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THE CHILDReN  作者: 京華月
20/24

第20話:「第3番目の考え」

こういう感覚をビハインド・プレッシャーと言うのだろう。

背後から襲い来るであろう、魔物。

その緊張感がプレッシャーとなって俺の心臓に圧し掛かる。

ドクン……ドクン……。

まさに心臓を震わす「恐怖」であった。

3つの影が真っ赤な廊下を風のように駆け抜けていく。

3つの息が交互に重なり合っている。

今はただ、闇雲に手を振った。

力強く走り抜けた。

苦しい……。

息苦しさのせいで、集中力が切れ掛かる。

突如、鋭い声が鼓膜を突いた。

「こっちだ!!」

我に返った俺の視界に飛び込んできたのは、木の扉だった。

次の瞬間、手が俺の背中を叩き……。

ドキッと心臓が悲鳴を上げた。

しかし、すぐに俺はその扉の奥へと吸い込まれた。


バタンッ!!

俺は勢いよく床の上に叩きつけられた。

ガチャリッ!!

乾いた金属音が響き渡る。

鍵がかかった音のようだ。

ハア……ハア……ハア……。

俺は床の上に寝そべりながら、ゆっくりと乱れた息を整える。

火照った頬を絨毯の毛がチクチクと刺す。

足はパンパンに膨れ上がり、立つことさえも許さない。


しかし、この閉じられた扉に俺は安堵の溜息を零した。

もう、あの魔物に、捕まることはない。

それだけで十分だった。

助かった……!!

心の中がゆっくりと晴れ渡るのを感じ取った。

まるで、冷涼な水を注ぎ込まれた植物のような。

そんな清々しい気持ちが心の中を支配する。


……俺はもう、安全なんだ。やった!!


「ここは……?」

ふと、傍らの壁にもたれるようにして腰掛けていた千鶴子が口を開いた。

千鶴子もまた、細い肩を上下させている。

そうだ……。

ここは一体どこなんだ?

俺は目の前に腰掛けている愛輝のさらに奥に目をやった。

見慣れた蒼白い内装。

カチコチと時を刻む柱時計。

濃紺の空を描き出す窓。

そう、先程まで俺たちが話し合いをしていた俺の部屋の内装と瓜二つだ。

じゃあ、ここは……?

誰かの客室ということか……。

「ああ、ここは5階の俺の部屋だ」

座り込んでいた愛輝はすっくと立ち上がり、静かにつぶやいた。

そうか……俺たちはいつのまにか3階から5階まで駆け上がっていたのか……。

ホ……ッ。

それを聞いて、改めて俺の心臓の鼓動が平静を取り戻した。

再び床に力なく突っ伏す俺。

千鶴子も安堵の溜息を零した。

うん……。これで、ひと安心だ。

と、再び愛輝がぼそりとつぶやいた。


「今頃、あいつは鬼のような形相でお前の部屋に奇襲をかけているだろうな」


ゾクッ……。

愛輝の零した言葉に、俺の背筋が一瞬にして凍りついた。

そんな怖いこと……言わないでくれ!!

今、この2階層下の俺の部屋では……地獄のような光景が繰り広げられているということか……。

ゾクッ……。

想像しただけでも恐ろしい。

いや、想像などしたくもない!!

と、愛輝が小さな欠伸を零した。

「今日はもう疲れた。寝るぞ」

愛輝は今一度、俺の方へと歩を進める。

そして、扉に手を掛け、今一度部屋の鍵をキッチリと締めなおした。

ガチャリ!!

そして、愛輝はそのまま蒼白いベッドの中にその身を沈めた。

心地良さそうな寝息が聞こえてくるまで、時間は大して掛からなかった。






静寂に満ちた室内。

2つの寝息が鼓膜を揺らす。

さらに、その寝息の合間を縫うかのように時計が時を刻む音。

カチカチ。

カチカチ。

……眠くならない。

一体、この部屋に辿り着いてからどれだけの時間が経ったのだろうか?

部屋に到着してからというもの、濃紺色の窓は一向に明るさを取り戻さない。

2時間くらいは経ったのかな……?

俺は絨毯に仰向けになり、蒼白い天井をじっと見つめた。

……先程の慌しさから考えると奇妙なくらい静かだ。

先程までの慌しさは一体どこへ行ったのだろうか?

そして、階下での恐ろしい営みは、もう終わりを告げているのだろうか?

……。

思えば、この塔に来てからもう3日の月日が経とうとしている。

しかし、塔内での人間関係の亀裂が次々に生じるばかりで、この塔に来て何一つ得たものがない。

てっきり、かすみさんと松下さんが何らかの支持を出し、今の世界を変えようと皆で行動を起こすものかと思いきや……。

それは見事なまでにただの想像に留まった。

実際は、この塔内で“生活”しているだけ。

本当に何もしていないのだ。

かすみさんは一体何を考えているんだろう?

