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THE CHILDReN  作者: 京華月
9/24

第9話:「死期」

黄色に染まる太陽の下。

視線の大雨が、降り注ぐ。


……やっぱりか。

見えない圧力に気圧されるようにして、俺の心は萎んでいく。

……やっぱり、俺が疑われるのか……。

……殺人鬼の弟、だからな……。


容赦なく叩きつける視線の嵐。

畏怖するような。

軽蔑するような。

何とも言えない、重たい雨粒を一身に受ける俺。

しかし……。

殊の外、心の痛みは想像していたほど深くないような気がした。


何故だろう……?

何故、こんなに平気でいられるのだろうか?

疑いの眼差しを浴びる前から、疑われることは何となく予想していたけれど……。

心がメキメキと軋むんじゃないか、と予想していたのだけれど……。

何故だろう……?

何故、俺はこんなに平気でいられる?


と、突如、俺の肩に柔らかい手がガシッと覆いかぶさった。


「……み、皆さん! そんな目で松添くんを見るのは止めてくださいっ!!」


「……」

「……」

動きを止める空気。

頬を伝う汗。

高まる鼓動。


状況が……?

い、一体、何が起こっているんだっ!?

俺はおそるおそる手の主に視線を向けた。

萌奈……!?

栗毛色の髪の毛が、降り注ぐ太陽光を眩しく反射させている。

不意に湧いてくる微かな勇気と希望。

そうだ。


……萌奈は、俺の味方なんだ!!

心が深く傷つくはずないじゃないかっ!!

萌奈が、護ってくれるのだから。

ありがとう……。

本当に、ゴメン。

俺、役立たずで……。


目を瞑る。

その場にうなだれる俺。

不意にこみ上げる感情。

目頭が熱く、塩辛くなる。


……ゴメン。

悔しい。

悔しい……。

自分が許せない。

本当に、無力で。


「……」

「……」

やがて、複数の足音が鼓膜を刺激し始めた。

足音の群れが、俺に近づいては消え、近づいては消えていく。

どうやら、「子供」たちが各々の教室に帰っていくようだ。

ややあって、足音が完全に途絶えた。

まつで何事もなかったかのように。

視線の雨もすっかり降り止んでいた。


「……」

静寂に満ちた空間。

俺はおそるおそる顔を上げた。

「うっ……」


眼前に広がる、1-1の遺体の山。

紅い文様が枯葉の絨毯を蹂躙している。

絨毯の上に寝転ぶ、十数体の遺体。

首から上を失った者も。

内臓をぶちまけている者も……。

「子供」を嘲り笑っているかのような惨状。

視界に入れることを拒みたくなるほど、真っ赤に染まった枯れ葉の山。


相変わらず、「子供たち」の技術では判断できないような、深い抉り傷を彼らの顔に刻み込んでいる。

言葉が、出てこない。

なぜか、つーっと頬を伝う涙。

……だ、誰が、こんなひどいこと……?

……誰が?

くそっ……!!


ドゴッ!!

乾いた土を渾身の力で殴りつける俺。

……俺は「子供」たちが憎いはずなのに。

俺の両親と兄貴を奪い去った、「こいつら」が憎いはずなのに……!!

何でっ!?

何で、こんなに悔しいんだろう!?

何で、「こいつら」を殺した真犯人のことを許せないと思うんだろうっ!?

わからない……。

自分の気持ちが、整理できない。

ダメだ、頭が痛い……。


ドサッ!!

不意に、うずくまった俺の背中に何かが圧し掛かってきた。

「っ!?」

人間のような柔らかい感触。

何……?

ドクッドクッ……。

鼓動が跳ね上がる。

と、栗毛色の甘い香りが鼻を突く。

ハッと我に返る俺。

「もっ……萌奈!?」

何と、萌奈が俺の背中に倒れ込んできたのだった。

可愛らしい安息なる寝顔。


どうやら、この惨状を見て気絶してしまったらしいっ!!


「……し、しっかりしろ!! 萌奈っ!!」






だらんと力なく伸びた萌奈の両腕。

萌奈を背におぶりながら、紅葉の舞う道をズルズルと歩いていく。

まるで、俺たちを追い立てるかのように、フラフラと覚束ない紅葉たちが降り注いでくる。

それらが、俺に一抹の焦燥感を芽生えさせる。

早く、ここから立ち去って。

早く、安全な場所へ!!

