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THE CHILDReN  作者: 京華月
13/24

第13話:「会議」

薄暗い真っ赤な廊下。ひっそりとしたその廊下を、淡い蛍光灯が照らし出す。

両脇には、整然と立ち並ぶ扉。

扉は重厚な雰囲気を放ちながら、俺を一心に見つめてくる。

奇妙な圧迫感だ。

気持ち悪くさえ、ある。

俺は固唾を飲んで、歩を進める。

やがて、「510」と名付けられた扉の前に辿り着いた。

ここだな……。

思わず、扉に耳を押し付ける。

生暖かい扉の感触が頬をなぞる。

「……」

「……から……」

固く閉ざされたその扉の奥から、ボソボソと話し声が聞こえる。

おそらく、先客がいるのかな?

桑田は確か、仲間がいると言っていた。

仲間……一体、どんな仲間なのかな?

桑田自身が貧弱な印象のため、強面の連中を率いていることはないだろう。

オジサンの言葉にも耳を傾けることのできる、心の優しい連中に違いない。

……うん、そうであって欲しい。

そうだと思う。

俺は、おそるおそる扉を叩いた。

コンコン……。

静かなる木の音。

突如、話し声がぷっつりと途絶えた。

奇妙な緊張感が走る。

来る……!!

誰かが、近づいてくるような気配。

ややあって、扉が勢いよく開け放たれた。

「……誰だ?」

扉の隙間から現れたのは……色白の小奇麗な少年だった。

少年は、キリッとした鋭い瞳で威嚇する。

俺は面食らった。

あっ……ちゃんと話さないといけないよな。

「あ、俺は……その、く、桑田さんに呼ばれて来たんだけど……」

どもりながらの説明。

馬鹿!!馬鹿!!

こんなところで、どもっちゃ逆に怪しまれるだろ!!

背筋の縮こまるような感覚。

恥ずかしい……。

しかし、少年は扉を完全に開け放った。

「……そうか。入れよ」

少年はすっと奥へ消え去った。扉が意地悪く閉まりかかる。

……俺を、信用してくれたのかな?

俺は、おそるおそる扉を拾い上げ、室内を覗き込んだ。

玄関は山積された新聞紙。そして、寝室へと通ずる廊下もまた、雑誌や帳面の束が無造作に転がっている。

おそらく、桑田が自分で調査した材料なのだろう。

しかし、すごい量だな……。

桑田は、意外に勤勉なのかもしれない。

山積されたそれらを崩さないように、俺はおそるおそる奥へと進んでいく。

ようやく辿り着いた奥の寝室には、先程の少年の他に、眼鏡をかけた細身の女性が腰掛けていた。この女性は、おそらく大人だ。20代半ばといったところだろうか。そして……。

俺は少年に視線を向けた。

この少年は、決して大人ではない。子供だ。

身長は、俺の鼻の高さと同等だ。顔立ちからも、幼さが窺える。

やっぱり、子供の中にも大人との共存を望む人はいるんだ。ホッと胸を撫で下ろす。

正直、共存を願っている子供などいないと心配していた。

しかし、目の前に広がる現実に、安堵の溜息をこぼさずにいられなかった。

子供でも、この世界に不満を持っている奴はいるんだ……。今の俺にとって、これほどまでに心の休まる光景はなかっただろう。

「こんばんは」

突如、凛とした声色が覆いかぶさった。我に返ると、少年の隣に腰掛けている女性が知的そうに微笑んでいた。

「あっ……こんばんは」

綺麗な人だな……。かすみさんとは異なった雰囲気の持ち主だ。どちらかと言えば、おっとりした雰囲気。この女性は、周囲の人間に安心感を与えるような雰囲気を放っている。

「あなたも、桑田さんに誘われたの?」

「あっ、はい。ついさっき食堂で声を掛けられたんです」

「やっぱりか」

突如、ムスッとした表情の少年が割って入った。溜息をこぼす少年。少年は眉間にしわを寄せ、どことなく険しい表情だった。

「お前も、子供と大人が共存する世界を望んでいるってワケだな?」

少年は、どことなく他人をけなすような、鋭い視線を俺に投げかけた。

「……ま、まあ、そうだけど」

俺は、おそるおそるうなずく。

徐々に焦燥感が押し寄せてくる。

大丈夫だよな?

