思っただけで発動は普通しないもの
『おまっ! いきなり直接脳内に話しかけんじゃねえっ! つかどこいった!』
「おー、焦ってる焦ってる。 プププッ」
消えたアイリーンを探していると、いきなりの念話である。そりゃ慌てもしますって。
『なんか、一瞬で遠くに行ければ、普通に逃げれるんじゃないかなって思ったら、思った場所に行けたのよ』
『はぁ!? んなデタラメな・・・ってまあお前は常にデタラメだよな、で、念話も同じように発動したと』
『そういうこと。んで、今はいつもの寝てる部屋にいるわよ、追いかけっこはもういいよね?』
『あーもう、分かったよ、逃げる方法はこれが一番だと思う。逃げる可能性は常に考えて行動しろ、どこに逃げるかを前もって決めておけよ』
『はーい、じゃあそっちにいくわ』
『ってお前今どこに俺がいるかわかって・・・』
と念話を送っている間にも、目の前にアイリーンが現れる。それをみて、再び大きなため息をつくウィードであった。
普通は魔術師が長年研究してやっとの思いで達成することのできる魔法である。その事をウィードは知らないが、難易度がべらぼうに高いという事だけは分かるので、アイリーンの規格外はウィードから見ても異常であった。
「普通はな? 魔法は思っただけで発動するもんじゃなんだぞ?」
「わ、分かってるわよぅ・・・」
「でもその思っただけのやり方でも、記憶を戻すとかは無理なのか?」
「うーん・・・良く分かんないのよね。記憶が封印されてるっていうのもつい最近聞いたばっかりでしょ? 自分の気持ちの整理もついてないし、余計にダメな気がするのよね」
「なるほどな、まだ揺れてるんだな」
「そりゃ・・・この世界、ううん、ウィード達には育ててもらった恩があるもの。ずっと楽しかったし、このままこの楽しい時間が続くと思ってたから・・・」
「ばーか、ガキが変な恩義なんて感じてるんじゃねえ。俺らは俺らの好きなように生きてきて、その延長上にお前がいたってだけだ。子供の狼育てんのも、人間育てんのも大して変わりはしねえよ」
「ウィードにとってはその程度なのかもしれないけどねえ、私にとってはこの森の皆は家族なの! いきなりお別れなんてしたくないのよ・・・」
「お前が女神に戻ったら、どうにかしてまた会えるようにすりゃいいだろ? どうするかは知らんがな」
「また適当言う・・・! そんな方法なかったらどうすんのよもう」
「そんときゃそんときだ! ダメだった時の事ばっかり考えてたら目の前の大事なもん見えなくなるぞ」
言い返そうとは思っても、言葉に詰まる。二人が浮かんでいるその場所から、シエルがこちらへ向かってくるのが見えたからだ。
シエルはトリルでのアイリーンの使徒である。アイリーンを母様と呼び、きっと女神だった頃の自分はシエルの事を娘のように可愛がっていたんだろう。
シエルはいつも、アイリーンの考えに賛同する。アイリーンが拒否すれば、受け入れるまで待つ。アイリーンが選んだほうをシエルも選ぶ。アイリーンの幸せこそがシエルの喜びなのだから。そんな健気な自分の使徒を蔑ろにするのも心苦しいとアイリーンは感じる。
「どちらも大事だから・・・悩んでるのよ」
寂しそうに微笑みながら、アイリーンはぽつりと零した。上空の風はその呟きを攫っていき、ウィードの耳には届かなかった。こちらに向かってくるシエルにも勿論届かない。
「お待たせしました、本日の捜索では1か所書物の保管されている場所を見つけましたが、魔法についての書物はございませんでした」
「もう見つけたのか、でも空振りか・・・まあすぐに見つかるもんじゃねえわな」
「そちらの特訓の成果は如何でしょうか? 私に出来る事があれば何でも協力させて頂きますので、遠慮なさらず仰って下さいね」
「もし魔物と遭遇した時は、瞬間移動で逃げるっていうのが出来るようになった。教えてねーけどな」
「! そうですか、それは素晴らしいです! では、今日はこれから消費魔力について少々お伝えしたい事がございます、よろしいですか?」
「おう、いいぜ、それは俺にも良い情報になるかもしれんしな」
「分かったわ、いつもの部屋でいいかしら?」
「はい、それで構いません」
「じゃあ皆で一緒に行きましょっか」
そう言うと3人の視界が、上空から応接間の薄暗い空間へと一転する。自分の移動だけではなく、他者と同時に移動というのもアイリーンは普通にやってのけたのだった。
「お前な・・・」
「ん? なに?」
「いや、もういいわ・・・」
何やら悟りを開いたように、溜息をついて所定の位置へドカッと座り込み、ウィードはそっぽを向いた。ツッコミは諦めたようだ。
「今のもそうですが、所定のポイントへの移動は、遠くのポイントへ一気に移動すると消費魔力が増えるので、複数のポイントを設定しておくと消費節約になります」
「へえ、じゃあ遠くへ行ったときはその近場の安全な場所を確保してから、探索をした方がいいってこと?」
「そうですね、魔力が沢山あるからといって、無駄遣いをしていて、いざと言う時に残りが少ないという事のないよう行動した方が生存確率は上がりますので」
「随分慎重なのね、まあ良く知らないところへ行くならそれが普通なのかな?」
シエルによる長距離移動の小話やら、探索における心得などをアイリーンは学んだ。




