お花の便せん
ライトさんの作業工程は、現在製紙所で行われている物とほぼ同じだった。だけど彼は錬金術での作業をするまえの下拵えをかなり丁寧に行っているので、紙漉きをする前段階での質が既にかなり高品質だった。
なるほど、こういう下拵えの部分で結構違いが出るんだね。紙は紙だからと思っていても、中々侮れないわね。いずれはもっと質のいい紙になるような植物を作ってあげれたらなぁと、真剣に作業をこなしていくライトさんを見ていたら思えた。
ライトさんは花を何種類か取り出して、こちらに向き直った。
「お嬢さん的には、どの花がいいと思いますか?」
「そうですねえ・・・花がどうのというよりは、贈る人のイメージに合わせるとか、そっちを考えちゃいますね」
「贈る人のイメージ・・・」
「ええ、その人の好きな花だったりとか、花をその人に贈るのだったらどれかとか。もちろん自分の好みでも構いませんけど、お手紙に使うのなら、やはり贈られる側の事を考えますね」
「そうですね、その人が喜んでくれるのが一番ですね!」
ぱぁっと明るい表情を見せて、うきうきと数種類の花の中から、今回紙に入れる花を選別していく。ライトさんの想い人に贈るイメージでもしてるのかしら? まあいるかどうかは分からないけど・・・紙が恋人とか言ってそうだもんね。
「初めて作る花の便箋は、提案してくださった御嬢さんに送りたいです」
あらまあ、なんて可愛らしい事言うのかしら。可愛いって年齢でもないんだけども、嬉しい事言ってくれるじゃない。
「ありがとうございます、とっても嬉しいです!」
取り繕うような言葉ではなく、本心から自然と出た言葉だよ? こうやって、個人的に贈物をされるのは、神になってからはそうそうないので。お供え物とは違う、普通のプレゼントだ。こそばゆい・・・。
姿かたちを変えているというのに、ライトさんの選んだ花を見てみると、なんかこう・・・女神アイリーンのイメージカラーというか。なんだろ、にじみ出る何かがあるのかしら?
「母様の・・・お色ですね」
ぽつりとシエルが漏らした。うん、私もそう思うわ。
そういえば、本来の製紙所になかったはずの道具がもう一つあることに今更気付いた。あれなんだろう? と、思っていると、ライトさんは紙漉きを終えて、花を配置しおえると、その機械に紙をセットし始めた。んん? 紙を作る工程にこんなのあったかしら・・・?
不思議そうに眺めていると、ライトさんはこちらの視線に気づいたようで、笑顔で説明しはじめた。
「これは、少し前にアルケミスタの方が開発してくれた乾燥機なんですよ」
ほほー、紙乾燥機! なるほど、乾かす時間が短くなれば、紙の生産が捗るわね! さすがシュウのいる町の人だわ。いや、もしかしたらシュウが作った可能性も・・・。
「これはもう他にも普及しているんですか?」
「いえ、まだまだこれからってところですね、これは自分の個人用として試作機の段階からテスターとして使用していたものなんです。製紙所で使うやつはこれより大きいですよ」
なるほど、個人用か。紙にこだわる人をテスターにするなんて、中々に有能である。ライトさんなら使い勝手を聞いたり、改善ポイントも色々出してくれそう。
「この機械は、完成品ですよね?」
「そうですね、まだ工夫できることはあると思いますが、一旦完成したと言えます。あるとないとでは格段に作業効率も違ってきますから」
拘りを見せるライトさん的には、まだまだ品質向上のポイントがあるらしい。うん、上を目指すのは悪い事じゃないよ。
ライトさんからこの機械についての説明を受ける。自然乾燥に近い状態じゃないと、紙の品質があまりよくないようになるらしくて、そこを工夫するのが大変だったとか。乾燥といっても、この機械の仕組みは、プレス機みたいな感じで、押して乾燥させるとのこと。なるほど、熱の加減が難しいのね。
「水分をある程度残しておかないと、紙が破れてしまいますので、その辺の時間と温度の調整が難しかったですねぇ」
魔法でぱぱっとやってしまうのは、簡単な事なのかもしれないけど、こうやって試行錯誤をして一つのものを完成させるのは、楽しそうだし、凄い事だと思う。完成した時の達成感とか凄いんだろうなぁと、その情景を思い浮かべてほっこりしてしまった。
「あ、できたみたいですね。こうやって素早くできると、色んな紙を作ったり考えたりする時間が増えて、万々歳です!」
作る工程も楽しいけれど、やはり考える作業が一番楽しいらしい。この様子を見て、想い人は紙なのだと私は確信するのだった。
「わあ、思った通り可愛らしい便箋になりましたね!」
押し花の栞に近い気もするけど、トリルではまだ本は一般に普及していないので、栞はまだまだ需要が遠そうだ。でもこれはなかなかいい。絵葉書みたいに使ってもいいし、何なら額に入れて飾っておいてもいいくらいに可愛らしい出来栄え。
「ふふ、喜んでいただけて何よりです、こういう笑顔で溢れるのを想像すると、さらに作業が楽しくなります!」
この後も、色んな紙のかたちについて話し合ったのだった。




