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THE CHILDReN  作者: 京華月
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第6話:「限界」

……その日、杏奈の机が使われることはなかった。


杏奈はどこへ行った……?


一体、どこへ……?

放課となって教室を出た後も、俺の頭の中はその疑問で溢れかえっていた。

そして、不吉にも杏奈の喜怒哀楽の表情が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。

何故……?

齢19歳の担任、平尾毅先生も杏奈からの連絡はない、と心配そうに言うだけだった。

何だろう……?

不気味な焦燥感が俺を襲った。







せせら笑うかのようにざわめく緑道。

俺は1人寂しく、俯きながら歩を進めていた。

……ハア。

歩きながら、重たい溜息。

不安だ……。

杏奈。


どこ行ったんだよ……? お前。


と、何気なく見上げたその先、約50メートル先の木陰に人影が浮いているのを発見した。


何だ……?

あれは、浮いているのかっ!?

不気味な光景に面食らいながらも、俺は歩を進めた。

人影は徐々に近づいてくる。

何故か迫り来る緊張感……!!

心臓がバクバクと鳴り響いている。

なおも確実に距離を詰めていく。

そいつは、俺に背を向けている。

そいつは、首を折るようにして俯いている。

そいつは、だらんと両足を地面に伸ばしている……?

「……な」

血の気が一気に引いていく。

歩を止める。

 

なんと、そいつはロープで自らの首を木の枝から吊っていたのだ……!!

 

恐怖。

背筋が凍りつくのを感じた。

……一呼吸つく。

落ち着くんだ……俺。

俺は再び、キッと鋭い視線で遺体を見上げた。


無地の白いTシャツにはおぞましい真っ赤な文字が綴られている。


額ににじむ冷や汗。

俺は、おそるおそるTシャツの文字を覗き込んだ。

目に飛び込んできた、赤く太いその文字は……。


“子供は死ね!!”


「子供」……? 

「大人」ではないのか? 

こいつは。

現実問題、「子供」を殺すことは犯罪であり、実刑がありうる。

「大人」とは違い、「人」としての権利、人権が認められているのだ。

当然、このケースでも犯人が捕まれば実刑を科されることは免れないだろう。


しかし……一体、誰がこんなことを……?


俺は、せめて被害者の正体を確認しようとそいつの顔を覗き込んだ。

覗き込んで思わず息を漏らした。

驚いたことに、そいつの顔はズタズタに引き裂かれていたのだ!!

目と皮膚は同化し、鼻も潰され、唇もところどころ切り裂かれて真っ赤に染まっていた。

これでは、現在の「子供」の技術では被害者を特定することなどできない。

しかし、誰だか個人を特定できる品物があるんじゃないのかな……?

そう思った俺は、ポケットなどをまさぐって何か証拠になりそうな物がないか、探った。


ギシギシギシギシ……!!


操り人形のように空中で幾度も体をバウンドさせているそいつ。

気持ち悪い……。

ズボン。

胸。

あらゆるポケットをまさぐっても、ホコリ1つも出てこなかった。

「くそうっ!!」

俺が胸ポケットから半ば乱暴に手を退けた瞬間、バキッと言う破裂音が周囲に響き渡った。

「?」


突如、すっかり冷たく固くなったそいつの体がダランと俺の胸に飛び込んできた。


状況がわからない……。

??

俺の体にへばりつく、「これ」は……?



「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーっ!?」



体を蹴破って、飛び出そうとする心臓!!

やめろっ!!

やめてくれえっーー!!

俺は半狂乱になりながら、胸に張り付いたそいつを懸命に振り払った。

と、そいつの体はいとも簡単に木の幹に叩きつけられ、その場に呆気なく崩れ落ちた。

荒くなった息を整える……。


フウ……!!


ふ、ふざけやがって……!!

脅かすな……!!

脳の血管に正常に血液が巡り始めたようだ。

少しずつ冷静に分析することができるようになった。

どうやら、そいつの体重を支えられなくなった木の枝が折れて、そいつが落ちてきただけらしかった。

案の定、目の前には1本の腕を無くした木が立っていた。

さて……。

落ち着いたとは言え、気分を害した俺は、すぐさまその場を走り去った。

走り去りながら、何度も振り返った。

木々の隙間から、うつ伏せに倒れた人が目に飛び込んでくる。

気持ち悪いっ……!!

そして、考えた。

もしかして……。


「この世界」に不満を持っている者の仕業なのか……!? 




緑道を出ると、いつもの町の姿がそこにあった。

子供たちだけしか見当たらない世界。

俺は背にオレンジの夕陽を浴びながら、息を整えながら、悠々と町の歩道を歩いていた。

しばらく歩いていると、前方から2人のかわいらしい男の子と女の子が現れた。

2人は兄妹らしく、手など繋いで実にほほえましかった。

きっと、これから家に帰るところなのだろう。

門限がないからか、兄妹は悠然と歩道を歩いていた。

「ねえ、お兄ちゃん?」

女の子が男の子に微笑みかける。

「うーん?」

男の子もまた、優しい笑顔を見せた。


「何で、私たちにはパパやママがいないの?」


「え……?」

男の子の表情が一瞬にして曇った。

しかし、女の子の口撃は容赦なく続く。


「ねえ? どうして? あたし、パパやママに会いたいよ。ねえ、お兄ちゃんってば!!」


「いや、それは……」

男の子は顔を真っ青に染め、俯いて黙り込んでしまった。

きっと……。

真実を言ってしまうのが女の子のためにはならないからだろう……。

女の子は泣き崩れ、この世界を恨む事になるだろう。

賢明な判断だよ、お兄ちゃん。

俺は、心の中でソッと囁いた。

兄妹は意味深な沈黙を運びながら、俺の脇をすり抜けて夕陽の中へと消えていった。

ユルセナイ……。

俺は行き場の無い怒りを解消するために、歯軋りした。


ユルセナイ……こんな、くだらない世界!!


