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THE CHILDReN  作者: 京華月
12/24

第12話:「同盟」

コンコン……。

コンコン……。

乾いた木を叩くような、乾いた音。

叩かれては途絶え、途絶えては叩かれる。


暗闇は広く、深い。


コンコン……。

暗闇が歪む。

暗闇が浅くなった。

徐々に、戻ってくる意識。

……ん?


「松ぞ……ん……くの……かんですよ!!」


聞き覚えのある、甘ったるい声。

その声に、目蓋のシャッターが完全に開かれた。

突如、目に飛び込んでくる、乳白色の天井。黄色に光る蛍光灯。

俺は慌てて体を起こし、視線をぐりぐりと回す。

そこには、高級ホテルのような一室。テーブル。白銀に輝くカーテン。柱時計と小さな静物画。

ここは……?

一瞬、わからない。

急速な思考開始についていけないのか、脳が熱くてフラフラする。


「松添さーん? 起きていらっしゃいますかー?」


扉の方から響く、甘ったるい声。

チェックの制服姿の少女が脳内をよぎる。

ん……?

しかし、状況がわからない。


この状況を理解しようと、寝起きの脳味噌をフル回転させる。


確か……真理恵が出ていった直後に、俺はベッドに寝転んだ。

そして、窓の外の風景をぼんやり眺めていたような。

そして、それ以降の記憶が途絶えている。

そうか……。

俺は窓の外を眺めていて、いつの間に寝てしまったのか……。

そして、真理恵が様子を見に来てくれたのか……?

あっ、真理恵が来たということは……夕食の時間に呼びに来てくれるって言ってた気がする。

じゃあ、呼んでいるのは真理恵か。

夕食。

豪華な料理が脳内をよぎる。

夕食……。

お腹の虫が鳴いている。


「松添さーん!! お願いですから、反応してくださーい!!」


突如、心臓が押し潰されそうになる。

その反動のためか、一気に目が冴え渡った。

やはり、先程から鼓膜を刺激している、悲痛な叫びの正体は、真理恵のようだった。

「……ご、ごめん!! ちょっと待ってて!!」

俺は慌ててベッドから飛び降り、扉へと走り寄った。

強引に扉を開けたそこには、チェックの制服姿と真っ赤な廊下が現れた。

真理恵だった。

真理恵の目にはどことなく涙が浮かんでいた。

あまりにも俺の反応が遅かったせいだろうか、彼女を悲しませてしまったようだった。

「……」

俺は言葉を失う。


しかし、真理恵は俺の姿を視界に捉えると、急に頬を緩めた。


「あっ、松添さん」

目に涙を浮かべつつも、嬉々とした表情で俺を見上げる真理恵。

「……ご、ごめん!! ちょっと寝ちゃってて」

背中がうずうずして気持ちが悪かったので、俺は頭を下げた。

悪いことしたな……。


一体、俺はどれくらい待たせてしまったのか?

一体、この娘はどれくらい扉を叩き続けていたのか?

一体、この娘はどれくらい俺を呼んでくれていたのだろうか?


気持ちの悪い罪悪感が、俺の心臓に圧し掛かる。

しかし、真理恵はにこりと微笑んだ。

安心してくれたようだ。

「いえ、松添さんは長旅でお疲れですからね。私の方こそ、お邪魔して申し訳ございません」

それどころか、真理恵は深々と頭を下げたのだ!!

俺は呆気に取られた。

えっ!?

何で、お前が謝るんだよ!?

これじゃ、俺が悪いみたいじゃないか。

悪いことしたけど……。

俺がひどい奴みたいじゃないか!!

いよいよ、思考回路が炎上してきた。

状況がわからない。

しかし、それ以上に恥ずかしさが脳内を支配する。

それは、頬の紅潮として表情に現れた。

頬が熱い。

う……。

かわいい……。

ややあって、真理恵は頭を上げた。

無垢な笑顔が咲いていた。

「それでは、これより食堂にご案内させていただきますね」







「食堂は最上階になっております」

エレベーターの扉がゆっくりと閉ざされた。

真理恵は、慣れた手つきで最上階のボタンを押す。

俺と真理恵を乗せたエレベーターは、ゆっくりと上昇をはじめた。

思わず、背後を振り返った。


背後に広がっている景色は、延々と続く漆黒の森だった。


ひっそりと静まり返った漆黒の森。

そんな森が視界の下へ下へと沈んでいく。

その光景に息を呑む俺。

何だかとんでもない場所まで来てしまったような。

そんな感覚。

チーン!!

