お風呂の効果?
「いや~、なんか温かい水に浸かるって結構気持ちいいのな」
ほこほこと湯気を立ち上らせながら、ウィードは未だに風呂の余韻に浸っている。他の狼達も同様に、それぞれふにゃけている。
「皆幸せそう・・・私も久しぶりにお風呂入ってすっきりしたわ」
「お前、記憶が戻ったのか?」
「そういうわけじゃないんだけど・・・お風呂そのものの記憶は残ってたみたい、思い入れが強かったのかな?」
記憶は戻ってはいないが、お風呂に関しての知識などは残っているし、お風呂というワードを聞いた瞬間に入りたいという欲求が強く感じられたのは、きっと記憶を無くす前から好きだったのだろうとアイリーンは思った。
「なるほどなあ、こんだけ気持ちいいんなら思い入れが強いってのもわからんでもないな」
「アイリーン様はお風呂には結構拘りをお持ちでしたから」
笑顔で会話する二人を眺めながらシエルは微笑みを向ける。悲しそうだったり、苦しそうだったりする表情ばかりが最近目立っていたアイリーンに、笑顔が戻った事が余程嬉しいようだ。自然と零れる笑みは、アイリーンの記憶の奥底に眠っているシエルを愛する気持ちをきっと刺激しているに違いない。表に出る事は無いが。
「では、メンテナンスでお困りの事があればいつでも仰ってください。私は再び図書館等の捜索に戻りますね」
ぺこりとお行儀よくお辞儀をして、シエルはこの場を辞そうとする。
「あ、あの・・・シエル・・・ちゃん」
ふと、アイリーンから呼び止められて、シエルは驚いたように顔をアイリーンに向けると、そこには、少し俯きながら頬を赤らめさせたアイリーンの姿があった。
「どうされました?」
「あのね・・・私の記憶の事なんだけど」
「・・・あの、アイリーン様が拒否されるならば、私はそれを受け入れます。受け入れて貰えるまで待てます、今の生が終わるまででも、次の生が終わるまででも・・・」
「ち、ちがうの! 私も、一緒に探すの手伝えないかなって・・・」
「えっ!?」
「はぁっ!?」
シエルと同時にウィードも声を上げた。まさかのアイリーンが自ら動くと宣言するなんて思ってもみなかったのだ。ずっと塞ぎ込んで引き籠っていたアイリーンが、である。
生まれてからずっとこの森の外へ出た事もないような箱入り(森入り?)娘のアイリーンが、外の世界へ出ると。
「お、おまっ、外の世界がどんだけ危ないかわかってんのか!?」
「でも、シエルちゃんは一人でやろうとしてるんだよ? 私のためなのに、私が何もせずにいるのはおかしいじゃない!」
「うぐっ、そ、そりゃそうだけどよ」
「私ならば大丈夫ですよ、戦闘は経験がありませんが、逃げる事ならばできますので」
「私だって魔法っぽいの使えるし、逃げるだけなら逃げれる・・・と思う」
「・・・はぁ・・・こりゃ言い出したら止まらんヤツじゃねえか・・・わかった、わかったけど、今すぐはダメだ。俺が許可出せるまでお勉強だ、色々とな!」
「むう・・・まあちゃんと教えてくれるんなら」
「私もお昼まで単独で捜索して、それから色々と必要な知識をお教えするために、ここに来ようと思います」
「おう、そうしてくれるんならありがてえ! アイリーン、勝手に飛び出したりすんじゃねえぞ!」
「私そこまで無鉄砲に見えるの!?」
「見える」
「ひ、ひどい・・・一応これでも考え抜いたのに・・・」
「お前の浅知恵なんてたかが知れてるだろーがよ。まあ、これから暫くは力の使い方や他の種族の事を俺自ら教えてやるから感謝しろよな!」
「わかったわよ・・・なるはやで頼むわね」
「では、私は今日はこれで失礼します、カピヴァラさんの事は宜しくお願いしますね」
「おう、そっちもこっちも任せとけ、色々世話になってんのはこっちの方だ」
「外に行けるようになったらよろしくね、シエルちゃん」
「ちゃん付けなどは要りませんので、シエルとお呼び下さい」
「ん、わかった。シエル」
「では、御機嫌よう。母様」
「またね・・・って母様!? ってもういない! 女神の私どうなってんのよ!」
「・・・神の使徒だっていうくらいだから娘みたいなもんじゃねえのか」
「そうかもしれないけど、記憶がないのが今ほどもどかしいと思った事はないわ!」
「ククッ、まあせいぜい頑張って記憶戻せよ」
「頑張るのはアンタもよ、私も頑張るけどさ」
今日はお風呂にも入ってしまった為、特訓は明日からという流れになった。今日は寝床に帰って、外の世界の知識のお勉強だ。人間の事についてはお爺ちゃんにも協力してもらう事に。
「とりあえず、この森と縄張り的に隣同士の魔物の事からだな」
「はーい」
人間が存在していた頃は、今よりも多くの種族が存在していたが、種族同士の抗争を繰り返すうちにそれは次第と少なくなっていき、今ではそこまで多くの種族はこの星にはいない。他の種族の縄張りにまで手を伸ばそうとする好戦的な種族も、今では残っていない。
外に出ようとする者は居なくても、中に入ってくる者には容赦なく襲い掛かってくる者はいないわけではない。
気を付けなければいけない種族と、話がまだ通じる種族をアイリーンは学んだ。




