第21話:「同調」
濃紺の闇の中に、漆黒の闇色の髪が優雅にたなびく。
徐々に冬を予感させる風が、2人の間をしずかにすり抜けていく。
人間たちは消えさってしまった方が良い。
何と非情で恐ろしい考えなのだろうか?
ただでさえ自然を破壊し、この地球上で傲慢に振舞ってきた俺たち人間。
そして、今度は自分たちの親を破壊した。
周りの大人たちも破壊してきた。
では、次に犠牲となるのは一体何か?
俺は固唾をのんだ。
心臓がトクトクと震え出す。
そうか……。
自分たちの親でさえ殺してきた子供たち。
自分以外の他の子供たちなんて、殺してしまうのに何の躊躇いもないだろう。
そういった醜態を晒すくらいなら、いっそのこと地球上から人間たちは消えさってしまった方が良い。
そういうことなのだろう。
その考え方自体はそこまで珍しいとは思わない。
桑田敏男も話していたし、そういった考え方になる人がいるのも珍しくないだろう。
しかし、恐るべきなのは目の前のこの少女が、どれだけ上に見ても中学生にしか見えないということだ。
冷や汗が頬を伝う。
そこまでの思考をこの小学生、中学生の少女ができているという事実。
「あなたはどう思うの?」
ドクン。
心臓が隆起するような声を上げた。
小学生とは思えぬ威圧感を覚えた。
少女は無表情のまま、冷めたような表情で俺を見つめている。
気圧されそうだ。
心臓が押し潰されそうになる。
ドクン、ドクン、ドクン……。
逃げたい。
すぐさまこの場所から立ち去りたい。
しかし、まるで彼女の目に縛り付けられているかのような不思議な感覚が体を支配する。
「ねえ?聞いているの」
無表情だが、少女の語気に苛立ちが感じて取れた。
どうしよう……?
話すべきなのか?大人と子供の共存を。
まさか、こんな華奢で幼い少女が人類滅亡論を唱えていようとは……。
確かに、彼女からはただならぬ何かを感じとってはいたが、ここまで恐ろしい考え方を心に宿していたなんて……。
ここは、ひとまず誤魔化そう。
相手は自分よりも小さい子供だ。
恐るるに足らない。
「いやーすごい考え方を持っているんだね!すごいね!」
「?」
少女はきょとんとした表情を見せる。
よし……このまま適当に誤魔化して、この場から逃げ出そう!
それが一番安全だ。
「俺も最近の子供たちのわがままさ加減にはうんざりしてたからさー。そういう考え方にもなっちゃうよねー。人類が全部滅亡かー。悪くないなあ。どうせ人口も激減傾向にあるわけだしね。このまま全員いなくなってしまってもいいかもね。ハハハハハ!」
「……」
少女は何かつまらなそうな、わけがわからないといった表情で首を傾げた。
俺は笑いを止め、少女の口元に目を移し、次の言葉を待った。
そして、桃色の唇が言い放った。
「自分の意見を持っていないんだか、隠しているんだか知らないけど、情けない人だね」
心臓にグサリと突き刺さるような言葉。
次の瞬間、視界から少女の口元が消えていた。
濃紺の闇が徐々に赤みを増していく空。
鳥たちのさえずりが耳を突く。
バタンッ!!
扉が閉まるような音。
俺の体が一瞬痙攣を起こした。
いつのまにか少女は姿を消してしまっていた。
俺は安堵の溜息を吐いた。
助かった……。
しーんと静まりかえった赤い絨毯の廊下。
……誰もいない。
周囲に気を配りながら、俺は愛輝の部屋の扉を目指す。
しーんと静まりかえった扉。どの部屋も重そうに閉じたままだ。
「!!」
ふと、後ろを振り返る。
後方も前方同様、別段変わった印象はない。
扉は重たく閉ざされ、しーんと静まりかえった赤い廊下。
安堵の溜息が零れる。
魔物はいないようだった。
ようやく、愛輝の部屋の前に辿り着いた。
何故か長旅のように感じられた夜だった。
また、何か起きそうだな……。
桑田の死から、はや一日。
似たような胸騒ぎを覚えながら。
ただ、そんな一抹の不安を抱きながら。
扉の取っ手にそっと手を掛けた。
人間絶滅……か。
少女の無表情な顔が脳裏をよぎる。
それも有りかもしれない……。
ここまで人を疑いながら生きなければいけないのならば。
ギギィーーーーーーー。
扉が軋むような声を張り上げ、俺を青白い部屋の中へと飲み込んだ。