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THE CHILDReN  作者: 京華月
10/24

第10話:「決意」

瞳に映える鉛色のマシンガン。

……っ!!

重厚なフォルムに、思わず目をつぶる俺。

い、嫌だ……っ!!


こ、こんなところで死にたくないっ!!

こんなところで……っ!!


気がつけば、俺は声を限りに叫んでいた。


「ちょっ……!! ちょっと……待って、くださいっ!!」


「何よ?」

眉をひそめて、冷たく言い放つ女性。

俺はビクビクと震える体を、何とか奮い立たせて叫んだ。


「お、俺も、今の世界には、ふ、不満があるんです!!」


「……」

返答はない。

相変わらず、渋い表情で俺を見つめている。

へ、平気だよな……?

心臓の爆音で、唇がプルプルと小刻みに震えている。

涙が零れんばかりに溢れている。

しかし、続けることにする。

「あの、お、俺の兄貴は、確かに逮捕されました。け、けど、な、何もしてない……。あいつらが勝手に仕組んだことなんですっ!! なのに、兄貴は今頃、酷い拷問を受けているかもしれない。殺されているかもしれないっ!! あ、あいつらなんか大嫌いです!! お願いです……!! 俺は、俺は、殺されてもいいから、2つお願いがありますっ!! 兄貴の敵を討ってください!! それと……こいつだけは、萌奈だけは逃がしてやってください……」

脱力……。

全てをさらけ出したことにより、俺は膝をついてその場に倒れこんだ。

背におぶさっていた萌奈が、地面にドサリと零れ落ちた。

「……お、お願いします」



さあ、撃てよ。


もう、覚悟はできてんだ。


殺せ。


殺してくれ。


殺して……。


溢れ出す涙。

涙が頬を伝い、赤茶けた土を湿らす。

「……」

「……」

何だ……?

なにやら、2人が何かを話しているようだ。

助かるのか……俺?

いや、殺された時にショックだから、殺されることを覚悟しておかないと……。

早く……。

早く、殺してくれ……!!


「わかったわ」


思わず、ガバッと頭を上げる俺。

助かる……!?

しかし、女性は不敵な笑みを浮かべている。

あ……!?


「わかった」って何が「わかった」んだ!?


俺の願い事を聞いてくれるってことなのか?

それとも……。

血の気が引いていくのを感じる。

ヤバイ……!?


「アンタ、イキタイノネ」


その言葉を聞いて、俺の心はスッと晴れていった。

た……助かったのかっ!?

た、助かった!!

心がわきあがるような、不思議な感覚。

心の中の曇りが一気に吐き出され、澄み渡っていくような感覚。

……良かった……!!

まだ、生きられるっ……!!

「ただし、条件があるわ」

女性はクスリと微笑んだ。

不意に秋風が、俺の横を通り抜けていった。

なおも、女性は艶かしい唇を動かし続けている。

え……?

俺は絶句した。

そ、そんな条件を……?

血の気がサッと引いていく。

「まあ、嫌なら嫌でいいわよ?」

秋風に、優雅な黒髪が揺れている。

美しい光景だが、残酷に感じる。

おそらく、女性の小悪魔のような笑顔が原因なのかもしれない。

俺はビクッとひくついた。


どうしよう……?

で、でも、迷っている余裕はない……よなっ!!


「お、お願いします!!」

俺はスッと勢いよく頭を下げた。

赤茶けた地面が顔にひっつく。


これで……。

これで、良かったんだ……。


萌奈も、俺も、助かる方法。

俺の選択は……。

怖いけど……怖さしかないけど、仕方がない。

自分は結局、無力なのだから。



さよなら、兄貴。


さよなら、萌奈。


さよなら……杏奈。






「……」

薄暗い家屋の中。

桃色の壁やカーテンが支配する部屋。飾り気の無い部屋。

俺はかわいらしい牛のキャラクターがプリントされた絨毯に目を落とす。


ここは萌奈の部屋。


つい先程、意識を取り戻した萌奈が俺を招き入れてくれたのだ。

しかし、初めて来たけど、どことなく懐かしく感じるのは何故だろう?

