機転
「アイリーン! 新種の魔物が現れたんだって!?」
ギルが知らせてくれたのか、コーマから通信が入った。
「どうしよう・・・まだ準備も十分にできてないのに・・・、ラプールの人達が・・・。」
どうすればいいのか、対処も何も浮かばない、魔物も一体何なのかも分からない。名前すら。きっと今の私は酷い顔をしているだろう、顔面蒼白ってやつかもしれない。頭の先から冷えていくような、頭上から冷や水を浴びせられたような、そんな感覚。
少し前までの、平和な世界に罅が入ったような、大切な物を汚されたような、得体のしれない不快感に襲われて、満足に言葉も発せなくなっていた。
「落ち着け! まだ人に被害は出てないんだろう? お前が落ち着かないと、周りも引っ張られる、しっかりしろ!」
「そ、そんなこと言われたって・・・! 武器も何もないのよ!?」
「母様、ラプールの民に被害が出そうなときは、私が向かいます。」
「シエル・・・っ! ダメ・・・ダメよ。貴方が傷つくのも見たくはないの・・・!」
下界の時間の進みは、ギルがリアルタイムにしてくれている。魔物に動きは今のところはないようだけど、いつ人々に牙を剥くか分からない。言いようのない不安が、波のように押し寄せてくる。
ダメだ、普通に考えを巡らせることができない・・・。私が、私がしっかりしないといけないのにっ・・・!
「・・・、ギル! そいつは新種なんだよな?」
「ああ、そうだ。この星には存在しえない魔物だ。恐らくだけど、他の星の魔物だろう。」
「新種・・・新種か・・・」
コーマはブツブツと新種が・・・とか名付けが・・・とか設定が・・・とか呟いている。私の耳には断片的にしか届いてこないが、コーマが色々考えてくれているのだけは理解できる。
一度、深く息を吸い込み、ゆっくりと吐いていく。落ち着け、落ち着けと、自分に言い聞かせたところで、焦りが増すだけだ。目を閉じて、深呼吸。
心を落ち着かせて、目を開ける。相変わらず魔物は<????>のままだ。名前すら分からない、というか名前がないのかな。新種だから・・・、名前がない?
ステータスの詳細を見ても、すべてがハテナマークで埋まっている。種族も、性質も。毒をもっているかだとか、そういった特徴も全てが不明。
拡大して、じっくり見ると、ゲームなどでよく見るキメラのような姿にも見えなくもないが、どちらかというと、鵺? そんな印象だ。複数の魔物が組み合わさったような、そんな・・・。
「アイリーン、今ネルから助言があったんだが、出来るかどうかはこちらからは確認できないが、ちょっと聞いてくれ。前に、ロクオウ村で生まれたハーフの子が新種だったんだが、その時に種族の名前と、詳細を俺が設定したことがあったんだ。だから、そいつ、こっちから見れないから見た目はわかんねえけど、種族の設定とか、そいつに対して出来ないか? ちょっと試してみてくれ!」
コーマが前に言っていた、ゴブリンキャットとゴブリオンの事だろうか。ゴブリンと猫獣人のハーフなんて聞いたこともなかったから、新種なんだろうと。種族の名付けとか、ステータスの設定だとかをコーマがしたというのを報告会で聞いた記憶がある。
その時は、名付けが安直すぎるわーって、コーマを弄って終わったけど、もっとちゃんと聞いておけばよかった・・・!
今更後悔しても、もう遅いのだけど、新種の種族設定を試みてみる事にする。
見た目から・・・と言っても複数が合わさった感じで、形容しがたい。某TRPG的に言う冒涜的な見た目でSAN値がダダ下がりしそうな・・・。いや、今はそんな余計な事を考えている時間はない。
第一印象でいくと、キメラと鵺。グリフォンに色々混ぜた感じだから・・・ミックスキメラ? いや、キメラは元々異種混合だからミックスはおかしい・・・。
焦れば焦るほど、考えがまとまらない。名付けっていつも安直にやってたじゃない、なんで今だけこんなに決まらないの!
「・・・名前は・・・種族の名前は・・・夜叉鵺。」
その時<????>が<種族:夜叉鵺>に変わった。
「種族名が変更された? いや、設定された・・・?」
ギルも思わず目を瞠っている。シエルは両手を体の前で握りしめて、こちらを見守っている。
「名前、設定できたんなら、穏やかMAXでも付けとけ! それで、気性は穏やかなのしか後にも生まれなくなる!」
「わ、わかった・・・!」
コーマに言われるがままに、気性を穏やかMAXにする。すると、夜叉鵺の表情が、凶悪な顔から一転して、虫も殺せなさそうな可愛らしいものに変わった・・・!
設定がこちらでできると分かれば、後は戦えない子に仕上げていくだけだ。
<種族:夜叉鵺>
気性:ごく穏やか(子にも引き継がれる)
力:A 魔力:A 知力:B 素早さ:A 体力:S
外の惑星からやってきた新種の魔物、気性は穏やかで、人間を我が子のように守る習性がある。
年に一度、卵を産む。
「で、できた・・・たぶん、これで・・・大丈夫なはず・・・。」
「母様、夜叉鵺から発せられていた、恐ろしい気配が消えました!」
「こんなことが・・・、アイリーン、後は任せてもいい? ちょっと僕は行くところが出来た。」
「あ、う、うん。大丈夫、シエルもいるし・・・。」
呆気に取られていたかと思えば、急に険しい表情を浮かべ、ギルは部屋から出て行った。どこへ何しにとは聞けなかった。きっと聞いても私には何も出来ないだろう。
こうして、最初に訪れた危機は、コーマとネルちゃんの機転により、回避できたのだった。




