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THE CHILDReN  作者: 京華月
5/24

第5話:「惨殺」

注※今回分は多少グロテスクな表現が含まれます。読まれる際には十分ご注意ください。

「……い、いや、これはだなあ……。あ、そうそう!! 最近、ウチによく野良猫が侵入するんだよ! こ、困ったもんだよ。ハハ……」

ごまかし見え見えの失笑。

冗談じゃない……!!

兄貴が杏奈に見つかってしまったら、間違いなく兄貴は……っ!!

考えただけでも、ゾッとする光景が脳内に広がる。

俺はとりあえず、瞬間的に思い浮かんだ言い訳をして杏奈の注意を逸らそうとしたのだが、これは全くの逆効果だったようだ。

杏奈の表情は豆電球のようにパッと明るくなった。

「猫さん? 見たいなあ。行こうよ!!」

 


ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーっ!!!

 


冷静になるどころか、俺の心が掻き乱されていくのを感じた。

何というか……。

腹が立つ……!!

もしかしてこいつ、わざとトボケテいやがるんじゃないのかっ!? 

コイツ……。

コイツ……。

「ど、どうしたの……? 松添くん。そんな怖い顔しちゃって……??」

目の前の殺人鬼は、心配そうな目で俺の顔を覗き込んできた。

俺はすかさず我に返り、笑ってみせた。

「……あ、ああ。いや、今日はその……ちょっと具合悪いの治ってなくてさ。わ、悪いんだけど、今日はもう帰ってくれないか? な?」

半ば強引に杏奈を押し切ろうと試みた。

そう、俺はただ、ただ、目の前にいるこの殺人鬼をとっとと消し去りたかった。

ただ、それだけだった。

けど……。

杏奈は首を傾げて、きょとんとした表情で、

「え? でも、ネコさ……」



「いいからとっとと帰れってんだよおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」



……気がつけば、俺は喉が張り裂けんくらいに怒鳴っていた。

唐突に襲ってくる静寂と俺の荒くなる息。

不気味な白い空間。

突然の俺の罵声に、杏奈の表情が急速に曇った。

気がつけば、杏奈は目に涙を浮かべながら、俺の横をスッとすり抜けていった。



心なしか、優しく玄関の扉がガッチリと閉ざされた。

やる気がない……。

何も……。

何もかも……。

ここは、2階の俺の部屋。

白壁の室内は儚い静寂に満ちていた。

柔らかいベッドに仰向けに寝転びながら、真っ白な天井を見つめていた。

オレンジの光が俺の顔に覆いかぶさる。

眩しいので、体をうつ伏せにした。

脱力感。


……何故、俺はあんなに杏奈に強く当たってしまったのか。


ただ、ただ後悔していた。

あの、杏奈の悲しげな表情がいつまでも俺の脳裏にへばり付いていた。

それは強くへばり付き過ぎて、取っても取っても拭い去ることができずに悶え苦しんでいた。

くそう……。

何て俺は馬鹿なんだ……。

くそっ……!!

心が熱い。

痛い。

俺は言い知れぬ痛みにただ、ただ、むせび泣いた。

茶色い布団に塩辛い液体が次々に降り注いだ。




23人目……23人目、23人目……23人目……23人目、23人目、23人目……23人目えーーっ!! 



今日のワタシは特に機嫌が悪いーーっ!! 


シネ……!!

シネッ!!

 



足元は不規則な土の窪みなどでやたらにふらつく。

時折、視界に太い木の幹が飛び込んでくる。

が、すぐに視界から消え、また別の木の幹が……。

かと思いきやまた別の木の幹が……。

……ん?

見えた! 

俺の彼女だ!! 

早く……早く気づいてくれええええええええええええーーーっ!! 

助けてくれええええええええーーーっ!!


「おーい! 俺だあ、ケンジだあ! 待ってくれ! 置いていかないでくれえええええええーーーっ!!」


うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーっ!!



悲鳴が湿った夜の森を切り裂く。

ま、また、誰かが殺られた……!? 

