襲撃
シュミカが結界を張り直している頃、何をしているかは分かってないアイリーンは部屋でシエルとラプールを眺めながら、コーマとシュミカの無事を祈っていた。
「コーマ、大丈夫かしら・・・」
ぽつりと心の内を洩らす。
「そいつより、自分の心配をしたらどうだ?」
聞こえるはずのない声が聞こえた。ギルでもコーマでもない、聞いたことのない声。慌てて声のする方へ振り返ると、そこには初めて見る男性が立っていた。
その男は黒い髪を地面に付きそうなほど垂らし、まるで虫けらでも見る様な目つきでこちらをじっと見つめている。
「貴方は・・・誰」
「母様、母様は私の後ろへ」
私の前にシエルが出る、ああ、だめよシエル。貴方は私が守るんだから! 前に出たシエルを再び自分の方へ引き寄せようとした瞬間。
「低級な神の使徒風情が、邪魔をするな」
イラついた風な声色だが、声を荒げる事もなく、ただ、手を水平に動かした。
何も、見えなかった。なのに、シエルは私の前から消えた、というか、吹き飛ばされた感じで、手を動かした方向にある壁に激突した。
一瞬の事で、何が起きているか理解する前に、私はシエルに駆け寄ろうとした。
「わざわざ俺が来てやったんだ、他に気を取られずにこちらを向け」
そうその男が言った瞬間、私の体は動かなくなった。どういうことなの? なんで、体が・・・!? シエル、シエルは無事なの? せめて無事を目視で確認したいのに、体が言う事を聞かず、その男の方へ向き直ってしまう。
「この程度の力にすら抵抗できないのか、ゴミみたいな神力しかないんだな」
何を好き勝手に言ってるの! 勝手に部屋に入っておいて、何を! 声に出そうとするも、口をぱくぱくさせるだけで、声にならない。喋る事すらも封じられたみたいだ・・・。
これは・・・、きっと例のアレなんだろう。直接手を出しに来るなんて・・・。
もしかして、シュミカの結界がおかしくなったのは、私達を分断するための罠・・・? なんでこいつは、そこまでして私達の事を害そうとするの? ああ、シエル・・・シエルは大丈夫なのかしら。
「心配か? その使徒が。なら心配しなくてもいいように、きっちり殺してやろうか」
「・・・めて・・・や・・・めて!!!」
「っは、そんなにその使徒にご執心なのか。俺の拘束を振りほどく程には」
小ばかにするような態度で、私の必死の叫びを嘲笑う。ほんっとーに性格最悪だわコイツ。でも私に直接手を出しに来るって、なんでなんだろう・・・。
「お前をここで消滅させれば、ギルはどんな顔をするだろうなぁ?」
心の中の疑問に答えるように、例のアレはそうのたまった。
私を・・・消滅させる? ギルを苦しめるために、私を消すっていうの? なんでそんな事しようって発想がでてくんのよコイツ!
「どこかに閉じ込めておいて、この星をぐちゃぐちゃにしてやるのも一興かもしれんな?」
私の反応を見て、楽しんでいるようでもある。この男を知る人が口をそろえて性格が最悪っていう理由が良く分かるわ。
ほんとにクソ野郎だわ!
「ま、消滅させてしまっては、俺の方も危ないんでな。とりあえずは記憶を消して、下界に飛ばしておいてやろう。次の人生は楽しんで来いよ? くくっ、ハハハハハハハハ!!!!」
その高笑いを聞きながら、目の前が真っ暗になった。ああ、私は今神として死んだのか・・・。
ラプールの人達、困ってしまわないかな・・・シエル・・・大丈夫・・・かな。
自分の体が細切れになっていくような、端からぽろぽろと崩れていくような、不思議な感じ。シュミカ・・・コーマ・・・シエル・・・ギル・・・無事でいて・・・。
「さて、使徒の方は始末しておいてやろうか・・・チッ、逃げやがったな。まあいい、虫けらが何をしようと無駄な事だ」
男はそう言い放つと、アイリーンの部屋から姿を消した。
「かあ・・・さま・・・」
ずきずきと痛む体を引きずりながら、シエルはラプールにある、森を歩いていた。アイリーンが下界に飛ばされたのを見て、考える前に飛び出していた。どこに飛ばされたかは分からないが、きっと、会えるはず。
異変に気付いたコーマやシュミカが、何かしてくれるかもしれないが、自分の神であるアイリーンは自分が助け出す、そう決意した。
そこはラピンの住む森、その最奥にある泉を目指し、シエルは進む。強力な神の力により、痛めつけられた体は、バラバラになりそうなほど痛む。一歩足を進めるだけで、激痛が全身を襲う。
それでも、悲鳴の一つも上げることなく、シエルは黙って歩く。泉の精霊の傍で、体を休めるのだ。
「まってて・・・母様・・・!」
やっとの思いで辿り着いた泉には、精霊とラピンが居た。ボロボロになったシエルを見て、慌てて精霊とラピンは駆けつける。ラピンはオロオロして、シエルの周りをぴょんぴょん跳ねている。
精霊は、シエルを抱きとめると、そのままシエルを抱え、泉の中へ入っていった。
シエルが目を覚ましたのは、それから3年後だった。




