魔物の星へ到着
大自然に覆われた星で、アイリーンは20歳を迎えていた。トリルでは3年しか経過していないが、ここでは時間が流れるのが早く、ここに飛ばされてから既に20年経過したという事になる。
記憶はまだ失われたまま、狼たちと共に生活しながら生きながらえていた。その生活は、原始的なものではあったが、狼たちはアイリーンを大切に扱った。まるで家族のように。
「早いもんだなぁ」
「どうしたの? 急に」
「いや、今日でお前がここにきてから20年だろ? あの時はあんなにちっちゃかったのになぁって思ってな。あっという間だったなって」
「昔話をし始めると年寄りだって誰かが言ってたよ?」
「う、うるせえな! 俺も結構な年齢になってきたのをちょっとは気にしてるんだぞ・・・」
ここの王であるウィードは私が物心ついたときにはもう大人だった。正確な年齢は本人もわかっていないみたいだけど、私よりずっと年上なのは確かだ。
「あはは、でも番もまだ見つけてないんでしょ?」
「そうは言うがな・・・」
群れの普通? の狼たちとは違い、ウィードはフェンリルだ。通常の個体だと寿命の差もある、だから慎重になるのは分かる。
「そんな簡単に生まれるもんでもないのねえ・・・」
この森の中だけで自分達の望み通りの個体が生まれる確率は極めて低い。フェンリルは相当低い確率でしか生まれないし、森の外の世界とは隔絶しているため、交配もできない。
「まあ、そのうち生まれてくるだろ。多分な」
軽くため息をついて、ウィードは静かに目を閉じる。その美しい毛並みをアイリーンは優しく撫でた。
「私がフェンリルだったらお嫁さんになってあげてもいいんだけどねえ~」
などと軽口をたたき、その姿を一匹のフェンリルへと変えた。本人は魔法だと思っているが、これは神のなせる技とでも言おうか。神力を使ったイメージによる変化なのだ。
「変化は変化だからな、俺もお前がずっとその姿で同じ時間を共に生きれるのなら・・・楽でいい」
「なによ、楽って。もっと言いようってものがあるんじゃないの?」
「俺から見たらまだお前なんて赤ん坊みたいなもんだ。楽なもんは楽なんだよ」
ふんっ、と鼻で笑い、再び目を閉じ眠ろうとするウィード。その隣に寄り添うように体を預け、アイリーンも目を閉じた。
「ま、私も楽だけどね、ウィードと居るのは」
そんな二人の姿を、周りの狼たちは見かけるたびに思う。
(((さっさとくっつかねーかなぁ・・・)))
この星には人間が存在しないせいもあってか、種族の違いによる偏見などはない。若い狼達は人間が存在していた頃は居なかったので、記憶もない。
アイリーンがこの森に来てから、人間を知っているお年寄りに話をぽつぽつと聞いただけなのだ。
アイリーンはフェンリルの姿に自分を変える事ができるので、本人達さえよければ、別に番になっても構わないとまで思っている。
なんとなくだが、寿命の事もアイリーンの不思議な力によって解決しそうな気さえしているのだ。根拠は無いけども。
こうやって、毎日を穏やかに過ごしている。結界により、外敵は入ってこないし、仲間内での諍いもない。魔物が跋扈している星なのだが、この森は極めて平和だった。
森の外の世界も、わざわざ他の種族の縄張りを荒らしに行くような面倒な事をする者はいなかった。種族ごとに縄張りには結界が張ってあり、種族同士の交流もない。
今の若い世代は、縄張りの中だけが自分達の世界の全てであった。人の手による発展こそないものの、平和という点においては、トリルに負けてはいない。
そんな事はこの星に住む者にとって知る由もないことなのだが。
その星に、一つの光が舞い降りた。
アイリーン達の居る森からは遠い場所だったので、その光を狼達が見る事もなかったが、多くの魔物がその光を目の当たりにした。
神の存在も知らずに育った魔物達は、その光が何の光化など知るはずもないのだが、自分達に害を与える存在ではないと、本能で理解していた。
やがて光は収まり、その光が多少気になった魔物も居たが、結界の外に出ようとは思わなかったために、そこから現れたシエルを確認しに行く魔物は存在しなかった。
姿を現した瞬間に攻撃されることも考慮していたシエルは、正直拍子抜けといった感じで周りをくるりと見回した。動物などの反応は近くにいくつかあるものの、魔物などの強い気配は感じられなかったため、警戒を多少緩め、ふうっと一つ息を洩らした。
「ここが・・・魔物の星」
そういえば、シュウに星の名前を聞くのを忘れていた。なので、魔物の星(暫定)と呼ぶことにしたのはつい先ほどの事だ。
シュウに描いてもらった地図を見る。やはり、かなりの時間が経過しているのだろう、地形が全く分からない。上空に行き、地図と見下ろした景色を比べてみるも、特徴がまるで別の星のようだった。
「これは・・・先に現在地を把握する必要がありますね」
地図にある人間の町の残骸くらいでもあれば、まだ分かったのだが。見える範囲には、目印になるようなものは存在しなかったのだった。




