一章 2話 竜姫の憧れ
空に現れた謎が少女。少女の視線はずっと俺に向けられていた。
「………………様?」
その少女はボソッと何かを呟いた。俺は独り言だと思ったが少女は首を傾げてこちらを見続けている。どうやら俺に向けられた言葉だったらしい。しかし答えようにもまず、質問の内容がわからなければどうしよもない。
「なんだ?」
俺の問いかけに少女はまた首を傾げるが俺の聞きたいことを理解したのか今度ははっきりと。
「あなたは………、竜騎士様?」
「竜騎士?なんのことだ」
竜騎士といえば俺の世界では下位竜などを手懐けそこに跨がる、国の上位騎士たちのことだが。そのことを指しているのか?
少女はなんだかショックを受けている様子だったが、急に目を輝かせ空から降りて俺に近寄り刀を握ってない方の手を取る。その時、少女の髪がふわりと舞い俺の顔を掠め、竜のものとは思えない良い香りがした。
「いや!あなたは竜騎士様!!なんたってこの私を吹き飛ばすような人なんだから、あなたこそ私の竜騎士様だわ。だからあなたは私に乗って空を一緒にを飛び回るの!」
そんな主張をしてくるが全くもって意味がわからん。考えている間も少女は何か憧れのものでも見るようで「知らん」の一言で断るのも気が引けた。
「ちょっと、待て。お前はいったいーーー」
「こっちか!!竜を探せーーッ!我らの里を燃やした恨みを晴らすのだ!」
まずいな、彼奴らがいてはこっちもゆっくり話ができん。
「おい、とりあえずここから離れるぞ」
「私の竜騎士になってくれるの?!」
少女は変な勘違いをしているが今は構ってる暇はない。俺は少女を片腕で脇腹に抱え込み、足に魔法陣を描き風を竜巻のように足に纏わせ高速で空中を駆けた。障害物がない空に逃げれば追いつかれることはないだろう。
「なんか、違うんだけどーーー?!」
少女の叫び声だけがその場に残された。
そのまま森を抜け、何もない草原に降り立った。俺は飛んでいた勢いで脇腹に抱えた奴を放り投げた。
「ぐへッ?!」
受け身も取れず少女は情けない悲鳴をあげながら草原を転がった。しばらくすると止まって恨めしくキッとこっちを睨んできた。
「ちょっと!自分で運んだんだからもう少し優しく降ろしなさいよ!」
「さっきのお返しだ。お前のブレスを受けたんだ。このくらい安いだろ」
「うぅ〜、でもなんでエルフ共から逃げたのよ。あんな弱っちい連中、あなたなら楽に蹴散らせるでしょ」
「逃げたんじゃない。戦闘を回避したんだ。無駄に血を流す必要はない。竜のお前にはわからんかもしれんがな」
それにこの世界のエルフは俺でも手を焼く。流石にあの数一斉に掛かってきたら無傷で切り抜けられる自信はない。
「ふぅ〜ん」
納得いかないのか気の無い返事をする少女。
「まぁ、不本意ながらお前を連れ去ったことは謝ろう。俺はただ聞きたかったことがあるだけだ」
「………なんか嫌だ。その……お前って言われるの」
「変なこと言う奴だ。なら名乗ればいいだろ」
「……名前がわからないの。竜騎士様の竜になった子たちはみんな持ってるけど」
「ならお前は周りからなんて呼ばれているんだ。それが名前だろ」
「みんなは私のこと姫様っていうけど、それは名前じゃないでしょ」
姫様?こいつは竜族でもかなり高位にいるのか?しかしそれなら一人でいるのが不可解だが。なにか事情があるのか?
「なら名前にすればいい。お前はヒメ、それでいいだろ」
「なんか納得いかないけど………、いいわあなたは私の竜騎士なんだから。ならあなたの名前はなんなの?」
「俺の名前は………」
名乗っていいのか?俺は一応ここの神を滅ぼしに来たのだから、もっと慎重になったほうがいいんじゃないか。
そんな迷いがよぎったがヒメのんーとこっちを覗く混んでくる顔を見ているとそんなことは気にしなくてもいいと思えた。
「ラーシュだ。姓はない」
「ラーシュね。いいわ、それならあなたの話聞いてあげる」
「話というか聞きたいことがあるだけなんだが。お前のその竜騎士というもののことについて聞きたかったんだ」
すると彼女は一瞬ポカンとたかと思うと急にお腹を抱えて笑い出した。
「ふ……あはっ、あなた意外と真面目さんなのね。まぁ、いいわ。竜騎士っていうのは私たち竜を従える国の騎士のことよ」
「…………」
しばらく待ってもそれ以上ヒメの口から言葉が出ることはなかった、
まさか、それだけか?