逃げなきゃ!!


……萌奈、どうか無事であってくれよ……!!


俺はひたすら家路を急いだ。

救急車に頼っている余裕などないっ!!

そもそも、あんなものは救急車なんかじゃない。

ただの救急隊員のコスプレ集団だ!!

そんな奴等に萌奈を診せる必要なんかないっ!!


萌奈はさっき、俺を助けてくれたんだ……!!

だから、今度は、俺が萌奈を助けなきゃっ!!

俺が……っ!!

 

絶え間ない紅葉の道を進んでいくと、突如、数メートル前方に長い3つの人影が映った。

「あ……?」

俺は息を漏らした。

立ち止まる。

ハアハア……。

荒々しい息を整えようと試みる。

両目に全神経を集中させる。


3人の男女。

1人は、黒い艶やかな髪を腰まで伸ばした女性。

俺に背を向けて顔までは窺い知れないが、かなりの美人とも思える。

もう1人は、大柄の、眼鏡をかけたスーツ姿の男。

そして、その2人の前に浮かんでいるもう1人は……。


顔が……抉り取ら……?


「はっ……!?」

「!?」

突如、俺の息に気づいた2人の男女がこちらに視線を向けてきた。


俺も思わず、ぎこちなく身構える。

こいつら……。

危険だっ!!

頬を伝う冷や汗。

鼓動がバクバクと跳ね上がる。

しかし、萌奈をおぶっているため、十分な戦闘も行えない。

逃げることもできない。


どうする……!?


冷静さを失い、脳が上手く働かない。

脳に響いてくるのは、徐々に加速する鼓動だけであった。


しばし、両者の間で意味深な沈黙。

紅葉が両者の間にヒラヒラと割って入った。

「……」

「……」

脳が徐々に機能し出したかと思った矢先、突如、女性の真っ赤な唇が開かれた。


「アンタ……確か、ニュースで報道された大量殺人犯の弟だろ?」


「んなっ……?」

カチンときた。

怒りで血液が逆流する。

「大量殺人犯」という単語に。

しかし、ここで怒りを露わにしては殺されかねない。


抑えろ……。

抑えるんだ……。

俺だけの時ならまだしも、今は萌奈もいるんだぞ!!

俺は歯を食いしばって、言葉を口内に押しとどめた。

悔しい……けど。

ここで、殺されては元も子もないぞっ!!

賢くなれ、俺……。

今は、生きのびることだけを、考えろ。

頬を伝う冷や汗。

俺は、ぎこちなく頷いた。

女性は、真っ白い歯を見せた。

「やっぱりそうか。どうりで見たことある顔だと思った。今、お帰り?」

「……」

再び、俺はゆっくりと頷く。

頬を伝う冷や汗の量が増え行く。

暴れる鼓動を押し殺し、次の言葉を、神経を使って待つ。

「ふーん……学生も昔以上に暢気な生き物になったのね。でも、相変わらず生意気なのよね」

女性はキッと鋭い目つきでこぼした。


「だから、ガキって嫌いなのよね……」


ゾクッ……。

背筋に言い知れぬ寒気が走った。

こいつら……マジでヤバイ。

ここにいたら……間違いなく殺られる!!

こいつらは……「大人」だ!!

と、傍らの眼鏡男の腕がジャキッと鳴った。

男の手には、黒いものが収まっていた。

ピストル……。

視界に飛び込んできた瞬間、いよいよ鼓動が落ち着きをなくした。

ドクドク……!!


ヤバイ……。

助かる気がしない。

怖い……。

逃げるか!?

でも、どうやって!?

萌奈もいるのに……!?

萌奈を置いて逃げるっていうのか!?

いや、そんなことできるわけないだろ!!

でも……?

どうしよう!?

押し寄せる鼓動の波と眼前に広がる光景が、確実に俺の精神を蝕んでいく。

もしかして……。

こいつらが1-1の連中を……!?


突如、女性の真っ赤な口から残酷な言葉が発せられた。



「お祈りの時間だよ」


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