそのまま二人で晩酌をしたこともある。大地が提案して、私が悪乗りをするというのが鉄板だった。良い意味で大人と子供を両立している。そんな高校生時代だった。

 高校生になる前の話を大地の妹の加奈ちゃんからよく聞く。蒸発した父を恨み、夜遅く帰ってくる母親を嫌って、中学の頃から当時小学生だった加奈ちゃんをほったらかして夜遊びに耽っていたそうだ。妹に無関心で手を出したことはなくとも、よく女と一夜限りの関係を作ることがあったらしい。高校生の時、私はストッパーになっていたそうだ。それに、小説を書き始めたのもあるなろう。

 嗚呼、思い出す。稚拙で、下手で、もう何を書いてるかもわからない馬鹿げた話で。でもそれを言うと教師だろうと友人だろうと殴りかかっていた。結果、それも怒られる要因になるんだけれど。

 やんちゃ。

 一言でまとめればそんな奴だ。中学時代の悪友とドラッグに手を伸ばして。どちらかの家に泊まるってなった時はセックスに明け暮れる。私も頭が悪かったからそれがカッコいいように見えたんだろう。さすがに私はおらっぐに手を出したことはない。好きになれない。そう言うと大地はすんなりドラッグを止めた。中毒症状も出ずに実にあっさりと。

 大地が生活をしていた部屋でノートが見つかったそうだ。一週間半もの間、新作が出ることが決定したとの連絡を送り続けていた編集者が流石に不安に思って警察に連絡。手首を切った状態でペンを握る大地の死体を警察が発見した。という経緯だ。

 ノートの内容は加奈ちゃんが『過激すぎる』と言ってみせてくれなかったけれど盗み見てやった。文字はボロボロで私には解読不可能。でも、最後のページに至るまで改行もせずに連なった文だけは覚えている。

「そらちゃん、大丈夫?」

 不意にかけられた声で私は振り返る。

「あぁ、加奈ちゃん。大丈夫だよ」

 私は気丈に振る舞ってみせた。外せない仕事があると言って葬式をほっぽり出した母親の代わりに全部を任された加奈ちゃんにこれ以上、負担はかけられない。

「その…少し話しませんか?あの、あ、兄のこと」

「いいよ。吸う? 今じゃ味も分からないから、ただの細長い紙だよ」

 私はヴィクトリー・シガレットの箱から一本取り出して背丈の低い加奈ちゃんに渡した。

「えっ、い、いや………ありがとうございます」

 臆病なのにそのどこかにやんちゃな兄の姿が見える。

 はいと手渡したライターを使って不器用に火を付けた加奈ちゃんは、それを口に当てる。きっと本当に何の味もしなかったんだろう。顔色一つ変えずにふぅと煙を吐く。続けて言葉も。

「兄は…その、変わった人でした」

「知ってるよ」

「多分、そらちゃんが思ってるよりもずっと変な人ですよ。中学まで、自分は生まれた時の記憶があるんだ、なんて小説みたいなこと言い出して周りを困らせたりもしたんです。でも、それは正確でしたし、母親に聞いた時も一字一句同じことを言ってました。未熟児として生まれて、でもそれ以外は普通の人より丈夫で。逆に私は虚弱なんですけど…」

 そこまで言って加奈ちゃんはぱた、と瞼を強く閉じた。

「変だったんですけど。優しいんです」

 えっ、と私は声をあげた。妹なんて他人だろう。なんて口癖みたに言う大地を知ってるから。

「その、本当に不器用で……ビックリするくらい不器用で……でも私の変化には敏感に反応して。自棄になって引きこもった時も、学校休んで説得してくれたんです。当時は語彙力なんてものは無いようなものでしたから…本当に同じ言葉の繰り返しみたいで」

「へぇ、意外」

 私は白を切るように見せるだけで精一杯だった。

 私の最愛の人は私を好いてはいたけれど、愛してはいなかったように思えてしまって。だって、そんなこと一度も聞かなかったから。あの人は、大地はそれがカッコイイと思ってたんだろう。思ったら突き通すタイプだから、途中でも言えなかった。でも、私もそれを捻じ曲げる程の力は持っていなかった。