突如、発せられた機械音に体がビクリと震えた。

最上階に到着したようだ。

エレベーターの扉がゆっくりと開かれた。

「最上階でございます」

真理恵が手を差し出した先に、俺は歩を進めた。

目の前には巨大な2つの扉が現れた。

両脇には、観葉植物がどっしりと腰を据えている。

その2つの扉の奥が、ザワザワと騒々しい。

どうやら、この扉の奥が食堂のようだった。

「松添さん。こちらにお進みください」

真理恵が先陣を切って、案内する。

重々しく圧し掛かってくる扉。


この奥に、この円塔に居住する全ての人間がいると思うと……。


ゾクッ。

背筋に冷たいものが走る。

手先が震える。

落ち着いていかないと……。

肩を回して、リラックスを試みる。

「それでは、お好きな席でごゆっくりとお楽しみくださいませ」

真理恵の言葉とともに、扉がゆっくりと開かれた。



食堂には、異様な緊張感が漂っていた。

緊迫とした、ピーンと張り詰めたような、緊張感が漂っている。

しかし、視界に広がる絶景には、素直に言葉を失った。

天井からぶら下がる、壮麗なシャンデリア。シャンデリアの下に広がる、無数の円卓テーブル。そして、円卓テーブルに広がる色とりどりの豪華料理の群れ。


スゴイ……。


圧倒された。

しかし、そんな絶景も周囲の緊張感に呑まれてしまった。

しかめっ面の大人たち。

チラチラと周囲を警戒する大人たち。

ガチャガチャッと食器の触れ合う音。


せっかく綺麗な場所なのに、居心地が悪いなあ……。

嫌悪感が喉下まで上がってきた。


突如、お腹の虫が鳴き声を上げる。

……とりあえず食べるか。

俺はスプーンとフォークを手に取り、目の前の料理を口に運んだ。

肉汁が口の中にジワリと広がる。

おいしい……けど、あまりおいしくない。

料理自体は、以前のようなカップラーメン生活とは、比べ物にならないくらいおいしい。

しかし……雰囲気に飲まれてか、味を楽しんでいる余裕が生まれないのだ。

せっかくの極上料理が、勿体無い気がしてならない。

はあ……。

零れる溜息。

「おう、アンタ。隣いいかい?」

突如、脇から野太い声が割り込んできた。

俺は顔を上げる。


そこには、初老の男性が立っていた。


白髪交じりの髪の毛を振り乱している。

しわだらけの顔は無精ひげがこびりつき、鉛色の唇がずっしりと垂れている。

だらしなく色褪せた水色のポロシャツに、年季の入った薄い茶色のズボン。

体型は、標準よりも痩せているようで貧弱だ。

年は、おそらく50代くらいだろうか。

この世界で、ここまで生きながらえているなんて珍しい。

正直、父親くらいの年齢が離れている人間を見るなんて、もはや、この世界では奇跡の領域だ。

天然記念物ものの長寿と言っても過言ではない。

と、俺は一瞬言葉に詰まったが、こくりと頷いた。

男はしわくちゃな笑顔を浮かべると、どっこいしょと掛け声を上げて、隣の椅子に腰を下ろした。

そして、すぐに鉛色の唇にスプーンを運びはじめた。

クチャクチャと生々しい怪音が聞こえてくる。

ますます、気持ち悪い……。

しかし、男はすぐにスプーンを置いて、布巾で唇を拭いはじめた。

「アンタ、新入りだろ? 年はいくつだ?」

突然、男が口を利いた。

俺の心臓はドキッと跳ね上がった。


年……!?

年齢は、答えていいものなのか……?

答えて、子供だったら殺されないものか?

大丈夫なのか?


俺は、きょろきょろと周囲を見回す。

その様子を見てか、男はカラカラと笑った。

「なーに、アンタはいい体しとるが大人ではないことは雰囲気でわかるわ。子供じゃなかったら、この場所にいても堂々としとるわ。安心せえ。取って食う気はねえ」

しわくちゃな、汚い笑顔がそこにあった。

気持ち悪い奴だな……。

まあ、そこまで言うなら少し話してやってもいいかな。

「16です」

「16かえっ!? ほう、16でこんなに立派な体をしているとは、たまげたもんだ。将来は若い女を抱き放題だな。うらやましい」

男はグフフと嫌らしい笑い声を立てる。

やっぱり、こいつ気持ち悪いな……。

俺は首を振る。

「そ、そんなつもりはないですよ」

「若いもんが、そんなつまらんこと言うなや。まあ、それはおいといて。……お前さんは、何でこんなところに来たんだ?」

男は、急に真剣な顔つきに戻った。

一体、この男は何が目的なんだ……?

わからない。

信用して良いものなのかどうか。

スプーンを止めて俯いた。

突如、漂流民の顔がよぎる。


「……兄貴が子供たちに……」


ボソッと勝手に溢れ出す言葉。

「なるほど。それで、子供たちに仕返しをって魂胆か?」

「いや、そういうわけではないんだけど……」

俺は顔を上げた。

男の灰色の唇が、きゅっと結んであった。

……言っていいものなのだろうか?


子供と大人が共存できる世界ってものを。


場違いじゃなかろうか?