彼女はフフンと自慢げに鼻を鳴らしているがそれは俺でも知っているようなことだった。こいつ、もしかして全く役に立たないかもしれん。
「あなたは私に認められたから竜騎士になれるの!それって素晴らしいことだと思うわ」
「そうか。だが俺にも目的がある。竜騎士にはならない。だからヒメお前ともお別れだ。はやく巣に帰れ、悪かったな連れ回して」
少し冷たいがこれでお互いなんの憂いもなく別れられるだろう。
この世界の神を滅ぼすのにこの世界の住民を頼るわけにはいかない。それに神を滅ぼすからには多くの問題に巻き込まれることになる。だからこれでいいんだ。
「『竜巻の疾走」
俺は落ち着かない気持ちから逃げるよう風の魔法で飛び上がり飛び立った。
「…………………。おいっ、どうして付いてくる」
「あなたが私の進路にいるんだからしょうがないじゃない」
俺は全力で離そうとしたが、ヒメは疲れる様子もなく付いてきた。しばらくして離すことを諦めた俺は黙ってヒメと並走していた。
「……………」
「……………」
しばらく無言の時間が続いた。それを破ったのはヒメの方だった。
「私ね。憧れだったの。竜騎士の竜になるのが」
「………」
「一度だけ私の巣に竜騎士の竜が帰ってきたことがあったの、その竜は騎士様が死んでしまって帰ってきたの。大人たちは竜騎士の竜になった竜のことを人間なんかに負けた軟弱者なんて思っていて、その竜には恥さらしだ、なんて責めていたけど、彼の騎士様との話はとても輝いていて幸せそうだった。だから………」
俺が黙って聞いているとヒメは物欲しげな目で訴えてくる。
そんな目したって絶対につれてかんぞ。どうすればこいつは諦めるんだ?
「何故、俺にこだわるんだ?正直言って俺はお前には勝てないぞ」
俺にとってそれは純粋な疑問だった。確かに前の世界にいた俺ならヒメぐらいの竜なら圧倒できただろう。しかし俺の体はまだこの世界に馴染んでおらずどこか身体が重いし、前の世界より濃い魔力をうまく制御できないため魔法の威力も格段に弱くなっている。少なくとも今の俺よりは強いやつなどそれなりにいるだろう。
「そりゃあ、あなたが今まであった人間の中で一番強いからに決まってるじゃない。それにあなたが私に名前をつけたんだから。他の竜騎士の竜もみんな騎士様に名前をつけてもらってるの」
昔の俺はなんだか面倒なことしてしまったようだ。くそっ、名前をつけたことがここで裏目に出るとは……。
「俺が一番強いって、お前今までどこで探してたんだ?」
「村とか森の集落とかだけど……」
「はぁ……それじゃあただの厄災じゃないか。強い奴がいるのはだいたい大きな街とかだろ」
「大きな街に行ったら討たれちゃうもん」
「何いってんだ?バカなのか」
本当に何を言ってるんだ……。こいつ、もしかして長く生きてるくせにものすごく馬鹿なんじゃないか。ただの村や集落に竜と渡り合えるぐらいの実力者がいるわけないだろ。俺が呆れた目でヒメを見ていると、ヒメはニコッと笑い返してきた。もうため息しか出ない。
俺が頭を抱えていると……。急にヒメが俺を抱え左に急旋回した。その数瞬あとに俺がいたところに巨大な火球が通過し、掠めた俺の髪をチリチリと焼いた。
「なっ?!」
「ちょっと、無警戒すぎじゃない?」
ちっ、さっきまで馬鹿にしていた相手に言われるのはなかなか悔しいものがあるな。そんなことよりさっきの火球は?
放射線を辿るとそこには冒険者風の四人の人がいた。
すぐさま反撃しようとその場所へ飛んでいくがその四人は迎撃体制もとらずただ呆気に取られているようだった。俺は違和感を覚え止まろうとするがヒメは人間の姿のまま爪を伸ばし容赦無く襲い掛かろうとしている。
「はあぁぁーー!!」
俺よりはやいヒメを俺が止められるはずもなくその爪がさっきの火球を放ったと思しき杖を掲げている魔導師のようなやつを切り裂くと思ったとき………。
「『守護者の加護』!!」
魔導師が咄嗟に唱えた魔法によって防がれた。ヒメもまさか防がれるとは思っていなかったため大きなスキをつくることになっってしまったが周りの奴らが攻撃を仕掛けることはなかった。
ヒメはさらなる追撃を繰り出そうとするが。
「ヒメッ!止めろ!!こいつらに攻撃の意思はない」
寸前のところで俺の制止が間に合いヒメは動きを止めた。
「でも………」
「もし、攻撃するつもりだったらさっきの瞬間お前は殺されていた」
ヒメは悔しそうに口を噤んだ。
はぁ、全く世話のかかる奴だ……。しかしいきなり攻撃されて黙っているわけにもいかないのは確かだ。
「で、あんたら何のつもりだ?」
俺は少し語気を強めて目の前の四人の人物に問いかけた。
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