何故、この塔にこれだけの人間を集めたのだろう……?

今までの生活の中で、この塔に人を集めた理由が何一つ思い当たらない。

日を追うごとに深まる謎。

そして、不安。

俺は本当に元気にまた、“あの場所”へ帰れるのだろうか?

2人のいる、“あの場所”へ……。


ともかく明日を信じて、今やるべきことをやっていくしかないのだろう……。

まあ、できれば明日から復帰して、塔内の人たちと話をしていきたいけれど……。

とてもじゃないが、今のこのままの状態だと恐ろしくて外をふらつけない。

やはり、背後が怖いのだ……。

あの、魔物が来ないだろうか?

あの、魔物が俺に襲い掛かってこないだろうか?

背後から、またあの鋭利な爪を俺の肩に突き立てられ、鋭利な刃物が俺の首筋を……。

想像しただけでも、ゾクッと背筋に戦慄が走る。


どうしよう……?

怖い……。

でも、千鶴子さんはがんばってしっかり調べているんだ。

営業の仕事をしていたとはいえ、近づくことさえしたくない山元や内田に自ら近づき、喉から手が出るほど欲しかった情報を入手してきたのだ。

俺だけがまだ情報を集められていないのだ。

俺だけ全く情報を得られないんじゃ、俺はただの2人の足手まといじゃないか!!

このままでいいはずがない。

ひとまずは……今は明日に備えて寝るべきだろう!?

そして、明日に思い切り情報収集してやろうじゃないか!!

よっし!!

俺はゆっくりと目を閉じた。

真っ暗闇に包まれる視界。

聞こえてくるのは時計の針が時を刻む音のみだ。

カチカチ……。

……。

カチカチ……。

……。


眠れない。

くっそう!!

強引に寝返りを打つ俺。

愛輝と千鶴子が健やかな寝息を立てているのが見える。

なんとかして……。

なんとかして……2人の役に立たないとな!!

再び目を瞑る俺。

……。

……。

やっぱり、眠れない。

……そうだな。

なんとかして他の塔内の人に接触して、話を聞きださないと!!

スー……。

スー……。

……。

眠れない!!

もういい!!

どうせ、朝までもうすぐだ!!

ゆっくり寝ている暇なんてない!!

もしかしたら、今でも誰かプレイルームに遊びに出ているかもしれない!!

よしっ!!

俺はすくっと立ち上がった。

軽く服を叩いて、ホコリを払う。

よし、行くぞ……!!

俺は暗闇の中に潜む扉を、音を立てぬようにソッと開いた。

ゆっくり……そうっとな。そうっと……。

扉は完全に開かれ、再びゆっくりと音を立てぬように閉じた。

ちょっとした達成感に満たされた。

よしっ!!急げ!!

俺は真っ暗な真紅の廊下へと繰り出していった。


薄暗い景色に映える真っ赤な廊下。

淡い白のライトが壁から廊下を照らし出している。

俺はおそるおそるエレベーターの方へと突き進んでいく。

……どうだろう?

周囲をきょろきょろと探りながら、俺はエレベーターのボタンを押した。

エレベーターがゆっくりと5階へ上昇してきた。

そして、3階でしばらくの間、エレベーターが停止してしまった。

その時、俺の脳裏に一抹の不安がよぎった。

大丈夫かな……?

3階から、奴は、魔物はこの5階にのぼってきてないだろうか?

もし、この瞬間にあの魔物がこのエレベーターに乗り込んでいたら……。

ゾワッ!!

寒気。

怖気。

と、再びエレベーターが上昇を開始した。

3……4……5。

スッと止まるエレベーター。

5の文字を光らせたまま、エレベーターが静止する。

ごくりと飲み込まれる唾。

俺はブルブルと震える両腕で構えていた。

この扉の奥に、誰かが乗っているのだ。

鼓動がいよいよ暴走し出した。

さあ……来い!!