どこへ逃げればいい……!? 

一体、どこへ!? 

どこへ……!? 

俺はどこにいる!? 

“奴”はどこにいる!? 

目をグリグリと酷使して辺りを捜索する。

と、きょろきょろしている内に、“そいつ”が俺の背中に何かを鋭く叩きつけた。

瞬間、体の内部から真っ赤な血に塗れた桃色の「ソレ」が外の世界に飛び出してきた。

腹部が反射的に熱くなり、激痛が部位をえぐった。



「ああ、あああああああああああーーーっ!? ぎゃわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーっ!?」

 


一体、何が!? 


何が起きているんだ!? 


腹が熱い……!! 


……た、助けてくれえ!!


タスケテ……!! 


イヤダ!!


猛烈な激痛が腹部を飛び跳ねている。

異常な熱を帯びている。


ワケガワカラナイ……!!


ろくに状況も読めないまま悶え苦しんでいると、突如、後頭部に固い何かが圧し掛かってきた。


瞬間、顔面と湿った土とが派手に衝突した。



「うがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーっ!?」



鼻の骨がひん曲がったのを感じた。


鼻の感覚がない。


鼻が熱い……!! 


鼻から赤黒い液体が流出する。


涙で視界が滲む。


激痛で意識が歪む。


追いついてくる痛み。



……ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーっ!!



「お、俺の鼻あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーっ!?」



「死んで……」


自分の悲鳴の合間から甘い女の声が聞こえたかと思ったら、一瞬、脳天に言い知れぬ激痛が走った。

突然、目の前が真っ暗になった。




視界が絶え間なく黄色くまどろんでいた。

滝のように降り注ぐ燦々とした陽の光。

憂鬱な通学路。

俺は風薫る、清涼な緑道を貫いていた。


ああ……。


昨日から埋まらない、この無力感は一体何だろう……? 

留まることのない、この「何かが足りない感覚」は何だろう……? 

まるで、心が浮かんでいるのか沈んでいるのかわからないような、この「やるせない感覚」は何だろう……?

緑のさざめきがそんな俺をけなす。

俺を、見下す。

 

ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!

 

心地の良い、けれども鬱陶しい緑色の風が俺を包み込む。

……俺を急かすのだ。

俺は歩を速める。

急がなければ……。

黄色と緑色がまどろむ遥か彼方に、薄汚れた白色の校舎が目に飛び込んできた。

急がなきゃ……。

いつの間にか駆け足に変わっていたのだけれど。


 


正午だった。

俺が薄暗い教室に入るや否や、傍らの男子と女子のコソコソ話が耳に飛び込んできた。


“今朝、校舎の裏の林で惨殺死体が4体発見されたらしいぞ”


少年の声に、思わず俺の足が止まった。

“え? ウソ?”

“ああ。なんでも、4人とも原形がわからなくなるくらい頭を粉々に潰されて殺されていたらしい。中には派手に内臓をぶちまけている奴がいたとか”

“ちょっとお、お昼前にそんなこと言わないでよ……!! うげ……”

ゾッとする話だな……。

おかげですっかり食欲も失せてしまった。

しかし、そんなおぞましい事件が起こっていたとは……!!

というか……学校の裏??

俺は思わず杏奈の席に目をやった。

そこに、あの快活な栗毛色の髪の少女は見当たらなかった。

言葉に出来ない不安が俺を襲った。

鼓動が喚いている……。

まさか……!!

いや、違うさ。

そうだ!!

きっと、お昼ご飯を買いに行ったんだろう!!