ここは、共存するって意見を持っている人の集まりだよな?

落ち着かないな……。

と、少年はきっぱりと言い放った。

「言っとくが、桑田の奴を信用しない方がいいぞ」

「えっ……!?」

何で……!?

その真意を問おうとしたその時。

頭をバスタオルで掻き回しながら、寝巻き姿の初老の男が姿を現した。桑田だ。

奇妙な緊張感。

少年の言葉に、不安を植えつけられたようだ。

「おうおう、皆揃ってたか。それじゃあ、ボチボチ始めるとしよう」

桑田はどっこいしょと掛け声を上げ、ベッドに腰を下ろす。

「ええっと、そこのべっぴんさんが伊東千鶴子さんだったかな? そいから、目つきの悪い君が古谷愛輝くんだな。それから、君が……」

桑田は眉間にしわを寄せて思案する。

……名前くらい覚えとけよ。

いらっとしたが、俺はしれっとした表情で口を開いた。

「松添浩二です」

「おお、そうだった、そうだった」

桑田はにんまりと汚い笑顔を浮かべる。

……。

俺は桑田の表情を盗み見ていた。

先程の少年の言葉が、頭に圧し掛かる。こだまする。

桑田の奴を信用しない方がいいぞ。

何故なのか?

桑田は、しっかりとした持論の持ち主ではないのだろうか?

それとも、子供・大人共存論を唱えている者を根絶やしにするために、俺たちを集めているのか?

子供・大人共存論を桑田自身も唱えて?

まさか……。

俺には、目の前の汚らしいオジサンがそんな大それた行動を取れるようには思えなかった。

この目の前で、唾を飛ばして熱弁するこの男が。

そんなことするワケない……。

今は、まだ信じてみよう。

この目で確かめるまでは。

「……ねずみ講の要領だ」

我に返った俺の鼓膜が最初に捉えた言葉だった。

どうやら、子供・大人共存論者の仲間を増やす作戦を話していたらしい。

桑田が唾を飛ばしながら、解説を始める。

「1人が1人を連れてくる要領だ。つまり、千鶴子さんが誰か1人を連れてくる。そんで、古谷くんが誰か1人を連れてくる。そいで、松添くんが誰か1人を連れてくる。そいで、皆が連れてきた人たちがさらに1人ずつ連れてくる。これを繰り返すと、この塔にいる皆が俺たちの意見に同調してくれるようになる」

奇妙な沈黙が室内に走る。

ピリピリとした空気。

桑田が面々の表情を窺う。

「どうだ?この方法、なかなかいい方法だろ?」

……確かに、それなら効率がいい。

1人が1人を説得して連れてくる。この塔にいる全員を連れてくるまで。それで、最後にかすみさんにその現状を報告し、かすみさんに子供・大人共存論路線に変更してもらうよう、取り計らう。

すごい!!

やっぱり、桑田というこの男はすごいのかもしれない!!

俺は、にこりとうなずいた。

桑田は、そんな俺の表情を窺って確信を持ったのか、

「2人はどうだい?」

残りの2人をあごでしゃくった。桑田は満面の笑顔。

これなら、2人とも了承してくれるのではないか。

俺も期待を胸に膨らませていたが、2人の表情はどことなく硬かった。どことなく不満を表しているかのような……。

あれ……?