頬を伝う冷や汗。

ややあって、ゆっくりと開かれるエレベーターの扉。

「!!」

一瞬、心臓が止まりそうになった。

そう、そこにいたのは昨日の深夜に現れた、小学生くらいの不思議な少女。

そういえば昨日の深夜も、少女はこの深夜帯に起き出して、このエレベーターに乗ったような気がする。

「……」

「……」

俺と少女はしばらくの間、お互いを見詰め合っていた。

見詰め合ったままの静止。

ややあって、ようやく痺れを切らしたのか、少女が先に口を開いた。

「……乗らないの?」

少女がボソリとつぶやいた。

「……あっ!! 乗る乗る!!」

ふと我に返った俺は、まるで魔法が解けたかのように動き出した。

そして、慌しくエレベーターに乗り込んだ。

扉がゆっくりと閉まり行く。

エレベーターは、最上階のボタンのみが点灯したまま、ゆっくりと動き出した。



ひっそりと静まり返った食堂前の大きな扉。

真っ暗な廊下が延々と続いている。

その最奥には色素が薄れてきた濃紺の窓。

前を歩いている少女は、まるで窓に吸い込まれるかのように、そちらに向かって歩いていた。

俺はと言うと、その少女の後ろをピタリとついていく。

すごく静かだ……。

俺は息を呑んだ。

当たり前だが、人の気配が全くない。

3階や5階のように、人が寝ている階層ではないため、人の気配が全く感じられないのだ。

不思議だ……。

3階や5階と同じ風景なのに、ここまで雰囲気が変わってしまうものなのか?

ガチャン!!

突如、重たい扉が開かれるような音が鳴り響く。

俺が我に返ると、俺たちは薄れた濃紺の窓のすぐ傍にまで歩いてきていた。

そして、先程の扉が開かれる音の正体は、その窓の脇についている扉だったようだ。

少女が扉の取っ手を掴み、今に濃紺の窓の外の世界へと入り込もうとしている。

扉が開かれると、肌寒い空気が俺の体に体当たりしてきた。

……寒い。

ピューと不気味な音を立てながら、風が廊下へと降り注ぐ。

と、次の瞬間、少女の体はその扉の奥へと吸い込まれていったのだ!!

ガシャアンッ!!

再び静寂を取り戻す真っ黒な廊下。

ゴクリと固唾を飲み込む俺。

おそるおそる、その扉に手をかける。

ヒヤッ!!

心臓が勢いよく鼓動を始める。

扉の枠は外気温のせいか、非常に冷たくなっていたのだ。

扉は押しのけると、案外簡単に開いた。

と同時に、ひんやりとした空気が俺の体をなぞった。

寒い……。

息が白い。

徐々にではあるが、冬が徐々に近づきつつあるせいなのかもしれない。

窓の外側の世界には、一面の濃紺の空。澄んだ心地良いほどの空気。

夜風が絶え間なく静かに吹き付ける。


ここは……そうか!!

ここがちょうど、この円塔の屋上になっているということか!!

見えない呪縛のようなものから、解放されたかのような感覚だ。

非常に清々しい。

今までは、塔内で濁ったようなまずい空気を吸い続けてきた。

しかし、ここの空気はまさに大自然が与えてくれた美味しい空気。

気持ちいい……!!

思わず、伸びをする俺。

全身の疲れが抜けていくようだ。

少女は空と円塔とを分け隔てている奥の柵に寄りかかり、まるで静止した絵のように濃紺の空を見つめ始めた。

すごく……幻想的な風景だ。

芸術的な。

綺麗だ……。

あっ!!

そうだ。

この子に聞いてみよう。

この子はどんな経験をし、どんなことを思い、ここにやってきたのか!?

この子は他の誰にもないような考えを持っていそうな気がする。

そう、今それを明らかにしてみよう。

まあ、所詮は小学生の考えでしかないのだろうけれど。

俺は足音を立てぬよう、少女の元へと歩み寄った。

少女は静止したままだ。彼女の髪だけが夜風にたなびいている。

俺はおそるおそる少女に問いかけた。

「ねえ……?」

「なに?」

少女は静止したまま、聞き返した。凛とした声だ。

「君は何故、ここに来たの?」

「……」

黙り込む少女。

夜風が少女の髪をさらおうと試みているのか。

少女の髪が柵をピシパシと叩いている。

ややあって、少女はこちらに向き直った。

そして、恐るべきことをつぶやいた。


「人間なんてこれを機に地球上から滅びてしまえばいい……。私は、人間の歴史に終止符を打ちたくてここに来たの」


えっ……?

俺は言葉に詰まってしまった。

口をだらしなく開けていただろう、俺に構うことなく少女は続けた。


「人間は勝手だよ。自分たちの都合のいいように生きて、それでも幸せだと認めなくて、地球上の他の生物や地球に迷惑をかけてきた。ほら、この星空だってそうでしょ? 私たち人間がいるせいで、ここから見える星はみな薄汚れているんだよ? 本当はもっともっと綺麗で広大な空のはずなのに。海だってそうでしょ? 誰がゴミや汚れを垂れ流したの? 本当はもっともっと綺麗な海のはずなのに。私たち人間が奪ったんだよ? 殺したんだよ? そして、今度は自分たちの都合で両親を殺したんだよ? もう意味がわからないよ……人間なんて。何がしたいの? 今度は何を殺すの? そのうち、もうあと殺すのは自分しかいなくなっちゃうんじゃない? だったらこの先、未練がましく生きているよりはさっさと人間の歴史に終止符を打っちゃっていいと思う。私の考え、間違えてる?」


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