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THE CHILDReN  作者: 京華月
14/24

第14話:「展開」

今回分も残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。

深夜0時。


ひっそりと静まり返った真っ赤な廊下を、俺と愛輝がドカドカと通り抜けていく。

ひとまず、伊東千鶴子とは別れた。

明日、また3人で会うことを約束し、今後の方向性を考えることを決めた。

とっておきの遊び場。

一体、何のことなのだろうか?

どうしても、言葉の裏を窺ってみてしまう。

殺されないだろうか?とか。

裏切られないだろうか?とか。

鼓動が思考を揺さぶる。

しかし、愛輝はズカズカと横暴に真っ赤な廊下を進んでいく。

と、大きな茶色い扉が俺の視界に飛び込んできた。個室の扉の2倍はありそうな扉だ。

ようやく愛輝の足が止まった。

「ここは、塔の居住者たちが退屈しのぎに訪れるプレイルームだ。3階にも同じような部屋があるが、あっちは面倒くさい奴等の溜まり場になっててな。良識のある奴等は、わざわざこの5階までやってくる」

愛輝が扉に手をかけ、一気に開いた。


ギギーーーーーッ!!


耳を突く金切り声。

そして、目に飛び込んできた光景は、淡い蛍光灯に照らし出された、無数のビリヤード台だった。

幅は巨大な会議室くらいあるだろうか。

最奥には一面に広がる夜の森。

そして、中央の台では2人の男女が既にビリヤードを楽しんでいた。

 

カコンッ!!


とっておきの遊び場って……。ビリヤードのことだったのか!?

拍子抜けしたような。安心したような。

俺は思わず、ホッと胸を撫で下ろした。

無駄な不安は溶けて消え去ったようだ。

一方の男女2人は、俺たちの突然の登場に目をパチクリさせていた。

ボールだけが無情に台上を転がっている。

愛輝は構わず、ズカズカと中央のテーブルに足を運んだ。男女の表情に緊張感が芽生えていた。


こいつ、何をしでかすのか……?


せっかく平静を取り戻した心臓が、再びハラハラと居心地悪そうに唸り出した。

中央の台の前で、愛輝の足がピタリと止まった。

誰だ?このガキ共は?

とでも思っていそうな表情である。

男女2人の視線が警戒心を解いていないことを表していた。


「退屈だ。俺と勝負しないか?」


一瞬、凍りつく空間。

2人が顔を見合わせた。

表情で語り合っているかのようだ。

そして、ノッポの男の方がゆっくりと口を開いた。

「……いいよ」

男は愛輝にキューを手渡した。

してやったり顔の愛輝が俺を振り返る。

「浩二もやるか?」

俺は、ビリヤードの経験がなかった。

何だか恋人たちの邪魔をしているみたいで、あまり気も進まないような感じだ。

俺は首を振った。

「俺は見てるだけでいいよ」

「そうか。じゃあ、彼氏の方と戦わせてくれ。最初だから、シンプルにナインゲームといこうか」

「了解」

そして、愛輝とノッポの男の真剣勝負にもつれ込んだ。


「……」

「……す、すごい」

ノッポの男は唖然としていた。口をあんぐりと開け、台上の営みを見つめている。愛輝が次々に繰り出すショットが、的確にボールを射抜き、ポケットに吸い込まれていくのだ。

愛輝は嫌味たっぷりの笑みを浮かべる。

「お前に打たせずに終わりそうだな。彼女の前で恥をかかせてしまってすまないな」

愛輝が再び、キューを構えた。台上には、9のボールのみ。1~8のボールは、全て愛輝が1人で処理してしまった。獲物を狙う鷹のように、慎重に狙いを定める。

 

すごい……。


ルールの知らない俺でもわかる。すごい……。やっぱり、こいつはすごい奴だ……。

カコンッ!!

