ほんとうの再会
「!・・・母様っ!」
「シエルっ!!!」
まだ上手く体が動かせないシエルはその場から立ち上がろうとするが、それより先にシエルに向かって走ってきたアイリーンに抱きしめられる。痛いほどぎゅうぎゅうと抱きしめるのは、ああ、今までのアイリーンだと、ずっと会いたかった母様なのだとシエルに実感させた。
「おかえりなさいませ・・・母様」
「こんなところまで・・・迎えに来てくれてありがとう、シエル」
暫く抱き合ったまま無言の時が流れると、部屋の外から物音が聞こえだした。
「お、シエル起きたな?」
開けたままの扉から顔を覗かせたのはウィードだった。最後の念話から慌ててウィードはシエルとアイリーンを回収しに行き、この部屋に寝かせた。アイリーンは次の日には起きてきたが、シエルは中々目覚めなかったのだ。
「すみません、最後の最後で魔力が尽きてしまって・・・」
「いいさ、無事に帰ってきたんだ。体が落ち着いたら聞かせてくれるか、話を」
「ごめんね、私・・・先に意識無くしてたから、良く覚えてないのよ」
「はい、話すだけならこの場でも大丈夫ですが・・・」
「それじゃ、遠慮なく聞かせてもらうかな」
部屋に入り、ウィードは二人の前にどかりと座る。シエルはとある魔法都市の地下に大きな地下都市のようなものがあった事、その中の封印されていた扉の中に、自分達を害そうとした神が眠っていた事、それをアイリーンが起こしてしまい、ちょっとした口論というか、アイリーンが罵倒してしまった事、そして何故か今までの詫びという形でアイリーンの記憶の封印を解いてもらった事をウィードに報告した。
「神を罵倒ってお前・・・」
「いや~、それはまあ・・・あんまり覚えてないっていうか・・・こっちのアイリーンの性格的に黙っていれなかったというか・・・」
「母様、記憶を戻された事で、性格などは・・・」
「んー、以前の性格は勿論だけど、ここのアイリーン的な部分も残ってるわよ。ここで育った経験は私の中にちゃんとあるわ」
「そうですか、良かったです。こちらの母様も大変活発でそれはそれで好ましく思っていましたから」
「シエルもここに来てから少し変わったわね、表情が出てきたというか?」
「俺は前のシエルを知らねえけど、前はどんなだったんだ?」
「微笑みはするけど、基本的に無表情だったわね。人間らしくなったというか・・・」
使徒としての存在ではなく、一人の人間としてこの星にやってきたシエルは、今までと違う経験をすることによって色んな感情を、人間の体の変化などを覚えた。
「ここにきてから、初めて空腹というものを知りました。疲れるという感覚も」
「じゃあ、あちらに戻ったらより一層人間の事を理解した使徒ということになるのね、さすがシエルだわ」
娘を可愛がるように、慈しむようにアイリーンはシエルの頭を優しく撫でる。その様子を見てウィードは、まだここに残るだの駄々を捏ねる事はないのだと、少し寂しく思いながらも安心した。
「で、本題なんだが」
「私・・・ここに残りたい気持ちは無くはないけど、やっぱりラプールの、トリルの人達が心配だから・・・、帰るわ」
「おう、そうしとけそうしとけ、俺らの事は心配しなくていい。ま、その代わりと言っちゃなんだが」
ウィードはカピヴァラさんをこの星に残してほしいと言った。そして、あのアイリーンの像も残してほしいと。遠い星にいる女神を想い、この星の狼達の崇拝する神にすると宣言した。
「そっ、そこまでしなくても・・・ちょっと恥ずかしいわ」
「お前はトリルへ帰るんだ、見てないからいいだろ?」
「そういう問題なの・・・?」
「いいんだよ、ラプールとやらでもお前は崇拝されてんだろ? 一か所くらい増えても問題ねえだろーが」
「うーん、まあそうなのかな・・・」
「ま、たまに遊びにきたけりゃその方法を探してこいよ、俺もラプールに行ってみてえしな」
「軽く言ってくれるわねえ、ま、頑張ってみるけどね! 嫁に行きたい程度には好きだったみたいだし」
アイリーンは記憶が戻らなければ、ウィードと番になる事を望んでいた。人間とフェンリルだが、確かに愛情はそこにあったのだ。親のようにも思い、兄弟のようにも思い、そして恋人のようにも思っていた事は記憶を戻したアイリーンの中にも確かにあった。
「はっ、女神に愛された王ってか。そりゃ箔が付くってもんだ!」
そう豪気に笑うウィードは、毛に覆われていて分からないが、きっと人間だったら顔を赤らめながら強がって笑っているんだろう。がはははと笑うその様は、照れ隠しだ。
「で、お前らはいつ帰るんだ? すぐじゃなきゃ送別会でもしてやんねーとな」
「そうね、皆にちゃんとお別れも言いたいしね、どうしよっかシエル?」
「そうですね、私の体が本調子になるには明日一日はかかりそうですし、明後日くらいに発ちましょうか」
「わかった、じゃあ明日の晩は皆で宴だな、つっても人間式じゃなくて狼式だがな」
「十分よ、気持ちは伝わるもの」
狼達はアイリーンと過ごす最後の日を全力で楽しむのだった。