ややあって、少年がハアッと溜息をこぼした。

「皆がそんなに簡単に自分の持っている意見を変えるわけないだろ」

少年の言葉に、グサリと心臓に何かが突き刺さる。

桑田の余裕の表情も、どことなく歪んでいた。

さらに、追い討ちを掛けるかのように、女性の口からも厳しい言葉が飛び出した。

「そうだね。そもそも、ここに来ている人たちの多くは、子供たちに殺されかけたり、誰かを殺されたりと、子供たちに対して恨みの念を抱いているはず。そんな人たちに、子供たちと共存しましょうなんて言ったら……」

重苦しい沈黙。

桑田の表情に苛立ちが見え隠れしはじめた。

……確かに。

彼等の意見も納得がいく。

そうだ……。

俺は、大前提を忘れていたのだ。

ここに、この塔に来る人たちの理由を。

俺は自己中心的に考えていた。

ここに来ている人は、子供を殺したい人たちだ。子供たちと安息に暮らしたいと願っている奴等はほとんどいないだろう。下手をすれば、この4人だけかもしれない。

焦燥感が心臓を押し潰す。

鼓動の高鳴り。

これが、厳しい現実。

「松添くん、君はおかしいよ」

どこかの殺人鬼の言葉が脳裏にフツフツと蘇る。

「じゃあ、どうやって仲間を増やすんだっ!?」

バンッ!!

突如、桑田が両手をテーブルに叩きつけた。

どうやら、苛立ちがピークを通り越したらしい。

しかし、少年は淡々とした表情で言った。

「それがすぐに出せたら苦労しないよ」

「ほお、じゃあ、これしか方法がないなら、仕方ないんじゃないか? 古谷くん、君は否定してばかりで意見も出さないのはおかしいんじゃないか?」

桑田が意地悪い表情で少年を攻め立てる。頬が緩んでいる。

何をしているんだ、この人は……。内輪もめなんて……。

俺は愕然とした。

何となく、少年の言葉が理解できたかもしれない。桑田を信用するな。桑田は……自分だけが正しいと思い込んでいる。自分が1番賢いと思い込んでいる。加えて短気だ。

しかし、少年は再び淡々と反論した。

「そんな方法が意見と言えるようなら、こんなふうにコソコソする必要ないだろ」

「ぬぐっ……」

桑田は苦虫を噛み潰したような表情。

俺はもう、ハラハラ状態だった。

一体、この論争がいつ終わるのか?

桑田が、怒り狂いやしないだろうか?

……不安だ。

こんな状態で、桑田は大丈夫なのだろうか?

もはや、俺の眼中に桑田はなかった。

「まっ……、まあ、と、とりあえずやってみよう!! やってみないことにはわからん。な?どうだ!? 松添くん」

桑田は無理につくったような笑顔で、俺を振り返った。

「えっ……?」

何で、そこで俺に振るんだ?

俺なら、何でも頷いてくれるとでも思ったのだろうか……?

案の定、他の2人は呆れ顔で俯いている。

2人に頷く気配はない。

室内を覆う沈黙……。

実際、俺はもう桑田の意見には否定的だ。

人には人の価値観がある。それらの価値観は、その人の経験やら環境やらで長い時間を掛けて構築されたものなのだ。それをまるっきり正反対に変えることなんて不可能に近い。

少年と女性の意見をざっと整理するとこんな具合だろうか。

まさに、その通りである。

「具体的にどうやって説得するつもりなんだ?」

突如、少年が口を開いた。

桑田がピクリと反応した。

「そんなに自信があるんだから、上手い説得方法でもあるんだろ? 試しに俺を説得してみろ」

少年はポンと胸を叩いてみせた。

緊張感が走る。

桑田の表情は依然として強張ったままだ。

「さあ……大人と子供が共存する世界の魅力を説得的に話してくれ」

「……」

桑田の形相が憤怒に満ちていく。

「そこは皆が上手くやっていけばいいんだ!! 話をしっかり聞いてくれそうな人に声を掛ければいいんだ!! ともかく、速く皆に伝えていかないとやばい!! 」



「ダメだな、あいつは」

扉が閉じるや否や、少年ががっくりと肩を落とした。

ひっそりと静まり返っている廊下。淡い光に照らし出される。

遥か彼方に映える、窓にはうっすらとした暗闇がへばりついていた。

「私、彼と組むのを考え直すわ。どこから湧いてくるのかしら、あの自信は。大した解決方法とは思えないんだけど」

女性が腕を組んで唸る。

「ああ、俺もそれが正解だと思うぜ。あいつの言ってることは、相手の価値観をまるっきり逆にするってことだぜ? そんなことを、あんなオッサンが頼んだところで出来るとはお世辞にも思えない」

少年も溜息を零す。

まあ……当然なのかもしれないけど。

でも、俺はどことなく桑田を援護したいという気持ちがあった。

気持ちは、わかる。

でも、それは現実的に不可能だということもわかる。

俺1人が援護したところで、変わらないだろう。

でも、何故か援護したいと思っている。

何故だ……?

