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全ては貴方様の為に

 迷惑な太陽が私の瞼を焼く。

「あぁ、くそっ」

 私は低く唸るようにひとりごちった。反響はせず、空いていた窓から逃げていく。この声は、前日インタビューに答えたボイスチェンジャーを通した声ではなく、本来の私の声だ。

 蛍光灯は本日の演目の主人公は貴方だ、と言わんばかりに私を照らしてくる。

 家の中に目立った変化はない。記憶を失くした瞬間から私はこの部屋に住んでいるが、衣食住に困ったことはない。欲しいものは大体揃っていた。現実を曖昧にさせてくれる酒も、明瞭にしてくれるエナジードリンクも冷蔵庫にはある。キッチンにいけばそこらの初心者が作るよりも余程美味しい冷凍食品が並べられている。衣類はスウェットが二着とスーツが一着。

 さてと。日課のウォーキングを始めよう。時刻は昼を回ってしまったが、特に問題はなかろう。いつもはもっと早く起きて暑くなる前にちゃっちゃと済ませるのだが、インタビューがよっぽどストレスだったんだろう。この時間まで寝てしまった。

 顔に化粧を塗りたくり、洗面所の鏡で出来栄えを確認して、よし、と玄関の戸を開ける。この瞬間が最も億劫になる。

 ウォーキングはアパートの近くに流れている川の隣を歩くコースを取っている。他のコースも考えているが、今のところ増やす必要はない。

 片道五キロ。往復十キロの道のりを最初は地獄かと思ったが、今では丁度いいとさえ思っている。慣れと筋肉の強さには驚かされた。

 梅雨のじめじめとした空気に合わせ、今日は今年で一番高い気温らしい。帽子を被ってはいるが、それでも空とアスファルトに挟まれて体感温度は平行線になってくれない。

 ウォーキングをしている時、大抵は記憶喪失前の事について考える。あれはあの時思いついたロマンチスト的な回答ではなく事実だ。まぁ、とはいえ、不安感にかられたことはない。いや、むしろすっきりした気分だ。だが、考えてしまう。記憶を失う前の自分はどのような人柄だったのか、何をしていたのか、と。

 大地、というのは本名らしい。皆がそう呼んでいるし、何より運転免許証などの書類にも書いてあった。運転免許証があるだけで自分のらしき車は持っていないが。

 そういえばだが、今の私が生まれた時も不思議だ。病院で目が覚めてわけではないので、事故や病気によるものではないということが分かる。私が生まれ変わった、と形容するのがいいだろう。生まれ変わったのは約一か月前。うっすらと異常に重たい瞼が開き、飛び込んできたのは座卓の上に乱雑に置かれた紙と万年筆、それから空の缶ビールが四本のみだった。

「あら、大地くん。こんにちはー」

「おや、鈴木さん。今日もお元気そうでよかったです。ミルクちゃんも元気だねー」

 初老の女性、鈴木恵美が声をかけてきた。彼女は三年前に最愛の夫を亡くし、その心の隙間を埋めるためにチワワのミルクを飼い始めたそうだ。この間公園のベンチでそう話していた。

 正直、この人は小説の参考になる。最愛のものを亡くした人間の復活劇、というベターなものを書くのもいいやもしれない、と幾度か思ったが、そんなくだらないハッピーエンドを書くために筆を執っているわけではないというのは生まれながらに分かっていた。ミルクだって、動物の構造や好奇心を知るための一つの手段に過ぎない。ミルクは、というより、そもそも動物に小説の参考になるという以外の感情を持ったことがない。全ては作品のためだ。

「鈴木さん、今日はこっちのコースなんですね」

 私はボイスチェンジャ―を使って耳に入りやすいはきはきとした声で訊ねた。

「えぇ、あっちは人が多くて、ミルクちゃんにはまだ早いみたいなの」

 少し淀んだ目で恵美はミルクを見る。きっと、もうすでに束縛して、決めたレールを走らせるつもりだろう。最初に愛玩動物という言葉を作った人間も同じような目をしていたんだろう。

 恵美は私のコースと交差する道ともう一つ、駅まで歩くコースの二つを持っているようだ。前者の方が短く、人とすれ違わないらしい。

「そうでしたか。あ、でしたら今度オススメのコースをお教えしますよ。人は少ないですし、何より自然が多いんです」

 まぁ、そんなのないが。あったとしても鶏に教えるのと一緒だ。

「あらそう。それは是非とも教えて欲しいわ」

「ですが、今は忘れちゃってるんですよね。またの機会に」

「えぇ。お散歩頑張ってね」

「はい。それでは」

 嗚呼々々、腹立たしい。頑張れだと? 人に言われるとやる気が失せる。応援が邪魔というわけではない。私だって、たまに来る編集者からの応援の電話には励まされる。だが、彼女は会う度だ。一ヵ月、ほぼ二日に一回の応援は単なるストレスの原因にしかならない。そもそも、彼女とは記憶を失った後にできた関わりだ。友人ならいざしらず、ただの知人から応援されるほど私は承認欲求に飢えていないし、そもそもそんなものはとうに捨てた。

 恵美と別れてすぐ、あくびをする素振りをして、右手に隠れた口周りの化粧を落とす。三秒して再び塗り直してから手を離す。

 小説家というのはまだ誰にもバレていない。そもそも”1一1二”が出版されたのも、私が原稿を出版社に出しに行ったからこれが処女作だ。完成した時にその原稿がどうしても誰かに見せたかったのだ。でなければ気がくるってしまう、と。そもそも”1一1二”自体が表に出ようとしていたのだから、私はその意向に沿っただけだ。

「うるせぇなぁ」

 どこかから聞こえてくるエンジンの馬鹿でかい音にポケットの中で中指を立てる。

 怯えているわけではない。見られる距離にいないのは音の大きさですぐわかる。ただ、これを誰かに見られたらまずいというだけだ。そもそも、油絵の如く厚塗りをしているのはその方が情報を得られるからだ。私だったら犯罪者よりも聖人君子に話をしたい。誰だってそうだろう。だからベタベタ塗る。幸い私にはその才能があったんだろう。

 その後は何もなかった。誰かとすれ違うこともない。そもそも平日の昼間だ。知り合いとすれ違う方が稀だ。

「あ」

「ん?」

 その時、一人の女性とすれ違った。何か、寒気がした。


 ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。

 お待たせしてしまって申し訳ありません。というのも、言い訳にはなりますが、この物語、実は既にワードの方で完結してしまっているんです。なので、「よし、別のを書こう」となってそっちに熱中してしまっていたのですね。


 ですが書いてみるとまぁビックリ。こういう日常系の方が楽しいんです。不思議ですね。漫画などではバトルやアクションシーンに非常に惹かれ、日常アニメなどは見ないのですが…書くのと見るのと、好みが必ずしも一致するとは限りませんね。


 ところで、新年になりましたが、皆様には何か変化が訪れたでしょうか? 私は今までやっていたバイトでクビにさせられてしまいまして、貯めていた貯金もなんだか可哀想になってPC周りを新調したり漫画を大人買いしたりしていました。いやぁ、いいですね。地獄楽とチェンソーマン。今のジャンプはああいったダークファンタジーのようなものが人気なのでしょうか? 私の知っているジャンプとは違って少し驚きました。


 では、私はこのあたりで。また、今月の中旬にも上げるつもりではおりますが、予定は未定とも言います。そう期待せずに、ふと思い出した時ぐらいに見ていただければ幸いです。

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