魔物の星で風呂を作る
書物が残っている場所がないか捜索をしていたシエルだったが、今日の分の捜索を終え、拠点に戻ると、何やら奇妙な物音がする。このあたりには野生の動物などはほんの少ししかいないうえに、ここには侵入してくることがない。
妙だな、と首をひねりその音の元へ向かってみると、どこかで見た覚えのある動物が扉に体当たりをしていた。
「貴方は・・・確か、お風呂の子ですね」
そうだ、カピヴァラさんだ。食べる物によって効能の違うお風呂にする能力を持つ、トリル産の動物だ。
(貴殿が、シエル殿で間違いござらぬか?)
「え? ええ、そうです。私がシエルです」
(某は、神コーマ様、ギル様の使いでこちらに参った者、怪しい者ではござらん)
「あ、はい。コーマ様達が貴方をここへ遣わしたのですね・・・ってギル様!? ギル様がお目覚めになられたのですね!」
(お目覚めかどうかはわかりませんが、ギル様より手紙を頂戴しておりますのでご確認くだされ)
「どうもありがとうございます、早速受け取らせていただきますね」
堅苦しい喋りなのだが、シエルは地球人ではない為、そこまで疑問に思う事は無かった。普通に受け入れている。
武士ヴァラさんがとりやすいように首を少し上げると、手紙の入った入れ物が良く見える。シエルはそれのふたを開け、ギルが書いたであろう手紙と、シュウが新しく作成した地図を取り出した。
「ああ、困っている事を予測して、新しく作ってくれたのですか、シュウは親切ですね」
嬉しそうににこりと微笑み、遠く離れていても自分の意を汲んでくれる存在に感謝した。これで捜索の効率もあがるだろう。
ギルからの手紙には、アイリーンの記憶に関する事が書かれていた。コーマにはあまり理解できない手紙の内容であったが、シエルにはきっちり理解できた。神式の記憶の封印を解く方法が書かれていて、これは神のやり方だから、なるべく現地で人間が使用していた方法を探してほしいと。
「神のやり方は・・・ここでは少し難しいですね。私の力の至らなさが一番の原因であることが悔しいですが・・・」
この星でのシエルは、魔力が人より多いだけの人間なのだ。使徒ではない。アイリーンの記憶が戻り、女神としての力を取り戻す事ができたならば、シエルにも使徒の力が完全に使えるのかもしれないが。
「では、カピヴァラさんは、ここで生きていく感じになるわけですかね・・・」
(某は孤独には慣れている故、問題はござらんが、ここには恐ろしい魔物が多数いると聞く、それが不安要素ではあるな)
「そうですね、狼さん達に保護してもらう形にした方が良さそうですね・・・、今日の所はこの拠点で休んでいただいて、明日少し狼さん達に相談してみましょう」
(相分かった、世話になる)
「お腹が空いているなら、今から私も食事ですので、ご一緒しませんか?」
(おぉ、空腹が限界というわけではござらんが、頂こう)
「ではすぐにご用意いたします、待っていただく部屋の扉を開けておきますね」
そう言ってシエルは、自分が寝ている部屋の扉を開けておいて、食糧倉庫に向かった。武士ヴァラさんは開けられた扉をくぐり、シエルが寝泊まりしている部屋で大人しく待機した。特に何事もなく食事を終え、普通に就寝する。
次の日、武士ヴァラさんを抱え、3つのポイントを経由し、狼の森へと辿り着くと、上空に結界の見回りをしていたウィードがシエルたちを発見し、そこへと降り立った。
「よぉ、何か見つかったか?」
「おはようございます、こちらでは何も見つかっていませんが、少し相談がありまして」
「ふうん? その抱えている動物はここらじゃ見たことないやつだな、そいつの関係か?」
「ええ、理解が早くて助かります。この子は私達の星のトリルで生まれた新種の動物なのですが、あちらの神々の遣いでここへとやってきたのです。ですが、この星は魔物だらけですので、身の安全をこちらで確保できないかと」
「まー、そういう事なら別に俺は構わんぞ」
「ありがとうございます、ところでこちらではお風呂というものはありますか?」
「風呂? それは聞いたことがねえな」
「温かいお湯に体を浸けるといいますか、水浴びの水がお湯になったものと考えていただければ」
「人間は綺麗好きなんだな、温かい水に浸かると気持ち良かったりするのか?」
「はい、アイリーン様も温泉やお風呂が大好きでしたよ」
「ほう・・・この森の中の水場にそれって作れたりするのか?」
「そうですね、魔力の消費次第ですが、作れると思います。ああ、この子はそのお風呂に関係する動物なのです、食べた物によってお風呂から得られる効能が変わるんですよ」
「へー、そいつぁ中々便利なやつだな」
そんなこんなで、狼の森の水場にお風呂が作られることになった。工事予定はシエルが朝から昼まで図書館の捜索をし、昼から日暮れまで工事に取り掛かる。
狼用、アイリーン用の2種類あればいいだろう。アイリーン用は流石に衝立を作って、外からでは見えないようにしておかねばならないだろう。
早速水場に案内してもらい、大体の設計を頭の中で作成する。そういえば、今日はアイリーンの姿を見ていないが、どうしているのだろうと思い、ウィードに聞いてみるが、あれから部屋に引きこもっているとのこと。
「お風呂が完成すれば、きっと喜んで出てきますよ」
きっと、そうなるような気がした。




