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THE CHILDReN  作者: 京華月
11/24

第11話:「灰色に憑いた恐怖への予感」

白を侵食する紅い水面。

水面に浮かぶ人影。

「……」

零れる溜息。

脳味噌が、はち切れんばかりに震え上がる。

瞳が落ち着きを無くしている。

右往左往。

心臓が肋骨を乱暴に叩く。

視界が極端に狭まる。

何で……!?

どうして……!?

駆け寄る。

いつの間にか、両膝が海の中で溺れていた。

真っ赤な海水を滴らせながら。

マグマが噴火したかのように、目頭が熱い。

苦しくて締め付けられる胸。

「!?」

「……」

誰か、居る。

誰かが、私を、見下ろしている。

誰っ!?

おそるおそる顔を上げる……。

柔らかい目尻が視界に飛び込んできた。

脳内が真っ白になった。

「いや、いや……いやあああああああああああああああああああああああああああああーーーーーっ!!」






左手には大口を開けた断崖絶壁。右手には頬を赤らめた木々の群衆。

黒い。

暗い。

時折、飛来してきた紅葉がフロントガラスをパシパシと叩く。

まるで、紅葉が車の侵入を拒んでいるかのように容赦ない。

それでも、黒い車は怯まない。

絶え間なく広がる山間部の道なき道を横暴に走り抜けていく。

「……」

俺は呆然と窓の外の景色を眺めていた。

左手には空と大地の境界線が遥か彼方に映える。

右手には延々と後退していく木々の群れ。

思う。

随分、遠くまで来てしまったみたいだな……。

感じる。

もの寂しい気持ち。

もはや、この場所が日本地図のどこに位置しているのかわからなかった。

俺にとってはまさに未開の地であった。


一体、ここは日本のどこなんだろうか?

そもそも、ここは日本なのだろうか?


吐き出される疑問の数々。

募る不安。


ココハドコダ……?


しかし、これらの疑問は、今となってはもはや問題ではなかった。

諦めた。

新たな問題が生まれたからだ。

そう……。


目的地へは一体いつになったら到着するのだろうか?


これが、今の俺を包み込んでいる疑問だ。

俺たちが「あの町」を出発してからはや3日。

かすみさんは、何も教えてはくれない。

かすみさんは、何も言わず、ただタバコを吹かしているだけだ。

募る悲哀。

いい加減に到着して欲しい。

もはや、どこでもいい。

到着さえしてくれれば。

時間が刻まれる度に、不安が山のように積み重なっていくのだ。

思う。


かすみさんたちを信用してついてきたのが失敗だったのだろうか?

もしかして……俺は殺されるんじゃないだろうか?

俺は殺されるんじゃなかろうか……?

殺されるんじゃ……。

殺され……。


3日間。

精神的にかなり追い込まれたこの3日間。

死を幾度となく覚悟した3日間。

何度、逃げ出そうとしたことか。

何度、かすみさんの寝首をかこうとしたことか。

結局、何も出来ずにむせび泣いた夜。

朝が来るたびに後悔の嵐。


何で、俺は躊躇ったんだよ……っ!?

せっかく、こ、殺すチャンスだったのに……っ!!

俺はやっぱり無力だ……。

俺は弱いんだ……。


心の中で泣き喚いたこの3日間。

ようやく、かすみさんの唇が蠢いた。

「ボウヤ、到着したわ」

「え……?」

かすみさんが静かに指差す前方。

俺ははしゃぐ子供のように、進行方向を覗き込んだ。

そこには……!!

「あっ……あれはっ!?」


見飽きた木々の群衆の奥にそびえる、巨大な灰色の円塔。

その薄汚れた外壁が古めかしさを訴えていた。その外壁には、まるで網目のようなガラスが犇いている。

形容するなら、太い煙突。

太い煙突が青空を突き刺すかのごとく。


何故だろう?

背筋がゾクッと震えた。

単なる武者震い、では決してない。

単なる恐怖、とも違う気がする。

待ち侘びた!! という武者震いのようなものと、怖い……という恐怖が互いに混ざり合っているような不思議な感覚だ。

と、かすみさんの唇が両頬に伸びるのが見えた。

「あれが……私たちのアジトよ」

灰色。

円塔。

紅潮した木々の群衆が両端に広がり始めた。

エンジン音が算出される度に、その巨大な灰色をまざまざと見せつけてくる。

と同時に募る不安。


一体、中はどうなっているんだろう?

