私はしっかりと見ました。
ここから楽しくなります。是非。
「じゃぁ、先生のとこ行こっか。あの人もあまり待つのが得意な方じゃないし」
その言葉を聞いて想像されるのは少々おっかない先生だ。我を貫き通す、どちらかというと高校にいそうな。
「そうなのか。何の先生だ?」
「哲学。それとうちのサークルの面倒を見てくれる先生」
へぇと軽く返してその先生がいる場所へと出向く。
複数ある講師部屋の最奥にある部屋の扉をそらがノックして束の間すぐ開ける。
「ん? そら君か」
先ほどの部室の部屋以上の本に埋め尽くされた個室の奥に設置された、そこまでの通路を考えていないであろう机に座っていた七十代の男性がこちらに体を向けた。灰と白で覆われた頭部に黒縁の眼鏡がよくく似合う。元気そうな、と表現するには少し疑問符が浮かぶ。というのも、彼の顔に喜怒哀楽が見えなかった。まるでのっぺらぼうのお面を被っているかのように無表情なのだ。
「やっほー佐崎せんせー。前より本増えてない?通れる?」
「通れるよ」
そういって、手折ることすらできそうな細い脚でこちらに歩いてくる。一五センチ程度の通路をよく歩くものだ…
「ノックをしてから返事を待つのが普通じゃないかね」
「いやー、急いでたから」
「まぁいいよ。それで、一宮君。久しぶりだね」
佐崎と呼ばれたその教師はこちらを見て口角を上げる。笑うというよりそちらの方が正確に思える。どうも、薄ぼんやりとしていてあまり好印象は抱けない。素の私とはまた違い、薄気味悪さみたいなものがあるのだ。
「たまには文豪会に顔を出してくれないかい。期待の新人なんだから」
「そう、ですか」
新人、ということは二年からはいったんだろう。今の私の年齢は二十だ。それに、先ほど電車の中で今は大学二年生ということをそらから聞いている。
「ん? 敬語を使うようになったね。一歩前進。それに、姿勢もよくなっている」
眼球のみを動かして全身を見てくる佐崎は私の苦手とする部類の人類だ。先程読んだ小説”悉く”に登場する主人公のように全てを見透かしているようで機微すら見逃さない。そんな目をしている。
「一ヵ月で人は変わるものだね……いや、正確には三四日………まぁいいか。ところで、私に何か用かい?」
「えぇっと、まぁ、顔を見せようかなって」
「どうせなら授業に出て欲しいんだけれど……まぁそんなに急くこともないし、ゆっくりしていくといい」
「はぁ、どうも」
私はこの男を前世から嫌っているようだ。全身が総毛立つような気分になる。嫌い、というより恐怖を覚えているのかもしれない。それは記憶のみでなく、全身に沁みついているおゆな。シンプルに言えば、未知の存在に対する”知らない”という元始的な恐怖だ。だが、実際はその程度では収まらない。
つい先程見た田角の書いていたコズミックホラーが頭をよぎる。あれに出てくる平行世界の存在はこの世界よりも何歩も進んだ頭脳を持っていた。アレの中に、この男のような精密機器のような眼を持つ存在が出ていたのだ。
嗚呼、恐ろしい。
「……? 一宮君、何を怖がっているんだい?」
言われた瞬間、私はその場から全力で逃げた。他の生徒を、上がる困惑を押し退けて、とりあえずアレの視線から逃れてくて、どこまでも走った。どこに行ってもあの目だけが付いてくるように思えて。よくSFやライトノベルであるだろう。千里眼のそれだ。
私は反応を表に出さないようにこの一ヵ月トレーニングをしていた。隣人と程よく交流するために。記者のどんな質問にも平然と答えられるように。あらゆる感情を表に出さないように、別のものを作り上げるように、脊髄反射も使役したつもりだった。ピクッと眉が動くのも、鳥肌だって抑えられているつもりだった。
だが、見抜かれた。あの悟ったような目で。死んだような目で。
