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はじめてのおふろ

 アイリーンは、シエルとの邂逅からずっと、応接間に籠って本を読んでいた。この部屋の蔵書は図書館とはいかないまでも、応接間にしてはかなりの数があったので、ずっと読みふけっていても全部制覇するには、まだまだ時間が掛かりそうなほどだった。


 「はぁ・・・本を読んだところで答えが載ってるわけじゃないんだけどね・・・」


 ウィードに帰れと言われたことがショックで、女神やトリルに関することを忘れたいがために、ここにある本を読んで、誰にも会わない数日間を送っているのだが、一向に頭から離れてくれないのだ。

 いっそ記憶を取り戻さないほうがいいのか、しかしそれでは、自分は覚えていないが、自分を思ってくれる人々が悲しんでしまう。

 いっそ、ウィード達も皆でトリルとやらにお引越しできればいいのに・・・。とも思ったが、それはきっと無理なんだろう。それができるのならば、シエルが一人でこの星にやってくるという事もないだろう。


 あれから、シエルは記憶を取り戻す方法を探すために、この星の中を色々見て回っているらしい。というのは扉越しにウィードから聞いた。

 取り戻したいような、取り戻したくないような、そんな複雑な心境だった。ウィードや狼達とこれからもずっと一緒に居たい気持ちと、まだ思い出せてないが、私の幼馴染である神二人や上司にあたる神に会いたいという気持ちもある。


 「ここにある本には、魔法の事についてはあんまりなかったなぁ・・・」


 魔法の本でもあれば、色々分かる事もあるのかもしれないと思ったアイリーンだったが、そんな都合よく魔法の本があるはずもなく・・・。


 「ずっと・・・ここで引き籠ってても良くないよね・・・」


 読んでいた本を棚に戻し、数日ぶりに地上へと姿を現すと、いつもこの寝床の付近にいるはずの狼達がほとんどいない。引きこもり過ぎて時間の感覚がおかしくなったのかと首を傾げながら、残っている狼達に声を掛ける。


 「ねえ、なんで今日はこんなに少ないの?」


 「あっ! アイリーンちゃん! 今ね、水場の近くにお風呂ってやつができるんだって! それで皆がそれを見に行ってるんだよ~」


 「えっ! お風呂!?」


 「アイリーンちゃん知ってる? なんでも温かい水に体を浸けるんだって!」


 「ちょ、ちょっと私も見てくる!」


 「はーい、足元気を付けて行ってらっしゃい~」


 挨拶も程々に、アイリーンは水場に向かって駆け出していた。今まで水浴びをすることはあっても、お風呂などというものには、入った事が無かった。存在を知らないはずなのに、お風呂と聞いた途端、頭の中にお風呂のイメージが浮かんだのだ。


 「この星に・・・お風呂が・・・!」


 この森から出た事もないアイリーンが知るはずもないのだが。


 「ふう・・・一応これで完成となりますね。狼さん達用はこちらで、アイリーン様用はこちらになります。人間の女性ですので、一応衝立を配置してます、覗いてはいけませんよ?」


 「覗かねーわ! よっし、早速入ってみるか」


 アイリーンが駆けつけると、そのような会話がシエルとウィードの間でされていた。たった今完成したらしい。狼達用の方は、露天風呂のように石で囲われていて、湯気が立ち上っている。アイリーン用と言われていた方は、四方に衝立が配置されていて、壁の一つに扉が設けられていた。衝立の内部には、脱いだ衣服を入れておく用の籠も置かれており、湯船も一人でゆったり浸かれるようなサイズのものが置かれている。


 「待ってください、これから使用方法を教えますので」


 「むう・・・分かったよ」


 早速飛び込もうとしたウィードは引き留められる。


 「このお湯ですが、ずっと温かいままではありませんので、汚れてきましたら、一旦お湯を棄ててください。そして新しく水を張り替えて、温める。もしくは、今の温度を覚えておいて魔法で温水を出す。ですね」


 「水の魔法か・・・でも温めるなら火魔法か・・・?」


 「どちらでも構いませんが、温水を出せればそちらの方が温度調節が必要なくなるので楽かと」


 「じゃあ魔力持ちのやつにこの温度の水を出せるように伝えておこう。俺も使えるようにしとく」


 「はい。お願いしますね」


 そして、再びウィードがお風呂へと向かおうとしたその時、ここにいないはずのアイリーンから待ったの声がかかった。


 「ウィード!!!」


 「あん? なんだ、引きこもりは終わりか?」


 「それどころじゃないでしょ! お風呂が出来たってほんとなの!?」


 「ああ、今から入るところだよ、お前も入るか? その囲いが有る方がお前専用なんだとよ」


 「!!! 入る!!」


 武士ヴァラさんには、既に食糧を食べさせてあるので、何かしらの効能を出せるが、問題はどちらに配置すべきか、シエルは少し悩んでいた。


 「一旦狼達の方へ入っていただけますか、カピヴァラさん」


 (承知仕った!)


 「では、アイリーン様、ご案内いたしますね」


 「大丈夫、お風呂はなんか頭の中に残ってたみたい」


 「! そうですか、ではごゆっくりお楽しみくださいね」


 「ありが・・・とう」


 この後滅茶苦茶お風呂を堪能した狼の森の住民たちであった。

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