転生者シュウ
ここはラプールにあるとある集落の中、その一つの家に今、新たな命が生まれ落ちようとしていた。
「がんばれ~がんばるんだぞ~!」
そう祈るようにブツブツと呟いているのはこの家の家長である男。現在家の中はお産の為、外に放り出されている所である。中に居ても邪魔になるだけなので。
やがて、赤ん坊の泣き声が聞こえる。赤ん坊なので男の子なのか女の子なのかは分からないが、とにかく生まれた事だけは分かった。家の中からパタパタと走ってくる音が聞こえてくる。
「生まれましたよ、元気な男の子!もう中に入ってもいいわよ!」
お産を手伝ってくれた一人、近所の女性がそう男に伝えてくれる。
「男の子かー!元気いっぱいに育つといいなぁ!」
まだ見てもないのに目尻は下がりっぱなしだ。男はいそいそと家の中へ入っていった、スキップは流石にしなかった。
家の中に入ると、赤ん坊を抱いた男の妻が、額に汗を滲ませながらも赤ん坊に慈愛の笑みを向けている。そこへ足早に駆け寄り、ねぎらいの言葉を掛ける。
「頑張ってくれてありがとう、こんな可愛い子を産んでくれて本当にありがとう・・・! これから二人で頑張って育てていこうね!」
嬉しさのあまり目尻には涙が浮かぶ、妻も同じように目尻に涙を滲ませた。無事生まれた安心と、ねぎらいの言葉を掛けてもらった嬉しさで、胸がいっぱいだった。
「子供の名前はなんにしようか~、君はもう考えてあるかい?」
「そうね・・・一応色々考えはしたけど、一緒に決めていきましょう」
二人の共同作業は名付けになったのであった。妻の胸に抱かれたその子は、生まれた瞬間は泣いたものの、現在は目をぱちくりさせながらも大人しくしている。普通ならばふにゃふにゃ泣いててもいいだろうに。
「この子は大人しいんだね、お隣さんの子が生まれた時は、もうずーっと凄い泣いてたからねえ」
「そうねえ、夜泣きが酷い人も、中にはいるみたいだけど、この子は大人しそうね。父さん母さん想いのいい子になりそうね、ふふっ」
生まれたその子は、じっと両親の様子を見ている。まだ完全には見えてないであろうその眼は一体どんな風景を映し出しているのか。
(・・・無事に転生できたようだな、予定とは違う星に転生させるとか勝手な神だぜ全く・・・)
無垢な赤ん坊の顔に、似つかわしくない思考を張り巡らせていたその子は、どこかの星から転生してきた者のようだった。当然ながら両親はそのことを1ミリも知らないのだが。
「この子の名前・・・シュウっていうのはどうかしら?色々考えてたのだけど、今浮かんだの」
「シュウか・・・いいね! かっこいい子になりそうだね!」
「ふふっ・・・貴方ったら、なんでもかんでもいい方に考えちゃうのね! そこが素敵なんだけど」
ミルクセーキに練乳たっぷり入れて角砂糖追加で5個くらい投下したんじゃないかという程度に甘々である。
(俺の名前はシュウっていうのか、なんかよさげな両親だな。この星の文明レベルは確かそんなに高くなかったはずだよな。あのケチ神はチート技能も見つかるといけねえからって、一つもくれなかったからな・・・なんか適当な魔法でも使えりゃいいんだが)
「シュウが3歳くらいになったら、神殿に行って魔法を頂いてこないとね!」
「貴方ったら気が早すぎるわよ、まだついさっき生まれたばっかりなのよ?」
クスクスと笑いながら、夫の気の早さを指摘する。
「3年なんてすぐだよすぐ! 忙しくしている間に気が付けば3歳とかになってるよ!」
「確かに・・・、そうね。これから忙しくなるものね」
子供の世話をしながら、これまでの生活を続けなければならない。毎日があっという間に過ぎていくだろう。ラプールでの生活を見て、この転生した男は何を思うのか。
(まあ、気長にやっていくとするか。どうせここも魔物が居たりだとか、国同士の衝突があったりだとかするだろ。その時までに力を付ければいいだけのことだ)
男はこの星の情報を文明レベルでしか確認していない。この大陸の事を詳細に見ていれば、このような考えは持つはずもないのだが。
ラプールには国がない。大陸が一つの国のように纏まっているし、階級もなければ国王もいない。全員が同じような生活をして、個別の職業が多少あるくらいで、大陸の民全員がやりたい事、やれる事をやっているのだ。
そして、魔物もほとんどいない。倒さなければならないような敵というものは存在しない。最近存在し始めたスライムですら、動物と同じ扱いなのである。むしろ可愛がられ、有難がられている。
食肉を得るにしても、動物を武器で狩るということはない。この大陸では既に畜産がある。野生の動物を得る時は、必ず罠で捕獲してからになる。
争いもなく、武器もない、魔法も攻撃するものは一切ないのだ。
この男の存在が気付かれるのは、しばらく後の事になる。