そうに違いない。

うん。

あとで、杏奈にはちゃんと謝らないと……。

「あれ? 松添くん?」

早速、聞き覚えのある声が俺の肌をなぞった。

「あ、杏奈!?」


反射的に振り返ると、そこには確かに栗毛色の少女が立っていた。


しかし、雰囲気というか何というか、肌で感じられるものには杏奈とは似ても似つかないものがあった。

少女はクスクスと上品に微笑んでいた。


「もう、松添くんてば……私は姉の方ですよ」


「あ……悪い。萌奈か。スマン」


俺は恥ずかしくなって頭を下げた。

萌奈は再びクスリと上品に微笑んだ。

この双子姉妹、外見は瓜二つなのだが、性格と雰囲気は逆といっても過言ではないくらい異なっていた。

基本的に、杏奈は庶民的な雰囲気を髣髴させるのだが、萌奈は気品というか、どことなくお嬢様的な風格を感じることがあった。

萌奈は微笑を消し去り、俺に尋ねた。

「いいえ。杏奈ちゃんに用事ですか? 伝えておきますよ?」

どうやら、杏奈は昨日の出来事を萌奈に話していないようだ。

しかし、萌奈には……。

萌奈には、ちゃんと話しておかなければいけないだろうな……。

俺は事細かに昨日の出来事を萌奈に告白した。

萌奈は終始、真剣な表情で俺の話に聞き入っていた。

俺が話し終えたところで、萌奈が口を開いた。

「本当ですか? 杏奈ちゃんは昨夜、特に変わった様子はなかったのですが……」

「今日、あいつは休みなのか?」

「いえ、今朝杏奈ちゃんは私より早く家を出ましたし、そんなことはないはずなのですが。来ていないのですか?」

「いや……そんな、まさかな……」

基本的に伊達家は萌奈が家事全般を担当しているので、必然的に登校は杏奈の方が早くなるのだ。


じゃあ、やはり俺の杞憂なのかな……?


うん。

そうだ。

今日は弁当だけでは足りず、食堂にでも突っ走って行ったに違いない……!!

休み時間が終われば、満腹で幸せそうな顔して帰ってくるだろう……!!

「どうかしましたか……? 松添くん」

萌奈が心配そうに俺を見つめてきた。

「いや、なんでもない! 俺の勘違いだ。フウ……」

思わず安堵の溜息がこぼれてしまった。

萌奈は、そんな俺を見てクスリと微笑んだ。

「やはり、面白くて優しい人ですね。松添くんは」

「そ、そんなことねえって! あれだけ酷いこと言っちゃったんだ……。謝るのは当然だろ?」

「いえいえ、でも杏奈ちゃんは怒っていないと思いますよ?」

「で、でも、謝るのは礼儀だ!!」

「松添くん、相変わらず律儀な人ですね」

「まあな!!」

俺と萌奈は笑い合った。

突如、ぎこちないチャイムが割って入った。

フウ……。

これで杏奈が戻ってくる。

そして、午後の憂鬱な授業が始まる……。




深い、不快な雑木林。

背の高い木々が無造作な間隔で生えている。

薄暗く湿った木々の下、1人の警察官らしき少年が懸命に地面に視線を向けていた。

どうやら、捜索をしているらしい。


ここは今朝、惨殺死体が4体も発見された、あの雑木林である。


しかし、捜査の進展は芳しくなく、犯人の特定はおろか被害者の特定さえままならない状況だった。

少年は顔中泥だらけにしながら、ひたむきに捜索を続けていた。

かさばる草木をどかしたり、土を掘り起こしたりしながら。

その後、正味3時間ほど1人で付近を捜索したのだが、被害者を特定する手がかりや、犯人を特定する手がかりの1つも見つからなかった。

「収穫なし、か……」

少年がガッカリした表情で引き揚げようと立ち上がった、その時、

「……ん?」

雑木林の奥の方に、何やら紅い手帳のような物があった。

駆け寄って拾い上げてみると、表紙には“学生手帳”と金色の文字が印字されていた。

「これは……もしかして被害者の? いや、もしくは犯人の手帳かっ!?」

少年は土塗れの手ですぐさま手帳を開き、中身を確認した。

目の前に飛び込んできたのは、栗毛色の少女の写真だった。

しかも、なかなかの美少女だ。

思わず見惚れたりする……。

うわっ!?

仕事中に何をやっているんだ!?

僕は!!

と、少年は氏名の欄に目を向けた。

そこには……



「伊達……杏奈?」



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