心が癒されるというか、温かくなるような気がしたのだ。

桃色を基調とした、あまり飾り気の無い部屋。

木の机と椅子。

簡易テーブル。

薄桃色の布団を乗せたベッド。

窓の向こうに映える、田圃や林の風景。

……何だろう?

やっぱり、懐かしさが込み上げてくるのだ。

テーブルの前に腰を下ろすと、萌奈がお茶を載せたおぼんを運んできた。


「松添くん、今日はごめんなさい」


腰掛けるや否や、萌奈はそんなことをつぶやいた。

ん……?

「なに、謝ってんだよ?」

本当に……萌奈の方が律儀なんじゃないのか?

「で、ですけど、私、その……。役立たずで本当にすみませんでした」

萌奈は照れくさそうに、脇に視線を送りながら謝った。

俺は頬をくすぐられるような感覚に陥った。

全く……萌奈は。

「そんなこと気にすんなよ。俺たちは友達じゃねーか!!」

「松添くん……」

萌奈が俺を眩しそうに見上げる。

さすがに、そのかわいらしい視線がくすぐったかったので、俺も照れ隠しに言った。

「俺は萌奈と……杏奈がいてくれて本当に良かったよ。俺はどうしようもない奴だったけどさ、お前等がしっかり引っ張ってくれたおかげで、勉強もそこそこできるようになったし、学校生活も楽しかった。俺の大切な思い出だ。何もかも……」

目が熱いな……。

ちくしょう、零れるなよ。

あと少し。

あと少し、我慢しよう。

「松添くん……」

萌奈もフッと頬を緩めた。


次の瞬間、萌奈の顔に浮かんだのは満面の笑顔だった。

生まれて初めて見る、萌奈の満面の笑みだった。

「!?」

か、かわいい……。


俺は目のやり場に戸惑った。

あたふたと慌てる鼓動。

「じゃあ、今日はもう遅いから……そろそろ」

スッと立ち上がる俺。

いつの間にか、話題が世間話や趣味の話になり、気がつけば、テーブル上のヒヨコの時計は11時を差していた。

ヤバイ。

そろそろ、時間だ。

行かなきゃ。

「はい、また明日に学校で会いましょうね」

萌奈も立ち上がって、無垢な微笑を見せる。


俺はそれ以上、萌奈の顔を見ることができなかった。


鞄の中から、慌ててタオルを拾い上げ、顔に無理矢理押し付ける。

ヤバイ。

ダメだ……。

涙が……。

「ど、どうしたんですか? 松添くん?」

萌奈が窺うような言葉をかける。

「い、いや、何でもない!! じゃあ、元気でな。萌奈!!」

俺は脱兎のごとく、萌奈の部屋を飛び出した。

目頭が熱い。

ちくしょう……!!

ちくしょう……っ!!

俺は扉を強引に閉めてから、タオルを外した。

薄暗い廊下が霞んでいる。


サヨナラ……。


心が静かにつぶやいた。

と、扉が開けっ放しの、真っ暗な隣の部屋に目を向けた。

これは……?


もしかして、杏奈の部屋?


俺は、ソッと覗き込んでみることにした。

今は、誰も使っていないこの部屋。

杏奈は……一体、どこに行ってしまったのだろうか?