愛輝が放ったボールが、鋭く9のボールを掠めた。

押し出された9のボールが、ジワリジワリとポケットへと近寄る。

室内の面々の視線が、1つのボールに注がれる。

固唾を飲んで、注がれる。

「……」


……。


9のボールが、穴の手前でゆっくりと静止した。


動かない……。

すんでのところで止まった。

愛輝の舌打ちが室内に響き渡る。魔法が解けたかのように、室内の面々が動き出す。

緊張感から解き放たれて笑顔をこぼす。

「ちっ! 弱すぎたか」

愛輝が悔しそうに床を蹴飛ばした。

結局、9のボールは、ノッポの男が仕留めてゲーム終了となった。

「しかし、君、ビリヤード上手いんだね」

ノッポの男はホッとした表情で言う。彼女の前で何とか勝ちを拾えたためだろう。

しかし、愛輝はフッと悲しげに笑った。

「……まあな。死んだ兄貴が、俺に嫌というほど、指導してくれたからな」

室内の空気が一瞬にして凍りつく。

ノッポの男が慌てて頭を下げる。

「す、す、スマン!! ……嫌なことを思い出させてしまったようで」

「……いや、別に気にしてない。お前たちだって似たような理由でここにいるんだろ?」

すると、不意にノッポの男の目つきが鋭くなった。女は目に涙を浮かべ出した。

「ああ、実は……俺と理絵はお互い片親だったんだ。それで気が合って付き合い始めたんだけど。それが、5年前の話だったかな? でも、その時から世間が不穏な動きをし始めた。子供だけの世界を掲げて、子供たちが大人たちを大量に殺害し始めた。そして、俺の母親も近所の子供に殺された……。理絵のお父さんも殺された。許せなかった。いずれ、結婚して2人に報告しようと心に決めていたのに。その夢を奪われたんだ。許せないよ、子供たちが……あいつらが」


ノッポの男はギリギリと歯軋りをし始めた。


俺は、胸を突かれるような感覚に陥った。

心臓が騒ぎ出す。思考回路が騒ぎ出す。


やっぱり……皆、子供たちを恨んでいるから、ここに来ているんだ。

そんな人たちに、子供と共存しようだなんて、とても言えたものではない。言えるわけがないっ!!

やっぱり、人の価値観を変えるなんて到底難しい……。

愛輝の言っていることに、ようやく心の底から納得できた。

室内に不穏な空気が漂う。愛輝はキューをしまいながら、ぼそりとこぼした。

「ああ、奴等は許せない……」


冷たい目だった。


愛輝の目が。


まるで、本当に心の底から子供を恨んでいるかのような。そんな目。

俺たちはプレイルームを後にし、真っ赤な廊下を並んで歩いていた。先程から、傍らの愛輝は俯いていて何を考えているのかわからない。

でも、意外に思ったことがあった。


愛輝も子供たちのことを……?


聞いてみたい。

もっと、愛輝のことを知ってみたい。

俺はそう感じていた。

「愛輝も、兄貴がいたんだな」

俺は誰ともなしにつぶやいた。愛輝は顔を上げた。


「うん? ……ああ、あれはでっち上げの嘘だ」


「えっ!?」


何故!?

嘘だったの!?

意外な真実に、俺は驚きを隠せなかった。

と、愛輝は得意げな表情で口を開いた。

「奴等の考え方を見抜くためのフェイクだ。同情を誘うようなことを話すことで、奴等も自分たちの経験を話してくれる。話のわかる連中には、このギブアンドテイクの精神で何とか聞き出せると思ってな。さっきのは全て演技だ。俺に兄貴はいないよ。ただ……」


愛輝はふと遠くを見つめるような目をした。どことなく悲しげな。どことなく苦しそうな。


俺は、愛輝の心の中身を見たような気がした。

「ふん、まあ、昔の話だ」

愛輝は俯いた。先程の言動を蹴散らさんばかりの態度の変貌ぶりだ。

一体、愛輝は何を考えているんだろう……?