そんな考えが許されるとも思えない。

でも、俺は……。

男は、再びしわくちゃな笑顔を浮かべた。


「ここは頼れる場所だが、信頼できる場所ではねえぞ」


「えっ……?」

「ここの資源はやけに充実している。図書館、パソコン室などの資料室……それは結構。ぜひとも利用させてもらいたいくらいだ。しかし、人間関係は壊滅している。ここに集まっている奴等は、今の世界に不満を持っているという点では意見は一致しているんだが、それより深い部分にまで目を向けると、1人ずつ違う意見を持っている。例えば、俺みたいに子供と大人は共存すべきだって奴等もいれば、子供は皆殺しにすべきだって奴等もいる。中には、このまま人類全てが壊滅すべきだって考える馬鹿までいる」

「へえ……」

男はなおも唾を飛ばし、身振り手振りを交えて熱弁する。

「なかなか信頼できる奴は見つからねーもんさ。お前さんはまだまだ話がわかりそうだが、他の奴等ときたら、頑固だから自分の意見をこれっぽちも曲げねえ。全く譲らねえ。困ったもんだ。同じ意見を持った仲間がなかなか増えないもんでねえ。そこで1つ、提案したいことがある」

男の表情に真剣さが宿っていた。

「はあ……」

気の抜けたような返事しかできなかった。

情けないけれども……。

しかし、男は言い放った。

「お前さんと俺とで組まねえか」

「……えっ?」

「お前さんはまだまだ子供。ここで独りになることは絶対に危険だ。ここは1つ、俺と組んで仲間をもっと集めよう。そんでもって、かすみの姉ちゃんに話を持ちかけるのさ。かすみの姉ちゃんは、おっかない雰囲気を放ってはいるが、根は優しい女だ。かすみの姉ちゃんさえ了承してくれれば、ここの方針が俺たちの思惑通りに変わってくれるに違いねえ。それから、ここにいる奴等全員で、子供と大人が共存できる環境を模索すればいいのさ」

「……」

男は手を合わせて懇願した。

顔に似合わぬ、まっすぐな瞳。

「頼む。この通りだ。俺にはかわいい子供が外にいるのさ。まだまだ中学生と小学生の娘さ。俺は娘たちがこいつらに殺されるなんて嫌だぜ。ただでさえ、俺がかわいがってやれないんだ。娘たちにはかわいそうなことをしていると思ってる。だから、何としても娘たちには幸せになってもらいたいんだ」


気持ちはわからないでもないが……。


しかしまあ、まさか、こんなオジサンが俺と同じ意見を持っているとは思わなかった。

驚きだ。

勿論、娘への愛が子供と大人の共存を願う意見へと繋がっているのだろうけど……。

ただ、1つだけ問題があるような気がした。


かすみさんが、そんなに簡単に意見を変えるような人ではないのではないか?


こんな汚いオジサンがヘラヘラしながら、かすみさんにお願いしたところで、かすみさんは絶対意見を変えないだろう。

そうでなかったら、こうして同志を募ることなんてする意味がない。

むしろ、あまりにもしつこくお願いしたら、それこそ、この男がかすみさんに殺されそうな気がする。

無理だ……。

しかし、いつまでも1人というのも嫌だし……。

せっかく同じ意見を持っている人と巡り会えたのだから、突き放すのもお互いにとって良いことではないのではなかろうか?

うーん……。

そうだな。

まずは仲間を増やした上で、この円塔に巣食っている人たちのあらゆる情報を集めるべきだ。

意見が合ったからというわけではなく、情報収集のために一応仲間になっておこう。

その気持ちくらいで、ひとまずは良いと思う。

……決めた。

「わかりました」

「おう!! お前さんならわかってくれると思っとったよ!! 俺の名前は桑田敏男だ。お前さんは?」

「松添浩二ですけど……」

「松添くんというのか、結構結構。それじゃあ、今日の10時に俺の部屋に来てくれ。5階の9号室だ。他の仲間と一緒に作戦会議を開こうと思う」

男は椅子をガタンと跳ね除け、立ち上がると、そそくさと食堂をあとにした。







乳白色の天井。黄色に光る蛍光灯。


俺はベッドの上に体を投げ出しながら、天井をひたすらに見つめていた。

そして、先程の食堂での出来事を何度も脳内で再生していた。

桑田敏男。

初老の汚い男。

しかし、子供と大人の共存できる世界をもう一度実現させるために、この場所にいるらしい。

俺と全く同じ意見を持った男。

……。

ひとまずは、これで良かったのかもしれない。

味方が誰1人いない状況と、誰か1人がいる状況とでは全く違うと思う。

そのことは、萌奈から教わったのだ。

あの1-1惨殺事件の時に。


そういえば、萌奈は今日学校でどうだったのだろうか?

無事に、1日を過ごせただろうか?

……。

ダメだ、考えたらキリがない。

ここまで来たら、もう引き返すことなんてできないんだ。

だから、前を見ていくしかないんだ。


子供と大人が共存できる世界をつくるまでは。


俺は拳を天井に振りかざした。


やってやるさ……。


この俺、松添浩二が。


ふと壁の柱時計に目をやる。

短針と長針が徐々に離れ出していた。


時間だ。

俺はベッドから跳ね起き、真っ赤な廊下へと吸い寄せられるようにして出て行った。


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