一体、中には何があるんだろう……?

想像するだけで背筋が凍結する。

不安よりも恐怖が先行する。

怖い……。

木々が笑う。






やがて、両端の木々が開けた。

車はギギーーーッと地面を引っ掻くような音を出して停止した。

おそるおそる窓の外に目を向ける俺。

両端には粗末な黄土。

そして、前方には……。

「えーーーーーっ!?」

俺は息を呑んだ。

そう……。


前方には、直径50メートルくらいの底の見えぬ穴。


その中心にそびえる巨大な灰色の円塔。

穴。

円塔。

えっ……!?

俺はすっかり混乱しきっていた。

い、一体どうやって渡るんだよ、これっ!?

この車が空を飛ぶのか?

冗談きついぜ。

心臓が逸る。

ドクドク……。

どうするんだよ……一体?

「沖かすみ、帰還」

ふと我に返る俺。

いつの間にか、助手席のかすみさんの手には歪な黒い機械が握られていた。

どうやら、トランシーバーのようだ。

「……」

車内に舞い降りる沈黙。

ガチャリ。

かすみさんは歪な黒い機械をゆっくりとバッグの中に仕舞い込んだ。

「……あっ」


ややあって、円塔から灰色の橋が徐々に近づいてくるではないか。

何だ、あれはっ!?


俺が目を凝らして見ようとしたところを、ブオーーーンとエンジンが豪快な唸り声を上げた。

「うわっ!?」

ドガアッ!!

俺の体は後部座席に激しく叩きつけられた。

車が急発進したのだ。

「少々、揺れます」

運転席の松下さんが、機械のごとくボソリとつぶやいた。

揺れる……?

一瞬、車は宙を舞った。

え……? 足元が軽いような感覚……。

ガドンッ!!

「ぐへっ!?」

俺の体は一瞬、宙に舞い上がった。

が、すぐに後部座席に落ち着いた。


今度は何だよ!?

前方に目をやると、灰色の橋が一層近づいたような気配を感じる。

何なんだ……?


再び舞い降りる沈黙。

俺は思わず後ろを振り返った。

周囲を取り囲む、紅潮した木々の群れ。

微風に体を任せる木々の群れ。

俺をせせら笑うかのように、不気味な振動を披露している。

サーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ。

静寂に満ちた森を演出している。

その静寂はどこまでも不気味な気配を漂わせていた。

心臓の鼓動が唸る。

頬を伝う汗。

息を呑む俺。

「乗り上げ、完了っ!!」

突如、かすみさんの鋭い声が放置されかけていた静寂を切り裂いた。

前に直る。

再び、かすみさんの手には歪な黒い機械が握られていた。

ガチャリ。

三度、舞い降りる沈黙。

乗り上げっ!?

ま、まさか……。

俺はおそるおそる傍らの窓の外を覗き込んだ。

そこには……。


底の見えない真っ黒な口。

漆黒の大口。

何も見えない。

一体、この穴はどれくらいの深さがあるのだろうか?

……落ちたら二度と戻ってこれないんじゃなかろうか?


そう思った瞬間、再び恐怖が募り始めた。

ゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!

突如、怪しげな機械音が床下から響いた。

再び前に向き直る。

瞬間、円塔が徐々に接近してくるではないか!?

なっ!? つ、次から次へと一体、何だ!?

松下さんに目を向ける。

松下さんは両手をだらんと投げ出したまま、運転席に腰深く座っている。

つまり、車は停止している……。

しかし、前方の円塔は徐々に巨大化し、後方の木々の群れは徐々に縮小していく。

そ、そうか……。


橋が徐々に円塔の内部へと吸い込まれているんだ!!


そうか、いよいよ……。

いよいよ、かすみさんたちのアジトに侵入できるんだな……。

よーし……!!