「いじめられた時も……女子相手に酷い話なんですけど……ぶん殴りに学校にのしのし上がって来たんです。兄の暴力を止められる先生も退職しましたし、卒業生だからって殴るところまでは見守ってたんでしょうけど……ぼこぼこにして。変ですよね。その時すっき―――」

「高校生がタバコを吸うのが流行りなのかい?」

 何かを言いかけた時、年老いた柔らかい声が後ろからやって来た。

 聞き覚えのある声に、私たち二人は振り返らずに返事をした。えぇ、そうです。

「そうなのか。じゃぁ、私も混ざらせてくれないかい? どうも、あのしけてるのか賑やかなのか分からない空間は苦手でね。一宮君はいつも持っているんだろう?」

「えぇ。今日は新品ですよ。はいどうぞ」

 三人がバラバラのタイミングで吸って、同じタイミングで吐く。

「昔話かい?」

「そんなとこです。なんか先生も聞いてないですか? 大地ってあれじゃないですか。文豪のわりには自殺に対する美学とか持ってなかったじゃないですか。なのに……」

「そう……だねぇ。大学からの知り合いだから君たち程知っているわけではないけれど……。私と同じ惑星の生まれだったらしいよ」

 よくわかっていない加奈ちゃんを横目に私は毒を吸う。

「いつにも増してて詩人ですね」

「そういう君は、いつにも増して落ち着いてるじゃないか」

 え~、と少しお道化る私にもう体力はない。最愛の人にどうこう見せるためにお道化てきたけれど、もうその人がいなくなった。その人に見られてもいいようにしてきたメイクももう不用だから、道具は捨ててきた。

 少しの静寂の後、加奈ちゃんはふふと笑った。

「どうしたの?」

「あっ…えっと……いい…ですね。その……兄の別々の顔を知ってる人がいるのって……互いに別の人のことを話してるみたいで……」

 確かに、と私と佐崎木先生は笑った。

 あいつの顔はいっぱいある。私の知ってる顔、知らない顔、加奈ちゃんだけが知ってる顔、佐崎先生だけが知ってる顔。そして死ぬ時に新たにできたあいつしか知らない顔。

 でも、そこに私しか知らない顔はなかった。

 遺書も残さないで死んだあいつには地獄がお似合いだ。反省してから現世にひょっこり顔を出してこればいい。あんなひょっとこみたいな仮面じゃなくて、私たちの知ってる。皆の知ってる顔で。


 そう言えば余談だが、あいつの遺作は世間に訃報と共に瞬く間に広がった。結果、酷評を受けた。最期は誰しも後悔を残すが、その後悔を知らずに荷物もまとめず出かけたアイツはきっと幸せ者だろう。

※この話は自殺を助長するものではありません。

 ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。これにて完結しました。

 彼は幸せな最期を遂げました。死者は誰しも死ぬ間際後悔すると生者は語りますので、その後悔を考えられず、目先のことだけを考えて死ねたのは恐らく彼だけでしょう。


 さて、これからはリアルの話です。

 この作品の最新話を投稿したというツイートをするたび、様々な方にリツイートを頂きました。その多くが作品を作られている方でして、数で表すのは失礼やもしれませんが、フォロワー数が四桁を超えている方が多かったです。

 嬉しかったです。この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

 私の中で小説家になろうを読んでいる人はファンタジーが好きなイメージがありましたので、こういったリアルで、しかもコメディなど微塵もない作品は全く知られないだろうと思っていましたので、何と言えばいいのでしょう。多くの嬉しさと共に困惑がまだあります。


 さて、この話、難しい点がとても多いと思っています。すんなり読めたよ、という方もいれば、これどういう意味?と小首を傾げる方もいますでしょう。私自身、古臭い文章が好きですのでただ構成が苦手だったという方も多いでしょうし、変な言い回しもあったと思います。

 ですがご安心ください。分からない点がありましたら、ツイッターでも構いませんので、「〇〇ってどういうことですか?」といった風に聞いていただければ、私の覚えている限りお答えしようと思います。


 大地の人生は三人の記憶の中に別々の人物像として残るでしょう。一致せず。それは幸せなことではないでしょうか。少なくとも私はそう思います。

 次に私が焦点を当てる世界に住んでいる人間は、果てどんな人生を送るのでしょうか。神などではなく、一人の観測者としてそれを見、綴るつもりですので、どうぞ、その世界を一緒に見守ろうではありませんか。

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