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表の顔は、案外見破られていない

 現在時刻、三月十四日二時十七分也。

 そんな書き出しから始まる小説が今、老若男女を問わず人気を博していた。

 その小説のタイトルは『1一1二』と、数字と漢数字を用いて書かれている。それがあまりにも衝撃的で、小説評論家の目に留まったのだ。また、そのタイトルから衝動的に買う者が多く、瞬く間に一世を風靡した。

 内容は、二四歳の男性が今までの人生であった二度の恋について、自伝風に書かれたものだ。その男性はいつも大事なところでわざとミスをするようなお道化であり、それが起因して、その二度の恋を失敗に終わらせている。

 リアルに書かれた心情や全体からにじみ出るリアリティから実際に作家が体験した私小説ではないかと噂されている。



 現在時刻、七月七日一五時三四分。愛知県名古屋市の名駅近くにあるカフェで取材は行われていた。

 インタビュアーは遅刻した旨の謝罪と、些細な世間話をした後、コホンと一つ堰をする。

「えぇ、では改めて鼠羅先生。作品の・・・」

 インタビュアーはそこで口籠る。どうやらタイトルをどう口にしたらいいのか分からないようだ。

 当たり前だ。意図的に分けられた数字と漢数字、ネットでは様々な説が提唱されているが、未だに本人の口からは正解が出されていないのだから。

「あぁ、『あい』と読むんですよ。分かり辛くつてすいません」

 鼠羅先生と呼ばれた私は、後頭部に手を当ててあははと笑った。

 このタイトルの読み方に辿り着いた者の多くは年配の男性だった。この結果は私の思った通りだ。若者よりも年配者の方がこの読み方には慣れているだろうから。

「いえいえ、素敵なタイトルだと思います。ところで、この小説は鼠羅先生の実体験を綴ったものと噂なのですが、、その実はどうなのでしょう?」

「いいえ。この作品は創作です。それと、これから出していくつもりの作品達も創作のつもりです」

 手をひらひらとさせてあっさりと断言する私に、ですが、とインタビュアーは身を乗り出す。

 細かい日付、あまりにもリアルな感情の描写がこの小説を実体験を基とする、と主張する者の言い分だ。それを言いたいのだろう。

「誰が何と言おうと、私の作品は創作です。というか、そもそも実体験を書こうにも、私は記憶喪失ですから。どちらかというと書けないんですよ」

「記憶喪失・・・?本当ですか?」

 インタビュアーのすらすらと走っていたペンがぴたりと止まり、目が一層見開く。

「えぇ。まぁ、病院には行ってないので証明しようがないんですが、少なくとも私はニ十歳までの記憶がありません。気づいたら筆を執っていたんです」

 私は事実を述べたまでであるが、その私ですらもその事実に酔いしれていた。

 なんともロマンチックではないか、と。

 突如として小説界に現れた若き文豪。その正体は己のことすらも知らぬ無知蒙昧なるロバであった。

「創作、と」

 彼は再び高級なメモ帳に、これまた高級なペンの先を当て、走らせる。

「では、この登場人物にモチーフはない、と?」

「ない、と言ったら誤解を招くかもですね。私、花が好きでしてね・・・あ、好きと言っても花言葉には疎いので、どれがどの花なのか、という程度しか分からないんですが、とにかく好きなんですよ。なので、そうですね。花をモチーフにしています」

 この作品に登場する主要人物には、必ず花の名前がどこかに隠れている。それは読み方であったり、漢字であったりと様々だ。

「花がモチーフですか、それはいいですね。実は私も花が好きでして、というのも、お恥ずかしながらプロポーズを受けた側でしてね。その時に指輪と一緒に薔薇の花を渡されまして、その時からですかね。花が好きになったんですよ」

 インタビュアーは目を細めて店の外のコンクリートを見やる。

「それは素敵な奥様えすね。いやぁ、僕も結婚はしてみたいんですが、正直そこまで女性に興味が無くてですね。あぁ、男性に興味があるというわけではないですよ。ただ、あまりよくわからないんですが、人がそれほど好きではないんですよ」