心臓がトクトクと鳴り響く。

恐怖は途絶えていた。

不安も感じられない。

何故か、根拠のないやる気だけがみなぎっていた。

何をがんばろうとしているのかわからないけれども。

しかし、何があっても必死に生きていこう。これだけは、絶対必要条件なのだ。これを破ったら、もう二度と……。


栗毛色の少女の笑顔が脳裏をよぎる。

屈託ないかわいらしい笑顔。


ありがとう……。

俺、がんばるから。

いつの間にか目の前が真っ暗になっていた。







まるで、デパートの立体駐車場のようであった。

数台の高級車がずらりと並んでいる。

奥に進めば、満車には程遠く、今か今かと白いラインが車の登場を待ち焦がれていた。

俺はこの光景を目の当たりにして、心の中が湧き上がる思いだった。


やっぱり!!

やっぱり、ここには大人がいるんだ!!

来てよかった!!

やっぱり、来て正解だったんだ!!


心が洗濯されるような感覚。

再び根拠のないやる気が充電を始める。

ややあって、車はノソノソと停車した。

と同時に、前列の2人がドカドカと車を降り始めた。

俺はその様子をきょとんと見つめていた。

「着いたわよ、ボウヤ」

かすみさんが後部座席を覗き込む。

それを聞いた俺は、車の外へと飛び出した。

ガチャッ!!

冷涼で新鮮な空気が俺の体を包み込んだ。

気持ち良い……!!

何て気持ちの良い空気なんだろう!?

目の覚めるような清々しさ。

大きく伸びをする。

体の節々に冷涼な空気がこびりつく。

気持ち良い……。

突如、かすみさんの声が俺の背中にのしかかってきた。

「ボウヤ、こっち。早く来ないと射殺するわよ」

「は、はーーーい!!」

振り返ると、かすみさんと松下さんが前方のエレベーターの中で待ち呆けていた。

急がないと!!

俺はエレベーターの中へと滑り込んだ。

エレベーターの中は暖房が効いているのか、生暖かい空気が俺を包みこんだ。

俺はエレベーター内を隈なく観察する。

真っ赤な絨毯を敷き詰めた、フカフカとした床。


そして……圧巻だったのが、背後の壁は窓ガラスに映える落陽。


「す、すごい……」

燃え盛るような斜光が俺を襲った。

斜光を浴びる木々の群れが犇いている。

斜光を浴びる窓ガラス。

まさに、橙色の奇跡。

その雄大な光景に、俺はすっかり心を奪われていた。

「綺麗でしょ」

かすみさんが誇らしげにつぶやいた。

かすみさんが俺の隣から、その雄大な光景を眺め始めた。

「ここは私のお気に入りよ」

と、かすみさんの優美な横顔が斜光に照らし出されていた。

これもまた、何と艶やかな光景なんだろう。

俺は心臓がドクリと蠢いたのを感じた。

心臓が……。

頬が熱い。

頬が……。


「き、綺麗ですよね」


唇から漏れ出した言葉はそれだった。






エレベーターの扉がゆっくりと開かれた。

待ち受けていた光景に、俺は息を呑んだ。


高級ホテルのような豪華な内装。

真っ赤な絨毯に、左端のスペースにはソファや観葉植物、大型テレビが備え付けられている。右側には、受付らしきボックス。


ボックス内の受付嬢らしき少女が照れくさそうにお辞儀をする。

少女はエレベーターガールのようなチェックの制服を身に纏っていた。

ここは……?

どこぞの高級ホテルなのか?

不気味な外装とは裏腹に、信じられないくらい優美な内装。

すごいな……。

俺は思わず天井を見上げた。

3階付近まで天井が伸びており、そこから立派な黄金のシャンデリアが覗く。さらに、受付ボックスのちょうど真上には細長いガラス窓が貼り付けられている。窓ガラスの向こうには、落陽が終わってしまったのだろう、紫色の蒼ざめた空があった。

まるで、西洋の館……。

すごく綺麗だ……。


「ボウヤ」


背後からかすみさんの鋭い声。

俺の体がビクッとバウンドした。

心臓が跳ね上がる。

「あっ……はい!」

俺はシャキッと姿勢を正した。

いつの間にか、目の前には先程の受付の少女がモジモジと立っているではないか。

再び、かすみさんの声が背中に注ぎ込まれた。

「アンタと同い年のお嬢ちゃんよ。仲良くなさい」


「はっはじめまして……大垣真理恵と申します。その、よ、よろしくお願いします……」


真理恵と呼ばれた少女はそう言って深々と頭を下げた。心なしか少女の頬は紅潮していた。

どうやら、あがり症らしい。

「あ……松添浩二です。よろしく」

俺も軽く会釈する。

真理恵は再び深々と頭を下げた。

律儀な子だな……。

俺はスッと頬の筋肉の力を抜いた。

正直、同い年の人とここで交流できるとは思ってもみなかった。

でも、やっぱり嬉しい!!

