狼の王への事情説明
「あいつが・・・女神? いや、そんな事は・・・だってなあ・・・」
「ええと、お話宜しいでしょうか?」
「あ、ああ・・・すまないな。俺としたことが動揺しちまった」
「いえ、構いません。その動揺っぷりを見るに、ここにいらっしゃるんですね? アイリーン様が」
「同じ名前の人間はいる。でも女神って言われると首を傾げたくなるんだがな・・・」
「アイリーンと言う名前は、貴方がお付けになったのですか?」
「そうだ。赤ん坊のアイリーンを拾った時に、この名前にしようって理由もなく決めた」
直感で決めた事をシエルに伝えると、シエルは言いようのない表情を浮かべ、目尻に浮かんだ涙をぬぐった。涙を見せた事にウィードは驚いたが、表面上は冷静にしていた。
「アイリーン様を救っていただいてありがとうございます、一緒に居てくれたのが貴方のような方で本当に良かったと思います」
「あんた・・・いや、シエルだったか。シエルはアイリーンを連れ戻しにきたのか?」
「出来ればそうしたいのですが、そもそもこうなった経緯を聞いてはいただけませんか」
惑星トリルで、アイリーンの手で魂を召し上げられ、使徒になった事。ラプール大陸を共に発展させていった事、他に2柱の神と共に惑星を管理していた事。
元この星の神だった者が、トリルに転生している事。この星で生まれた凶悪な魔物もトリルに飛ばされてきた事。他にも飛ばされた魔物もいたが、それも全て対処していたら、この星の元神の上司に当たる神が直接手を下しに来た事、そして自分もその手で命を落としかけた事・・・。
アイリーンの記憶を消し、この星に強制的に転生させた事。
あまり時間をかけないようにと、短く簡潔にこれまでの経緯を話すが、それでもかなりの時間がかかってしまったように思える。
「なるほどなあ・・・それでとうの昔に滅んだはずの人間がぽんと出てきたわけか・・・」
「人間が滅んでから、かなりの年月が流れていると思われますが、やはりそうなのですね?」
「ああ、滅んでからんー百年は経ってるって話だ。俺がまだ生まれて無い頃だな」
「なるほど、では今まで見てきた人間の住んでいた場所と思われるものが、あそこまで朽ちているのも頷けます」
「そういや、最近アイリーンが見つけたとこも、元々は人間が住んでたみたいなこと言ってたな」
「母さ・・・いえ、アイリーン様は、お元気にしておられるんですね?」
「ああ、元気も元気、この前20になったところだ」
「そうですか、やはりこの星の時間の流れは私達が居た星より早いようです」
「へえ、時間の流れが違うのか。面白いな」
「面白いかどうかはわかりませんが、私達の星では3年が経過しただけなので・・・まだ赤ん坊と呼べる年月しか経ってないと思っていました」
「なるほどな、まあ、赤ん坊の頃はとうの昔に過ぎ去ったって感じだな。今は、人間の持ち物だった本とかいうものに夢中になってるぞ」
「では、これで私は中に入れるようになりますか?」
「そうだな、許可しよう。それと、俺はあいつがいつまでもここにいていい奴だとは思っていないんだ、正直なところな。種族の違いや、寿命の違い、色々あるけどよ、俺たちはアイツを大事に育ててきた。アイツには幸せになって欲しいし、泣き顔なんて見たくもねえ。だから、あいつがちゃんと納得するまでは連れ帰るのは勘弁してくれねえか?」
思っていたよりも、ずっとこの狼達はアイリーンの事を大事にしていたのだと、シエルは理解する。魔物とは思えないほど理性的で紳士だ。本人の意思を尊重してやって欲しいなどと、連れ帰るためにきたシエルに向かって言うのだから。
「ええ、私も嫌がる人を無理やりというのは、したくありませんから」
まずは、記憶を取り戻す事が先決で、取り戻した結果、アイリーンが選択するべきだとシエルは思う。ラプールに一刻も早く帰り、コーマやシュミカに無事を伝えたいのは山々なのだが。
アイリーンが望むなら、この星で人間としての生を終え、魂となってから帰ってもいいとさえ思っている。トリルに住む人たちには申し訳ない事ではあるが。
シエルにとっては、アイリーンが一番なので、そういう考えになるのも致し方ない。
ウィードに促されるまま、シエルはその後ろをついていく。結界へ入ると、王を心配してか、数匹の狼が近づいてくる。
「王! 今日の結界の点検はえらい時間かかってましたが、何かありましたか?」
ウィードに声を掛け、その後ろにいるシエルを見ると、狼達はびっくりしたような顔になり、あんぐりと口を開けたまま固まった。中々間抜けで可愛らしい顔である。
「アイリーンの関係者だ。この森の客として丁重に扱えよ」
「・・・はっ! わ、わかりましたっ! アイリーンちゃん関係ですね!」
「ついでに、アイリーンに客が来たって伝えてこい」
「はい! 行ってきます~」
わふわふと数匹の狼は一斉に駆け出した。全員で報告するのかお前らは。
「伝言は一人で行きゃいいだろがよ・・・」
残された王は、ぽつりと愚痴を呟いた。