 私は記者の左手の薬指に光る装飾のない指輪を見て目を細めた。

「そうなんですか。あぁ、話が逸れてしまいました。ところで、鼠羅先生は何故小説家に?」

「先ほども言いましたが、気付いたら筆を執っていたんです。理由は後々見つかればいいなと。小説(これ)で知り合った方の中に私の過去を知っている人もいるかもしれませんし」

 こんなのは建前だ。本当は書きたいから書く。別に誰に言われたわけでもない。高貴な志もないし・・・多くはそうだろう。邪な理由を除けば大概は好きだから、なんとなくだから。だが、そんなものは万人受けしない。今、退廃的な世の中はファンタジックな物語を欲しているのだ。だから綺麗なストーリーを描く漫画や小説は売れる。現実に綺麗さも、またファンタジックさもないのだから。

「なるほど、それはロマンチックですね。では、憧れる小説家などはいらっしゃいますか?」

「そうですねぇ。小説家ではありませんが、レオナルドダヴィンチは尊敬しています。私も小説だけに留まらず色々なことに手を出してみたいので」

 これは本心。彼の人生から学べることは山ほどある。芸術のみに留まらなかった彼の興味と言おうか、知識欲と言おうか。心の内より這い出る探求心はもちろん、それを現実にしてみせる才。非の打ち所がない、というのはレオナルドの事を言うのかもしれない。

「なかなかメジャーなところですね。素敵だと思います」

「そうですか?・・・そうかもしれませんね。あまり歴史には詳しくないもので」

 私はえへへ、と苦笑してみせた。




 嗚呼、全くつまらぬインタビューが終わった。哀乗鼠羅という名前もここまでだ。カフェを出た後見せるのは、一宮大地というただの一般人の顔、名前だ。

 私は取材のあったカフェを出て電車に乗り、二五分ほど揺られてから下車。一五分歩いた先の古ぼけたアパートに入るまでは仮面を外さないでいた。二階の最奥にある二〇三号室。そこが私の部屋だ。

 がちゃりと鍵を開け、ギイィと音を鳴らしながら立て付けの悪い扉は開く。まず目に入るのは右側にあるキッチンだ。勿論、アイエイチなどではない。その隣には一つ目の冷蔵庫があるが、中身は酒と冷凍食品しか入っていない。どうやら記憶を失う前の私も料理はめっぽうやらなかったのか、壊滅的に料理が出来ないので、食事はすべて近くのスーパーで買いだめしたものをちまちま消費している。

 廊下を歩いた先にある九畳ほどのリビングに入り、ようやっと警戒の糸が切れる。このリビングには座卓、二つの本棚にテレビ、それから赤い小さな冷蔵庫しかない。眠るときは押入れから布団を引っ張り出して寝ている。赤い冷蔵庫はキッチンにあったものとは違い、缶ビールやエナジードリンクを冷やして飲むためだけに買ったものだ。サイズ的にもその程度しか役割が与えられない。反対に、キッチンにあるのは瓶のワインや度数の高いアルコール類が入っている。

 私は早速赤い冷蔵庫から缶ビールを取り出し、グイっと飲み干す。

 今日はもう寝てしまいたい気分だ。出不精の私にとっては電車も都会もカフェもストレスだ。というより人混み全般が苦手だ。わざわざあんな人だらけの都会に住もうなどと考える人の気持ちが分からない。

「続いてのニュースです」

 どうやら、家から出る際にテレビを消し忘れたようだ。残されたニュース番組は見られていないことも知らずにただ情報を虚無に与えていたのだろうか。何だか虚しくなってきた。

 さっさと休ませてやろうと私はテレビを消し、布団も敷かずに畳の上に寝転がる。

 取材での疲れだろうか、それとも本能的なものだろうか、嗚呼、そうだ。昨日徹夜したのだ。私は一つ瞬きをしただけで眠ってしまった。

 ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 これは、最初何かのコンクールに応募しようかと考えていた作品です。ですが、私は長編小説を書くのが苦手なんでしょう。文字数が足りず、そのまま削除するのももったいない、と考えた私がここに書こうと決めたものです。

 一宮大地、というのは実はリア友の名前を組み合わせたものだったり・・・

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作家を作家として描くにも割とパッと思い浮かばない所を、色んなエピソードと異彩を放ってるところを記者というか、インタビュアーの興味をもってあらわされてるところが好印象でした。 [気になる点]…
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