きっと、この子も俺と同じ境遇なんじゃなかろうか?

俺は胸をワクワクさせていた。

「お嬢ちゃん、ボウヤを部屋に案内してあげて」

「承りました、かすみ様」

真理恵はかすみさんに向き直り、これまた深々と頭を下げた。

と、かすみさんと松下さんは表情1つ変えぬまま、左手の談笑スペースへと歩き出した。

どこへ行くんだろう?

彼等の歩を進める先―談笑スペースの脇には木戸があった。

かすみさんはその木戸に手をかけると、吸い込まれるようにして姿を消した。続いて、松下さんも。

木戸はガッチリと閉ざされた。

ロビーには俺と真理恵の2人が取り残された。


静寂が咲くロビー。

な、何だろう?

あの木戸の奥には一体何が……?

 

すっかり静まり返ったロビーに、真理恵の声が響いた。

「それでは松添さん、お部屋に案内させていただきますね」






「うわぁ……!!」

扉を開け放った瞬間、飛び込んできたのはロビーにひけをとらないくらい、立派な個室だった。

左手に洗面所と風呂場。右手にはトイレ。奥にはぽっこりと膨らんだベッドと脚の綺麗なテーブルが据え付けられ、床にはクリーム色のふかふかした絨毯。窓にも白銀に輝くカーテンが掛かっている。壁には、柱時計と小さな静物画が掛けられていた。

まさに、高級ホテルのスイートルーム。

すごい……。

どうも汚らしい家に住んでいたせいか、感動が計り知れない。

もはや、嬉しさしかこみ上げてこない。

視覚で捉えたもの全てに興奮の音を上げている。

「こちらが松添さんのお部屋になります」

真理恵が1つ1つ懇切丁寧に使用法を解説してくれた。

「この部屋、俺が1人で使っていいの?」

「はい、勿論です」

真理恵は笑顔で答えた。


さて……室内で休息。

俺はドサッとベッドの上に寝転んだ。

ふかふかして気持ちが良い……。

ぼんやりとした眠気が芽生えた。

薄暗い室内が歪む。

うーん。

寝転んだまま、大きく伸びをする。

長旅の疲れを癒さなければ……。

長旅……?


「それでは、また夕食の時に呼びに参りますね」

扉の方向から真理恵の声が届いた。真理恵が帰ろうとしているらしい。

そうだった!!

忘れてた!!

俺はガバッとベッドから跳ね起きた。

「あっ!! ちょっと待った!! 大垣さん!!」

扉の方に向かって懸命に叫ぶ俺。

「あっ、はい! なっ、何でしょうか?」

真理恵が笑顔をこぼしながら、のそのそと室内に戻ってきた。

聞かなければいけないことがあったんだっ!!

俺は息を吸い込んだ。


「ここは、一体どこなの?」


静寂が咲き乱れる薄暗い室内。

……変な質問だったかな?

真理恵は傍らの壁に手を掛けた。

カチリッ!!

室内を照らし出す蛍光灯。

その蛍光灯の下で、真理恵はクスリと笑いをこぼしながら口を開いた。

「詳しいことはかすみさんが教えてくださいませんが……ここは岐阜県らしいですよ」

えっ!?

「ぎ、岐阜っ!?」

開いた口が塞がらなかった。

岐阜!?

あれっ!?

「ど、どうかなさいましたか?」

俺は凄まじい顔をしていたに違いない。

真理恵が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

「えっ!? あっ、いや、同じ日本なのに、車でここまで3日もかかったんだ! でも……ええ? 本当にここ岐阜なの?」

そうだ。

あの苦しかった3日間。


あの3日間が幻のはずはない!!