萌奈の部屋よりは装飾が多い。

足元には、杏奈の好きだった猫のぬいぐるみがたくさん転がっていた。

俺は、ソッとその中の1匹を拾い上げた。

埃にまみれた、紅い首輪をはめた黒猫。

かわいらしい……。

杏奈が好きそうな、かわいらしい猫のぬいぐるみだ。

再び、言い知れぬ寂しさが込み上げてきた。


寂しい……。


心にポッカリとあいた穴。

目頭が再び加熱を始める。

俺は、その黒猫を鞄の中に放り込むと、薄暗い階段を駆け足で下りていった。


……時間だ。






息が切れそうだ。

足がひくついている。

腕を懸命に動かす。

闇夜の中、俺は懸命に人気の無い歩道を駆け抜けていた。



いつか、杏奈と2人で歩いた教会通り。



相変わらず、整然とされた芝生が闇夜の中に浮かんできた。

ま、間に合った……。

俺は蒼白い教会前で立ち止まり、息を整えようと試みた。



「来たわね」



不意に柔らかい女性の声が、闇夜のどこからともなく発せられた。

と、どこから現れたのか、昼間の黒髪女性と眼鏡スーツの男が、俺の背後に立っていたのだ。

「ハアハア……。はい……」

「よろしい。よく逃げなかったわね。褒めてあげるわ」

女性が不敵な笑みを浮かべた。

「いえ……。じ、自分が、決めたことだから……」

「そう」

女性は豊かな黒髪を翻して、これもまたいつの間に駐車していたのだろうか、傍らに駐車していた黒い車の助手席に乗り込んだ。

続いて、眼鏡男も無言のまま、運転席に乗り込んだ。

女性が窓から顔を出して俺に言う。

「早く乗りなさい」

「……はい」

これに……。

この車に乗り込む、ということは。


この土地に別れを告げると言うこと……。


萌奈に。


杏奈に。


別れを告げると言うこと。


……。


でも、決めたんだ。


自分で。


俺は、この人たちについて行き、一緒に「子供」と戦うってことを。


「条件はね……私の右腕になることよ」


右腕……。

女性の指令を全うし、働く。

いわば奴隷といっても過言ではないのだが、それでも、また漫然と高校生活に戻るのも、どうかなと思った。

俺にはこの世界を変えたいという思いがあった。

萌奈が1人になってしまうという不安もあった。


けど……俺はこの世界を変えたい。


変えたいんだ。


また、家族の温もりを実感できるような。


あの世界を……もう一度。


ごめん、萌奈。


もし、帰ってこれたら……。


一緒にまた遊ぼうな。


杏奈。


せめて、行く前にもう一度、会いたかった。


俺は、鞄の中から黒猫のぬいぐるみを取り出した。


杏奈……!!


また、必ず会いに行くからな。


車は、重厚なエンジン音を残して走り出した。

遠ざかる蒼白い教会。

俺は、後部座席の窓からずっと、ずっと……。


ずっと、見えなくなるまで教会から片時も目を離さなかった。


車は、田畑だらけの田舎道を貫き、やがて大きな幹線道路に飛び出した。

残酷なまでに、俺の生まれ育った村が、山が、緑道が、遥かかなたの闇の中に沈んでいく。

窓の外に広がるのは、コンビニエンスストアや娯楽施設のまばゆい照明ばかりだった。

「寂しい?」

不意に、助手席の女性がこぼした。

「いいえ」

俺は力強く答えた。

「いい子ね。安心したわ」

女性はニコリと微笑んだ。

女性のその表情に、おそらく悪意は見当たらなかった。

「あ、あの……」

名前を呼ぼうとしたのだが、そう言えば名前を聞いていなかったな。

と、女性はそのことを察知したのか、ぼそりとつぶやいた。


「沖 かすみ」


「っ!?」

俺が戸惑っていると、女性は呆れたような表情で俺を振り返った。

「私の名前よ。かすみさんでいいわよ。ちなみに、こっちの男は、松下 進。まあ、私の舎弟みたいなもんよ」

眼鏡男は前方を見据えたまま、頭を下げた。

「よろしくお願いします。松添くん」

「よ……よろしくお願いします」

なんか、固い人だなあ……。

かすみさんは面倒見が良さそうな感じだけど、松下さんは、何となく怖い。

機械のような事務口調だし、無表情だ。

不安だ。

先の展開が全く読めない。

あっ!!

俺はふと後方を振り返った。


もはや、そこには俺の生まれ育った山里の風景は見当たらなかった。


手の届かない場所まで、来てしまったのだ。

寂しさが蓄積される。

でも……仕方ないんだ。


俺は、この世界を変えるまでは……。


この世界を変えるまでは……帰ってこないぞ!!


そして……帰ってこれた暁には、また伊達姉妹と一緒に幸せな高校生活を送りたい。


笑って……笑って……また、楽しい生活を送りたい。


緑道をまた、歩きたい。


教会前をまた、歩きたい。


サヨナラ。


サヨナラ……。


きっと、きっと、また……帰ってくるから。


松添浩二。


俺は、きっとこの世界を変えて、また帰ってくるから。


杏奈。萌奈。


それまで、元気でな。


車は、幹線道路を果てしなく貫いていった。


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