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貴方の顔

センシティブな方は見ないことを推奨します。

 その夜、また夢を見た。前回の夢と場所が大きく変わっていた。

 森の中、私がただ一人だけ行く先もないまま歩いていた。体感時間十分ほど歩くとようやく街が見えた。街へ向かうとやはり、他人の頭は生物ないし無機物に変化していた。

 信号機が私の横を通り過ぎる。その信号機はシルクハットの赤子を抱えていた。その場に立ち止まり状況を理解しようと頭を動かす。数秒してハッ、と我に返った。

 これは明晰夢だ。そう直感した。なるほど。これは確かに興味深い。声も出せるし、体も自由に動く。

 最初に私は重力を無視して飛ぼうとした。だが想像力が足りなかったのか、それとも明晰夢の中にも誰かが定めたルールがあるのか飛べは試案かった。

 なら、人通りの多いところに行こう。幸い、私がいる場所はうっすらとだが私の記憶にある。前世のものだろう。少し歩けば公園が見えてくるはずだ。

 そら見ろ、あった。そこにいる人間はやはり顔が別のおのになっている。

 やかん、本、大型犬、小型犬、鏡、地球儀、エトセトラ……

 やかんは本を叱っていた。甲高い音を立てて注ぎ口からこぼれる熱湯で本を濡らしていた。その本はというと静かいただ開いていた。そこに書かれている文字は滲んでいてよく見えない。

 大型犬と小型犬は競争をしていた。その様子を見つめる口紅は出してはしまってを繰り返していた。口紅が顔を逸らした隙に大型犬は小型犬を殴った。小型犬はキャンキャン吠えるが、口紅は隣にいる黒色の口紅と談笑しているので気付いていない。

 地球儀と鏡は喧嘩をしていた。どうやら地球儀の私物を鏡が盗んだらしい。地球儀はぐるりんぐるりんと回る頭を押さえながら鏡に映る地球儀に叱り続けていた。その鏡は知らんぷりを貫いている。

 その喧嘩に烏がまぁまぁ、と二人の間に割って入ってきて嘴をカチカチ言わせながら宥め始めた。

 すると、入口から魚がやって来た。口を常にパクパク動かして隣で俯いて歩く子供らしきブラウン管テレビに何かを言っているみたいだ。ブラウン管の中には白黒の笑顔のぬいぐるみの顔が映っている。

 私はそこまで見て頭が痛くなってきた。自分の居場所はここではない。だが、ここ以外もおそらくは私の居場所ではないだろう。

 そこで思い出した。これは明晰夢だと。つまりいつでもここから出られるわけだ。

 早速試してみた。すると視界は一瞬でシミのある天井に変わった。


 嗚呼、夢から覚めたんだ。あの地獄から。時刻を見ると二三時五六分だった。

 ぐるる、と腹が鳴る。そういえば居酒屋では炭水化物を殆ど取らなかった。腹が減るのも仕方ない。

 家を出て少し先のコンビニへ向かう。

 夜に外出すると高揚感と不安感が同時に襲ってくる。一般的な生活リズムから逸脱した者のみが集う空間。ひと気の多かった通りもゴーストタウンのように誰もいない。そこですれ違う人間はおらず、虫が空気と戯れている。

 コンビニの自動ドアを抜ける。店員は控え室のようなとkろおで動画でも見ているんだろう。一人で笑っていた。今までこの時間帯に来たことはなかったが、こういう人でも働けるのか。

 酒に関してはあまり詳しくないが、都会的で上品な味よりシンプルで喉越しの良い方が私は好きだ。ついでに酒のつまみとしてカルパスも買っておこう。

 レジの前に立って三十秒ぐらい経ってから嫌そうな顔をして店員が出てきた。その時、私は世界がキチガイ道を歩み始めたことを理解した。

「夢のままだ」

 叫ぶこともままならず、ただポツンと吐くにとどまってしまったその声は中途半端に反響する。

 はぁ?と声をあげる店員に、人間の頭部はなかった。

 鼠が喋っている。比喩でも何でもない。鼠の頭部が生えているのだ。薄い汚れた灰色をした整えられていない毛並みをした、ハイライトのない目がこちらを向いて眉間にしわを寄せ、小さな口をパクパクさせて男の声を出しているのだ。