「お前はどう思う?」

突如、少年が俺に振った。

「俺……?」

「ああ。お前は今何を思い、今後どう行動したい?」

俺は……。

俺は、チラリと扉を振り返る。

固く閉ざされた扉。

桑田を援護したい。

でも、それはまるでダメな方法。

価値観の異なる相手に、自分たちの価値観を押し付けることの難しさ……。

それらのことは、重々承知したつもりだ。

よし……。

「俺は……」

喉が痞えるような感覚。

息苦しい。

少年と女性の痛々しい視線。

「お前」

少年がギロリと睨んだ。

凍りつく背筋。

「お前、部屋では何も意見言わなかったけど、それで許されると思うなよ。俺や伊東さんだって生きるのに必死なんだ。お前はさっきの実情を聞いて、子供抹殺論に乗り移るかもしれねえ。俺たち共存論者の命を狙うかもしれねえ。お前がそうやってだんまりを決め込んでいると、俺たちはお前に対して疑いの念をいちいち投げかけなきゃならねえ。お前は誰かにわかってもらえるとか思ってるかもしれねえが、ここはそんな甘っちょろい場所じゃねえぞ。自分の意見はちゃんと口にして出せ」

グサグサと俺の心に突き刺さる言葉の刃。

居心地の悪い口撃に戸惑う俺。

寂しさが芽生え、涙が目に溜まる。

そんなこと言われても……。

俺は……。

「……俺は、どうにかして仲間を増やしたいって考えてる」

「仲間ってのはどっちのだ? 共存か? 子供抹殺か?」

「共存に決まってんだろっ!!」

いちいち突っかかってくる少年にイライラしていた俺は、思わず叫んでしまった。

「バッ!? お前っ!!」

少年がひやりとした表情。

「え……ああっ!?」

俺は慌てて口をつぐむ。

やばい!!

叫んでしまった。

思わず。

誰も……起きてこないよな?

誰かが……そう、子供抹殺論者が聞いていたら……

ゾクッ。

背筋をなぞる寒気。

しかし、扉はシーンと閉ざされたままだ。

ホッ。

胸を撫で下ろす俺たち。

「ったく。気をつけろよな。まあ、俺もしつこく質問攻めして悪かったけどよ」

「ご、ごめん……」

「で……その、仲間を増やす方法ってのは何かあるのか? まさか、桑田の手伝いをするとかじゃないだろうな?」

「桑田さんの作戦が危険だってのは、俺でもわかったよ。でも……別の方法が思いつかなかったから、俺は黙ってた」

「……」

「でも、俺は仲間を増やしたい。何らかの方法を使って。俺も桑田さんも2人も、少数派の子供共存論者なんだ。やっと……会えたんだ。同じ意見を持っている人に。だから、皆で協力してがんばって……仲間を確実に増やしていきたい」

「……」

少年は、だんまりを決め込んでいた。

……気を悪くしてしまったのかな?

しかし、俺は正直に心の中を全てさらけ出した。

嘘。偽り。一切ない。

これが、今の俺が思っている全てであり、意見である。

と、突如、少年のこわばった表情が幾分和らいだ。

「それを聞いて安心した。お前、俺と組もうぜ」

えっ……?

少年の言葉に、俺は驚きを隠せなかった。

「俺は古谷愛輝。まあ、年も大差ないだろうから、そのまま愛輝って呼んでくれ。お前の名前は?」

「俺の名前は、松添浩二。俺も呼び捨てで構わないよ」

「了解だ、浩二。お前、これから暇か?」

「え……ああ、暇、だけど?」

「なら、ちょっくら遊びに行かないか?」

「えっ……?」

「ここには、とっておきの遊び場があるのさ」


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