と、同時に、この世界に対する怒りは、俺の中で確実に燃え盛り始めた。




「おい、お前どうしたんだ? 元気がねえじゃねえか?」

薄暗い家屋の中、傍らの漂流民が荒々しくカップラーメンを啜りながら尋ねた。

俺はハッと我に返った。

戻ってくる五感。

手元のラーメンはグチャグチャに伸びてしまった。

スープもすっかりぬるくなってしまっていた。

「……気のせいだ」

俺はぶっきらぼうに言った。

しかし、兄貴は見透かしたようにニヤリと不気味な笑みを浮かべる。


「今朝の4人惨殺事件のことか?」


「……」

俺はドキッとした。

さすが、俺の兄貴なだけある。

兄貴は臭い息を漏らしながら、気だるそうに言った。


「全くよお、ガキだけの世界になった瞬間、医療や司法、政治のレベルが極端に下がったぜ。一昔前なら助けられる患者を救えねえ救急隊。意思決定がワンパターンの政治。自分の興味のないことしか放送しねえメディア。……そして、今回は被害者の特定さえできねえポリども。おい、浩二よ。お前も馬鹿じゃねえから、気づいているだろう?“この世界”の限界をよ」


「ん……?」


「成人がいなくなったことによって、明らかに公務の能力が低下してんだ。それはそうだ。公務はそこらへんの学生なんかがその場しのぎでやれるもんじゃねえ。学生のお勉強とワケが違えんだ。つまりだなあ、専門能力の問われる度合いが圧倒的に違えんだよ。救急隊は応急処置くらいしか知らねえ。政治家気取りのガキは政治学さえ学んでいねえ。メディアの奴等は社会学を学んでねえ。警察官は専門的な知識のねえ学生連中がやりゃあ、当然こういう結果にもなるだろう?」


確かに兄貴の言う通り、国会は感情論だけが舞う、いわば子どもの喧嘩場みたいなものだ。

子どもたちはそんな議論に満足して日々の生活を送っている。

ただ、漠然とした理念「大人は生かしておくな」という観念が人々の心に根ざしているだけである。


しかし、その観念でさえも完璧ではない。


現に、20歳を超えた兄貴が俺の目の前にいる。

日本中ともなれば、兄貴のように隠れて生活をしている「大人」なんて数え切れないくらいいるだろう。


この世界は、完璧ではない……!!


「つまるところ、俺が言いたいのはだな……俺は今の世界が大嫌いだってことだ」




俺は自室のテレビに視線を向けていた。

画面は先程から過去のアニメの再放送しか映し出していない。

どうやら、プロデューサーが好きなアニメなのだろう。

これで5回目の再放送だ。

最近のテレビ放映は、プロデューサーやらメディア関係者たちの自己満足番組が延々と流れているだけだ。

俺の好きな番組は親父くさいから、とかいうこじ付けで随分前に放送が打ち切られてしまった。

さらには、このテレビ局の連中はエロい連中で固められているらしく、男女がベッドで交じり合うシーンなどの官能的な番組制作しか行っていない。

昔のアニメの再放送。

新番組を制作したとしても官能番組だけ。

他のテレビ局も内容に違いはあれど、自己満足放送局には変わりない。


いつからこんなにテレビがゴミだと感じるようになったのだろう……?


俺は、テレビのリモコンを強引に捻り潰した。

リモコンは音と火花を立てて大破した。

ベッドに身を投げ出す。

疲れがジワジワと湧いてきた。

目蓋が重くなる……。

しかし、俺の脳内では先程の兄貴の言葉がしつこく旋回していた。

しかし、兄貴の言う通り、この世界は腐っている。


何が自由だ……!!


何が、親は邪魔、だ!!


俺たちの両親を奪い、夕方の兄妹の両親を奪い、好き勝手やっている馬鹿どもが!!


ふざけるな。


邪魔なのは「お前たち」だろう……!!


消えろ。 


今すぐこの世界から消えろっ!!


俺は心の中で叫んだ。

いつまでも叫んだ……。

叫んだ……。




ピーンポーン!!


突如耳に飛び込んできたのは、けたたましいブザーの悲鳴だった。

俺は反射的にのそりとベッドから跳ね起きた。

いつの間にかまた、俺はぐっすりと寝てしまっていたらしい……。

白地のシャツが寝汗をぐっしょりと吸い込んでいて気持ちが悪かった。

背中とシャツがベットリとくっついている。

俺は目を擦りながら自室を飛び出した。

すっかり階段の窓が黒くなっていた。

まだ万全に開かない目を擦りながら、階段を下りていく。

 

ピンポーンッ!!


「しつこいな……あっ!!」

思わず愚痴をつぶやきながら、廊下のインターホンに手を掛けようとした。

白黒の画面には、紺色の制帽と紺色の上着を装着した少年2人が無表情で立っていた。

背後には、真っ赤な光が不気味に旋回しては少年たちの顔を掠めていた。


「け、警察……?」


一瞬にして、眠気が吹き飛んでしまった。

「夜分遅くに失礼します」

無個性な事務口調が機械を介して飛び込んできた。

少年たちは高々と1枚の紙を掲げた。

なにやら小難しい文句が書かれているではないか……。

な、何だ……? 

こいつら……?

一体、何を考えてやがるんだっ!?

どうやら、それは捜査令状だった。

内容は今朝の4人惨殺事件のものだった。


「お宅を隈なく捜索させていただきます」


警察官の少年は無表情のまま冷たく言い放った。


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