「あ、あぁ。すみません」

「なんなんすか……五二七円です」

 私は混濁する思考の中、とりあえず目の前のことをこなそうと思い財布から五三〇円を取り出しトレイに置くと、おつりの事を忘れてすぐに商品を持ってコンビニを抜けた。

「……夢の中だ……だとすると、夢の中で夢を見ていたのか……?多重夢……だっけ、か……分からない」

 一人ごちりながら家に戻り、袋ごと酒とつまみを床にほかって布団に入った。

 ………寝れない。

 布団に入ればいつだろうと眠れる体質だ。寝ようと意識すれば眠れるのだが、今回は寝れない。

 差k氷魚度と同様、夢から覚めようとしたがそれもできなかった。

 ならばこれは夢ではないのか?否、見えないものが見えるという幻覚は聞いたことがあるが、一部が切り替わるという幻覚を少なくとも私は知らない。だから幻覚という線も薄いだろう………が、幻覚としか言いようがない。他に想像できる範囲で在りうることはこの世界自体が水槽の中に浸かっているということだけだが、あまりに現実味がない。

 酒を開け、テレビを付けてニュースを見る。その刹那、手に持っていたビールは床に零れ、じんわりと広がっていった。映像に釘付けにされた脳が、薄ぼんやりと手の力がぬけたことだけを知る。

 テレビ先の人ですら顔が人間ではないのだ。淡々と読み上げるニュースキャスターの顔は三つの大きさの違う歯車で成り立っている。顔のパーツがないのにも関わらず変わらぬ声量でずぅっと今日起きたことを述べている。そこから映像はstudioに切り替わったが、そこにいる芸の陣や大学教授らの顔もすべて人間のそれではない。

「どうなってんだよ……」

 私は覚束ない手でテレビのリモコンを取り、出鱈目にチャンネルを切り替える。

 どこに行っても誰が映っても、顔は人間ではない。

 1、2、3と番号の割り振られた紙を顔にぶら下げるアイドルらしきマネキン。人間の顔程度の大きさを持つ紅唇。カチカチとうるさいタイプライター。どこと中継を繋ごうとどこの国に行こうとそこに私の知っている人間はいなかった。

「そうだ!そら!あいつなら、あいつならきっと……」

 どこにそんな確信があるのか、私は充電した携帯電話を充電コードから強引に引っ張りだして電源を付ける。この短い時間、スマートフォンはこの部屋で何よりも乃光を放っていた。そのせいで自身の顔はあまり反射しない。

 電源がついて、溜まった通知がひとしきり主張してからすぐさまそらに電話をかけた。

 三コールほど鳴ってからそらは元気そうな声で出る。

「もしもし。どうしたの?こんな夜中に」

「なぁ、今から会えないか?」

 私は切羽詰まっていた。知らない人がそう見えているだけだと信じたかったのだ。人生で長くいる人間ならきっと顔は変わっていない、どこかでそう信じたかった。否、もしかしたら誰でもいいから正常な顔をした人間に出会いたいだけなのかもしれない。

「電車もバスもないのに行けないよ~。夜中だよ?」

「じ、じゃぁ……テレビ電話でいい」

「何をそんなに……まぁ、いいよ」

 そらは言葉に悩んだ後承諾をしてくれた。

 私も耳からスマートフォンを離し、右手に持ってテレビ通話に設定する。

「はい、これでよかった?ちゃんと映ってる?」

 そこに映っているのは、白塗りの化粧を施した、少し嬉しそうな顔をする猫だった。薄茶色の毛並みをして、ピエロのような厚い化粧をどうやってか塗った、巨大な猫の顔だった。

「……あぁ、ちゃんと映ってる」

 画面端にある自らを映すカメラには、一縷の望みすらも奪われた絶望の顔をした私が映っていた。あまりも残酷な世界は私に蜘蛛の糸一本すら垂らしてはくれなかった。

 眠たいから切る根、と言う猫の顔。通話が切れた後、私の右手はだらんと垂れた。床に膝をついたかもしれない。それすら認知できない程、真っ黒色に全てが呑まれていく気がした。

 親しさなど関係なかった。全人類の顔を確認したわけではないが、しかし、それでも私は全ての人類の顔はもう私の知るそれではないのだと確信した。

 恐怖や不安と言ったあらゆる不の感情が内臓から湧き出る。それは胃液を逆流させ、私に嘔吐させるまでに達した。私は足早にトイレに行き吐き続ける。だが、達したにも関わらず、その不安や恐怖といったあらゆる感情は留まることを知らず、脳を侵していく。

 これは私の目か、脳が可笑しいのだろうか。それとも、私を除く人類が何かしらの異常をきたしたのだろうか……もしくは、昔から人間はこの顔だったのだろうか。

貴方の顔は本当に人間ですか? そうですか。であれば、そうだと信じて生きることです。

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