しかし、同じ日本。

同じ本州。

それなのに、3日もかかった理由は何なんだ?


と、真理恵は手をポンと叩いて力強く頷いた。

「なるほど……それはきっと、かすみ様が松添さんを試されていたんじゃないでしょうか?」

「えーーーーーっ!?」

仰天どころか絶叫であった。


た、試されていた?


ま、まさか……。

真理恵の表情に笑顔が戻った。

「かすみ様も松下様も、このアジトにいる約7割以上の人は“大人”です。一方で、私たちは当然ながら“子供”。かすみ様も松下様も、“大人”も“子供”も関係なしに、より多くの同志を募りたいと願っていらっしゃいますが、中には“モグリ”というものが存在するのです」

「モグリ?」

「はい。モグリと言いますのは、かすみ様たちのような“大人”を中心とした反乱分子の撲滅を生業としている部類の“子供”たちです。彼等は“大人”の味方のフリを装い、その反乱分子のアジトなどに潜り込んで、アジトの組員を皆殺しにしようと目論む連中です。おそらく、かすみ様は松添さんがその“モグリ”なのかどうかを試されていたんだと思います。私もここへ来る際に、似たようなことをされました」

真理恵は照れくさそうに言った。

俺の口はあんぐりと開きっぱなしだった。

そうか……。


つまり、かすみさんは、俺のことを最初から信用していなかったのか……。


あの3日間で、俺が裏切らないかどうかを試していたってのか。

ガクリ。

肩が落ちる。

妙な敗北感と脱力感が芽生えた。

疲れた……。

何だか複雑な気分だ。

「あ、あの……松添さんは、どういった理由でこちらへ?」

真理恵がおそるおそる尋ねてきた。

理由……。


漂流民の薄汚い姿が脳裏を横切った。

精神的支柱。


「ああ、俺の兄貴を奪った子供たちが許せなくてな」

「……そうだったんですか。申し訳ございません。無礼なことを伺ってしまって」

真理恵は申し訳なさそうな表情で頭を深々と下げた。俺は手で制した。

「いや、いいよ。どうせ、いずれ言うことになるだろうと思っていたし」

「はい、申し訳ございません」

と言いつつも頭を上げない真理恵。

うーん。

かわいいなあ……。

ぼんやりと真理恵を眺める俺。

と、疑問が次々に俺の頭に湧いて出てきた。

「あ、あとさ、真理恵さん。俺はここで……どうすればいいの?」

俺の質問に、真理恵はきょとんとした表情を浮かべた。

あれ?

何か、まずい質問だったのかな……?

それは杞憂だったらしい。

真理恵は満面の笑みで答えてくれた。


「ええ、ここで生活をしてくださればいいんです」

「生活っ!?」


この豪華な部屋で!?

生活するだけでいいのか!?

頭がいよいよ混乱してきた。

多分、似非長旅で疲れているんだろうか。

うーん……。

俺は再び浮上した質問を口にした。

「え、でも、その、に、任務みたいなものは……ない、の?」

もはや、呂律が回らなかった。

と、俺の質問に真理恵の表情は一挙に曇り始めた。眉間にしわが寄り始めた。

「任務……ですか?」

何それ? というような怪訝な表情。

あっ、これは恥ずかしい……。

俺は慌てて両手を大振りした。

「いやいや!! な、何でもないです!! 忘れてくださいっ!!」

頬が紅潮する。恥ずかしい。何を言っているんだ、俺は。

長旅で疲れてるんだな……。

うん!! きっとそうだ。

そうに違いない!!

真理恵はクスリと笑みをこぼした。


「ここでは、24時間自由に過ごしてもらって構わないんですよ。ここはそういう場所なんです。他の皆さんもそれぞれ自由に過ごしていらっしゃいます」


「自由……」


何故かその言葉に引っかかった。

何故だかはわからないけれど。

わかったようで、わからないような。

まあ、自由に過ごしていいなら、自由に過ごさせてもらうけどな。

「それでは、夕食の時間になったらまた呼びに参りますね」

扉がパタリと優しく閉ざされた。いつの間にか、真理恵の姿は消えていた。

あ……。

部屋に1人取り残された俺。

再び、室内に静寂の花が咲いた。


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