気付いたら学校の門の前にいた。そこで立ち止まったのは安心からではなく疲労からだ。まだあの目はうっすらとkといらを見ている。どこの窓からだ? それは分からない。だが、確かにこちらを見ている。だが、流石に表情の機微は見て取れないだろうと信じてもう走るのを止めた。周りからは奇異の目が向けられる。だが、そんなおのあの目に比べたらどうってことない。
アレとはもうすれ違うのも嫌だ。死んでもあの眼だけは動いているだろう。そして悲しんでいる人間を見て口角を上げるのだろう。絶対にそうだ。
そしてふと今までの行動を振り返る………可笑しい。どこにも恐怖はない。
確かに、あの瞬間は恐怖を感じたはずだ。走ったのも平行世界からやって来たアレから逃げるために、と認識している。だが、だがしかしだ。私は、私の脳は、喜びを感じていた。
「あった……まだ。知らない、恐怖が」
きっとこれは私が小説の為に生まれたという証拠だろう。あの体験さえも、アレさえも、小説に出来ると感じてしまったのだ。アレを題材にしたらきっと面白いものが生まれる。そう思ってしまったのだ。売れるかどうかは別といsて、とにかく今にでも原稿用紙にまとめたい。アレに出会った瞬間のあの恐怖を。今にでもスケッチブックに描きたい。あの眼球を。
きっとそうだ。ラヴクラフトが書いたナイアルラトホテップに出会った人間、その貌の向こうに見える不安感じるべき、恐れるべき世界を知った人間の心情は、これだ。
見た目は確かに人間。だが、その実はサイボーグか、宇宙の彼方より飛来した未確認生命体が化けた存在かだ。そうだ。これを題材にコズミックホラーを書こう。否、あれを人間に見立てて青春でも書こうか。
「ど、どうしたの? いきなり走って」
はぁはぁと息を切らしながらそらがやって来る。その顔には困惑が見えた。確かに、考えてみれば隣にいる人間がいきなり走り出したら不安がる。それが親しい人なら追いかけたくもなるだろう。
私はそらの華奢な肩をがしりと掴んで目を見開いて叫んだ。
「見つけたんだよ!化け物を!題材を!見たんだよ!世界を!」
ぐわんぐわん肩を揺らして。とにかくこれを伝えたかった。アレは人間なんかじゃないと。
「…待てよ。あれが人間で、俺たちが違うのか?」
「な、何?また哲学的な話?私そういうの苦手なんだけど」
「違う。お前も見ただろ。あの眼を」
「た、確かに観察力はすごいなと思うけど」
あれは観察力とかの次元を超えている。もっと知らない言語の、知らない単語で形容するべきだ。
やっと冷静になった私ははぁとため息をついてもう帰ろう、と提案した。
「う、うん」
そらは素直に頷いた。そらには分からないのだ。あれの化けの皮の下が。
ここまで読んでいただきありがとうございます。ここからは与太話ですので、興味のある方のみどうぞ。
楽しいですよね。日常が崩壊した瞬間を書くのは。どうしてでしょう。幸せを書くよりも手が踊るんです。不思議ですね。
いつもはどうでもいい話をよくするのですが、ここからは少々難解になってくるでしょうし、小さな補足のようなものを書いていければなと思います。
今回登場した『佐崎先生』。彼はキーパーソンです。大地の過去を紐解くのにとても重要になってきます。ちょっとしか登場しませんでしたが、きっと脳裏に焼き付いたことかと思います。
彼がどうして大地の感情を軽々と見抜いたのか、それは後々分かることです。ここでは簡単に「佐崎先生の目ってどうなってるん?」程度でいいと思います。
ここからが私の本領発揮と言っても過言ではないかもしれません。このページで嗚呼、オソロシヤと続きを見るのを止めるのではなく、一度、その知らぬ世界を覗いてみてはどうでしょう。
では、このあたりで。次は楽しいので…そうですね。来週までに上げれたらなと思います。
最後にはなりますが、感想評価の程、お待ちしておりますので、どうぞ気が向いた時にでも。