「愛輝?」

「ん? ああ、俺も何かを失ってここに来た部類には変わりない。それだけは、本当だ」

「……」

それまで険しかった愛輝の表情が、どことなく弱々しく見えた。本当に先程の強気な少年なのだろうかと、疑問を抱いてしまうくらいの変貌ぶりだった。

「じゃあ、俺はさっさと寝る。明日の朝、また塔内を案内してやるよ」

「おお、おやすみ」

俺は、立ち去っていく愛輝の背中を見つめた。小さな背中。

古谷愛輝、か……。

どことなく生意気な奴だが、決して悪い奴ではない。そして、頭が切れる。

頼りがいのある奴だ……。目つきは悪いが、たまに弱々しい素振りを見せるのが、どことなく親近感を抱かせてくれた。

俺はホッと胸を撫で下ろした。







ゴゴーーーーー……。

静かに作動するエレベーター。

乗客は俺1人。

背後には、漆黒の海に沈む山林。

価値観は違っても、どちらかが主張を抑えれば、仲間でいることはできる。

愛輝のその言葉が、俺の心に柔らかく響いた。

心が軽やかになる不思議な言葉だった。

よっし……。

もっと、「仲間」を増やそう。

俺たちの価値観を押し付けることなく、かつ誰も損をしない方法。まずは、人間として認められることが必要であるということ。相手に俺という存在を認めてもらうということ。

そうだな。まずは、真理恵さんを「仲間」にしておこう。

真理恵さんも話のわかりそうな人だ。今度、声を掛けてみよう。

突如、エレベーターの扉が開かれる。

次の瞬間、目の前に2つの瞳が現れた。

「うわあーーーーーーーっ!?」

敏感に反応する反射神経。全身の毛が逆立つような戦慄が体中を駆け巡った。

「びっくりした……どうしたの?」

柔らかい少女の声だった。

俺はおそるおそる視線を戻す。


そこには、小学生高学年くらいだろうか。幼い容貌をした少女が俺を見つめている。


何だ……子供か。

ホッと胸を撫で下ろす。心臓のトクトクとした鼓動が響く。

でも……何で、こんな時間に子供が起きてるんだっ!?

もう深夜の1時じゃないかっ!?

「眠れないから」

蚊の鳴くような少女の声。

「……へっ!?」

「眠れないから、屋上を散歩しようと思って」

「……は、はあ」

空気の抜けたような生返事。気持ちが悪いな。まるで、俺の心を読んでいるかのようだ。俺がエレベーターから降りると、少女はスッと俺の脇をすり抜け、エレベーターの中へと吸い込まれていった。

ゴウン……。ゴウン……。

エレベーターの鳴き声が扉越しに響く。

な、何だったんだ……?

少女の無機質な雰囲気に、俺は唖然としていた。

虚無感さえイメージさせられる。

不思議な少女。


幼い容貌とは裏腹に、何か恐ろしい感情を心の中に飼っていそうな雰囲気。


何者だ?あの娘……。

しーんと静まり返った真っ赤な廊下。

鼓動のうねりがジワジワとのしかかる。

落ち着け……。

俺……。

鼓動は速度を増すばかりだった。

俺はしばらくの間、その場から動くことが出来なかった。






「おう、来よったか」

桑田がにんまりと老いた笑いを浮かべる。

蒼白い光に包まれた室内。

その室内には、もう1人薄暗い雰囲気を放った者がいた。

「……」

「まさか、この世の中にこんな奴がいるとはな……。世の中の流れなのか」

カラカラと笑い声がこぼれる。

「……」

再び、重苦しい沈黙が咲く。

「ぜひ、協力してもらうよ」


銀色に光る。

背中に鋭く衝突した。

皮膚を蹴破って、肉を引き裂く感覚。


「……な?」

桑田も背中に違和感を覚えたのか、背中を振り返る桑田。

そこには、一筋の銀色の光が生えていた。どす黒い液体が刃を伝う。床を叩く。

グチャッ!!

影は刃を一気に引き抜いた。大量に飛び散る真っ赤な氷雨。真っ赤な肉片。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」


桑田の表情が苦痛に歪む。滲み出す冷や汗。桑田はその場に蹲り、どす黒い液体を大量に吐き出した。

「い、いでえ……。き、き、き、貴様あ……な、な、なあーにをっずるうっ!?」

床の上で悶え苦しむ桑田。

あまりの激痛に、桑田の瞳に涙が光る。

再び、銀色の刃が暗闇に微笑む。


「あっ……や、や、や、やべおっ……。ぎ、ぎいいやあああああああああああああああああああああああああああああーーーーっ!!」


恐怖に歪んだ両の瞳。

引きつった頬。

銀色の鋭利な光が、桑田の喉に到達した。

喉を縦横無尽に抉る銀色の刃。

真っ赤な噴水が幾度となく寝室を汚した。


グシャッ!!

グチャッ!!

パシャッ……!!

ビチャビチャ……。


軽快な肉を削る音と共に、紅い雨が室内に降り注ぐ。

「ハア……ハア……」

沈黙と同時に、乱れる呼吸。

目の前の、血塗れの肉塊が、ついに動かなくなった。


そいつは、どす黒い返り血を浴びた髪の毛を振り乱しながら、闇夜に白い歯をこぼした。


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